第3章2話 初心者ダンジョン攻略
大小ある地下迷宮の中で見習い冒険者向けの初心者地下迷宮は、ニースィアの街を出てすぐの見晴らしの良い丘の上にある共同墓地の傍にあった。
「ようこそいらっしゃいました。初心者地下迷宮へようこそ。本日は今のところ他の冒険者パーティはいませんので、何か問題があったら無理をせずにすぐに引き返してくださいね」
共同墓地の入り口の霊園管理棟に冒険者ギルドの受付窓口が併設されていて、受付の女性が笑顔で迎えてくれている。
墓標が立ち並ぶ静まり返った墓地でのゼロ円スマイルに、日本人としては何だか微妙に不思議な気分になるのだが、既に臨戦態勢のアリスはそんなことはどこ吹く風だ。
「これギルドカードね。それじゃあ、みんな気合入れて行くわよ!」
「「「おおー」」」
「お、おー」
ルリとコロンにフィが、拳を高々と天に向けて突き上げる。おお、今度はユウナもノリ遅れなかったようだ――だが、肝心のノリがまだまだだな。
こんな墓地にはもったいない素敵な笑顔の受付嬢さんに、それぞれギルドカードを見せて入場記録をつけてもらうと、アリスの雄叫びと共にいよいよ異世界で初地下迷宮の攻略開始である。
神話級【剣杖】を片手に振り回しながらワクワクした様子のアリスを先頭に、霊園管理棟の奥の出入り口を抜けて墓石の下に見える階段を降りると、異世界召喚から約二ヵ月目にしてようやく待望の初心者地下迷宮へと足を踏み入れるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「いやぁあああああ!」
初心者地下迷宮への階段を降りて地下一階に到着するなり、ルリの絶叫が辺り一面に反響する。
目の前にはスケルトンという骸骨の魔物が、カタカタと顎を鳴らしながら、3匹ほど地下通路をヨタヨタとこっちに向かって歩いて来ていた。
「ああ~。そういえば、この初心者地下迷宮って、正式名称が『骸骨の館』だったわねぇ」
ポンッ、と手を打つアリスに、俺の腕にしがみついたまま生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら、声の限りに叫ぶルリさん。
「それを、先に言ってよぉ~!」
「そっかあ~。ルリは骸骨が駄目なのかぁ~」
「ルリったら、お子様なんだから。こんなの、唯の骨じゃないのよ」
先頭に立つアリスが振り返って、ふふん、と余裕の表情で肩を竦めて見せる。
「ルリおねーちゃん、がんば」
「フィも応援するから」
「ルリ、頑張って」
小さなコロンとフィにわずか3才の最年少ユウナからも声援が飛ぶが、震える人差し指を3匹のスケルトンに向けてブンブン振るだけのルリはそれどころではない。
「だぁってえ~。怖いもんは怖いのよって、ぎゃああああ! 走って、こっち来たぁ~! よ、精霊さんっ、お願いぃっ!」
「「「「え?」」」」
ピカッ、とあたり一面に白い閃光が走ったかと思うと、ルリを守護するようにスケルトンの前に立ち塞がる、空中に浮かぶ透明な少女の姿をした高位聖精霊。
そして次の瞬間、地下迷宮の剥き出しの岩でできた通路のまだ先にいたスケルトンは、跡形もなく浄化されて消し飛んでいた。
いや、そこにスケルトンが居たはずの足元には、小さな【魔石】とドロップアイテムであろう『大きな骨』が三個づつ落ちているのみだ。
「あちゃぁ~。こりゃあ、ルリだけでこの初心者地下迷宮『骸骨の館』は攻略できちゃうんじゃないのか?」
「なによぉ、せっかく楽しみに来たのに私達の出番が無いじゃないのよぉ~」
ぷうっ、と頬を膨らませてしまったアリスは、手持ち無沙汰なのか神話級【剣杖】をクルクルと回している。
「あはは。でも【解析】によると、この拾った『大きな骨』ってレアドロップみたいで、美味い出汁がとれるみたいだぞ」
「ハク様、ホントでしゅか?」
「美味しいの?」
おお、戦う【料理人】コロンと食いしん坊なフィが凄い勢いで食いついて来た。
すると、ユウナがうんうんと頷きながらつぶやく。
