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百目鬼家の秘密の一端を知ってしまった二人は、百目鬼家を後にしても素直に帰る気にはなれなかった。二人は、会話もせずただ歩いていた。目的があったわけではない。あたりはもうすっかり暗くなっている。気づくとリュウとリンは、ショウが入っていった建物の近くに戻ってきていた。人通りはあまりないが、全く人が通らないわけではない。例の建物の両脇は雑居ビルで飲食店やカラオケ店、小さな会社など色々な店が入っている。
「まあ、せっかくここまで来たんだし、ちょっと情報収集していこうぜ」
リュウが、あえて軽い感じでリンに話しかけた。リンは一瞬自分がどこにいるかわかっていなかったようだが、あたりを見回して理解した。
「そうですね」
リンも気持ちを切り替えて、改めて周囲を観察するとショウが入っていったビルの右隣にイタリアンレストランがあることを見つけた。二人はひとまず、そのイタリアンレストランに入ることにした。
「いらっしゃいませ」
店員の元気な声が二人を迎える。
「お二人様ですか?こちらの席へどうぞ」
店員に促されて、ちょうど外を見渡せる席へと案内される。
「ここなら隣のビルの出入りが確認できますね」
そう言いながら席についたリンだが、リュウがしきりに辺りをキョロキョロと見回していることに気がついた。
「どうしたんですか?」
不思議そうに首を傾げながら腰を下ろすリュウに問いかける。
「なーんか変なんだよなー」
「何がですか?」
リュウは、視線を外へと向けた。そして、ハッとした表情を浮かべた。リンもリュウに倣って外を見る。最初はよくわからなかったが、ついにはその違和感に気がついた。
「まさか、これって」
「な、そうだよな」
「「隣のビルがない」」
二人の声が重なる。実際に外を見てみると隣のビルが見当たらない。正確に言えば、ビルはあるのだがあのショウが入っていったビルがなく、その左隣にあったビルが隣に存在していた。
「よく気づきましたね」
「いや、この店入った時に外から見た時より広く感じたんだよな。だから、めっちゃ違和感ありまくりで気持ち悪くてさ。だから原因を探ってたら」
「隣のビルが無かった、と。おそらく、あのビルの半分ほどの面積がこちらのビルに加算されている感じになっているのでしょう」
「てーことは、左隣も同じ感じってことか?でも、外から見ると普通に見えるのにな」
「確かめてみましょう」
「確かめるって」
「すみません」
通りかかった店員にリンが声をかける。
「ご注文がお決まりですか?」
「アイスコーヒーを二つお願いします」
「はい。アイスコーヒー二つですね。かしこまりました」
「あっ、何勝手にーーー」
リュウの抗議はリンの手つきで制された。
「ところで」
リンはリュウに構わず、去りかけた店員に話しかけた。
「はい?」
店員は不思議そうに振り返る。
「隣のビルってどんなお店が入ってますか?」
「えっ?隣ですか?うーん。よくわからないですけど確かカラオケ屋さんとか入ってたと思いますよ」
チラリと外に視線を向けてから、店員を見返す。
「あなたはここに勤めて長いのですか?」
「長いと言えるかは微妙ですけど、2年くらいは働いてます」
「お店に入る時は、そこの正面の入り口から入りますか?」
「ええ、裏口もありますが表から入ることが多いですね」
「では、今までに隣のビルに違和感を持ったことはありませんか?」
「違和感、ですか?ちょっと言っている意味が・・・」
困惑している店員に更に畳み掛けるように質問しようとしていたリンを今度はリュウが制した。
「リン。店員さん困ってっから。ーーーごめんな」
「い、いえ・・・」
「でも最後に一個だけいい?」
「は、はい」
「この店、広くない?」
「えっ?」
予想外の質問だったのか店員は一瞬言葉に詰まったが、次の瞬間、我が意を得たりというように「そうなんです!」と前のめりで同意した。
「最初はもっと狭い店なのかと思ってたんです。でも、実際中に入ったら予想より広くってなーんか気持ち悪かったんですよね」
店員は、こちらから聞くまでもなく自らの不満をこぼし始めた。
「でも誰に聞いてもこの違和感に同意してくれる人がいなくて。それに、隣のビルですよね」
鼻息荒く二人のことを見る店員に、多少戸惑いながらも二人は頷いた。
「実は、隣のビルも変なんです。日によってビルの形が変わっているというかーーーいや、違うかな?日によって間に一個別のビルが入っているような感じになってる時があって」
「おっ!ビンゴ」
「へっ?」
店員の口から間の抜けた声が漏れる。
「そこの所をもう少し詳しく話してくれませんか」
リンが有無を言わせないような威圧感を持って迫る。店員は思わずジリジリと後退る。
「まあまあまあまあ。リン、ちょっと落ち着け」
リュウの言葉で緊張が解けると店員は「では、私はこの辺で。ごゆっくりお過ごしください」と言い置いて、その場を離れようとした。その手をリュウがパッと掴む。
「ごめんな。その話すっごく大事なことだから、仕事終わってから少しだけ時間もらえないか?」
「そんな、困ります」
「そこを何とか」
「でも・・・」
チラリとリンの様子を窺う。リュウがテーブルの下でリンの足を蹴っ飛ばす。リンの顔が微かに歪むが、リュウが言わんとしていることは察することはできた。リンは居住まいを正すと、普段は決してしないような、あざとさを乗せて店員を見上げた。
「先ほどは驚かせてすみませんでした。話を聞かせていただけませんか?お姉さん」
そして、この上なく上品ににっこりと微笑んだ。
「ま、まあ、そこまで言うんなら・・・」
二人はそっと視線を交わし、一段階進んだことを実感した。




