第3章3話 初級ダンジョン攻略1日目
「え? も、もうクリアして来られたんですか?」
昼食を取るついでにニースィアの冒険者ギルドに帰って来て、たまたまだと思うが同じロシアンブルーそっくりの猫人族の受付の女性に初級地下迷宮『幽霊屋敷』のクリア報告をしていた。
受付カウンターの上にポンと『水晶石』を置いて、今回はちょっとだけ自慢そうにニッコリとアリスが満面の笑みを浮かべる。
「これがダンジョンコアよ。これも、明日になったら元に戻ってるんでしょ?」
「そ、そうですが。た、ただ今、初級地下迷宮『幽霊屋敷』のクリアの手続きをいたしますので、このまま少々お待ちください」
そう言うと五枚のギルドカードを持って、シルバーっぽいブルーのしっぽをピンと立てたまま走って奥に引っ込んでしまう。
「それじゃ、今のうちに【魔石】とドロップアイテムを換金しておきましょうか」
これもまた両方共に百個づつを超えるぐらいとラスボス二体分もあったので、少し時間がかかってしまうらしい。ちなみに、今回も全てがレアアイテムだったりしたので結構な金額になるようだ。
先に昼食を取って来るかと考えていると、受付嬢がネコ耳をピンとさせたまま奥からまた走って帰って来て、息を切らしながらギルドカードを返してくれる。
「み、皆様、お待たせしました。こちらが初級地下迷宮をクリアしたデータを記入したギルドカードになります。ただ、『幽霊屋敷』は初級の中では一番難易度の低い地下迷宮になりますので、Dランクへのランクアップは後ひとつ初級地下迷宮をクリアされてからになります」
「あら、後ひとつだけでいいの? それじゃ、みんな。お昼を食べたら、後ひとつやっつけるわよ!」
「「「「おおー」」」」
「ええー」
おい、アリス――本気かよ。
「え?」
あれ? ぜーぜー言ってた受付のお姉さんがネコ耳をピンとさせて、口をあんぐりと開けたまま固まってしまったぞ。
横では、アリスが人差し指を、チッチッと振っている。
「何、ブーたれたんのよ。だいたいハクロー、あんた今日何も働いてないじゃないのよ」
「そりゃ、そうだけどさぁ――待てよ? いや、俺はずっとルリをおんぶして痛い痛い痛いって。はあ~、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば?」
何故か背中をポカポカと柔らかい拳で殴ってくるのは、子供のように赤く染めた頬をプクッと膨らませたルリさんです。
「分かればいいのよ、分かれば。それじゃ、お昼は何にしよっか?」
ちょっとは暴れてスッキリしたのか、ご機嫌でスタスタと扉を開けて出て行くアリスと、その後ろをあれが食べたいこれが食べたいとワイワイ言いながらついていく愉快な仲間達だった。
それをヒクヒクと引きつった笑顔で見送るネコ耳の受付嬢がボソッと、いつの間にか隣りに立っていた赤いチャイナドレスのダークエルフの女性に向かってつぶやく。
「あの~、午後にもうひとつ初級地下迷宮をクリアしちゃうと、今日この冒険者ギルドのニースィア支部に登録したばかりの見習いFランク冒険者のニュービ―が、本当で初日から初級上位のDランクになっちゃいますが……」
「しょうがないだろ? やめさせる訳にもいかないんだからな。もう、なるようにしかならないだろ?」
「はあ、そうれもそうですが」
半分投げやりにそう言って肩を落としたまま、酷く疲れた様子で【ミスリル☆ハーツ】のメンバーが去った扉を見つめるギルマスと受付嬢の二人がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「うわぁ~。この特盛スペシャル海鮮丼、すっごく美味しいじゃないのよ」
各種刺身がてんこ盛り乗ったどんぶりを箸で掻っ込みながら、「くぅ~、わさびがぁ」とか唸って超ご機嫌で満面の笑みのアリス。
お昼ご飯は海岸沿いの商店街でたまたま見つけた――何と海鮮定食屋に来ていた。
人気の店なのか店内は多くの冒険者達でごった返しているが、ヘルシー志向らしい女性冒険者も結構な人数いるのであまりむさ苦しくはない。
「いや、本気で刺身があるなんてなぁ~。ああ、この異世界で頑張って生きて来て良かったぁ。この特上にぎり寿司ランチもいいけど、やっぱりこっちのバッテラだよなぁ~」
「ハクローくん、このお子様ランチのチラシ寿司も美味しいです!」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべたルリは、まるで雛祭りのような色取り取りのお刺身などが乗った、見た目にも可愛い本日のスペシャルランチセットをつついている。
「ハク様、これは中々奥が深いでしゅ」
「フィもとってもお気に入りぃ~」
生魚を初めて食べることになった、小さなコロンと妖精のフィもすっかり気に入ったようだ。
ちなみに暴食の妖精フィは、当然のように特盛スペシャル海鮮丼と特上にぎり寿司ランチに本日のスペシャルランチセットのチラシ寿司を目の前に並べて――おおぅ、もうほとんど残っていなかったりして。
ここの一貫は冒険者向けなのか普通よりもかなり大きく握ってあって、それだけで小さなフィのお腹なんか一杯になってしまうだろうに、本当どこに消えてしまっているのか。
まあ、ちょこちょことコロンもつまんでいるようだが、それにしても、なぁ?
