Phase・Ⅲ あなたのそばで眠りたい
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暴力シーンがあります。
苦手な方は飛ばしてお読みください。
暴力レベル:馬場チョップ
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ショウを頭に立てるグループのたまり場は、あの廃業した薬局の二階だった。彼はその建物の本来の持ち主である未亡人の息子で、かの西施が麒麟飯店のマオおやじと再婚したために、ここにひとりで住んでいるのだという。もっとも、いつもだれかが入り浸っているので完全に一人暮らしではないが。
アイリンにとっては義理の弟になる。
元のボスの恋人で、現在のボスには義姉にあたる女性ならば、敵対するグループが人質として目をつけるのも無理はないとリュイは納得した。
さて、そのリュイである。
かつてはリビングだったらしいたまり場に入るなりてきぱきと席を設け、アイリンは茉莉花茶を出してくれた。それはいいのだが……環境が、どうにもいただけない。
壁といわず、天井といわず、エスメラルダの看板やらポスターがはびこっているのだ!
ナルシストになるにはリュイは美意識というものに無感覚すぎた。我ながらおぞましいほどの厚塗り写真に囲まれ、心境はさながら蝦蟇の膏だ。
「じゃあ、リュイ。あたしコレ置いてくるから、ここでお茶飲んで待っててね。ついでに今夜泊まることも言ってくるから、安心して」
アイリンに、他意はまったくない。
同性の幼なじみの家に泊まることを危惧する親もいないだろう。反対に、マオおやじはリュイが男だったらぜひ娘の婿に、と言ったクチなのだ。
しかし……。
リュイを男だと思いこんでいるアイリンのボディガード役は、心中おだやかではない。
男にしては線が細すぎるが、見れば見るほど、リュイがいい男であることを、ショウは痛感させられていた。
まだ成長期とはいえ、身長が百五十七センチの彼のコンプレックスを、リュイは刺激する。加えて、彼の尊敬する兄貴分のルオの恋人に抱きつかれて平然としている態度が、すごくむかつく。
そして……そして!
仲間たちとショウが集めた〈エスメラルダ・グリーン〉を不愉快そうに眺めた行為に至っては、許しがたいとしか言いようがない!
彼の視線を感じてか、なにげない動作でリュイがショウのほうを見る。本人はちっとも意図していなかったのだが、サングラスをかけたままのまなざしが彼の中の青さ──美女のポスターを集めて満悦している(つもりはないが)青春小僧ぶり──を嘲笑しているような気がした。
なんだ、コノヤローという気持ちでにらみつけると、鬱陶しそうにリュイが言った。
「……エスメラルダ・グリーン、好きなのか」
「べっつにー」
すでに行動が裏切ってしまっているのに、虚勢を張る。
「気に入ってるだけだ」
実際、ショウはエスメラルダという女性を好きだとか嫌いだとかいう情思で考えたことはなかった。おそらく性分なのだろうが、彼は、不良少年をやっているわりに恋愛沙汰にはとことん縁がなかった。
関心を示さないのだ。
まだガキだからと意地悪な見方をする輩もいないではないが……彼としてはいまのところ、女にうつつをぬかすのは軟弱者のすることだと思っているだけだった。
「……キレイだからな」
「ふーん」
無関心なあいづちを打つだけ打って、リュイは茶をすする。批判的な意見も、からかうようなそぶりも、見せなかった。
そのクールさに、こいつはオレを馬鹿にしているのではないかと、ショウは疑う。
「まだ、名前をきいてなかったな。アイリンはリュイって呼んでたようだが?」
「呼びたきゃ、そう呼んでもかまわないさ」
男言葉は中華街で生きていた十六年間で身についた処世術のひとつだ。
というか……女言葉をつかうと、自分が変態になったような錯覚にリュイは陥る。
「オレはショウ・ユンウェイ。ルオのあとを継いだここのボスだ」
ショウの言葉を推して、リュイを威嚇するようにとりまきがその両側で肩をそびやかす。面構えといい、図体といい、迫力満点のにーちゃんたちに囲まれるショウは、小兵ながら、あきらかに彼らの上に立つ格を見せていた。けっして、虎の威を借る狐めいた雰囲気にはならないのだ。
だから、たいていのやつはこれに圧倒されて、へりくだってしまう。
瞬時に相手が自分より上か下か見抜けない男は、大人であれ子供であれ、ルナポリスでは生き残れない。
「ショウ……ユンウェイ」
リュイはつぶやくようにその名を口にした。
