第3章4話 ヒモな男は
「あったあった、この洋服屋のようね」
そう言って、アリスがお気に入りだった王都の服屋のニースィア支店の扉を開けて中に入ると、見たことのある似たような雰囲気の洋服がずらっと――あれ? ニーソにワイヤーブラにフレンチスタイルのメイド服まであるぞ。
しかも、黒のエプロンドレスがミニスカで――これはもう、間違いなくゴスロリ専用装備だ。
ピッとした営業スマイルで、女性店員さんがアリスに挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」
「今日は、この娘の服と下着に靴とニーソを」
しかし、『車椅子』に座るユウナを指差すアリスの台詞を遮って、ガンガン前のめりに食いついて来る女性店員さん。
「オーバーニーソックスをご存知なのですか! はっ、まさかあなた様は王都で最新モードをリードしていたと噂の【紅の!」
「……」
あ、ヤバい――アリスの周囲の気温が下がっていくのが分かる。
「聖女】様! いえ、王城では【白の天使】様とも呼ばれているともお聞きしておりますっ」
「「「あれ?」」」
そうか、アリスの戦闘力を直接は知らない王都のアパレル業界では、最先端モードを走るアリスを【紅の聖女】とか【白の天使】と呼んでいたのか。
それにしても、王都の女性店員さんも迫力あったがここニースィアの女性店員さんもかなりの勢いで、あのアリスがたじろいでしまっている。
「え、ええ、まあ。ほら、ユウナもどんな感じの服が良いのか、ちゃんと言うのよ?」
「いえ、私は、この服で十分なのでこれ以上」
「あとは、勝負パンツをね」
またいつもの遠慮を始める前にスッパリと台詞をぶった切ってから、少し屈んで人差し指をフリフリとさせるアリスがニヤァ~と悪代官のように悪い笑顔を見せながら、ユウナの耳元で妖しく囁きかける。
「え?」
その言葉の意味が分からなかったのか、キョトンとした顔をするユウナの反対側の耳元に、こっちも越後屋のように同じく悪い顔をしたルリがこしょこしょと囁くと、テキ面に顔を真っ赤にしたユウナがバタバタと手を振り始めてしまう。
「わ、私は、ひ、必要、ない、から、あ、ああ、く、クロセくん、助けて、あああぁ~」
助けを呼ぶ悲し気な叫び声を残しながら『車椅子』ごと更衣室に連れ去られて行ってしまう、かわいそうな町娘役のユウナさん。
あ~れ~、とか言って回されることは無いだろうが、間違いなくアリスとルリの二人がかりで全部ひん剥かれてしまうだろう。
ああ~、コロンとフィもウキウキ顔でついて行ったので、これはしばらく出て来れないな。
それじゃ、待っている間に暇そうな店員を捕まえて、例の水はけの良い繊維を使った製品の開発について話を詰めておくとするか。
「それではぁ~、どーぞっ!」
しばらくしてカーテンを開けて姿を現したのは、真っ白なスリーブレスのパーカーにへそ出しローライズの、どちらかと言うとヒップハングな黒皮の短パンとサイドに黒リボンの白銀ニーソにショートブーツを履いて『車椅子』に座るユウナの姿だった。
彼女の綺麗なプラチナブロンドの長髪に合わせたトータルコーディネートのようだ。
「おおー、可愛いじゃないか。よく似合っているぞ」
「あ、ありがと」
少しだけ頬を染めてアメジストのような紫の瞳で上目遣いに覗き込んで来るユウナは、元々が超がつくほどのエルフ美少女なだけあって破壊力抜群だ。
「気に入った服があって、良かったな。そうか、スカートじゃないから、太腿のレーザーサイト付きの魔法自動拳銃P226のホルスターは隠すことが出来ないんだな」
ユウナは付属のサプレッサーもホルスターには収納しているので、まだまだ細い太腿には非常に目立って見える。
「今の私のメインウェポンだから」
「そうか。まあ、ユウナの場合は武器が見えている方が、余計な虫が寄ってこなくて良いのかもな」