「流石は【女神フォルトゥーナの加護】と【女神アルティミスの加護】で、運のパラメータが二倍x二倍の四倍化されているだけのことはある」
「あー、だから三個共がレアドロップなのかぁ。まあ、これでコロンに思う存分、美味しい出汁を取ったスープを作ってもらえるぞ」
俺もそうかと相槌を打つが、それを聞いたルリがまた泣き叫ぶのだった。
「いやああああ! 骸骨の『大きな骨』で出汁をとったお料理は、いやああああ~!」
「はいはい。それじゃ、この初心者地下迷宮は迷路のように通路が分かれてはいるけど、所詮は地下一階しかないらしいから、とっととクリアするわよ~」
そう言って、薄ぼんやりと明るい地下通路をとっとと先にスタスタ歩いて行ってしまうアリス。
「うわぁ~ん、アリスちゃんがづめだい~」
あ~ぁ、とうとう本気泣きし始めてしまった残念ルリさん。
「はあ~。それじゃ、ルリは俺がおんぶしてやるから、目を瞑ってろ。んで、遠くに骸骨が見えたら俺が声をかけてやるから、そこに顕現している聖精霊さんにお願いしてサッサと浄化してもらいなよ、な?」
「バグローぐん、わがっだぁ~」
うるうるの涙目で鼻水まで垂らしながら、俺の背中によじ登ってくるルリさん。あ~、これはお年頃の乙女としては、とてもじゃないが他人にはお見せできないなぁ。
という訳で、長距離砲台と化したルリさんを背負って、【ソナー(探査)】に表示されるスケルトンというスケルトンのことごとくを、地下迷宮の通路で視界に収める前に高位聖精霊が浄化し、全てを殲滅しながらマップに表示されている少し広いボス部屋へと一直線に突き進む。
「そ、それじゃ、いよいよボス戦よ! みんな、気合入れていくわよ?」
「「「お、お~?」」」
ここまで何もすることが無く空回り気味のアリスの掛け声と共にボス部屋に入ると、中には大剣と大楯を構えて重鎧を身に付けた、一体の上位種スケルトン・アーマーが俺達を待ち構えていた。
「よお~し、今度こそ見てなさいよ、って、え?」
アリスが神話級【剣杖】を抜き去り、颯爽と走り出そうとした――そのとき、ピカピカピカー、と目の前が数度フラッシュ光が明滅したかと思うと、「ぐわあああ!」と叫んでスケルトン・アーマーの姿が透き通っていって、空中に腕組みをして仁王立ちで見下ろす高位聖精霊に浄化されていくところだった。
「「「「「あ……」」」」」
「ふええ~ん、バグローくん。おわりまじたがぁ~?」
呆気にとられる俺の背中におんぶされて目を瞑ったままの、しょんぼりルリさんが鼻水を垂らしながらペンペンと背中を叩いてくる。
「……ま、まあ、よかったじゃないか。誰も怪我しなくてさ、な?」
「アリスおねーちゃん、がんば」
「フィは知らない~」
「アリス、次がんばろう……ね?」
コロンにフィとユウナが慌てて、神話級【剣杖】を抜いたままプルプル震えているアリスを励ますが、結局のところ初心者地下迷宮『骸骨の館』はルリがたった一人で攻略してしまったことになる。
「うがあ~~~~っ!」
とうとう、天に向かって叫び出してしまう不完全燃焼で欲求不満なアリスさん。
「う? うぇ? アリスちゃんってば、どうしたの?」
ようやく涙に濡れた紅い瞳を開けると天まで届けと血の叫びを上げるアリスを見て、?マークを浮かべるルリさん。
「はあ~。それで、これがダンジョンコアってことでいいのか?」
そう言って、ラスボスのスケルトン・アーマーがドロップしたらしい、さっきよりは少し大きな【魔石】とレアドロップの『凄く太い骨』とは別に、その奥の祭壇に置かれた『水晶石』を指差す。
初心者地下迷宮のダンジョンコアは壊さずにクリア報告のために持って帰るのだが、一定時間というか一晩経つと勝手に元のボス部屋に戻ることになっているらしい。
勿論、ラスボスのスケルトン・アーマーもそれに合わせるように復活するのだろう。
あ、でもこれじゃあ1日に1パーティーしか踏破できないことになっちゃうような気がするんだけど……色々と謎だ。
「じゃあ、これ持ってとっとと帰るとするか」
「わーい! これでもう初心者地下迷宮『骸骨の館』には二度と来なくてもいーんだ、やったあ!」
俺の背中におんぶされたままで、両手をバンザイして大喜びのルリさんと、それとは対照的に遠くを見てボーっと黄昏たままのアリスがちょっと可哀想だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
帰りはボス部屋の祭壇の横にあった、クリアすると起動する魔法陣から地下迷宮の入り口まで一気に転移したので、あっという間にニースィアの冒険者ギルドまで帰って来てしまっていた。
俺達が出かけてから小一時間も経っていなかったようで、ネコ耳の受付の女性職員もビックリしていたが、すぐさま気を取り直して引きつった営業笑顔で初心者地下迷宮のクリアと、俺達の冒険者ランクを見習いのFランクから初級のEランクにアップする事務手続きをしてくれている。
その間に、隣にある買取窓口でスケルトンからドロップした【魔石】も買い取ってもらったのだが、結局はフロア全体をほぼ全滅させたからか小さいながらも数が五十個以上とラスボスの分もあったので、こっちも数えるだけでも結構な時間がかかってしまっていた。
まあそれも暫く待っていると、両方どっちもほぼ同時に無事終わったらしく、ネコ耳をわずかにピクピクさせながらも処理が終わった受付嬢が説明を始めてくれる。
「それでは、こちらが初級冒険者であるEランクのギルドカードになります。これで初心者地下迷宮だけでなく、その上のランクの初級地下迷宮にも入ることができるようになりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「よおーっし、今度こそ行くわよー!」
「「「「おおー!」」」」
殺風景な鉛色のカードから、今回新しく青色に変わったギルドカードを片手に鬨の声をあげるアリスと、一緒になって拳を上げるルリにコロンとフィに加えてユウナ。
おお、もうタイミングまでバッチリだ――流石は【賢者の石】持ちのユウナということか。
いや、そんなことよりも。
「え? 今から、初級地下迷宮に行くの?」
「あったりまえでしょ! お昼までまだ時間もタップリあるんだし、憂さ晴らしに暴れるわよぉ~」
初心者地下迷宮で何もできなかったことが、よっぽど気に入らなかったのかリベンジに燃えるアリスさん。
「ええ~」
「男の癖にブチブチ言わない。ほら、さっさと行くわよ!」
そう言って、とっととギルド会館の扉を開けて出て行ってしまうアリスと愉快な仲間たち。
「初日から地下迷宮をハシゴって……おかしくないか?」
はあ~、と大きなため息をついてトボトボと後を追うしかない、かわいそうな俺。
何故か物凄い勢いでギルド会館から走って出て行く【ミスリル☆ハーツ】のメンバーを、ひきつった笑顔で見送っていたネコ耳の受付嬢が、いつの間にか奥から出てきたダークエルフの女性につぶやく。
「彼女達、初日からたった一時間で初心者地下迷宮をクリアしてきましたよ。もしかして、これって最短記録じゃないですか?」
「知るか、そんなの。そんなことも、あるだろ……か、なぁ?」
凄く嫌そうな顔をしてギルド会館の扉を睨みつけたまま動こうとしない元Sランクのギルドマスターに、受付嬢がネコ耳をペタンとさせて不安そうな眼差しを向けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「初心者地下迷宮なんて、所詮は見習い冒険者のためのおためしよ、お・た・め・し。これから潜る初級地下迷宮こそが、本格的な異世界の地下迷宮なのよ!」
そう薄い胸を張って、古ぼけた廃墟の屋敷にあるギルド出張所で青色のギルドカードを見せて、そのすぐ裏庭の原っぱの真ん中に空いた穴の階段をズンズンと降りていくアリス――なんだが。
「にぎゃああああ!」
「いやぁあああああ!」