「漢字にするとすごい名前なんだろうなぁ」
「オレは名前のほうを呼ばれるのは、好きじゃない。姓で呼ぶほうが利口だと思うぜ、リュイ?」
「初対面で敬称なしか? 年長者は敬えとルオに教わらなかったようだな、ショウ・ユンウェイ」
「なっ……!」
とたんに色をなしたのはショウの側近たちである。彼らの中にリュイを知る者がいなかったのは、とても不幸なことだった。
「エラそーに年長者うんぬんとネゴトほざく前に、ボスへの礼節ってヤツをわきまえるべきだな、にーちゃん」
「いくらアイリンの客分だからって、ここで暮らすんだったらケジメはつけてもらいたいぜ!」
リュイはそっと茶碗を置いた。
割るとアイリンが悲しむだろうな、ということに配慮して、テーブルの前にまわる。そこからこっちに被害は出さないつもりだった。
ショウは彼らを止めない。悠然と、成り行きを見守る。
「五人がかりか」
糾弾ではなく確認に、
「おい」
さすがにフェアじゃないと声をかける。ひとりが残って、あとは後退した。ボスに倣って腕を組み、観戦の態勢に入る。
残ったのは、身長こそリュイより低いが体重は三十キロほど重そうな男だ。東洋系にはめずらしく、少年らしからぬふてぶてしいオヤジ顔。
リュイが素手なので彼も武器を出さなかった。それなりの流儀は守っているようだと、ボスとしてのショウを評価する。卑怯者には、しょせん、同類の手下しかつかないからだ。
はりきって身構えるオヤジ少年を前に、さてどうしたものかと、のんびり考えた。こちらはこれといった構えを見せていない。
手の内を読ませないのもあるし、こういう場合、先に動いたほうが多く隙を作るとわかっている。
リュイは後攻めが待てる。
アイリンの弟分たちを残酷にいたぶるのを、よいことだとは思わなかった。教訓はほかで学べ、という気持ちもある。
「ふンっ」
しびれを切らしたオヤジっちが突進してきたところへ、蹴りを放つ、放つ、放つ!
おそろしい速さの三段前まわし蹴りだ。
いと優雅な身ごなしを培うためにと習わされているダンスやバレエのおかげで、リュイの身体は柔軟な動きを、無理なく、すばやく、繰り出すことに慣れている。護身術も、プロポーションに過負荷にならない程度には、叩きこまれている。
もともと、喧嘩は強かった。
その天性の勘は、指を傷める可能性が高いパンチよりも足攻撃がこの場合は有効という判断を下した。足を挫けばショーに出られなくなるが、リュイの足は手の指より頑丈だ。
なにより相手は足が三連発でくるとは予想もせず、よけたと思った瞬間に、次のフェイントを見たと感じる間もなく、本当の蹴りをまともにくらった。派手にぶっ飛ぶと、仲間をひとり下敷きに、気絶する。
「次は誰だ?」
リュイはつい、笑ってしまった。ずいぶんと久しぶりの喧嘩だが、昔より、身体がよく動く感じがする。
絶好調なのはいい気分だ。
そして、なんといっても、他人の目を気にせず心のままに暴れられるなんて、爽快ではないか。
笑いながらも、戦略を練る。二番手は当然、足を警戒するだろう。
「ヤローっっ」
巻き添えでずっこけていた男が、額に青筋浮かべてパンチしてきた。
起き上がってから攻撃に移るまでのスピードは及第ものだが、がむしゃらなだけだ。単純に顔面を狙ってくる。
左に軽く流すと、待っていましたとばかりにもう片方の手がボディにくる。一歩、後退しながら、リュイはその拳をそらし、さらに身を引いて足払いをかけた。
ゆるやかな舞いにも似たその動きに、なにがどうなったのかわからないうちに、少年はがくんと腰をおとした体勢にされていた。
本気の場合は、相手がその状態になったところで顔面にヒザ蹴りを見舞うのだが……リュイはそうしなかった。手刀の一撃で、青筋クンの意識を奪う。
そのまま少年のそばをすり抜け、座っているショウの真ん前に立つ。
「さて、どうする」
もう、おもしろくなくなってしまっていた。無益な戦いは好むところではない。
しかしそれを言葉にしても、なおさら少年たちは引かないだろう。
「……オレが相手だ」
ショウが立ち上がった。
リュイは腕を組み、彼を見つめた。ルオが後継にしただけのことはあるようだ。年下ながら、自分が表に出て問題を処理しようという気構えには侠気を感じる。腕利き(たぶん)の子分ふたりをあっさり戦力外にしてしまった二十センチ以上もでかいやつに立ち向かうその度胸は……うれしくなってしまうではないか。
「あいにくだが」
こみあげてくる微笑を、抑える。
「ボスとやりあう気は、ない」
リュイとしては、一件はこれにて落着したつもりだった。