「クロセくんがくれた、この押し寿司も美味しい」
「だろ、だろぉ? 俺はこのバッテラが一番好きなんだよ。六人の姉貴達には安い男って、いつも言われてたんだけどね」
「うん、バッテラ美味しい」
消化のよさそうな茶碗蒸しセットを注文したユウナが、無表情ながらも紫の瞳を細くしてほんのわずかに微笑んで見せる。
すると、ぴょこっと顔を上目遣いにしたルリも、紅い瞳を細めると嬉しそうに向日葵のような笑顔を覗かせる。
「えへへ~、ハクローくん。私もバッテラ大好きですよ~」
「ハク様、コロンも好きでしゅ」
「フィは全部どれも好きぃ~」
日本でも食べ慣れているはずのルリだけでなく、お酢で〆た魚も初めての小さなコロンとフィも気に入ったようで良かった。うんうん、可愛い子達だ。
「まったく、ハクローは。あんた、またお父さんの顔してるわよ。あ、美味しぃ」
向かいの席から箸を伸ばして来て、俺の皿から追加オーダーしたバッテラをひとつ奪っていったアリスが、紅と蒼のオッドアイで流し目を向けて微笑む。
「ふんっ、別にいいだろ?」
俺の好きな物を一緒に喜んで食べてくれるんだから、そんなの嬉しくてあたりまえだろ? そりゃあ、傍目にはキモくて悪かったと思うけどさ。まあ、今日のところは見逃してくれよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぎにゃああああ!」
「いやぁあああああ!」
午後に足を踏み入れることになったふたつ目の初級地下迷宮の、地下一階のフロアじゅうに響き渡るような、フィとルリの叫び声がどこまでも反響していた。
今回はぶち抜きの地下都市のようなフロア一帯に、いわゆるゾンビが所狭しと溢れかえっている。
それも、皮膚が溶けて手足がもげかかっていても眼光だけは鋭く向けて来て、頭を吹き飛ばさないと止まらないという非常に厄介な魔物の大群だ。
下手をすると、もたついている間に圧倒的な物量に押しつぶされて、挙げ句の果ては頭から齧られてしまいかねない。
そして今回も、結局のところルリは大人しく俺の背中におんぶされて、さらに今回は妖精のフィが髪にしがみついていたりする。
「ふやぁあああ、精霊さん! 助けてくださぁ~い」
ゴオオオオ、と灼熱の獄炎を纏って、今回は高位火精霊の少女が現れると、市街地に溢れていたゾンビ達はあっという間に灰を撒き散らしながら浄化されて消えていってしまう。
「あ~、この初級地下迷宮『死霊の市街』も、もしかしてルリだけで逝けちゃったりするのか?」
頭にフィを乗せてルリをおんぶしたまま、地面に落ちている【魔石】とレアドロップを爪先でつついて【時空収納】に放り込みながら、アリスを振り返ると余裕のドヤ顔で、ふふんと笑い返してくる。
「この地下迷宮は地下五階まであるのよ。次の階層はこの私に任せておきなさい」
その言葉の通り、地下一階の市街地を抜けて階段を降り地下二階に着いた途端、アリスの上位火魔法【インフェルノ】が爆音と共に広範囲で炸裂し一瞬にして、市街地に蠢くゾンビ達を灰も残さずに消し飛ばしていた。
おいおい、たまたま他の冒険者がこのフロアにはいないから良いようなものを、ちょっとやり過ぎだろ?
