第2章27話 温泉街エビヤーノ
ジュネヴァン連邦国から再び王国へと入国して、王都から南部にある海沿いの大都市ニースィアへと向かう途中の少し寄り道した所にある、エビヤーノという温泉街にようやく到着していた。
山間に川も流れている本格的な温泉街で、街のそこかしこに温泉浴場が見て取れる。道行く人々も、ゆっくりとした足取りで思い思いに、ゆったりとした楽な服装でいるのがほとんどだった。
そんな訳でここではお忍びを貫いて、少し大きめの旅館にチェックインしてから馬車を預けると、みんなで歩いて温泉街を散策しているところだ。
「おー、温泉饅頭があるぞ」
「わあ、ハクローくん。温泉たまごですよ!」
ユウナの『車椅子』を押している俺の左腕に掴まりながらも、ゆっくりと自分の脚で歩くルリが、店先をキョロキョロと眺めて嬉しそうに声を上げる。
そんな指差す店頭の商品を見て、白銀の狐耳をピクピクさせながらコロンが期待を込めた金色の瞳をキラキラさせている。勿論、フワフワの白銀しっぽは嬉しそうにパフンパフンと揺れていて。
ああ、妖精なフィは涎が……。
「ハク様、おいしい? ルリおねーちゃん、おいしい?」
「フィも食べたい~」
「ここの温泉には美白の他にも痩せる効能があるっていうから、まずは温泉に入るわよ!」
アリスがどこかのライブ会場のように温泉タオルをぶんぶんと振り回しながら、さっさと歩いて行こうとする。そんな後ろ姿に、小さなコロンが不思議そうに小首を傾げて。
「やせるの?」
「ふふふっ、女の子には秘密の痩せる所があるんですよ」
人差し指をピンと立てて、ドヤ顔で偉そうに語るぽんこつフランに、ふと気になって隣を歩くアリスの胸元を見ながら思わずつぶやいてしまう。
「あんまり痩せたらマズくない?」
「どこみてんのよ!」
大切な秘密でも隠すように、温泉タオルで密やかな胸元を覆ってしまう慎ましやかなアリスさん。
「そういえば、この先に大きな露天風呂もある温泉浴場があるはずです」
「はい、姫様。屋内にもハーブ湯など色々な種類の温泉が用意されていて、大人から子供まで楽しめるようになっています。露天風呂には混浴の大浴場もありますよ、クロセ様」
ミラとクラリスが向かう先を指差してお勧めの露天風呂を教えてくれるが、なぜかへっぽこフランは浮かない顔をしている。
「はあ~、私は公衆浴場はあまり好きじゃないんですよね~。湯あみ着があっても、どうしても周囲の視線が気になってしまって」
「くっ、あんたはこの機会に少しは痩せなさいよね」
アリスが自分のささやかな胸を押さえたまま、フランが同じように押さえても溢れてしまう暴力的な胸の膨らみを睨め付ける。
「ふええ~、アリスさん睨まないでくださいよ~。おお女神様、どうかお救いください」
そんなぽんこつ漫才をボーッと見ながら、ここまで来てやっと――嫌な思いもさせてしまうかもしれないので迷っていたのだが。なんとか一大決心をして、できるだけ優しい声になるように腕にしがみついている白髪の少女に話しかける。
「ルリ、ちょっとだけいいか?」
「はい、何ですかハクローくん?」
見えない白く長いウサ耳をピンとさせて、そんなに嬉しそうに紅い瞳で見上げてこられると――失敗したときのことを考えて、決心が鈍りそうになるのを必死に堪える。
そうして人通りが少ない道の端にユウナの『車椅子』を停めると、左腕に掴まるルリの胸の心臓の位置に手をあてて、目をつぶって精神を統一してあらためて【ライフセーバー(救命)】をかける。
ルリの胸元が淡く発光して、俺の全身から使える全魔力を集中させて額に脂汗を浮かべながらも何とか最大限にその部分だけ時間を遡らせようとする、のだが――そんなことが出来るはずもなく、やっぱり胸の大きな手術痕は消えた様子は無くって、依然そこにあるままで。
つい眉を寄せて皺を作ってしまう。もしかしたら、今にも泣きそうな顔をしてしまっていたかもしれない。
コンッ
「どこさわってんのよ」
