第2章28話 白刃斎
「まったく、ハクローは! 【遠見の魔眼】でも見つからないわ」
「くんくん、くんくん……しょぼ~ん。ハク様の匂いが消えてましゅ」
「フィもハクローの魔力を感じない~」
女湯からバスローブを羽織っただけで飛び出して行ったアリスとコロンが、男湯に突撃するが既にハクローの姿はどこにも無く、どうも追跡を躱すために転移魔法まで使った形跡があった。
ちなみに、妖精のフィは真裸だ。
「ハクローくんなら大丈夫ですヨ。ホラ、じきにお腹が空いたら帰ってきますカラ、ちっとも心配しなくても平気でスっテ。フフフ……」
「あれ? ルリ様、手が震えていますよ? おお、女神様。どうしましょう、ルリ様が何だかとっても変ですぅ」
「え? イヤだなぁ、フランちゃんったラァ。私は変なことナンカアリマセンヨォ。ホホホ……」
女湯の脱衣所に戻って来たアリスとコロンから話を聞いて、両手のひらを胸の前でギュッと握り締めていたルリが、紅い瞳を泳がせながらフランの指摘のまま、溢れる動揺をちっとも全く少しも隠し切れていない。
「クロセ様の強さなら、よっぽどの相手でなければ傷を付けることすらできないのでは?」
「はい、姫様。クロセ様の基礎レベルは召喚されてたったの一ヵ月で、既に初級クラスでも後半の20レベル台に近いともお聞きしています。そのレベルになるには普通は騎士団でも冒険者でも五年、どんなに早くても三年かかると言われています。しかも、そのスキルと実力は中級クラスに並ぶ――いえ、軽く凌駕していると考えられます」
大人なミラとクラリスがみんなを落ち着かせようとするが、実際の戦闘能力について素人の二人に何が分かるはずも無く、尻すぼみに声が小さくなってしまっていて、逆に不安を誘ってしまう。
そこに二人の盲点を的確に突くように、ユウナが静かにつぶやく。
「クロセくんは銃を持っていない。魔法を封じられると危険」
「まったく、あの馬鹿! 一人にすると、本当に碌でも無いことしかしないんだから!」
とうとう、着替えを済ませて来たアリスが大きな声で叫び出す。どうやら、ハクローがいないだけでこんな状態になってしまうとは、誰も思いもしていなかったのだ。
「とにかく、そんなに大きく無い温泉商店街にでも出ているかもしれないから、観光のついでにちょっとみんなで見て歩きましょう」
そう言うと、アリスは何かに急かされるように、早足に露天風呂の建物から出て行ってしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハクローは自分の目と何より探査魔法に頼り過ぎだな。そんなんだと暗闇で魔法が使えない状態に放り込まれると、あっという間に詰んでしまうぞ」
当代【剣聖】である白刃斎と俺は、わざわざ温泉街の郊外の荒野まで転移魔法で出て来ていた。
「ほらほら、どうした。それではお前の大切な彼女達を守ることは勿論、助けることすらできないぞ」
「くっ、そおっ! ぐあっ」
そして、目隠しをさせられた俺は白刃斎の持つ棒切れで小突き回されていた。しかも、また手ぶらでだ。
「なんだ、先代【剣聖】の爺さんは優しかったようだな。目は塞がなかったと見える。まずは相手の気配を感じろ、そうすれば自分の気配という物も自然と分かってくる。後はそれを隠したり消したりて、時には逆に出したりするだけだ」
「くそおぉ! ふぅ~~っ。魔素を使うのが魔法なら、それを使わなくても他の素粒子でもいい、何かで代用するんだ」
いい加減、あちこち打撲と裂傷で血が滴っているが、【心眼】スキル持ちでもない俺が経験則も無しに、勘だけで何とかできるはずもない。
必死に無い知恵を絞って、さっき手本と言って白刃斎が見せた【心眼】の動きを再現させようとする。
そこには目隠しをしていても、文字通りまるで見えているかのように、紙一重で軽々と俺の斬撃を避けて見せる真に【剣聖】としての白刃斎の姿があった。
心底、ちょっと前の露天風呂で敵対しなくて良かったと思い返す。俺の攻撃の一切が、白刃斎には当たるような気がちっとも全く擦りもしない。
つまりそれは、こちらの攻撃はその全てがヒットせずに、唯ひたすら相手から攻撃され続けることを意味していた。
それはもはや【心眼】というよりは、【神眼】と呼ぶに相応しいものだった。
「自分の魔力は検出に邪魔だ。代わりに魔素でも光量子でも、何なら重力子でも何でもいいから、全身を受容体に使ってそれを検波してやる!」
「お? もう魔力の漏洩は抑えることができるようになったか。思ったより飲み込みは早いようだな。しかし、俺の気配が見えなければどうしようもないぞ!」
さらに絶え間なく撃ち込まれる斬撃に、自然と【ライフセーバー(救命)】を自動発動させて、しかし魔力を外には漏らさないよう、被ダメージ分だけの自動回復を繰り返す。
