95_私にとって、血の繋がりは水よりも薄い
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普段、魔塔にお客様が来る機会はあまりないらしい。
それでも、続くときは続くものだよね。
ソレイユ様とギズリ様の訪問の翌日、今度はミハイル様が訪ねてきた。
また同じ応接室に通されたミハイル様だったけれど、ソレイユ様たち以上にその表情は強張っている。
ミハイル様に会うのは緊張するかと思ったけど、今日も私の隣にセルヒ様がいてくれて、膝の上にはおこげちゃん、足元にはフワフワがいる。
だから、思っていた以上に平気だった。
「ルーツィア、君の活躍をよく耳にしているよ。聖女になることを打診されたことも聞いた」
「ええっと、それは、断りました」
つい昨日のことなのに、もう知っているんだと意外に思う。
だけど、どうやら神殿が私を聖女として迎えようとしているということ自体は、瘴気だまり事件の翌日からすぐに囁かれていたらしい。
全然知らなかった……。
「ルーツィアならそうすると思った。だけど、それでも市井の人々は皆ルーツィアこそが聖女だと思い、そう言いながら称えているよ」
「ええっ!そうなんですか!?」
たしかに、あの時も私を聖女だって言っている人はいたけど……私なんかが聖女なんて、おこがましくてちょっと恥ずかしく感じるくらいで。
……だけど、それくらい私の力が役に立てたってことかな?と思うと、ちょっと嬉しい。
「本当に、本当に、ルーツィアはすごいよ……私はルーツィアのことを何も分かっていなかった」
ミハイル様はたくさん私を称えてくれた後に、そう言ってどこか自嘲するように笑った。
そして、話題はやっぱりリゼットのことへうつる。
「ルーツィア。リゼットの今後についてはもう聞いたと思う」
「……はい」
「リゼットともに、リーステラ伯爵夫妻も王都に戻ってくることは二度となくなるだろう。ひょっとすると、この先ルーツィアとあの二人が会うことはないかもしれない。……あの人達が辺境に発つ前に、お父様とお母様に会っておくかい?もちろん、その場合はルーツィアがリゼットと顔を合わせるようなことはないようにするよ」
ミハイル様の表情は、私を気遣ってくれているのがよく分かるものだった。
そっか。もしかすると、これがお父様とお母様に会う最後になるかもしれないんだ。
だけど、考えるまでもなく答えは決まっていた。
「いいえ、大丈夫です。二人に会う必要はありません」
意地を張っているとか、二人が嫌いだったり怖かったりするから会いたくないとか、そういうわけじゃない。
ただただ、会う必要性が感じられなかった。
少し前に、魔塔にわざわざ両親が会いに来たときのことを思いだす。
あの時二人が来た理由も、つまりは『リゼットに会いたいから』だった。
きっと、これからリゼットと一緒にいることになる二人にも、私と会う理由はない。
会いたい気持ちも、会う理由もないなら、会わなくていい。自然な気持ちでそう思っていた。
「そうか。余計なお世話だったね」
「いえ、気にかけてくださってありがとうございます」
少し名残惜しそうな素振りではあったけれど、必要なことを話し終えるとミハイル様はすぐに帰っていった。
ミハイル様はこれから色んな引継ぎや手続きをして、すぐにリーステラ伯爵になる。きっとものすごく忙しいはず。今回の件の影響で一番忙しくなったのはミハイル様かもしれない。
それなのに私のためにわざわざ魔塔まで来てくれたことに感謝しかない。
結局、元家族の中で、私のことを気にしてくれたのは血のつながりのないミハイル様だけだった。
それを寂しく思うことも今はない。
だって、魔塔の皆やフワフワ達に出会って、誰かを大切に思う気持ちに血のつながりは関係ないと心から思うようになったから。
私のことを大事にしてくれる人はたくさんいる。
そのことを知っているから、血がつながっているだけの人が私を大切に思っていなくても、それでも傷ついたりはもうしない。
そんなことを思いながらついつい物思いにふけっていたのだけれど。
……ぐう~。
「あっ!お、お腹が……!」
とんでもない音が私のお腹から響いて、恥ずかしすぎてしなくていい自己申告まで口にしてしまう。
うう、顔が熱い……!セルヒ様に、ばっちり聞こえちゃったよね!?
おそるおそる隣のセルヒ様をちらりとうかがうと、楽し気に笑うセルヒ様と目が合った。
「はは!いい音だったな。オーランドがそろそろ戻る頃か?実はオーランドの作るパンケーキは絶品なんだ。作ってもらいに行かないか?」
「はい……!」
食べるものを作ってもらうなんて、家族みたい!
ううん、家族みたい、じゃなくて、私にとってもう魔塔の皆は家族なんだ。
嬉しくて、浮かれた気分で妄想する。
オーランド様はお父様で、グレイス様はお姉様。ノース様はお兄様で……フワフワとおこげちゃんも大事な家族だし、そしてセルヒ様は……。
……セルヒ様は。
とっても優しくて、いつも私を見てくれているセルヒ様。魔塔で出会ったばかりの頃も、私が不安に思わないか、傷つくようなことがないか、いつだって気にしてくれていた。
自信のない私が勝手におかしな誤解してしまわないように、どんなことでも言葉を尽くして安心させてくれて、だけど最近はその頻度も減ってきて、私を信頼してくれるようになったんだって実感できて……。
瘴気だまりや悪魔と対峙した時も、すぐに手を取って、私を導いてくれた。
すぐに助けてくれるけれど、私のやりたいことや意思は必ず尊重してくれる。
気が付けば、私にとってセルヒ様は特別な存在になっていて。
だから、だから、セルヒ様は──
思わず想像した、家族の中でのセルヒ様との関係に、思わず顔が熱くなる。
「ルーツィア?どうした?顔が赤いが、まさか体調が悪いのか?」
「い、いえ!とっても元気です!!!」
私の様子がおかしいことに気づいてくれたセルヒ様が、心配して顔を覗き込んでくる。
今までだってこんな風に近づくことは何度も会ったのに。どうしよう、顔が見れない……!!
「と、とにかく!パンケーキ、作ってもらいにいきましょう!」
「あ、ああ。だが本当に大丈夫か?もしも辛い時はすぐに俺に言ってほしい。いつどんなことがあっても、俺がルーツィアを助けてみせるから」
「……はい」
嬉しくて、恥ずかしくて、小さな小さな声でしか、返事が出来なかったのだった。




