78_神官騎士はもう誤魔化せない①(ギズリ視点)
俺──ギズリは、湧き上がる焦燥感に抗えなくなってきていた。
一体、なぜこんなことになっているのか。
「私、私、もう、無理です……!」
目の前で、神官モネが震えながら泣き崩れている。
「モネ、落ち着くんだ」
「リゼット様の要求は留まるところを知りません!無理難題を押し付けられて、出来なければ人格を否定する暴言や、酷い暴力!精神的な攻撃や脅しを受けることも……!もう、私、どうしたらいいか」
モネは自分の立場に絶望し、しかし逃げ出した場合、その罰は残される家族に向かうことになる。その行く末を思えば逃げることも出来ない。
人々に称えられる聖女のそんな姿を話しても誰にも信じてはもらえないだろうと誰かに相談することも叶わず、いっそ自ら命を絶とうかとすら考えていたようだ。
ここ最近のあまりの顔色の悪さややつれた様子に、聖女リゼット様に対して困りごとはないかと聞いた私にだけ打ち明けてくれた。
最初は、俺もその全てをすぐに信じられたわけではなかった。
なぜならば、聖女とは清廉潔白、人々を思い、民につくす、心優しき愛に溢れる乙女であるはずだから。
だからこそ、ソレイユ様は聖女様に憧れ、俺もそのあとに続き、聖女にこの命すらも捧げると誓って生きてきたのだ。
しかし──リゼット様に抱いていた違和感が警鐘を鳴らした。モネの言うことを「聖女のことを悪く言うなど言語道断」と切り捨てることはできなかった。
だから、神の名のもとに平等に判断することが大切だと己に言い聞かせ、この目で真実を見極めようと、身を隠してリゼット様とモネの様子を確認して……突き付けられたのはモネの話から想像するものよりもよほどひどい光景だった。
『はあ?私のささやかなお願いが聞けないってわけ?私を誰だと思っているの?』
『も、申し訳ございません……!しかし、ご要望にお応えするのは現実的に難しいのです……』
『ふーん。わかったわ。ふふ、だけどこのままだとお前の家族だけ聖女の魔法を受けられず、無残に死ぬことになるわね?』
『そんなっ!?』
『あら、当然でしょ?あんたは私のお願いを絶対に叶えたくないって言っているのに、私にはあんたの家族を助けろって?自分勝手すぎない?』
『叶えたくないと言っているわけではなくっ……』
『叶えられないなら同じことでしょう!今のこの国の現状を分かっているの?私が疲れて瘴気だまりを解消できなくなれば、あっという間にこの王都も魔物で溢れちゃうかもしれないわよ?そうしたら……きっとあんたの家族はおしまいね。それが嫌なら死ぬ気で私の言うことを聞きなさいよ!』
悪い夢なのではないかと思った。もしくは自分の頭がおかしくなってしまい、ありえない幻覚を見ているのではないかと。
だから、もう一度機会を作り、確認した。
『ああ、可哀想な私!まさか世話役のはずの神官にいじめられるなんて!』
『滅相もございません……!私がリゼット様を虐めるなど、そんなこと、できるわけがございません……!』
『え?いじめていないって言いたいの?へえ?だけどそれを誰が信じると言うの?』
『え……』
『私がたとえばソレイユに泣いて訴えれば、お前は聖女を虐め抜いた世紀の悪女として有名になっちゃうわね!そうしたらもうこの国では生きていけないんじゃないかしら?家族だって恥ずかしくて情けなくて死んじゃうかも!』
『ひっ……そんな……』
『嫌なら私のお願い、聞いてくれるわよね?どうにかして』
『か、かしこまり、ました』
──これは、なんだ。
これが、俺の、ソレイユ様の仕える聖女なのか?
聖女とは、清廉潔白、人々を思い、民につくす、心優しき愛に溢れる乙女であるはずだ。
聖女とは──。
足元が深い穴に落ちていくような感覚。これが絶望というのだろうか?
しかし、いつまでも呆然としているわけにもいかない。モネはこの瞬間も苦しみ続けているのだ。
いかに聖女相手だろうと、これを見過ごすことはできない。
俺はソレイユ様に聖女の言動を報告し、相談することにした。もちろん、どのような人格であろうとリゼット様がその力をもって聖女に認定されているのはまごうことなき事実。
瘴気だまりが増え続けている今、リゼット様の力は必要不可欠だ。機嫌を損ねるわけにもいかない。
しかし今はモネにのみその暴挙は向けられているが、いつ他の神官や神官騎士、はたまた民にその矛先がいくかはわからない。モネのことを別にしても、その危険性は無視できない。
だからこそ、聖女に対してどうすればいいか、どうにか変わってもらう方法はないか、ソレイユ様と相談したかったのだ。俺一人では、とてもじゃないが手に負えない事案だから。
ところが──
「リゼット様は聖女であらせられるぞ!そのようなことをするわけがない。神官モネを聖女を陥れようと虚偽の報告をした罪で処罰し、神教会から追放しろ」
聖女に憧れ神官になったソレイユ様のなかで、思っていた以上に聖女の存在は絶対的なものだったのだ。
「ソレイユ様!お待ちください!モネの言っていることは事実なのです。陥れようとした罪など……」
「お前、まさか、あろうことか神官モネにたぶらかされでもしたのか?聖女様はそのようなことはしない。現実を良く見ろ。私達が長年、追い求め、あこがれ続けた聖女様が今目の前にいるのだぞ?……ギズリ、一体どうしてしまったというのだ?」
俺だって、そう思っていた。しかし、現実はこの目でしっかり見たのだ!
ソレイユ様は知らないから信じられないのだ。ソレイユ様こそ、どうか一度俺のように事実を見て確認してほしい。
そう願おうとして……気づいた。
ソレイユ様は、その片鱗をすでに目にしている。
「ソレイユ様。本当に、少しの違和感も抱いたことはないのですか?」
「何が言いたい?」
ソレイユ様は、俺を鋭く睨みつけた。