未知の男は彼らのボスを認めたのだ。このストレンジャーをどう遇するかは、ボスの決めること。客分扱いが、適切なケースと思われた。
が……。
肝心のボスは、リュイの行動にすっかり困惑させられていた。
これまでに彼が戦ってきたのは地位を狙う者か、敵対するグループだった。彼自身はルオから禅譲されてボスの座に就いたが、それらの敵を打ち負かすことによってその力量は証明されていた。身長差や年齢差、あらゆるハンデを乗り越えてリュイに勝てる見込みは……五割もあればいいと思いながらショウは立ち上がったのだ。
それを、彼の決意を、リュイは……。
「……なぜ?」
見くびられたといきりたつのは、安っぽいチンピラにはお似合いのふるまいだが、ショウはその手の行動パターンを持っていない。血気にはやって暴力で物事を解決するのが得意なお年頃のくせに、熟考型の少年なのだ。だからこそ、四つも五つも年上の若者たちも首魁として認め、従う。
押し殺した低い声に、そっけなくリュイは応える。
「争う理由がわたしには、ない。さっき誰かが言った礼節とやらが問題となっているんだったら、お互いさまだと思う。それともべつに何かわたしを敵視する理由が、ショウにはあるのか?」
「オレが? あんたを?」
しばし、ショウはリュイを凝視する。
敵視というよりは、気にくわない理由ならば二、三ある。ともすればそれは個人を攻撃するのに充分な根拠とされがちだが、正当性などかけらもない。
そんなみみっちい理由で喧嘩を売るなど、ショウの矜持は許さない。
彼の信頼する側近たちは、もう口出ししようとはしなかった。ボスの判断を待つ。
「……オレのほうも、いまはあんたとやりあう理由はない。いいだろう。アイリンの客人として歓待してやるよ」
リュイにしてみれば歓待されるいわれもないのだが、黙ってうなずく。
外から直接二階へと通じる階段が大きく軋む音が聞こえたのはそのときだった。
その階段は、耐用年数はまだありそうなのに、誰が踏んでも最後の三段が気味悪く鳴くのだ。
「ショウ!」
呼びかける声が人物確認の符丁となっているのか、近くにいた少年がドアを開けると、男が──少年ではない。まちがいなく成人男子だ──ひとり、入ってきた。筋肉隆々とした身体を包むTシャツがいまにもはちきれそうで、のばし放題の髪がむさくるしく、いかにも腕力主義っぽいのだが、身のこなしは驚くほど静かで滑らかだ。
「よお。きれーなお客さんを連れこんだって聞いたぜ。一見の価値ありかどうか、拝みにきた」
ショウが、あきれかえった目つきで男を見る。
「彦左……」
こちらもまじまじと見て、リュイは男の名をつぶやいた。
大徳寺彦左衛門……日系人だが、ルオの片腕をつとめていた男。外見に似合わず、緻密な作戦をしかけるのが得意だ。智謀策略に長けていながら戦力としてもなみなみならぬ実力を持つ、腕良し頭脳良しのお買い得品。
「へえぇ、こいつぁたいしたべっぴんさんだと言いたいとこだが、リュイじゃねぇか」
不精ひげだらけのあごをぽりぽり掻きながら室内を見渡す。彼が来るまでに何があったのか、一目瞭然だった。
「相手がリュイじゃ、下手にちょっかい出すと後悔するぜ。根が冷たいやつだから、クソ意地悪で手痛い仕返しをされちまうぞ」
リュイにしてみれば、かなり手加減していたほうなのだが……彦左はまるで自分が痛い目をみてきたようなことを言う。
「ひとに冷血呼ばわりされるほどの功徳は、まだ積んでないと思うが」
「功徳か?」
「功徳だ」
アイリンという弱点がある分、直情のままに対峙せざるをえなかったルオに比べると、彦左にはリュイをからかう精神的な余裕があった。しかし従順にもそれにつきあってやるほど、リュイは奇特ではない。
この両者のあいだにも、それなりの事情が存在するのであった。
冷酷非情な所業を功徳と表現するあたり、リュイはまだまだ謙遜している。
かつて、四つも年上で身体の大きなルオと、対等以上の不敵さで勝負していた悪ガキのしたたかな成長ぶりに、彦左は相好をくずす。
「リュイ……」
腕組みしたままの体勢で、なんだと言うようにリュイが彦左を見た。
「でかくなったな。二年、いや三年になるかよ? 安心しろよ、ショウ。こいつもおまえくらいの歳んときゃ、アイリンより、背が低かったんだ。やせっこけたおチビのくせにルオにつっかかってて、かぁいかったんだぜ」
「悪かったな、いま、かぁいくなくて」
険まみれの声に、いやいや、とかぶりを振ってサングラスに手をのばす。
