4‐5
リンとカノンは百目鬼家の別邸跡地に来ていた。カノンは、この場所に始めて来たが聞いていた通りどこにでもある雑居ビルに見えた。ここに来るまでに、カノンはリンから大まかな話は聞いていた。なぜ、相手が自分を呼んだのかはわからない。だけど、危険だということはわかっていたが、ここに来ないという選択肢はなかった。
「カノン。あなたのことは、僕が守ります。危ないと感じたらすぐに逃げて下さい」
「リンくん・・・。わたしは大丈夫だよ。だから、無茶はしないでね」
リンはカノンに笑いかけた。カノンはそのあまりに綺麗な笑顔に何も言えなくなる。リンはすぐに真剣な表情に変わると、ビルの入り口の前に立った。すると、ドアがひとりでに開いた。
「カノン。手を」
リンはカノンの手をしっかり握るとビルの中へと入って行った。その様子をこっそり見ている人物がいた。アリスだった。アリスは、扉が閉まる寸前にその中へと滑り込んだ。そこは真っ暗で最初は何も見えなかった。しばらくその場でじっとしているとだんだんとその暗さに慣れてきて、ようやく少しだけあたりの様子を窺い知る事ができた。
アリスは、確かに普通の雑居ビルに入ったはずだった。そう思っていたのに、目の前に広がっていたのは、普通の家の玄関だった。奥に続く廊下と上下に向かう階段があることが暗がりの中でうっすらと見えている。
リンと女の子の姿はない。アリスは、どこに向かえばいいかわからなかったが、本能的に階段に足をかけ、上へと登ることにした。とにかく明かりがないので手探りで進むしかない。壁に手をつきながら階段を登り切った。目の前には長い廊下と更に上へと上がる階段がある。少し迷ったが、アリスはとにかく上へ上がってみることにした。自分でも何階上がったのかわからなくなった頃、ようやく階段が途切れた。
「はあ、はあ、はあ・・・。ったく、一体何階建なのよ!」
悪態をつきつつアリスはしばらくその場に座り込んだ。息を整え、ようやく落ち着いてくるとその場所が異様なことに気がついた。そこはとても広い空間だった。窓もないのでまるで奈落の底にでもいる様な感覚を覚える。
そろそろと足を進める。壁に手をつきたかったがそれすら存在しない。ただただゆっくりと手を前に突き出しながら前へ進む。何もない空間に方向と時間の感覚が狂ってくる。とても長い時間そうしている様にアリスには感じられたが、実際にはほんの数分のことだった。
コツンと足に何かが当たった。しかし、手には何も当たらない。どうやらそれは低いところにある様だった。少しだけ手を下げてみる。
ヒヤリ。思わず手を離す。
「なに?すごく冷たい」
もう一度勇気を振り絞って触れてみる。それはとても硬いが滑らかな形状をしている様だった。
「何かの、箱?なのかな・・・」
アリスは慣れてきたのか、だんだんと無遠慮になりその何かを手当たり次第に触り回った。ひとしきり触った感覚から言うと、高さは百センチくらい長さは百八十センチくらいと言ったところだろうか。
「コレって何だろう?」
アリスは、その謎の物体の側で途方に暮れてしまった。
リンとカノンは、ビルに入ってすぐに下へ向かう階段へと足を進めた。明かりはついていなかったが、リンの記憶を頼りに階段の場所にあたりをつけ、ゆっくりと下る。
「リンくんは、リュウくんとここにきた時には階段に足を乗せたら弾かれちゃったんだよね」
「そうですね。初めて百目鬼家の茶室に行った時と同じ感覚だったので僕を害なすものとみなしたのでしょう。あながち間違ってはいないですしね」
「すんなり受け入れられちゃうリュウくんは流石というか何というか・・・」
「まあ、それがリュウですから」
「ふふふ」
「何ですか?」
「リンくんは本当にリュウくんが好きなんだなと思って」
「好きってーーー。ふざけたこと言ってないで、ほら、着きましたよ」
階段を降りるとほの暗い中でも左手の部屋の扉が開いているのがわかった。
「いかにも罠という感じですが」
開いている扉の中から光が漏れ出した。二人は、扉に近づいて、中をそっと伺った。光の正体は、部屋の中のテレビだった。
「ーーーっ!リュウ!!」
リンは思わず部屋の中に駆け込んだ。テレビの中には、椅子の上に縛り付けられてるリュウが映し出されていた。
「リンくん」
カノンは心配そうにリンに近づきその手を引いた。次の瞬間。
バタン!
