96_誰が一番不幸だった?(リゼット・ミハイル視点)
リゼットは可愛いね。
リゼットは特別だよ。
リゼットはすごい。
リゼットは素晴らしい才能の持ち主だ。
リゼットの願いは、きっとなんでも叶うだろう。
リゼットは──。
私は、そう言われて生きてきた。
その言葉通りの人生を歩んできた。
褒められ、特別扱いされ、周りの子よりも才能がある。
私に口うるさく言うのは死んだママだけだった。
『人に優しくしなさい、自分のことばかり考えていてはダメ』
『リゼット、あなたは可愛い子だけれど、だからと言って何をしても許されるわけじゃあないのよ?』
ママはそう言ったけれど、そんなわけないじゃない?
私は可愛くてすごいから何をしても許されるし、自分のことだけ考えてれば世界はうまく回るの!
──そのはずだったのに!
「どうして魔法が使えないの!?私は、私は聖女なのに!」
フォーがいなくなって、聖魔力がすっかりなくなってしまった!
それどころか、私の体にはもう一切の魔力が残っていないらしい。
そんなことありえる?ありえないよね?きっと、時間が経てば戻ってくるはずよ!
そうじゃなきゃ、私、ルーツィアと同じ『無能のダメ令嬢』になっちゃうじゃない……!
「いや、いやよ、そんなのいやーっ!!」
軟禁されている自室で、手当たり次第に物を投げて壊して、必死に現実から逃げようとした。
だけど、現実は私を待ってくれない。
お兄様が部屋に来て、やっと出してもらえるのかと期待したのに、厳しい表情で意味の分からないことを告げられた。
「は?もう王都にはいられないってどういうこと?そんなの、神殿が許すわけないじゃない!」
「その神殿も決定に関わっている話だ。それに万が一神殿が許さなかったとして、王家の命令は絶対だ」
そんなの最悪じゃない!お兄様が言っている辺境って、美味しいお茶も、珍しいスイーツも、華やかなドレスも手に入らない、何もないって有名なあの場所なんでしょう!?
そんなところ、少しだっていたくない!
「じゃあ……いつまでそこにいればいいの?すぐ戻りたいわ」
その期間が短いなら、まだ我慢できるかも。そう思って聞いたのに、お兄様は私を蔑んだような目で見ると、質問に答えることもなく部屋から出て行ってしまった。
ああ、もう、本当に最悪!どうしてこんなことになったの?どうして?
そ、そうよ!お父様とお母様に「辺境なんて楽しみもないんだし、私は王都にいたいわ!」ってお願いしてみよう!あの二人ならきっと、私のお願いをなんでも叶えてくれるはずだもの!
そう思い、夜に部屋を抜け出して、二人がいるはずの部屋に向かう。
廊下に明かりが漏れる部屋の前までたどり着くと、中から声が聞こえてきた。なんとなく、その内容を聞いておいた方が良い気がして、こっそり隠れて聞き耳を立てる。
話しているのは、お兄様とお母様、お父様の三人のようだった。
「すぐに爵位を私に渡して、リゼットと一緒に辺境の地に向かうことについて、本当に良かったのですか?辺境は厳しい土地です。リゼットが重い罰を受けない条件とされているので、父上と母上も二度と王都には戻れなくなるはずですが」
え?待って?私が重い罰を受けない条件ってどういうこと?
ちょっとほとぼりが覚めるまで、辺境で隠れて過ごせばいいってことじゃないの?
そういえば、お兄様がなんだか色々説明していた気がするけれど、自分の現状があまりに可哀想で、イライラして、それどころじゃなかったからあまりちゃんと聞いていなかった。
で、でも、お父様とお母様が、きっとどうにかしてくれるよね?
そう、期待したのに。
「ええ、もちろんよ。最高の気分だわ。これで彼女の娘が完全に私達だけのものになる!」
「ああ、そうだな。これほどの幸せは他にない。私達で彼女の娘を生涯可愛がるさ。あの子を、彼女だと思って」
その言葉を聞いて、分かってしまった。
お父様もお母様も、この状況を心から喜んでいるんだって。
それだけじゃない。
実の娘であるルーツィアを蔑ろにするくらい私を愛していて、私を大事にしているんだと思っていたけれど、それは間違いだったんだ。
あの二人は、私を愛しているんじゃない。
ママの娘を愛しているのよ。
私は、誰からも愛される人間だと思っていた。
だけど、本当に私を愛してくれている人なんて、存在しているんだろうか。
お父様とお母様は、ママを愛している。
ソレイユやギズリは、『聖女』を大切にしていた。
フォーは『都合のいい人間』を気に入っていただけ。
足元がぐらぐらする。
私、私、私……愛されるどころか、私自身を見てくれている人はいるの?
