3‐5
店員のバイトが終わるまで、二人はそのまま店に留まり、ついでに夕飯を食べながら待った。頃合いになり、会計を済ませ二人は外へ出る。ほどなくすると、着替えた店員も出てきた。店員が近くでまだ営業している喫茶店があるというので、三人はやってきていた。
「で、何が聞きたいの?」
その喫茶店からは、彼女が働いていた店も例の消えるビルも見える。
「あそこ、お姉さんが働いていたレストランの隣って今何が見える?と、その前に、オレはリュウ。そして、こっちのちょっと愛想が悪いのがリン。お姉さんの名前を聞いてもいい?」
「あたしは、アリス。で、何が見えるか、だっけ」
「うん」
チラリと外に視線を向けたアリスは、首を横に振った。
「今日は、例の変なビルは見えないわ」
「見えない。ですか」
「じぁ、見える時の店の中の様子っていつもと違ったりする?」
「・・・。そうね、あまり意識したことがなかったということは特に変わってないのかもしれない」
「なるほど」
「何?なんかあるの?」
「何かあるか確認してるとこ。それより、隣の幻のビルが見える時に他に何か変わったこととかなかったか?」
「うーん。そうねー」
アリスはしばらく考え込んでいたが、ハッと何かに気づいたように二人を見た。
「変わったことではないんだけど、見える時は大抵子供を見かけるかも」
リュウとリンは顔を見合わせる。
「それは、だいたい同じ曜日や時間ではないですか?」
「・・・!そう言えばそうかも!よくわかったわね」
「考えればわかることです」
すまし顔でそう答えるリンをリュウが軽くこづいて「ごめんな。コイツ悪気はないから」とアリスに言う。
「別に気にはしてないけど・・・。あんたたち、仲良いわね」
「ま、長い付き合いなんで」
「へえ、いつからの付き合いなの?」
「コイツが中学に入学してからかな?なっ?」
リュウがリンに同意を求める。
「・・・。まあ、そうですね」
「そうなんだ。二人とも今は大学生?」
「いや、こーこーせー」
何でもないように答えるリュウにアリスが飲んでいた飲み物を吹き出しそうになる。
「えっ!高校生なの!?」
リンは苦い顔をしているが、リュウは軽い感じで「そう」と答えた。
「ちょっとあなたたち、高校生なら早く帰りなさい!もう10時過ぎてるわよ!」
「ぷは!アリスって母さんみたいな事言うな」
「ちょっ!誰が母さんよ!アタシはまだぴちぴちの大学生よ!」
「ぴちぴちなんて言ってるあたり母さんっぽいけど。でも、まあ、そうだよな。大学生ならあんま変わんねーな」
「高校生と大学生では雲泥の差です!」
「何だよ。結局、若く見られたいの?大人に見られたいの?」
「そういう問題じゃない!」
二人のやりとりを見ていたリンが「まるで子供の言い合いのようですね」とポツリと呟くと『誰が子供だ(よ)!』と息ぴったりに二人同時にツッコミを入れた。リュウとアリスは顔を見合わせる。次の瞬間、二人とも楽しげな声をあげて笑った。
「ごめんごめん。ちょっと大人気無かった。でもね、やっぱりまだ未成年なんだから成人してる大人の言うことは聞いた方がいいわよ」
「それは、相手による」
「そうですね。信頼できる大人の助言は有り難く頂戴しますが、そうでない場合はお断りです」
リンの言葉に、アリスは少し寂しげな表情を見せた。それを見てリュウがすかさず声をかける。
「誤解すんなよ。別にアリスがそうじゃないって言ってるわけじゃないからな。コイツ、頭いいくせにちょーっと言葉が足りない時あっから」
「そう。まあ、別に気にしてないけどね。それより、ここで会ったのも何かの縁だから困ってることがあるならお姉さんが力になるわよ」
「サンキューな。ほら、リン」
「その、ありがとうございます」
「うん。素直でよろしい。で、アタシはどうすれば良い?」
「あなたは、何もしないでください」
「どうして今の流れからそうなるのよ!」
「いえ、ですから危険かもしれないので、何もしないでください。ただ、あなたが気づいたことを教えていただけたらそれで十分です」