大きな音がして扉が閉まった。
「しまった!」
慌てて扉に取り付きノブを回すがうんともすんとも言わない。体当たりしてみても、普通の扉の素材ではないのかびくともしなかった。
「すみません。僕の不注意です」
不安そうに見上げるカノンにリンはかろうじて笑顔を見せた。
『百目鬼家の当主をお連れいただきありがとうございます』
突然部屋の中に無機質な声が流れた。リンは大きく一つ深呼吸をするとゆっくりとした口調で尋ねた。
「あなたは誰ですか?リュウは、無事ですか?」
『おや?痩せ我慢ですか?』
「・・・」
リンは、グッと手を握りしめると目を閉じてもう一度息を深く吐き出した。
「もう一度聞きます。あなたは誰でリュウは無事ですか?」
『おやおや。挑発には乗らないということですか。まあ、いいでしょう。ワタシのことはエルとでもお呼びください。そして、あなたの大切なお友達はーーー』
エルという人物が何かを言う前に、うなだれていたリュウが顔を上げて叫ぶ。
『リン!カノンを絶対に守れ!俺のことは気にするな!ここはーーー』
ガツン!と何かを殴るような大きな音がしてリュウの声が途絶える。
「リュウ!」「リュウくん!」
『やれやれ。対した生命力ですね』
「リュウに何をした!」
噛み付くように声を荒げるリンに声の主は押し殺したような笑い声を立てる。
『クククク。おやおや。すっかり冷静さというメッキが剥がれてますよ』
「そんなことはどうでもいい!リュウに手を出すな!」
『ふむふむ。では、そこの少女には何をしてもいいのですか?』
「そんなわけないだろ!」
『何ともまあ我儘ですね。忘れないでくださいよ。あなたのご友人はワタシの手の中。いつでもどうとでもできるのですよ』
「ーーーック!リュウ、なら、大丈夫、だ」
リンは自分に言い聞かせるようにゆっくりとそう言った。
『おやおや。何を根拠にそう言えるのです?後学のために是非ともお聞かせ願いたい』
「お前にはわからない。リュウはすごいやつなんだ。いつだってリュウは僕の考えも及ばない方法を思いつく。だからーーーー」
『だから今回も素晴らしいアイディアを思いついて脱出する。と?浅はかですね』
「・・・浅はか?そう思いたければ思えばいい。リュウは、僕のヒーローなんだ。だからーーー」
『あははは。コレは滑稽ですね。君は君のせいで大切な人が傷つくところを見るべきですかね』
「なっ!」
すると、画面の中のリュウが縛られたままもがき苦しみ始めた。
「やめろ!リュウ!リュウ!!」
それでもリュウは何度も何度も体をびくつかせている。おそらくすでに気を失った状態だが、それでもなお何かしらの危害が加えられているのだろう。
「やめろ!やめてくれ・・・。頼むから・・・」
『そうそう。初めからそうやって素直になればよかったのですよ。でも、もう遅いですけどね』
その言葉と共に、リュウはひと際大きくのけぞるとパタリと動きを止めてしまった。
「リュウ?」
リンは無駄だとはわかっているが、テレビに向かって声をかける。そして、テレビの中のリュウに手を伸ばす。
「リュウ?返事して下さい。できないならちょっとでいいんで動いてください。お願いします。お願いします・・・」
「リンくん・・・」
カノンにとっても衝撃的な映像だったが、リンの取り乱した様子に飲まれてはいけないと本能で感じ取っていた。そっとリンの肩に手をかける。
「リンくん」
リンの耳にはカノンの声が届いていない。おそらく、自分が泣いていることにすら気がついていない。あまりに痛々しい姿にカノンの胸も張り裂けそうになる。
プツンーーー
突如、テレビの電源が切れた。と同時に非常灯のようなものがついた。
「リュウ!」
真っ暗な画面に呼びかけ思いっきりその表面を叩いた!
バリン。
画面に亀裂が入り完全にテレビとしての機能を失った。リンは、パッと立ち上がると扉に向かい思いっきり体当たりをした。びくともしない扉に何度も何度も繰り返す。
「リンくん・・・」
カノンは何もできない自分自身に腹が立っていた。しかし、思い出した。自分がここにいる理由を。
「エル!あなたの目的はわたしなんでしょ!だったらリュウくんを解放して!代わりにわたしがそこに行くから!」
静寂があたりに広がる。いつの間にかリンも体当たりをすることをやめ、カノンを驚いたようにみていた。そんなリンにカノンは笑いかける。
「リュウくんは大丈夫だよ」
「ちがっーーーそうじゃない、そうじゃないんだ!ごめん!カノン!」
リンは、カノンに駆け寄るとしっかりとその腕の中にカノンをしまい込んだ。
「年上なのにカノンに気を使わせてしまいました。すみません。そうですね。あなたの言うとおりリュウは大丈夫です。だから僕があなたを守らなくてはいけません。それが、リュウの願いです」
「リンくん・・・」
『あーあー見てられませんね。本当に忌々しいっ!ですけどね、あなたたちがここから出られることはなーーー』
急に音声が切れたかと思うと、申し訳程度についていた非常灯も消え、部屋の中は完全な暗闇と化した。
「リンくん。どうしたんだろう?」
「わかりません。でも、もしかしたらこの状況はこちらの有利に働くかもしれません」
今の事態は、相手にとっても不測の事態であるように思えた。あたりは暗闇に満ちていたが、リンにはこの状況が一筋の希望の光に思えた。