「ほう、自分の魔力だけで疑似内燃機関を作ったか。意外と器用なものだな。それなら、自身を第三者に対して偽装させることも可能だろう。さて、もう少しだがんばれ!」
そう言うと、そこら辺で拾った棒切れで繰り出す剣戟の速度を、さらにこれでもかと手加減無しで加速させて来る。
ああ、そう言えば――朦朧とした頭で、随分前に、剣術の朝練で、ルリに「がんばれ」、と声援を受けた、のを思い出して、いた……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ルリにアリス、コロンとその肩に乗るフィ、ミラに付き従うクラリス、そして『車椅子』に座るユウナとそれを押すフランという、どう贔屓目に見ても絶世の美少女と美女がまとまって温泉街を練り歩けば、当然のように目立つことこの上ない。
しかも、今は唯一の男である目付きの悪い虫よけのハクローも不在ときていた。それでは、もう実際のところ絡んで下さいと言っているようなものだった。
「……いないわね」
「ハクローくん、お腹空いていないのかナァ」
「くんくん……。ハク様の匂いないでしゅ、しょんぼりしょぼ~ん」
「フィも、ハクローの魔力ちっとも感じないなぁ」
「クロセ様もそうですが、どこかでちょっと休んでお茶にでもしますか?」
「はい、姫様。一度、腰を落ち着けてみるのも良いでしょう。通りに面したテラス席に座っていれば、往来を行き交う人々を見ておくこともできますし」
「じゃあ、そこのカフェにしますか? ユウナさんが口にできそうなものもありそうですよ」
「フラン、ありがと。でも、大分どんな物でも食べれるようになったきたから、みんなの好きなもので良いから」
温泉街にあるメインの商店通りは一通り見て歩いてみたのだが、ハクローがいる様子はどこにも無かった。
しかし、掴まらないと歩くのが辛いルリと『車椅子』のユウナもいることもあって、ひとまず一休みすることにする、のだが。
「ねえねえ、何か探してんの?」
「手伝おうか?」
「いい店なら知ってるよ?」
「案内してあげようか?」
さっきから無視してはいるのだが、周囲を冒険者や商人、下級貴族とその取り巻きと思われる者達までもが集まって来て彼女達を取り囲んでしまっていた。
「何だよ邪魔するなよ」
「おいおい、俺達が先に声をかけていたんだぜ」
「貧乏人が何をいっているんだ」
「貴様こそ、平民ごときは引っ込んでいるんだな」
しかも挙句の果てに、其処彼処で言い争いを始めてしまう始末だった。それでも無視を決め込んでシスター・フランの指差すカフェに向かって歩き始めると、前を大きな人影が立ち塞がる。
「お前ら、道を塞いでんじゃねぇよ。邪魔だ邪魔だ、雑魚どもは消えて失せろ」
「そうだそうだ、こちらはBランク冒険者のブリス様だぞ!」
筋肉だらけのハゲ大男の取り巻き達の言葉に、集まっていた人々がザワザワし始める。どうも、それなりに有名な冒険者だったようで、潮が引くようにガタイばかりが大きな筋肉男とは反対側に集まっていた男達は寄ってしまうのだった。
辺りの混雑が少し緩和されたので、鬱陶しくも道の真ん中を塞ぐ巨漢を避けて、カフェに向かって歩き出すと、あろうことか太い丸太の様な腕を横に伸ばして通せん坊してくるではないか。
「おいおい、嬢ちゃん達。助けてやったってのに、感謝の言葉も無しかい?」
「そうだそうだ、ブリス様に感謝して酌でも付き合え!」
結局はこの筋肉ゴリラもナンパ目的だったようで、紅と蒼のオッドアイを細めて睨みつけたアリスが酷く冷えた低い声でつぶやく。
「邪魔よ。あんたが助けたのは、後ろの雑魚野郎共でしょ」
「あぁん? 何言ってんだ、紅い嬢ちゃん。噂の【紅の魔女】みたいな格好してっけど、あんだけの野郎どもを嬢ちゃん達だけで相手にできるわけねえだろぉ? がっはははっ」
「そうだそうだ、ブリス様に感謝して大人しく付いて来い!」
単に太いだけの腕を腰に当てて馬鹿笑いを始める脳筋ゴリラに、真紅の長髪をユラユラと逆立て始めたアリスが唸るようにして吐き捨てる。
「今、激烈に機嫌が悪いのよ。どけったら――どけ」
「分かんねぇ、嬢ちゃんだな。いいから付き合えよぉ!」
そう言って、デカい掌を伸ばしてアリスの腕を掴もうとする脳筋馬鹿に、紅いレーザー光が七本まとめて照射される。
「うっ……!」
途中まで伸ばしたゴツイ掌を虚空でも掴むように硬直させたまま、自分の胸、腹、肩、喉、顔、腕、脚に向かって伸びる紅いレーザー光を驚愕の表情で大きく開いた目玉だけを動かして確認すると、改めてその視線を眼前の美少女達に向ける。
「こ、これはジュネヴァン連邦国の魔法自動拳銃っ!」
そう、目の前の七人の美少女達はスカートをひるがえすと、太腿のホルスターからレーザーサイト付きの魔法自動拳銃P226を抜くなり両手で構えて、コンマ数秒で照準し終えていた。
周囲に集まっていた雑魚い冒険者達も、商人達も、下級貴族達も、ただの野次馬達も聖域セルