4‐8
リンたちがビルに到着する少し前に遡る。ショウの部屋にいたリュウは、ショウと話している途中で何かしらの要因で眠らされ気を失ってしまっていた。そして、次に気づいたときには別の部屋に移動させられており、さらに椅子に縛り付けられていた。リュウを見下ろす形で一人の男性が立っている。まだ意識ははっきりしないまま、ぼんやりとその人物を見上げる。
「お前は何者だ!」
男性は神経質そうな甲高い声でリュウを問い詰める。
「何者って、ただの高校生だよ」
「そんな訳ない。そんな訳ない!私達のセキュリティが破られるわけないんだ!」
「セキュリティ?どこにそんなものが・・・。あっ!」
リュウは、このビルに入った時のことを思い出していた。確かに、リンだけ何故か外に吹っ飛ばされていた。
「リン、怪我しなかったかな?」
思わずそう呟いたリュウに更に腹を立てたように男性はがなり立てる。
「お前はショウにも悪影響を与える!」
「ショウ?」
リュウは、じっと男性の顔を見つめると納得したように頷いた。
「なんだ。あんたショウの父ちゃんか」
「---!」
男性は声にならない怒りを露わにして持っていた杖で思いっきり床を叩いた。
「お前は即刻排除したいところだが、彼からの要望でそうもいかない」
いかにも悔しそうに唇を噛む。
「彼?誰だよそれ」
「貴様は本当に自分の立場がわかっていないようだな」
男性が何かのスイッチを押すとリュウの体の中を何かが駆け巡りながら噛み付いていくような痛みを覚えた。
「グワッ!アアー!!」
「アハハハ!いい気味だ!痛い思いをしたくなければ大人しくしている事だな」
「フッ」
「何がおかしい!」
「いや。だって。そんなマンガみたいなセリフ吐く人ホントにいるんだなって」
「バカにしてるのか!」
「違う違う。気ー悪くしたなら謝るよ。でもさ」
そこでリュウは真顔に戻ると男を真っ直ぐに見据えた。
「あんたがこんな馬鹿なことしてるのショウが知ったら悲しむぞ」
「何をわかった風に!これはショウのためでもあるんだ!今は分からなくてもきっとわかってくれる!」
「その言いようだと、自分が正しくないことをしている自覚はあるんだな」
「なっ!」
「なあ、とりあえずこれ解いてくれよ。ちゃんと話そうぜ」
男は怒りで顔を真っ赤にして握った手はプルプルと震えている。
「・・かにしやがって」
「えっ?」
「馬鹿にしやがって!」
男は手元のスイッチを何度も何度も押した。
「グッ!ッワーーー!!」
リュウの体はスイッチが押される度に仰け反り遂には動かなくなった。
「フン。私を馬鹿にするからだ」
するとワーンワーンと警報音が鳴り響いた。男が手元でなにか操作するとモニターが光だし招待客を映し出した。
「やはりコイツは気に食わないがいい餌にはなったな」
招待客は誘導した通りの部屋へとたどり着いた。男の耳元で声がする。
『アキラ。あの部屋のテレビにそこの彼を写して』
「わかりました」
アキラと呼ばれた男はまた手元でなにか操作する。すると、モニターに映っていた二人に明らかな変化があった。
『リュウ!』
モニターの中の少年がここで意識を失っている少年に呼びかける。リンと『彼』とのやり取りがしばらく続く中で、リュウの意識が浮上してきた。
(リンの声が聞こえる・・・。なんて声出してんだアイツ)
リュウが何とか瞼を持ち上げるとリンとカノンがモニター越しに見えた。
(あのバカ!何でこんな所にカノンを連れてきてるんだ!・・・、まあ俺のせいだろうな。ったく。マジでだせーな。とにかくーーー)
「リン!カノンを絶対に守れ!俺のことは気にするな!ここはーーー」
ガツン!リュウは頭に鈍い痛みを感じた。額から生暖かい液体が流れてくるのがわかる。気力を振り絞って横を見ると冷ややかな表情で見下ろす男の顔が見えた。
(ホント俺ってばだせーな)
リュウの意識は再び闇に落ちていった。
どのくらい意識を失っていたのか分からないが、近くに人の気配を感じて目を開けた。
「お兄ちゃん!」
そこには今にも泣きそうな顔のショウがいた。
「ショウ。どうした?こんなとこにいたら危ないぞ」
「ぼくは大丈夫だよ。それよりお兄ちゃんの方がーーー」
ショウは、遂には泣きながらリュウの額から流れる血を手で拭った。
「ごめんね、お兄ちゃん。ごめんね」
「何でショウが謝るんだよ」
「だってぼくのお父さんが・・・」
「そっか。見てたのか?」
「・・・うん。お兄ちゃんを探してたら偶然この部屋に辿り着いて・・・」
「探してくれたのか。ありがとな」
ショウは首をブンブン横に振って唇を噛み締めた。
「あんなに怖い顔のお父さん見たことなくて。お兄ちゃんのこと助けたかったのに足が動かなくてーーー」
嗚咽を漏らしながらも何とかショウはそう言った。
「ショウ。ごめんな」
何故かリュウに謝られたショウは、驚いて涙が一瞬止まった。不思議そうにリュウを見上げるとリュウは優しく微笑んだ。
「ショウに見たくないもん見せちゃって、ごめんな」
「ちがっ、違うよ!お兄ちゃんは悪くない!お父さんがーーー」
リュウは、少し困ったような悲しいような複雑な表情を浮かべて首を横に振った。
「ショウ。それ以上言わなくていい。それより、この鎖って解けそうか?」
「・・・。ちょっと待って。やってみる」
ショウはリュウの後ろに回るとどうにか出来ないか試してみた。
「ダメみたい。鍵がないとーーー」
ガチャリ。扉を開けようとする音が響いた。
「ショウ!隠れろ!」
「でも・・・」
「いいから早く!」
小声だけど有無を言わせない迫力のある言葉にショウはそっと物陰に隠れた。誰かが入ってきたのはわかった。だが、部屋は暗くその正体はわからない。リュウは、気を失った振りをして相手の出方を伺った。入ってきた人物は、ゆっくりとリュウの方へと近づいてきている。どのくらい近くまで来たのか分からないが、フワリととてもいい香りがした。香水とは違う自然だけどとても惹かれる香りだった。そして、リュウは確信を持ってその人物の名を呼んだ。
「ハル、センセ」
近づいてきていた人物はビクッとして一度立ち止まった。
「兼田竜生君、ですか?」
声の主は、小さいがよく通る声でリュウに問いかける。
「やっぱ、ハルセンセだ。なんでこんなとこに来たんだ?」
「それはーーー」
「神谷先生!」
ハルカが答える前にショウが飛び出した!
「えっ?塚越君?」
ショウはハルカに抱きつくと安心したように声をあげて泣いた。
「先生、助けて!お兄ちゃんが死んじゃう!」
「えっ?どう言うこと!?」
「こら、ショウ。勝手に殺すな」
ハルカはショウに導かれてリュウの元へと辿り着いた。暗かったのでリュウの様子をよく見ようと至近距離まで顔を近づけて、思いの外近すぎる距離で視線があった。あまりの近さに一瞬照れて顔を離そうとしたが、すぐにその額から血が流れていることに気がついた。
「大変!血がで出るじゃない!」
ハルカは慌ててハンカチを探すが見当たらず、白いシャツの袖口で拭った。
「ごめんね。本当は綺麗な布で拭いてあげたいけど」
「十分綺麗だよ。こっちこそごめんな。洋服ダメにしちゃって」
「怪我人がそんなこと気にしないの。それよりーーー」
「とりま、この鎖外してもらっていい?」
リュウは、後ろ手に縛られている手を軽く揺すった。
「わかったわ。その為に来たようなものだから」
ハルカはリュウの後ろに回ると、ポケットに忍ばせていた鍵を取り出した。ガシャリと鎖が下に落ちる。
「サンキュ」
手首をさすりながらリュウが立ち上がる。
「さてと。ここから逃げるには・・・」
「「こっち」」
ハルカとショウは同時にリュウに手を伸ばした。リュウはそれぞれの手で2人の手を掴む。リュウを真ん中にハルカとショウは小走りに移動を始めた。二人とも向かう場所は同じようで、ある一点を目指している。三人は、何の変哲もない壁の前へとたどり着いた。ハルカは上の方、ショウは下の方を手探りで何かを探している。
「「あった!」」
また二人同時に声を上げる。
「二人とも息ぴったりだな。ちょっと妬ける」と一人拗ねているリュウだったが、二人の行動の結果に頭を悩ませることになる。
「どういう事だ?」
リュウの目の前には二つの通路が現れていた。右がハルカが開けた通路。左がショウが開けた通路。
「これってどっち行けばいいんだ?」
リュウの問いかけにハルカとショウは顔を見合わせる。
「ごめんなさい。私はこっちの道しかしらなくて」
「僕もこっちしか分からない」
「じゃあ、それぞれどこに通じてるんだ?」
「僕の方は僕の部屋だよ」
「私の方は外へ」
「なるほどな。この場合ハルセンセの方に行くのが正解なんだろうけどーーー」
「お兄ちゃんお外行きたいの?お外は危ないことがいっぱいだからあんまり出ちゃいけないって・・・」
「お父さんにそう言われたんだっけ?」
リュウは気を失う前にショウからそう聞いていた。しかし、そのリュウの問いかけに関してショウはキョトンとした顔をした。
「えっ?そうだっけ?あれ?何でだろう?思い出せない」
「思い出せない?でも、確かにショウが自分でそう言ってたはずなんだけど・・・。ハルセンセはどう思う?」
「そうね。私も章先生だと思ったんだけど・・・」
「えっ?そうなの?お父さんだっけ?うーん、でも、なんか違う気がする」
ショウは、少し混乱しているようで狼狽えている。リュウは、そんなショウを心配そうに見ていたが、意を決したようにハルカに視線を向けた。
「ハルセンセ」
「何?」
「ハルセンセは、俺たちの味方でいいんだよな?」
「えっと・・・」
「あーごめんごめん。今のなし」
「どうして・・・」
「今、ハルセンセが助けてくれたのは事実だからこれ以上迷惑かけらんねー」
「迷惑だなんてーーー」
リュウは、まだ何か言おうとするハルカを手で制すとショウと向き合った。
「ショウ。お前はお父さん好きだろ?」
「う、うん。でもお兄ちゃんに酷いことを・・・」
リュウは、ショウの頭に手を乗せると優しく撫でた。
「俺は大丈夫だから。昔から頑丈なのだけが取り柄だし」
「そんなことはーーー」
「まあまあ、いいから。それよりーーー」
リュウはしばらく考えた後、まずはショウに向き直った。
「ショウ。お前はいつも通りの生活に戻れ。お父さんのことは大好きのままで大丈夫だから」
「でも!」
「大丈夫。俺が何でお父さんがこんなことしたか調べるから。お前のお父さんは何の理由もなく人を傷つける人なのか?」
「ううん!違う!お父さんはとっても優しいんだから!」
「だろ?俺がその理由を教えてやるからそれまでは今まで通りの生活を送るんだ」
「・・・うん。わかった」
強い意志を宿した瞳で見上げてくるショウに、リュウは頷く。
「いい子だ」
リュウは、またショウの頭を優しく撫でるとショウはくすぐったそうに「お兄ちゃんってすぐ頭撫でるよね」と言った。
「そうか?」
「うん」
「嫌だったか?」
「ううん。お兄ちゃんの手は大きくてあったかくて落ち着くから好きだよ」
「そっか。サンキューな。それじゃ、ショウ」
そこでリュウは手を離すとその手をショウの両肩に載せた。
「ショウは、このまま自分の部屋に戻りな。また遊びに行くから」
リュウはショウをくるりと回すと左側の開いている空間へとその背をそっと押して送り出した。ショウは、少し入った所で振り向いた。
「本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。またな」
リュウとハルカに見送られて、ショウは少し迷っていたがすぐに笑顔になって頷いた。
「うん。またね!」
それだけ言うとショウは、前に向き直りもう振り向くことなく走り出した。その背中が闇の中へと消えていく。完全に見えなくなったところで、リュウががくりと膝を落とした。
「ちょっと!兼田君大丈夫!?」
ハルカの問いかけに、「ハルセンセ。俺のことはリュウって呼んでよ」と弱々しく答えた。
「そんなことは今はいいでしょ!やっぱり無理してたのね!ほら、立てる?」
ハルカが伸ばした手にリュウはそっと触れたと思ったらするりとすぐにその手は落ちていった。手が落ちると同時に体も傾き完全に倒れてしまった。
「兼田君!兼田君!」
いくら呼んでも返事がない。完全に気を失ってしまったようだ。
「どうしよう・・・」
ハルカは何とか自分の肩にリュウの手を回らせて立とうとするが、体格差がありすぎて上手くいかない。
「早く手当しないといけないのに!」
自分の不甲斐なさに憤ったところでどうにもならない。すると肩に感じていた重みがスッと引いた。驚いて振りあおぐと思いがけない人物がそこに立っていた。
「どうして?」
「説明は後だ。コイツ死にかけてんだろ?とにかくここから抜け出すぞ」
その人物は、軽々とリュウを担ぎ上げるとハルカを促しながらショウが入ったのとは別の空間へと足を踏み出した。
「ちょっ!ちょっと待ってよ!」
ハルカも慌ててその後を追った。