と頷きながら魔法アサルトライフルSG550もどうにかできないか考えていると、アリスがTシャツを引っ張るので腰を屈めると耳元でつぶやいて来る。
「まだやっぱり、スカートみたいに無防備なのはちょっと怖いみたいなのよ」
「ああ……」
そうか、やっぱりまだ周囲の男性の悪意や歪んだ劣情とかは、無意識のうちに恐怖の対象になっているのかもしれなかった。
もしかしなくても、男の欲望にまみれた視線も怖かったりするのだろう。
「それじゃなんで、へそ出しショートパンツなんだよ?」
「そりゃ。ユウナが選んだモンペみたいな長ズボンじゃ、ちっとも可愛く無いからに決まってるじゃないのよ」
「ああ~……そう」
そこは何を言っても、きっと駄目だったんだろうな。
でも、今は座っているからいいけど、立ったら可愛いお尻が半分見えてしまうんじゃないかと思うぐらいローライズなんだが――しようがないので、よしよし、と澄んだ笑顔を向けてくるユウナのプラチナブロンドの頭を撫でておく。
「それから、勝負パンツは瞳と同じ、パープルのシースルー素材よ。しかも、スケスケのいた、痛い、痛い」
どうよ、とばかりにドヤ顔でふんぞり返るアホ面のアリスのおしりを、後ろからポン、ポン、と小さな拳で叩く『車椅子』に座ったユウナさん。
ああ、その紫の瞳がすっかり涙目になってしまって、珍しいことに赤く染まった頬までが、ぷうっと膨らんでいます。
ははは、表情もだいぶ豊かになってきているのは、きっといいことなんだと思うんだ。ほら、ルリもコロンにフィまでも、みんなが一緒になって嬉しそうに笑っていることだし。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「そうですか、たった一日で初級冒険者でしかも上位のDランクに――それは、また、何と言うか」
何だか歯切れの悪いコメントをしているミラと、王族別荘のプチ離宮の食堂で昨日と同じようにみんなで夕食を取っているのだが。やっぱり、少しやり過ぎたのだろうか。
「そんなことよりも、ユウナのお洋服を買ったのよ。どう? 似合ってるでしょ?」
ふふん、と自分の服でもないのにアリスが薄い胸を張って威張る。ミラは優しい表情で、ユウナのコーディネートを上から下までじっくりと見てからもう一度微笑む。
「はい、とってもよくお似合いですよ。今までとはイメージがガラッと変わって、クールビューティーと言った雰囲気ですね」
「あ、ありがと」
少し俯き加減で、でもハッキリとした声で微笑み返すユウナ。
「お風呂から上がったら後でミラとクラリスにだけは、とっておきのユウナの新しい勝負パンツを見せてあげ、いた、痛い痛い」
得意げに人差し指を立てているアホ面のアリスの肩を、ポン、ポンと小さな拳で叩く涙目のユウナを庇うように口を挟む。
「はいはい、アリスもいい加減にしろよ。そんな訳で、明日も残り二つの初級地下迷宮の攻略に行く予定なんだ。だから、魔法学園の入試の準備とか受験勉強は明後日に帰ってからでいいかな?」
「はい、大丈夫ですよ。入試の申請書類とか入試科目の参考書などは、私とクラリスで準備しておきますので。その間に、念のためニースィア領を統治している公爵家には一度ご挨拶に行こうと思っていますから」
「わかった、その時は護衛を引き受けるから、いつ行くか決まったら教えてくれ」
ちゃんとお姫様の仕事をしているミラに嬉しくなって、最後まで言わせずに安請け合いしてしまっていた。
「くすっ、ありがとうございます。まあ、あまり無いとは思いますが、この辺りの貴族達と変に揉めるよりも前に早めに顔を出しておいた方が何かと良いと思いますので、日程が決まりましたらその時はよろしくお願いしますね」
「ああ。こっちこそ、面倒ごとを押し付けるようで悪いな」
「いいえ。た、大切なお、お友達のため、ですので、別に、そんな」
そう言うと、ミラは頬を赤くして俯いてしまう。その後ろに控えて静かに立つ侍女のクラリスが、どこまでも優しい笑顔をメガネの奥から彼女に向けていた。