すぐ後から続いて階段を降りて行ったはずの、どうやらコロンとルリの叫び声が『車椅子』を【時空収納】に仕舞ってユウナを抱いて階段を降りようと準備していた、穴の外まで反響してくる。
そういえば、この初級地下迷宮はゴースト系が出る『幽霊屋敷』だったはずだ。
目の前に現れた実体を持たない魔物のゴーストや、キャスターに、物理攻撃しか手段を持たないコロンは、白銀の狐耳をペタンとさせて、ふさふさの白銀しっぽを丸めてしまってタマゴを抱いたままで器用に抱きついて来ている。
ルリさんはルリさんで、また「オバケ怖い~!」とブルブル震えて涙目になってしがみ付いているのはさっきと一緒だ。だんだん、冒険者としてこの先やっていけるか不安になってくるんだが。
「また精霊さん、お願いぃ~!」
「え?」
ルリの叫び声と共に、ピカッと光って現れたのは、またまた透明な少女の姿をした高位聖精霊。そして、まぶしい光が収まった後には、足元に小さな【魔石】とドロップアイテムが転がっていた。
「「「あ~……」」」
一番前で神話級【剣杖】を大上段に構えたまま、プルプル震えてるアリスの顔を怖くて見ることができません。
「ま、まあ、何だ。初心者地下迷宮は地下三階まであるらしいから、な? そ、それにアリスは【聖魔法】スキルは持ってないんだし……」
できるだけ、アリスの顔を見ないようにしながら、これから先にその有り余る力を発揮する場が必ず訪れることを願って、祈るような思いで励ます。
「ぶっちーん! もう、あったまきたぁー、後は早い者勝ちよ!」
そう叫んだかと思うと、アリスは凄い勢いで一人で地下迷宮の廊下を走って行ってしまった。
小さくため息をつきながら、再び背中におんぶされてしがみつくルリと、タマゴを抱いたまま俺の肩まであっという間に登ってしまったコロンは取りあえずそっとしておいて、『車椅子』に座る変わらず無表情なユウナに声をかける。
「あ~……アリスの奴、先に行っちゃったよ。しょうがないから、俺達も行きますか?」
「うん。妖精のフィが後を追っかけて行ったから、心配は無いと思うけど」
すると初級地下迷宮『幽霊屋敷』の洞窟の奥の方から、風切音と爆発音と雷撃音の混ざった、耳をつんざく魂の叫びが聞こえてくる。
「あ~、【ソナー(探査)】のマップ表示から次々と大量の敵対マーカーが消えていくぞ。俺はどっちかと言うと、敵さんの方が心配だなぁ――また全滅も時間の問題か?」
「あれは――圧倒的な魔力で押し潰しているわね」
『車椅子』に座ったユウナが冷静に分析しているように見えるが、実は少しだけ紫の瞳が泳いでいたりする。
「あれ? もしかして、ちょっと怖かったりするの?」
「そ、そんな訳無いでしょ? く、クロセくんはナニを言ってるのカナ?」
「なぜに疑問形? まあいいや、とにかくアリスとフィをボチボチと追うとするかぁ」
結局、初心者地下迷宮の時と同じように、おんぶすることになったルリと、肩に登てしまったコロンと、ちょっとだけ無表情が固いユウナの『車椅子』を押しながら、テコテコと初めての初級地下迷宮『幽霊屋敷』の洞窟状の廊下を進むのだった。
で、圧倒的な魔力量に物を言わせた怒涛の快進撃で、地下三階のラスボスであるところの上位種のハイゴーストとマジックキャスターを瞬殺してしまい、つまんなそうにダンジョンコアをポンポンとお手玉しているのはアリスだ。
「何か、物足りないわねぇ」
「フィはお腹空いたぁ~」
「そうだな、街に帰ってお昼でも食べに行くか?」
「そうですね、時間もちょうどお昼です」
『車椅子』からこちらを見上げながら、少しだけホッとした顔のユウナ。だんだんと無表情なりに表情が読めるようになってきたのは、ちょっとだけ嬉しかったりする。
「うう……。ハクローくん、もうオバケはいませんか?」
「ハクじゃまぁ~、オバケごわいぃ~」
涙と鼻水で可愛い顔をグチャグチャにしてルリとコロンが、まだ目を閉じたまま情けない声で聞いて来るので苦笑しながら明るく答える。
「あはは、もうクリアしたぞ。メシにしようか?」
「「わーい」」
ああ、泣いた子がもう笑った。




