災難って意外と続く
今私の剣は、尻餅をついた相手の喉元に軽く触れている。
つまり、私の勝ちだ。
開始早々で決着がついてしまい、皆静まり返っている。
私は、くるりと体を向けつかつかとお爺様の元まで歩いて行く。
「お爺様。約束ですから、私は見学致しますわ」
そう言ってから、剣を貸してくれた方に剣を返す。
すると、静かだった修練場が騒がしくなった。
「おおぉ!!なんだ今の!?」
「す、凄ぇ!!動きに無駄がない!!完璧だ!!!」
「あれでまだ八歳って、本当なのか!?」
そうですね、中身はババァですよ。
力を手にした欲求不満ロリショタ大好きババァです。
「お返し致しますわ」
「あ、はい!しかし、凄まじい速さでしたね!」
「流石、ダグラス様のお孫様ですな」
「そんな、あの方が手加減をして下さったのでしょ?」
「ははは、これは手厳しい。あの者も、まだまだ未熟でしたな。無礼を私からお詫び致します」
「いえ、ホーク様。頭を上げてください。私が大人気なかっただけですわ?」
「大人気…?ははは、そうでしたか。流石お孫様です」
いや、団長。そこ笑う所なの?確かに見た目八歳だけどさぁ…。それにしても、皆興奮しすぎだろ?大丈夫なのか?この騎士団…。
一応、毎日鍛錬はしてるんだよね?こんな中身ババァ、外面小娘に負けて良いの?解雇とかされない??
というか、一体私は何処に向かわされているのだろう…。今なら剣士になれそう…。
「ん?そこにいるのはテレサ嬢か?」
遠い目をしていたら、突然誰かが背後から声を掛けてきた。
振り返ると、そこにはマリウス君と前に見た侍従が立っていた。
「これはマリウス殿下。息災でしたかな?」
「ダグラスか。あぁ、お陰様でな。今日はダグラスだけではなく、テレサ嬢も来ていたのか」
「お邪魔させていただいております」
私は、マリウス君に模範的な礼をした。
こんなむさ苦しい男しかいない修練場で、可愛いショタに会えるなんて!!付いてきてよかった!!!ありがとうお爺様!!!
私は、心の中で大歓喜した。
「殿下、少し来るのが遅かったですな。今、テレサ嬢が素晴らしい剣技をお見せになられたところです」
「そうなのか!?それは残念だ…」
はぐっ!?マリウス君がしょんぼりしている!!可愛い!!くっそ可愛い!!
「テレサ嬢、もう手合わせはしないのか?」
「え、えぇ。私が勝ったら、今日はもう手合わせは無しという話ですから」
「そうか、では、また来た時に見せてもらおう」
「…え」
何?どういう事??また来た時???
私の脳内に『?』が飛び交う。
何故そういう事になるのか?
「ははは!やられたなテレサ!『今日は』などと言うからだ」
「はっ!そういう事ですか!!」
今日はって事は、また次がある…という事だ。
なんという…。
自分で墓穴を掘ってしまったのか…無念。
まぁでも、もうしたくないならホークさんを倒さないといけないらしいから、同じ事か。
よし、絶対に殿下に見られる前に倒そう。
私は心の中でそう誓った。
「ところで殿下は、何故ここに?」
「あぁ、乗馬を習いに行く道すがら、騎士達の様子を見ようと思ってな」
「そうだったのですね。それはご苦労様です」
「そうだ。良かったらテレサ嬢もどうだ?」
「え、私もですか?」
嬉しいお誘いだけど、良いのか?私はただの伯爵家の娘だぞ?ナターシャちゃんを誘うならまだしも、私など誘っても良いのか?
「遠慮は要らない。私が、ダグラスの絶賛するテレサ嬢の乗馬の腕前を見てみたいのだ」
「テレサ、行ってきなさい。どうせここに居ても見ているだけなのなら、殿下と乗馬をしていた方が身になる」
確かに。むさ苦しい男達より断然ショタが良い。
ショタの寿命は短い事だし、今日はお言葉に甘えよう!