と、頭を後ろから軽く殴ってそっぽを向いたアリスが、ルリに聞こえないように小さな声でつぶやく。
「気持ちはわかるけど、私も何度もやったのよ。諦めなさい。それよりも、そんな顔をルリに見せるんじゃないわよ」
傷ができて長い時間が経ってしまい状態が固定化されると、超位回復魔法でも治すことはできはしないというのはこの世界の常識らしい。
ルリは穏やかな表情で少し困ったように、えへへ~、と笑いながら、掴んでいた左腕を引き寄せて頬を付けるようにすると、その胸元を見えないように隠してしまう。
ああ、やっぱり余計なことをして哀しい思いをさせてしまっただけだったか。
「……ごめん」
「いいえ、湯あみ着があるので平気ですよ。私は混浴の露天大浴場にも行きませんし」
「ハクローはそれが目的か!」
「クロセくん、一緒にお風呂入りたいの?」
『車椅子』に座って下から覗き込むように、綺麗なアメジストのような紫の瞳で見上げてくるユウナに、苦笑しながらできるだけ優しい声で心からのお願いを伝える。
「いや、俺じゃなくてさ。そうだ、ユウナもルリと一緒にお風呂に入ってやってくれよな」
「え? わ、私は……」
そうつぶやくと長い睫毛を伏せて俯いてしまうが、すかさずルリがユウナの腕に掴まると、再び穏やかな声で優しく囁く。
「駄目ですよ、ユウナちゃんは私達と一緒にお風呂に入るんですからね~。うふふ」
「そうよ、この旅の垢をここで全て落としてツルツルのピカピカになってから。心機一転、南の海に向かうのよ」
「一緒におフロに入りましゅ」
「フィもいっしょ~」
「ふふふ、そうですよ。今日は念入りに磨き上げてあげますよ」
「はい、姫様。私が腕に縒りをかけて端から端まで余す所無く綺麗に磨き上げてみせますっ、ふんす」
「え? いや、でも、私は穢れて……、あ、ああ、ちょっと、あああ~!」
「えへへ~。それでは混浴は無理ですけど、みんなで待望の大浴場に浸かりに行きますよ~」
へっぽこフランがふわふわした笑顔で、手のひらをパタパタと振るユウナの座る『車椅子』を俺から取り上げると、周りを取り囲んだみんなと一緒にゆっくりとした足取りでお勧めの大浴場へと向かって歩き始める。
「ああっ、でも、私は、穢れていて、みんなと、一緒には、入れない、あああ~、クロセくん~、一緒に、お風呂入ってあげるから、たすけてぇ~」
「そんなの駄目に決まってるでしょ」
「駄目ですね」
「ダメでしゅ」
「フィもだめぇ~」
「駄目駄目ですね」
「はい、姫様。まったくお話になりませんので、駄目です」
「女神様もそれはお許しになりませんよ」
「え? あ、ああ、あああっ~~~」
ああ、ユウナが不用意な一言と共にドナドナされて行ってしまった。
「さてと、俺も行くかな」
男一人だけでその場に取り残されて小さくため息をつくと、どうせ彼女達の方が長湯になるだろうからと、のんびりと向かうことにする。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「うっ、くあぁ~~~~~~ぁ」
すぐそこに見える霊峰ラトモスの雪化粧をした山脈と澄んだ青空の下、少し大きめの露天風呂に肩まで浸かって、現役女子中学生とは思えない親父くさい声を上げながら、目を閉じたまま口の方は半分開けてしまっているアリス。
「ふふふ、やっぱり気持ちいいですねぇ。それにツルツルのお湯ですよ。美白になるって、きっと本当ですね」
露天風呂に浸かっていたアリスの隣りにやって来たルリが、だいぶ丸みをおびてきた二の腕をお湯から出して滴を垂らしながら、なでなでと擦る。
「ルリ、あんたは元々がシミひとつない、白雪のような肌をしているじゃなのよ」
そんなルリを横目で見ながらアリスが、いつもよりも低い親父っぽい声を吐き出す。彼女の胸の大きな開胸手術の痕は湯あみ着に隠れて、胸元を押さえてさえいれば人目につくことも無いようだ。
その反対側からやって来たコロンが、白銀の狐耳を温泉で濡らしながら同じように、でも子供っぽい声で親父くさいため息を吐く。