「「「おおー!」」」
「アリスちゃん、カッコイイです!」
俺におんぶされたままで何事も無かったように、とっても元気に拍手喝采を送るルリさんに、振り返ることなくボソッとつぶやいてみる。
「ルリ、降ろそうか?」
「ひしっ!」
あっという間に両手で背中にしがみついてしまう、残念ルリさん。
「はあ~。そんじゃあ、このままルリの高位火精霊でもアリスの上位火魔法でもいいから、ドンドンかたずけて地下五階まで行こうか。ただし、他の冒険者を巻き込まないように気をつけろよな?
この調子で早く終わるようなら、今日は帰りにユウナの着替えや下着類に日用品も沢山買いたいしなぁ」
「あ、そうだった! ユウナの服を買い揃えにいかないとっ」
「いつまでも私の予備だけでは、やっぱりかわいそうです。それに、下着はちゃんと本人に合ったものにしないと」
嬉しそうにアリスがキラーンと瞳を輝かせると、ルリもピコ~ンと見えない白いウサ耳を立てて同じく嬉しそうな悪い顔をして見合わせる。
「わ、私は、別に、今の服だけでも……」
「はいはい。それじゃユウナはどんな感じの服がいいか、よ~く考えておくんだぞ」
また余計な遠慮を始めてしまうユウナの座る『車椅子』を波魔法で浮かせてスイスイと押しながら、地下三階へと続く階段を目指して歩き出す。
「あ、いや、クロセくん、私は、ああ、ちょっと、話しを聞いて~」
「うん、初級地下迷宮『死霊の市街』の最後のラスボスはやっぱり暴君よねぇ。
ちぇっ、ここは四連ロケットランチャーが無いのが残念だわ」
ふふん、とドヤ顔でふんぞり返ったアリスが、ボス部屋の真ん中にいる上位種ゾンビクリーチャーに向かって、左手を上げると。
「射撃用意! 一斉発射!」
掛け声と共にアリスとルリ、コロンにユウナのスカートの下のホルスターから抜き放たれた、レーザーサイト付きの魔法自動拳銃P226のトリガーが引き絞られて、ドンッドンッドンッドンッと鼓膜が破れるほどの爆破音と共に魔力付与された9x19mmパラベラム弾丸が着弾する。
紅いレーザー光で照準されたラスボスの暴君は、初期位置から一歩も動けないままに頭、顔、胸、腹にバスケットボールほどの大穴を開けて、倒れることもできずに光の粒子を零しながら消えてしまった。
「おお~、それにしても凄い威力だな。今度、自動拳銃一丁だけでタイムアタックしてみるか? 何かボーナスクリア特典とか、ロケランをレアドロップとかしないかな」
「いいわね、それ。それじゃ、一番遅かった人が一番早かった人の言うことを一つだけ聞くってので、どう?」
「いやぁあああああ! こんなゾンビだらけのとこ、もう二度とぎまじぇ~ん」
背中におんぶされたままの残念ルリさんは、流石に二度と来たくないようだ――でも、本当にこんなんで本気に冒険者としてやっていけるのだろうか?