「あ……」
その時気づいた。
ひょっとして、誰よりも私をきちんと見てくれていたのは、ルーツィアだったんじゃないかって。
私は私自身を愛してくれたかもしれない人を、自分で遠ざけちゃったんじゃないかって。
「そ、そんなわけない。だって、私はリゼットよ?お父様もお母様も私を愛しているし、ソレイユたちは、悪魔の件で仕方なく私と離れなくちゃいけなくなってきっと絶望しているし、フォーは、自分が神獣だったら私の側に居られるのにって、そう思ったからきっと神獣のふりをしたんだわ!!」
泣いても叫んでも、誰かが助けに来てくれるようなことはなかった。
今までなら、私が怒ったり泣いたりしたら、すぐに皆が機嫌をとってくれていたのに。
深く深く、出口のない暗闇に落ちていくような気がした。
◆◇◆◇
私──ミハイルがリーステラの人間になって以来、リゼットのことを不憫だと思ったのは初めてだった。
「……もう、リゼットは聖魔力を失ったのだから、聖女ではありませんが」
「何を言っているの?聖女じゃなかったとしても、世界で一番素晴らしい聖女の『娘』なんだから、何も問題ないでしょう?」
「……それならいいのです」
これ以上話しても意味がないので、話はそこで終わった。
父と母は浮足立った様子で、辺境へ発つための準備にとりかかる。
ルーツィアがこの二人に会うのを拒絶したことは正解だった。
恐らくルーツィアが二人に会わない選択をしたのは『二人が愛しているのはリゼットだけで、ルーツィアには一切親としての愛も興味もないから』だと思ったからなのだろう。
だが、それも間違いだった。
この二人は、『聖女』と呼ばれたリゼットの母だけを愛しているんだ。
(とんだ歪んだ愛、だな……)
そもそも、二人が婚姻を結んだのも、私を養子に迎えたのも、全てはリゼットを通して聖女と呼ばれたリゼットの母親と縁続きになりたかったからということだった。
今でもきっと、その思いは微塵も変わっていないのだ。いい方にも、悪い方にも。
笑えるほど歪んでいるが、ある意味ブレがない。
今でも彼らの中で大切なのはリゼットの母だけなのだろう。
そんな二人に、自分自身を見てもらえずに、その上で偏愛されることになるリゼット。
実の両親だというのに、一切自分を見てもらえず、全く愛してもらえなかったルーツィア。
果たして、より不幸だったのはどちらだったのか。私にはもう分からない。
(ただ……ルーツィアが、魔塔で幸せに暮らせているようで、本当に良かった)
愚かな私ではルーツィアを傷つけるばかりで、幸せには出来なかったから。
魔塔のある方の空を眺めながら、そんなことを考える。
ルーツィアがセルヒ殿を見つめるあの目を、私に向けてほしかった。
しかし、それは叶わぬ夢と終わったのだから、私も切り替えていかなければいけない。
「やることは山積みだな……」
思わずため息をつく。
リーステラの爵位を継いだ後は、婚約者を迎えることも考えなければならない。
当主になると言うことは、後継ぎが必要になるのだから。
最悪、私自身のように養子を迎えるのでもいいが、できれば少しでもリーステラの血を繋ぐことができた方が望ましいだろう。
ルーツィアは気にしないだろうが、それが私からのせめてもの贖罪になるような気がしていた。
ずっとずっと、ルーツィアだけを想い生きてきた。
他の誰かを見ることなどできるのだろうか。
だけど、両親のように、他の誰かを愛する別の人の代わりにするようなことはしたくない。
時間はかかるかもしれないが、いつか誰かと、穏やかな家族愛でもいいから、育んでいけたら……そんなことを思ったのだった。




