93_大事件が無事に解決した後
王都に瘴気だまりが発生したあの大事件から数日。
私はセルヒ様と一緒に、神官ソレイユ様、神官騎士ギズリ様と顔を合わせていた。
場所は魔塔の1階応接室。ここは魔法使い以外も入ることができる部屋だ。
ソレイユ様はまず最初に、あの事件のことやあの後のことについて色々と説明してくれた。
「この度のことは神殿の失態だ。大変申し訳なかった」
瘴気だまりがあれほど多発していたのは、やっぱりリゼットが悪魔を神獣と思い契約したことが一番の原因だったらしい。
悪魔が消滅してからは、出来る兆しさえ一切なくなっているんだとか。
神獣様だと思っていたのが悪魔だった。そんなこと、ソレイユ様やギズリ様をはじめ、誰も、考えもしなかったに違いない。
そりゃそうだよね。まさかそんなことが起こるなんて、思うわけない。
「実は、神獣召喚のサポートを行った神官に改めて聞き取りを行ったところ、最初に召喚されたのはあの悪魔ではなかったらしい」
「そうなんですか?」
なんでも、神獣を召喚する際にあまりに人が多いと、召喚者よりも魔力が強い人がいた場合に召喚のノイズになることがあるらしく、立ち会える人は決まっているのだとか。
ソレイユ様は魔力が強いため、召喚に立ち会うことはできなかったらしい。
「傷だらけでボロボロの汚れた姿で召喚されたらしく、神獣ではないと思ったリゼット嬢が再召喚を要求したらしい。今思えばその最初に召喚された存在こそが神獣様だったのだろう」
リゼットは、その時点で悪魔を呼べてしまうほど、悪意を抱き、聖魔力に濁りがあったのだろうということだった。
……そのせいで、神獣様が魔法陣を通り抜ける際に、悪意が瘴気に変わり、神獣様を攻撃してしまったらしい。
「その神獣様はどうなったんですか?」
「信じられないことに、立ち会った神官の一人が森に捨てた、と……」
ソレイユ様の話を聞いて、まさか、と思い至る。
私は懐の中を覗き込む。その中から、おこげちゃんがきゅるんとした目で私を見つめ返してくれた。どうやらおこげちゃん、私がずっと懐に入れていたせいで、ここにいるのが落ち着くみたいで、すっかり定位置になってしまっているのよね。
なぜか、そのことをセルヒ様が嘆いていたけれど……まあそれは今はいいとして。
私はおこげちゃんに思いついたことを投げかけてみる。
「まさか……リゼットに最初に召喚された神獣様って、おこげちゃんだったの?」
『そうだよ~!痛かったし、嫌だった!』
そう言いながら、おこげちゃんは懐から飛び出して、私の首元に顔をすりすりしてくれる。
『でも、ルーツィアに会えたから、捨てられてよかったの~!』
「おこげちゃん!」
なんて可愛いの!
もふもふを撫でて堪能していると、ソレイユ様が苦しそうな顔になる。
「そうか、やはり、その方が神獣様なのか……」
ソレイユ様はすっかり項垂れてしまった。
うーん、神教会からすると、大切な神獣様を自分たちが捨ててしまったということになるから、ソレイユ様はその事実を知らなかったとはいえ、とても辛いお気持ちになっているんだろうな。
「そもそも、神殿の最初の過ちはリゼット・リーステラを聖女として迎えたことだ。聖女と認めた功績もルーツィアのものだったにも関わらず、ろくな調査もせずにあれが聖女だと舞い上がったのだろう」
「セ、セルヒ様……」
あまりにもバッサリ斬り捨てるセルヒ様に、私はもう苦笑いするしかなかった。
その後、ソレイユ様はリゼットについても教えてくれた。
結論から言うと、リゼットは神教会にはいられなくなり、リーステラ伯爵夫妻と王都を去ることになった。
あの後、悪魔の消滅とともにリゼットの中の悪魔の力も消えたけど、同時に聖魔力も消えてしまったらしい。
つまり、リゼットは完全に魔力自体をすべて失ってしまったことになる。
起きた内容が重すぎるため、リゼットの処分をどうするかは、この数日間王家と神殿で協議されていたんだとか。
あの日の騒動はまだすべての神官様、神官騎士様には伝わりきっていないらしくて、そのせいで『リゼットは悪魔に騙されただけの被害者だから、神獣──つまりおこげちゃん──と契約し直してこのまま聖女であってもらおう』という意見もあったらしい。
リゼットには心酔しているといっても過言ではない相手も多かったから、それも無理はないのかもしれないよね。
はたまた、リゼットの『悪意』を受けていた人は神官様の中にもいたらしくて、そういう人は事実をしっかり把握していて、『すべての元凶はリゼットなのだし、悪魔を引き入れるほどの悪意を持った人間は処刑すべし』という過激な意見もあったのだとか。
実は、後者の方が多かったと聞いて、ちょっと驚いてしまった。
それほど悪魔と契約してしまっていたことは衝撃的で、深刻な事実だったんだと思う。
議論は紛糾したけれど、リゼットはすでに一切の魔力を失っていて、これ以上国に害を与えるような行動は起こしようがないこと、民たちにもリゼットが犯した罪の全てが知られてしまっている状況、そして、経緯がどうであれ、リゼット自身は悪魔の正体をしらず、本気で瘴気だまりを浄化し人々の治癒をしていたつもりだったこと、さらにはリーステラ伯爵夫妻がリゼットの保護を申し出たことで、辺境の地から決して出ないという条件で許されることとなった。
リーステラ伯爵はこれをもって当主を退き、ミハイル様が新たなリーステラ伯爵になることも決まった。
「……リゼットが処刑なんてことにならなくてよかった」
顛末を聞いて、私は思わずそう零していた。
これは私の本音だった。
リゼットに思うことはたくさんある。蟠りもないと言ったら噓になる。
だけど、死んでほしいなんて決して思わない。
きっと、もう会うことはないけれど、遠い地で穏やかに過ごしてくれればいいなと思っている。
私の呟きが聞こえていたらしいソレイユ様は、なぜか目を丸くすると、その後静かに目を伏せ、ふっと息を吐いた。
そして、意を決したように顔を上げると、真っ直ぐに私に視線を向ける。
「ルーツィア・リーステラ嬢。無礼を承知で申し上げたい。……どうか、聖女として神殿に来てはくれないだろうか」
「え……」
そう言って、ソレイユ様は机に頭をぶつけてしまうんじゃないかというほど深々と頭を下げた。
意外な申し出に驚いて、思わず隣に座るセルヒ様と目を見合わせてしまった。