「べつに悪かぁないさ。グラサンとってみろよ。髪、長くなったなぁ。なかなか、きれいじゃねぇか。これで胸とケツがこう、ばーん、ぼーんと立派だったら、ミス・アポロニアにだって応募できる!」
とっさに身をひねってリュイはその手を逃れた。ショウが驚いたようにふたりのやりとりを見ている。
「な、なに馬鹿なこと言ってんだ。彦左、てめぇ、よっぽどお婿に行けねぇカラダにしてもらいてぇみたいだな!」
しっかりとサングラスを手で押さえ、啖呵を切る。
彼はリュイが女性であることを知っている。それを弱みにするつもりはないし、彦左だって同じ考えのはずだ。ショウと配下の少年たちに至っては、貞操の危機など問題外といえる。
しかし、ただ女性というだけならともかく、この部屋中に貼られた美女が自分だとばれようものなら……そちらのほうが危険だとリュイは思った。
「お婿に行けないカラダぁ?」
「は! そいつぁーいいや」
いったい誰の口からその言葉が出たのか、真実を知らぬが幸いで、ショウが吹き出す。
「そのほうが夜のため、アポロニアの女性のためかもしれないな」
「彦左は女たらしだから」
「いまでもそうなのか」
ショウは思わずにやりと笑っていた。
「自称〈武闘家〉にあるまじき軟派ぶり、だろ」
「まったくだ」
屈託なく、リュイも笑う。
いいやつなのかもしれない、とショウは思いだしていた。端正な顔立ちに、もはや鼻につくような不快感は感じない。
「英雄色を好むという言葉を知らんのか」
彦左が居直る。リュイは容赦なく一言。
「放蕩者の言いわけだ」
ひょっとしてリュイがアイリンに無愛想なのは硬派だからなのではないかと、ショウにもわかりかけてきた。
彼女が抱きついたときリュイは冷淡だった。だが無理やり引き剥がそうとはしなかったし、無関心なら誰かを助けようとさえしない人間なのではなかろうか。
「……ガキめ」
ややあって彦左が口にしたのは、はっきりいって負け惜しみである。
「そろいもそろって恋愛不感症のくせしやがって。いいか、誰かを好きになるってぇのは人間にいちばん大切で自然な感情なんだぞ! んでもって、好きになったら押し倒したくなるのは当然だ」
「なんですって!」
そこへきついソプラノが割って入った。アイリンだ。持っていたバスケットをドアマンと化した少年に預け、彦左に詰め寄る。
「リュイが恋愛不感症って、どーゆーことよっっ! あんたみたいな淫乱魔人を基準に考えるでないわ。比べるのももったいないけど、女とみればハナの下のばしてる誰かさんとじゃ月とスッポンよ! それでもあんた、あたしのリュイにいちゃもんつける気ぃ?」
この界隈でアイリンに口で勝てる人間はいない。
そして、彼女の前でリュイの悪口を言って無事にすんだ者も、また、いない。それは恋人のはずのルオですら、例外ではないのだ。
「あのなー、アイリン?」
「なによっ」
彦左はリュイよりも頭ひとつ分ほど、背が高い。大男である。その彼をひるませたアイリンは、やはりただ者ではない。
「頼むから、あたしのリュイなんてぇ台詞、ルオの前でだけは言ってくれるなよ。俺は痴話ゲンカの仲裁なんて、やりたかねーんだ」
彦左衛門をしてその腰を低からしめる人間がいるなんて! 義理の姉の、否、アイリンばかりではない。女性の強さの真髄を見たと、このときショウは思った。
リュイも見とれてしまうくらいに、あでやかな……少女ではなく女性の微笑でアイリンは応える。
「そんなの、必要ないわよ。相手がリュイじゃ勝ち目がないって、最初からルオにはわかってるはずなんだから」
「ホントに?」
「彦左……」
どちらが年上か知れたものではない。いたずらっぽい思いつきに黒い瞳を輝かせ、彼女はとどめを刺した。
「葵もジニーもインリンも、メイホアだって、あんたとリュイじゃリュイのほうが好きだって言うわよ?」
四人ともに、彼のいちばん親しいおトモダチである……。
「アーイリーン……」
彦左の完敗は誰の目にも明白だった。
女子には女子同士の連帯と連係がある。そのトップの座にあるアイリンが断言したのだ。彦左はもののみごとにリュイの悪口を言った報復を受けた。
愛の甘美な無情さに打ちひしがれる男など、リュイは見向きもしなかった。この程度で英雄色を好むとは、片腹痛い発言だ。それから、自分を見つめるショウの視線に気づく。
彼は……混乱していた。
彦左の話ではリュイは硬派だ。これまでの行動もそれを証明している。しかし、アイリンが言ったように中華街きってのキレイなおねーさんたちが、彦左よりもリュイに惚れているのだったら……とんでもない女たらしということになるのでは?