「それらがひと段落したら、ぽんこつフランもどうせ暇だろうから一緒にみんなで海沿いの街に買い物にでも行こうか――そうだな、せっくだから海とかに行くのもいいかもなぁ」
「あー、お買い物も良いけど、海も行ってみたい~」
「コロンも海見たいでしゅ」
「フィも泳いでみたい~」
はいは~い、と元気にルリが手を上げると、食事の時ぐらいは代わってやると言っても断ってタマゴを抱えたまま器用に食べている小さなコロンと、妖精のフィも一緒にピッと手を上げる。
「それじゃ、海で遊ぶ物でも買ってから、それからみんなで泳ぎに行きましょ」
「はい。まだ季節的には十分泳げますので、それが良いですね」
アリスが手のひらを波のように振ると、パンと手を叩いて嬉しそうに喜ぶミラは――ずっと王城に引き篭もっていたなんて、ちっとも見えないぐらい明るく笑うようになっている。
こうして何だが色々と楽しいことを考えて、みんなであれやこれやとやっていこう。
そうすれば、いつか幸せなんて物もどこかに落ちていたりして、上手くいけば拾えたりすることもあるかもしれないのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうだ? もう痛くはなさそうだけど、違和感は少しづつなくなってきたか?」
お風呂上がりに日課となっているユウナの再生した脚の腱のマッサージを、俺達の部屋のベッドの上でしていると、火照った身体に薄い紫のベビードールの寝間着を着てベッドに両脚を投げ出した彼女は、年相応にとても幼く見えて、少しだけ嬉しそうにわずかに微笑み返して今日の出来事を楽しそうに答える。
「うん、大丈夫。今日一日のパワーレベリングで基礎レベルも一気にLv8までアップして、【身体強化】もLv2になったし、このミスリルのイヤーカフスの付与効果もあるから、随分と楽に身体が動かせるようになって来てる」
「そうか、でも無理はするんじゃないぞ?」
「わかった。ところで、あれは何?」
そう言って指差すのは、『車椅子』の背もたれの後ろに取り付けてあるホルスターに収納された、魔法アサルトライフルSG550そのものだったりする。
「ああ、それはユウナの腕力がある程度戻ってきたら、歩けなくても固定砲台としては長距離支援火器が使えるように考えて、魔法アサルトライフルSG550だけでなく、銃剣、スコープ、グレネードランチャーに予備弾倉も実装できて、必要に応じて本体に実装されている二脚をサポートするアングルも脱着式で」
「ハクロー、話が長い」
何故か用も無いのに、俺達の部屋のベッドにうつ伏せに寝っ転がって上げた足をパタパタさせている、お揃いの紅いベビードールの寝間着を着たアリスから駄目出しを受ける。
う……だって、ユウナにだけはちゃんと説明しておかないと、いざという時に使えなくて困るじゃないか。
「く、クロセくん、ありがと。後は使えば分かると思うから、ね?」
「うう~、ユウナ。分かったよ」
ガックリしていると、人の気持ちに必要以上に敏感なユウナに慌てて慰められてしまう。まだ3才だというのに、出来過ぎた子でかえって困る。
「うっ……ふやぁ~、気持ちいいでしゅぅ……」
「うふふ、おねーちゃんに任っかせなさい!」
隣では薄い桜色をしたパジャマを着たルリが黒いベビードールを着てタマゴを抱いたコロンのふわふわしっぽを、もふもふブラッシングをしている。
薄いネグリジェを着た妖精のフィはその横でお腹を出して、もう寝ているようだ。
うん、後でルリには代わってもらおう――彼女のブラッシングはもうすっかりプロ級の腕前になっていて、もふもふは正義な俺としては虚虚とはしていられなかったりするのだ。キラン。
「また、ハクローが碌でもないことを考えてるわね」
「ぐっ……」
何でこうも簡単に、アリスにはバレるんだろうか。やはり、変な隠しスキルでも持ってるのだろうか?