◆◇◆◇◆◇◆◇
「そ、それでは、こちらが初級冒険者でDランクのギルドカードになります。皆様、おめでとうございます~。パチパチパチ。
次の中級冒険者であるCランクに昇格するためには、残り二つの初級地下迷宮をクリアしてから、昇格試験を受ける必要があります」
何だかすっかり疲れたような笑顔を浮かべた冒険者ギルドのネコ耳の受付女性から、鉄色と言いうかステンレスカラーになったギルドカードを受け取ると、悪そうにニヤァ~と口を三日月のようにしたアリスが笑う。
おい、とても【賢者】で【聖女】には見えないから、気をつけた方がいいと思うぞ。
「昇格試験って、何すれば良いのよ?」
「中級地下迷宮に入るために、必要な戦闘力があるかを確認させていただきます。具体的には、ギルドが用意した指定の相手と模擬戦をしていただくことになります。
初級であればクエストでコツコツとギルドポイントを積み上げるか、パーティーで地下迷宮をクリアしても、いずれの方法でもランクアップすることができますが、中級になると確固とした個人で一定以上の戦闘能力が要求されるということですね」
「なんだ、筆記試験とか護衛任務をクリアしろとか言われるのかと思ったわよ」
「それは上級冒険者であるBランクに昇格するときの試験条件となっています。上級のBランク冒険者ともなりますと、貴族の護衛依頼を請け負うことができなければなりませんので」
そういえば、王都でギルド登録して二ヵ月も経って今さらだが、冒険者ギルドのランクはこんな感じになっているらしい。
Fランク : 見習い冒険者
Eランク : かけだし初級冒険者
Dランク : 一人前の初級冒険者
Cランク : 中級冒険者でギルド主戦力
Bランク : 上級冒険者で貴族クエストも受注可
Aランク : 上級冒険者で事実上の人類最強
Sランク : 人外魔境
この上にもSSランクというのがあるらしいが、今は登録者はいないようだ。
一番人数が多いのがボリュームゾーンともなってるのがCランクで、一部を除いてほとんど全ての地下迷宮への立ち入りが可能となており、護衛依頼や指名依頼もで受けられるようになるギルド主戦力の中級冒険者なんだが、実はここだけランクが上下に分かれていなかったりする。
もしかしたら、中級ランクで上下関係があると揉め事の種になるからかもしれない。
「はあ~、ならそれは要らないわ」
フンッ、と澄ました顔でそんなことを言うので、ネコ耳の受付女性は何を言われたのか理解できずに、キョドってしまう。
「え?」
「何でも無いわ。それじゃあ、明日中に残りの二つの初級地下迷宮を踏破して来るから、その昇格試験とやらを用意しておいて頂戴ね」
続くアリスの突拍子も無い言葉に、今度こそ緑の瞳と口をあんぐりと開けて、ネコ耳をピンと立ててしまう受付嬢。
「ええ?」
「じゃ頼んだわよ。それじゃみんな、ユウナの服を大人買いしに行くとしましょう!」
「アリスちゃん、まとめ買い――じゃないの?」
「もう、ルリったら細かいことは気にしないのっ」
初級地下迷宮『死霊の市街』でゲットしたレアドロップと二百個以上の小さな【魔石】とラスボス暴君の分を全て換金し終えて、ちょっとした小金持ちになって気が大きくなったらしいアリスは、ルリの突っ込みを放って上機嫌でスタスタと扉を開けて出て行ってしまう。
ああ、あいつ目に付くもの全部使うつもりだ――やっぱり、俺と同じで金銭感覚が駄目な奴なようだった。ここは、意外とそういった方面はしっかり者のルリさんに頑張ってもらうしかないかぁ。
その後を追うようにみんなでトコトコと同じように扉を開けて出て行く――ついでに、ポカンとしているネコ耳の受付女性には「昇格試験は明後日以降で良いから」とだけ伝えておく。
全くアリスの奴――明日中に初級地下迷宮を二連チャンに、昇格試験の模擬戦までなんてやってられるか。
「あのぉ~、早ければ明日、遅くとも明後日には中級冒険者のCランクに昇格する気満々でいるようですがぁ~」
もはや、オドオドとダークエルフの女性にお伺いを立てるしかない、ネコ耳をペタンと寝させてしまっている受付嬢に、元Sランクのギルマスが底冷えのする低い声で答える。
「昇格試験の準備だけは、ちゃんとしておきなさい。誰もいないようなら、私が直々に相手をしてあげるわ」
「い、いえ、何もそこまでのことは流石に無いかと」
ギョッとして、慌てて手を振るネコ耳の受付嬢に、フンッと鼻で笑うギルドマスター。
「だといいけどねェ」
まるでそれが楽しみだとでも言うように、ニヤリと口元の端を上げて笑ったところは、幸い冒険者ギルドの誰にも見咎められることは無かった。