「では、御一緒させて頂きます」
「わかった。では行こう」
そう言って案内された場所には、既に大福ちゃんが居た。
その近くにも、何頭か馬が繋がれている。
「これが、テレサ嬢の愛馬か」
「はい。大福と言います」
「ダイフク?不思議な名前だな」
「お爺様にも言われましたわ。でも、私もこの子も気に入っているんですよ?」
そう言うと、大福ちゃんがそれを肯定するように、私にすり寄ってくる。
可愛いので、頭を撫で回す。
「本当に信頼しあっているのだな」
「はい。もう家族ですから」
「そうか。私もそんなパートナーに会えると良いのだが」
「殿下はまだ、決まった子が居ないのですか?」
「あぁ、そうなんだ。今は練習だしな」
そう言って、他の馬達を見る。
皆、今は大人しくしている。
そして、ただ話していてもあれなので、乗馬をする事になった。
最近慣れ始めてきたらしいマリウス君と、今日は場内を少し散策する事になった。
大福ちゃんがいつもの様に座ってくれる。そこに横向きに座ると、大福ちゃんが立ち上がり視線が高くなる。
「本当に賢い馬だな」
「はい。大福は賢い子なんです」
マリウス君も馬に乗せてもらい、先生や護衛の準備も整ったところで、散策開始だ。
流石王宮の庭。
いくつもの木々が均等に立ち並び、美しい花々も咲き誇っている。
当たり前だが、うちとは比べ物にならない。
前を歩いて行くマリウス君の、まだ完璧ではない、少しぎこちなさがある姿は、見ていて本当に可愛い。
何故こんなに可愛い天使が、あと数年でただのイケメンになってしまうのか、不思議でならない。
そんな風に思いながら歩いていると、誰かの声が聞こえてきた。
「これは殿下!乗馬中でしたか」
「ロゼライン公に、ナターシャ嬢か」
「殿下、先日は私のパーティーにお越し頂きありがとうございました」
ナターシャちゃん!私の天使!!
そこに居たのは、ナターシャ様とその父親らしき男性だった。
何故ここにいるのかは知らないが、こんなところで会えるなんて、まさに運命!!
私を見るや否や、ナターシャちゃんとお父さんの顔が歪む。
やだ、そっくり…。
「殿下、そちらは?」
「あぁ、こちらはダグラスの孫娘の…」
「テレサ・ルーベルンと申します」
私は馬から降り、礼を取る。
「あぁ、元・第一騎士団の団長殿のお孫様でしたか…。して、何故貴女が殿下と?」
「それは、私が誘ったのだ。丁度ダグラスと騎士団を見に来ていたのでな」
「殿下が!!…そうですか」
お父さん、笑顔が黒いです。
流石公爵様、威圧感が半端無いですね!!
「そうだ殿下!私の娘も、乗馬に同行させていただけませんか?」
「お父様!?そんな、私が殿下となんて…」
ほんのり頬を染めて恥ずかしがるナターシャちゃん…まじ天使。
「ロゼライン公、お嬢様に乗馬のご経験は御座いますか?」
「いや、だがお前達が付いているのなら、問題なかろう?」
「いえ、経験もなく万が一の事があっては大変です」
「お前達は、一体何の為に殿下に付いているのだ!そのくらいどうにかするのがお前達の仕事だろう!!」
お父さん…それは、幾ら何でも横暴でわ…?
しかし、ナターシャちゃんのお父さんは引かないらしく、ナターシャちゃんを殿下の馬に乗せた。
いやいやいや!お父さん、それは幾ら何でもダメですよ!!相手は王子様ですよ!?正気ですか!?
どうやら、ナターシャちゃんのお父さんは、ナターシャちゃんが可愛くて仕方ないらしい…その気持ち分かる。まじ天使だよね。でも、その行動はよろしく無い。
お父さんがナターシャちゃんを馬に乗せたのはいいが、その後お父さんは何故か馬の後ろに立った。
やばい気がして、私は咄嗟にナターシャちゃんのお父さんを突き飛ばした。
その行動は、どうやら正解だったらしい。
「いっ…何をするか!?」
「きゃあっ!?」
「うわっ!?」
「ぐぅっ!!?」
「「!!!」」
お父さんを突き飛ばしたすぐ後、私の体は吹っ飛ばされた。
馬に蹴られたのだ。
咄嗟に腕で庇った為、腕が死ぬ程痛い。体も強く打ち付けたからか、上手く息ができない。
「テレサ嬢!!」
「ルーベルン様!!誰か!早く医師を呼んで下さい!!」
周りがかなり騒がしい。しかし、その時の私には、そんな事を気にする余裕はなかった。
痛みに顔を歪めながら薄目で見たものは、骨が飛び出し変な方向を向いた私の腕だった。
そして、そのまま私は気を失った。