「大体、ハクローって今日、本当に何にもしてないじゃないのよ」
「え?」
思わずギクッとしていると、ルリがおずおずと手を上げる。
「あ、それは私も」
「ルリはゾンビのラスボスに、魔力特大のパラベラム弾をぶち込んでやったじゃないの」
ちょっとルリがしょんぼりするが、アリスが寝転がったままでヒラヒラと手を振る。
「あ、そういえばそうでした」
ポン、と手を打つルリ。
そう言われると、俺はそんなルリをおんぶしていただけで、本気で今日は何にもしていない気がして来たぞ――なんか、ヤバく無いか?
すると、ボソッとアリスが遠くを見ながら、恐ろしい台詞をつぶやく。
「そういえば、こういうのをゲームでは寄生っていうのよねェ~」
「ええっ?」
その恐るべき言葉に、ギョッとして思わず仰け反ってしまう。女の子ばかりのパーティーで、唯一の男が寄生って――それは。
「寄生って、パラサイトのあれ?」
可愛くルリが小首を傾げて聞くと、アリスが視線を遠くにやったままでトンデモないことを言い出す。
「そうよ、ヒモとも言うわね」
「げっ!」
「ヒモでしゅか?」
小さなコロンが眉を寄せて難しい顔をしながら訊ねるので、ふふん、とドヤ顔で肩を竦めて首を振って見せる物凄い悪い笑顔をしたアリスさん。
「そうよ、コロン。働きもしないで女に食わせてもらっている、駄目な男のことよ」
「わあ、ハク様だいじょうぶでしゅよ。コロンがいっぱいお仕事して、ハク様においしいものを食べさせてあげましゅ」
コロンが何を思ったのか、小さな拳を握り締めて気合の入った笑顔を向けて来る――が、その純真で無垢な笑顔が俺の胸にグサッと突き刺さってくる。コロン、それでは文字通りヒモだ。
「ううっ!」
「コロンの言っているのは、何かちょっと違うけどねェ~」
これ以上無い悪い笑顔を浮かべたままで、アリスがニヤニヤと紅と蒼のオッドアイを細めて流し目を向けてくる。
「フィにも食べさせて~」
「もちろんっ、戦う【料理人】のコロンにおまかせでしゅ」
ふんす、と腰に手を当てて気合を入れ直す小さなコロンさん。とってもいい子でお父さんは嬉しい。
「く、クロセくんはずっと私の『車椅子』を押してくれてたし……ほら、ねぇ?」
心優しいユウナが励まそうとしてくれるが――それじゃ、文字通り荷物持ち以外に役に立っていないです。
あ~、ずっと俺におんぶされていたルリさんは、ソッポを向いて吹けない口笛を吹いています。でも、ちっとも鳴ってませんよ。
「あ、明日から頑張って、一生懸命に働きますので……」
思わず俯いて擦れた力の無い卑屈な声を出していた。
うう、このままでは新天地でもキモい男のままで――いかん、いかん、明日からは本気で頑張らねば。
ああ、そう言えば異世界召喚物ってハーレムになったりするのもあったけどなぁ――いや、別にハーレムはいいんだが、それどころか俺はヒモかぁ。
本当、たった一人の男手だというのに本気で情けない。
「……ので」
そう言って、何故か残念ルリさんも一緒になってペコリと頭を下げる。俺を庇ってくれているのだろうに、また余計な気を使わせたようだ。
しかたがないので、俺よりもだいぶ低い白髪の頭を撫でる。なでなで、なでなで。
「ありがとうな。悪い、頑張るから」
ルリが冒険者でやっていけるかなんて、心配している場合では無かった。いくら俺がキモくても、このままヒモはだめだろ~、ヒモは。