そんなやつの家へアイリンをひとりで行かせたら……?
値踏みするような、不審そうなまなざしが、長居は無用という注意をリュイにうながす。
こうじろじろ見られていては、気が抜けないではないか。せっかくの休暇なのに。
「……じゃあ」
とりあえず、しばらくこの街で暮らすということは知らせたのだ。ショウの手下が今後からんでくることはあるまい。短く断って元ショウ家の居間を出る。軽やかな足音をたててアイリンがあとを追う。
「待てよ、オレも行くっ」
自他ともに認めている女好きの彦左よりも女にもて、背が高くてハンサムなリュイから義姉を守るには自分がついていくしかない!
ショウは責任感が強かった。
「なんだって?」
ドアの外でアイリンを待っていたリュイが、あっけにとられたように彼を見た。無防備、といってもいいくらいに驚いている。あらどうしましょう、という表情でアイリンが小首をかしげる。
「へっへへへぇぇーっ」
深いふかぁい海溝よりも落ちこんでいた彦左が、不気味な笑い声とともに浮上してきた。
「そいつぁーいいや。確かにアイリンひとりじゃ危ない。俺も一緒に行ってやるよ」
「誤解をまねくような発言は慎まんか! 彦左、てめぇこんにゃろー、おもしろがってやがんな」
幼なじみで、同性の自分といてどうしてアイリンが危険なのだ。リュイは同性愛者ではないし、恋愛全般においては無頓着というか無関心というか興味ないというか、よくわかっていないのだから。
好きという気持ちは知っていても、押し倒したいという欲求を覚えたことは未だかつて、ない。
「あとでルオに首しめられたって、止めてやらんぞ?」
そういう行動を、真に警戒すべきは彦左のほうだ。彼の道徳観念が劣情を圧伏することはない。
絶対に!
アイリンと自分自身とを守って夜を過ごすのか──考えただけで不眠症になりそうな気がする。
リュイの憂鬱をよそに、バスケットを彦左に渡してアイリンは元リビングに戻って作業を始めた。
「あう……」
思わず、ショウがなさけない声を出す。
「一枚くらい、いいでしょ? リュイってこういうもの、お部屋に飾らないのよね。花よりは長持ちするわよ、これ」
アイリンはその手に大判ポスターを一枚巻き取っていた。美的価値はそこそこにあるのかもしれないが、肩や鎖骨があらわで……麗雅な仕上がりなのだがヌードみたいで、リュイが好きじゃないやつだった。
「はい」
さも当然といった顔で、義弟に渡す。
「んじゃ、行きましょ」
邪魔な荷物は男ふたりに持たせ、リュイの腕にまた右手をからませ、歩きだす。
「あのー、アイリンさん……」
見送るショウの手下のひとりが、彼女の勢いにまごつきながら声をかける。
「急の用事のときは、どちらへ連絡を?」
彼らのボスと後見役がそろって出るのだ。居所を知らないでは、側近などやっていられない。
アイリンは黙ってリュイの顔を見上げる。
「……ジャンクⅢの二階にいる」
彼らのいう急用とは、小さな諍いから命にかかわるものまであることを知っているから、リュイは自分の部屋を教えた。
我ながら甘いな、などと思いながらも。
── あなたのそばでねむりたい ───────