「お、おお、おおお~~~ぉ」
「くあぁああ~~~ぉぉぉ」
そして何故か露天風呂に浮いているフィも100才を超える年齢に相応しい、でも見た目には違和感バリバリの親父くさい声を垂れ流す。
「ほらあ、コロンちゃんとフィちゃんが真似しているじゃないですかぁ。おお、女神様」
そう言って、凶悪で豊満な脂肪の塊を温泉湯に浮かべてやって来たフランを、視界に入れないように再び目を閉じると、アリスはあっちに行けとでも言うようにシッシッと手のひらを振る。
「持てる者には、持たざる者の悲しみは分からないわ」
「おお~、何だかアリス様が含蓄のある言葉を口にされていますが」
「いいえ、姫様。あれは単なる逆恨み節ですね。しかし、アリス様の言わんとすることも良く分かります。まあ、姫様とは所詮分かり合えない運命なのでしょうけど。ねー、そうですよねぇ、ユウナ様?」
凄くやさぐれた感じで、チラッとミラのスタイルのよい胸元を薄目を開けて曇ったメガネ越しにチラ見すると、鼻を鳴らして隣で大人しく肩まで浸かっているユウナに振る。
「え? あ、いや、私は……。クラリス、洗ってくれて、ありがと」
「うっ、クラリス。それはどうゆう意味ですか。それにしても、いや~ん、ユウナ様。可愛いぃ~、ぺたぁ」
「はい、姫様。それはですね――いえ、それよりも、ユウナ様が可愛いというのは、全くの同感です~。ぴとっ」
「あ、ああ~、私は、け、穢れて~ぇ、あああ~~~っ」
両サイドからミラとクラリスに抱きつかれて、露天風呂の中でバシャバシャと手足をバタつかせて逃げようとするユウナ。
「何言ってるんですか、ピカピカに洗ったじゃないですか~」
「そうですよ、姫様。この私が丹精込めて、隅々まで磨き上げたのですから問題ありません」
そんな三人の隣りで、見えない白く長いウサ耳をピョコンと立てたルリと、自慢の白銀の狐耳をピンと立てたコロンの二人が、目をキラキラさせて、おまけに手をワキワキさせて迫って来ていた。
「ああ、三人だけずるい~。私も混ぜてぇ~、ぺたり」
「わーい、コロンもぉ~。ぴたあ~」
「フィも~、はしっ」
「わわわ! そんなに、くっついたら、私は、け、穢れて、あ、あああああ~~~っ」
六人がユウナに群がるようにくっついてバシャバシャやっているので、少し離れて温泉に浸かっていたアリスが爺くさい台詞を湯煙に紛れるようにつぶやく。
「まあ、ようやくこれで――まあ、裸の付き合いって言うしね。こらぁ~、私も混ぜなさいよ~。ぴったり」
「わわっ、アリスさんまで。ここは私も行かないといけないのでしょうか、女神様ぁ~。えいっ、ふにゅん」
へっぽこの癖に仲間外れは寂しいフランまでが、その暴力的な溢れんばかりの爆乳で包み込むように抱きついてくるので。
「わぁ~っ! あああああ、私は、け、け、けが、穢れ、あ、ああ、あああ~、あああああ~~~っ!」
「うっ、ぽんこつフランが抱きつくときだけ、何でそんなに柔らかそうな感じになるのよ!」
「ええ~! アリスさんもピッタリと張り付くような、ゴンッと硬い音はしませんでしたよ~」
「ウッキィ―、ゴンなんていうもんか! やっぱり、このぽんこつムカつくわね~」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふいぃ~~~、やっぱり気持ちいい。それにしても、隣の女湯は相変わらず五月蝿いなぁ~」
せっかく広々とした無人の露天の男湯に一人肩まで浸かっていたのだが、高い煉瓦壁の向こう側の女湯が余りに騒がしくて、とてもじゃないが落ち着いて休んでいる気がしない。
「うふふ、本当に賑やかだかこと。でも、ああいうのも、それはそれで良いわねぇ」
「え?」
湯煙の向こうから、明らかに女性のものと分かる声が聞こえてくる。
なぜだ、男湯には誰もいなかったはずだぞ? それに、【ソナー(探査)】のマップにもアラートが上がっていなかったのは、なんでだ!