「ったく、リンはほんとーに言葉が足りないな」
「ほんとにね」
呆れたようにそう言うアリスだが、その顔は何処か嬉しそうでもあった。
「それじゃあ、何が聞きたいの?」
「あなたのバイトのシフトと子供を見た曜日と時間です」
「なるほどね。とりあえず、アタシのシフトは基本的には平日の午後6時から10時まで。でも、水曜日と金曜日は午後の講義をあまり取ってないから早めに入る時もあるわ」
「何時くらいですか?」
「そうね、3時とか早ければ2時くらいかしら」
「実はアリスって苦学生?」
「そう言うわけじゃないけど、なるべく親に負担かけたくないしね。だからって、勉強はちゃんとしてるわよ」
「偉いな、アリス」
「ちょっと何よいきなり」
「別にいきなりってわけじゃないだろ。アリスが努力してきたのは」
「リュウ、その辺にしといてあげてください」
「?何で?」
「アリスさんがゆでだこになってしまいます?」
リュウがアリスを見ると、確かに顔が真っ赤になっていた。
「アリス、大丈夫か?風邪か?」
「何でもないわよ!ちょっと暑いだけ!」
手でパタパタと顔を扇ぎながらアリスは横を向いてしまった。
「変なやつだな」
本気で訳がわからないという感じで、リュウは目の前のアイスコーヒーを飲んだ。
「あっ!」
突然アリスが声をあげた。
「どうしました?」
「思い出したの。そう言えば、子供を見かけたのはいつも明るい時間だった。だから、水曜日か金曜日だと思うの。その日は、だから隣のビルが見えるはずよ」
「なるほど」
「それってさ、もしかしたらアイツが帰ってくる時間はいつも見えてんのかもな」
「そうですね・・・」
「でも、俺らには今もアレが見えてんだよな」
「そうなんですよね・・・。だから、見えてる人と見えていない人の差は何なのか・・・」
リンは、思考の海に沈んでしまったのか、しばらくはそこから浮上して来ないようにみえた。
リンが考えた仮定は、ショウが出入りするときだけまったく関係ない人にも建物が見えるようになるというのが一つ。自分たちがショウに関係なく建物が見えるのはカノンが言っていた開花と呼ばれる特殊能力と何か関係があるかもしれないということが一つ。しかしそれでも、角度が違うと見えなかったことを考えると、他にも条件があるのかもしれない。考え出したらきりがなかった。
「ねえ、あの子大丈夫?」
アリスが、リンを心配そうに見ながらリュウに聞く。
「ああ、大丈夫だよ。それより、アリス。サンキューな」
「えっ?何が?別にアタシは何も・・・」
アリスが、言葉を続けようとしたがリンと真正面から視線が合って次が続かなかった。
「いいえ。とても参考になりました。あなたは、もう今日のことは忘れて日常に戻ってください」
リンはそっけなくそう言いながら、立ち上がった。
「ちょっと待ってよ!」
アリスは思わずリンの袖を掴んだ。
「何ですか?」
「いや、だって忘れらるわけないじゃん」
「大丈夫ですよ。しばらくは思い出してしまうかもしれませんが、僕たちはもうあなたの前には姿を現しません。そうすれば、時間が経てば自然と忘れますよ」
「もう、会えないの?」
「そうですね」
「ったく」
リュウは、リンの手首とその袖を掴んでいるアリスの手を掴んだ。そして、そっと引き離す。
「ごめんな、アリス」
アリスは、パッと手を離すと手をヒラヒラさせて「ごめんごめん。こんなイケメン二人とこれっきりなのが惜しくなっちゃっただけだから」と、あえて何でもないように言うが、その表情は寂しそうにも見えた。
リンは、軽く会釈をすると伝票を持って行ってしまった。アリスは、その姿を眩しいものでもみるように見ていた。
「アリス」
リュウに呼びかけられて、思わず肩が上がる。
「ごめんな」
「ごめんって、何が?」
アリスの問いかけにリュウは、曖昧に微笑み手を上げて「じゃあ、気をつけて」とだけ言ってその場を後にした。
「もー、何なのよ。なんかモヤモヤする」
アリスは、髪の毛をくしゃりと掴んで頭を抱えたが、すぐに顔を上げて席を立った。




