4-10
リュウは不思議な夢を見ていた。
真っ暗な闇の中だが、その中にとても大切なものがあると確信しており、それを探し回っている夢だ。その大切なものを早く見つけなくてはと気だけが急いている。
「どこだ?」
声に出してみたがその声さえも周りの闇に吸収されてしまうようで音にならない。リュウの足が止まった。探すのを諦めてしまったのか?いや、そうではなかった。全部の神経を五感に集中させて辺りを探っていた。
リュウは、後方に違和感を感じた。自分の周りとは明らかに違う何か。何故か泣きたくなるほどに愛おしい存在がそこにはある。リュウは、無我夢中でそちらの方向へと走った。何も見えないが怖くはなかった。
どのくらい走ったのか分からないが、先の方に小さな灯りが見えた。リュウにはそれだけで十分だった。今度はひたすらその光を目指して走る。徐々に大きくなっていく光にリュウの感覚も研ぎ澄まされ既にその光の正体が何なのかわかった。
「ハルセンセ!」
光の先にはハルカが横たわっていた。ハルカの体の表面を優しい光が包んでいる。しかし、その更に周囲には闇がまとわりついている。どうやら、闇はハルカの中へと入りたいみたいだが、ハルカを覆う光に阻まれて入れないように見える。
リュウは、ゆっくりとハルカに近づいた。闇はリュウを恐れるようにその進路をあける。横たわるハルカの元にたどり着きその小さな体を抱き上げた。
するとーーー。
「!!!!!」
断末魔のような声にはならない音が聞こえ闇が全て取り払われた。後には、とても美しい花畑のような場所が現れ、小鳥たちのさえずりさえ聞こえてきた。
「ハルセンセ」
リュウは、優しくハルカに語りかける。
「ハルセンセ。もう大丈夫だから。目を開けて」
リュウは、優しくハルカの顔にかかる髪の毛を払う。リュウはハルカの額にそっと唇を寄せた。
「う、うん・・・」
ハルカが軽く身じろぐ。
「ハルセンセ」
リュウはもう一度優しく声をかけた。ハルカの瞼が細かく震えてゆっくりと開いていく。ハルカはまだ意識がはっきりしない中、ぼんやりとした視界の先に暖かく優しい光だけが見えていた。それはとても大切でかけがえのない決して手を離してはいけないものに思えた。力が入らないがそれでも手を伸ばさないではいられなかった。
(行かないで・・・。どこにも行かないで・・・。そばにいて・・・。もうーーー)
伸ばした手が誰かによってしっかりと掴まれるのを感じた。知っている感覚だった。とても安心する。どうしてか分からないが勝手に涙が溢れてくる。涙が流れるほどに視界がクリアになっていく。そして、やっとそこにいる人物を認識できた。
「かね、だ、りゅう、きくん・・・」
リュウは、優しく微笑み頷く。そして、そっとハルカの目元を拭った。
「ハルセンセ。おはよ」
「・・・おはよう?」
「うん。よく頑張ったね。ちゃんと起きたらいっぱい話をしよう」
「どういうーーー」
言葉を最後まで言う前に眩い光が溢れ目が開けられなくなる。意識も徐々に浮上してくような不思議な感覚を覚えた。上の方で声が聞こえる。その声だけを頼りにただひたすら上を目指した。
リュウが目を開けると、そこは見慣れない少し消毒の匂いがする殺風景な場所だった。
「リン・・・。カノン・・・。ハル、センセ」
リュウの脳裏に浮かんだのはまずはその三人のことだった。
「おっ!少年目が覚めたか」
左横から軽薄そうな聞きなれない声が聞こえた。体が何故か動かないので目だけその声の方へを向けた。そこには、声の印象を裏切らない、いかにも胡散臭そうな白衣を着た男がいた。
「おいおいなんだよ。その不審者を見るような顔は」
「あんた誰だ?」
「こらこら、少年。人に尋ねるのならまず自分からだろ?」
「あいにく、怪しい人には余計な事を言わないようにって教えられてるんで」
「ぶわははは!少年!いいね!まあ、何だ?まずは自分の状況はわかってんのか?」
リュウは、体を起こそうとしてみた。しかし、やはり自分の体が鉛にでもなったかのように重く動かすことができない。それでも手だけを何とか動かして自分の体を触ってみた。
「!?何で服着てねーんだ!」
「ぶわははは。最初に突っ込むのそこかよ!おめーおもしーな」
リュウは目だけで男を睨む。しかし、男の何とも気の抜けた雰囲気に次第に肩の力が抜けていき、警戒を少し解いた。
「・・・。オレは兼田竜生。みんなからはリュウって呼ばれてる。で、オッサンは?」
「お前素直なやつだな。オッサン好きだぞ、おめーみてーなやつ」
「オッサンに好かれても・・・」
「まあ、そういうなって。で、だ。オッサンはクラウドっつーしがない闇医者だ」
「闇医者って。それ言っていいのかよ」
「大丈夫だーいじょうぶ。医者っつーても患者は普通のやつじゃないから」
「普通じゃない人診るから闇医者だろ?バレたらヤバいんじゃないのか?」
「・・・。お前良い奴だな。警戒してるくせにオッサンの心配してくれるのか?ありがとな。ったく日本語って難しーな」
「どういうことだ?」
「どー説明すっかな・・・」
クラウドは頭をガシガシとひとしきり掻きむしると深いため息をついた。
「リュウ」
「?」
「お前はどこまで知ってんだ」
「どこまでって言われても」
「あーわりーわりー。聞き方が悪かったか。要は自分の器の状態がどうなってるかわかってるか?」
「器の、状態?」
「ああ、そうだ」
「うーん?そんなの意識したことねーかも」
「まっ、フツーはそうだろうよ。とはいえ、オレにもリュウの器の状態がよくわかんねーんだよな」
「何だよソレ」
「オレは器専門の医者だ。それが普通の人間を診察する医者とは違う所だ。これまで結構な数診てきたんだけどな。それでも、お前の器は特殊すぎる」
「よくわかんねーよ」
「だろーな。オレもよくわからん」
「んだよ。頼りねーな。まーいいわ。それよりオッサンが知ってるかわかんねーけど、リンとカノン、それからハルセンセがどうなったか知らねー?」
「カノンは確か百目鬼の娘だったな。リンってヤツがカノンと一緒だったのなら大丈夫だろーな」
「何で分かんだよ」
「百目鬼家がついてるからに決まってんだろ?」
「何その百目鬼家至上主義みたいなやつ」
「別にそーいうことじゃねー。事実を言ったまでだ」
「納得できねーけど、まあ無事だっつーならいいや。それより、ハルセンセは?」
「ハルセンセかどうかは分からんが、とりあえずお前右見てみ」
「右?」
リュウは言われるままに視線を右に向けた。そこには自分と同じように横たわっている人物がいた。
「えっ?ハルセンセ?」
リュウの横には青白い顔をしたハルカの姿があった。
「おい!ヤブ医者!ハルセンセは大丈夫なのかよ!」
「お前さ、人に名乗らせておいてまだ一回もオレの名前呼んでないよな」
「んな事は今はどーでもいいだろ!それよりーーー」
「その嬢ちゃんなら大丈夫だ。お前のお陰でな」
「オレの?」
「そうだ。もう少し遅れてたらヤバかったかもな」
「サッパリ意味わかんねー」
「だろーな」
「おい、クラウド!お前説明する気ないだろ!」
「おっと、ここで名前呼んでくるたーなかなかやるな」
「からかうのもいい加減にしろ!」
「からかっちゃいねーさ。褒めてんのさ」
「全く褒められてる気がしねー」
「まあまあそう言わず」
どこかご機嫌なクラウドを横目で睨めつけるが全く効果は無いようだった。
「とりあえず、この嬢ちゃんが目を覚ますのはもう少しかかりそうだが、お前どうする?」
「どうするって?」
「ちなみに、お前が目を覚ますまで1週間経ってるからな」
「!マジか!」
「ああ、大マジだ」
リュウはチラリとハルカを見てから、クラウドへとその視線をむけた。
「なあ、連絡取りてーヤツらがいるんだけど」
「百目鬼家の奴らか?」
「まあ、カノンもそうだけどリンがな・・・」
「何だお前の彼女か?」
「彼女?・・・!んなわけあるか!リンは男だ!」
「じゃあ彼氏か?」
「んなんじゃねーよ。強いていえば最強の相棒だ」
「ほー、随分とそいつのこと信頼してんじゃねーか」
「当たり前だろ」
「当たり前ねー。お前、人を信用しすぎじゃねーか?」
「?どういうことだよ」
「俺はお前が心配だよ」
クラウドは大袈裟な振る舞いで嘆く素振りをした。
「訳分かんねーこと言ってねーでオレのスマホは?」
クラウドは、無言で近くのテーブルの上にあったスマホをリュウに渡した。リュウは、すぐにリンへと連絡するためにクラウドから意識が離れた。
「本当にお前の純粋さは美徳でもあるが危険でもあるんだよ。いつか壊れなきゃいいがな」
クラウドの呟きはリュウには届いていない。