「ああ、悪い悪い。実は姦しいのは苦手でねぇ、つい空いていた男湯の方に入らせてもらっていた」
そう言って、湯気の向こうから現れたのは、湯あみ着も身に付けていないタオル一枚だけの二十才台の女性だった。
「……ふ~ん」
「ありゃ? これでもナイスバディなつもりだったんだが……少年はそっちの人だったか? 見るからにライト級ボクサーのような、無駄な筋肉すら無い引き締まった身体をしているが……受けか?」
確かに漆黒の長髪をポニーテール――まるで侍の髷というか女剣士にも見える――にまとめた、隙無く絞り込まれた筋肉と対照的にふっくらした女性らしさの漂う胸と腰は、均整が取れていて優艶といった風情なんだろう、が。
「俺はストレートだ」
「ありゃりゃ、するとオレの魅力が足りないということかぁ。こりゃ参ったな。意外と凹むぞ、これは」
わずかに眉を下げた顔は可愛いというよりは、どちらかというと獰猛な野獣といった印象の、でも端正なそれは間違いなく絶世の和風美人のはずだ。
そう、黒髪黒目だからか、何だか不思議と懐かしい日本の匂いがして来る女性だった。すぐさま【解析】でステータス情報を視ようと思いつくが、絶対にバレると直感が告げるので止めておく。
「いや、隣の女湯にいるのは俺の仲間なんだよ。そんな危険地帯で裸の女性にどうこうする勇気は、俺には無いな」
「あはははっ! そうかそうか、いや良かったよ。しばらく人里を離れていたから、それこそ人外に成り果てたかと心配してしまった」
いきなり物騒な台詞が聞こえてくるが、ここは絶対に関わり合いにならない方がいい。
だって、今の俺の全能力をフルに発揮しても、確実に絶対勝てないどころか逃げることすらできない人間というのは初めて見た。
なんせここは異世界だ、こんな奴等がゴロゴロしているだろうことは、決して自惚れること無く頭では理解していたつもりだったが、目の前に現実として突き付けられると結構来るものがある。
「それにしては、存外少年は肝が据わっている。そうか、オレ以上の人外を見たことがあるのか……」
「……まあ、ね」
「よかったら、それが誰か教えてはくれないだろうか。こう見えて、オレは結構やる方だと思うんだよ~」
何が結構だというのか、既に人外領域に足を踏み込んでいる目の前の女性の後ろに立ち昇る、可視化された威圧を実際に肉眼で見ながら、後ろにそびえる霊峰ラトモスを親指で指差して見せる。
「【純潔の女神】アルティミスだ」
「あはははっ! そりゃ確かに人外だ。相手は人をやめて【神人】へと至る存在だからな。
しかし、驚いたな。少年はそんなんで、【純潔の女神】アルティミス様に会ったことがあると言うのかぁ」
「知り合いの知り合いでね」
「ああ、悪い悪い。少年を馬鹿にしている分けではないのだが、普通はなかなか会えないはず――だったんだがなぁ。最近はそうでも無いのかな?」
くそ、いよいよ何だかヤバ気な予感しかしてこない。いい加減、切り上げたいのは山々なんだが、どうしたものか。
「ふむ――では【剣聖】として忠告しておくが、少年の魔力は普段隠蔽しておいた方が良いなぁ。ステータスも偽装しておいた方が良いし、威圧の使い方も覚えた方が何かと便利なはずだ。
そうだなぁ――よし、オレが教えてやろう」
「え?」
知りたくも無い個人情報をだだ漏れさせながら、勝手に教育的指導を始めると宣言する当代【剣聖】。
「喜べ少年。今日から君はオレの弟子だ!」
「……え? い、いや、いやいや。結構です。丁重に辞退申し上げます。ああ、俺はそろそろ行かないと。それではお先に失礼しますね」
「ええー、何で何で。このオレが指導してやると言ってるんだぞぉ。【剣聖】だぞ。それなりに強いんだぞ。ちょっとは凄い――かも、しれないんだぞ~?」
だんだん自分に自信が無くなって来たのか、語尾がどんどん萎んでいく当代【剣聖】さんは、その射貫くような漆黒の瞳に涙を浮かべて、タオル一枚で腕に縋りついて来る。
当然のように、俺の腕でスタイルの良い柔らかな胸が形を変える。
「ちょ、ちょっと。離して下さい。俺はもう行かないと。ああ、当代【剣聖】さんはそのままごゆっくりどうぞ」
「お? 先代【剣聖】の爺さんを知っているのか?」
「はっ!」
なぜバレる?
「ははは、その手つき。爺さんの無手稽古を受けたんだな。だったら、オレの指導を受けてもいいじゃんかよぉ~」
「なぜ、そうなる!」
「ええ~、だってだってぇ~。あ! このままオレが大声を上げると……どうなるのか、なあ~~~」
タオル一枚で腕に縋りついて豊かな巨乳を押し付けたまま、少しだけ低い背で覗き込むようにして、これ以上無く極悪な笑みを浮かべる当代【剣聖】。
「おい、あいつらに何かするってのなら」
思わず魔力が溢れそうになる――が、その瞬間。
「それだ。その抜身の刀みたいなのは、止めにしろ。少年はそんなレベルの人間じゃないんだぞ。そんなんじゃ、早々に少年の大切な彼女達を巻き込んで、碌でも無いことにしかならない。それをオレが分からせてやる」
「む……」
確かにこんなバケモノのような奴らがゴロゴロしているこの異世界で、不用意に殺気を振りまきながら馬鹿面下げて歩いていれば、殺してくださいと言っているようなもんだろう。
実際、今この場でこの女に襲われでもすれば、俺は隣にいるルリやアリス達を巻き込んで守ることすらできずに殺されてしまうに違いない。
「……わかった。それでは、よろしくお願いします」
そう言ってから、ペコリと頭を下げた。
「お? おおっ! うんうん、分かってくれたか。それじゃ、早速行くとしようか。そうだ少年、名前は?」
「ハクロー。クロセ・ハクローです、師匠」
「ははは、異世界の名前は難しいよな。ハクロー、オレは白刃斎。白刃と書いて、鞘から抜いた刀という意味で、それを斎、つまり忌すると同時に斎、神を祀る雅号だ」
やはり、俺が異世界召喚者だと分かっていたか――しかし、それにしても本人までも、とは思わなかった。
「それって……」
「ああ、さっきのハクローにかけた言葉は、そのままオレへの言葉でもある。だから、悪いが元の世界の名前は控えさせてくれ。黒髪に黒瞳で、ちっとも白くは無いんだけどな」
少し元いた世界を思い出したのか、わずかに悲しそうな顔をする白刃斎。
「そう、ですか……。あぁ、そうだ、少し待って下さい。ルリ! アリス! 少し出て来るから、先に旅館に帰っていてくれ!」
そう、隣の女湯に向かって大きな声で叫ぶと、絡められた腕からそっと抜け出してサッサと脱衣所に向かうことにする。
「う~、ハクローのいけずぅ。もうちょっと、ドキドキわくわくで青春ラブコメなリアクションはできないのかぁ?」
何が不満なのか、ブー垂れながらもタオル一枚のまま早足で付いて来る白刃斎。その後ろからは、女湯からだと思われる罵倒や罵声とおまけに手桶が男湯の露天風呂に投げ込まれて来ていた。




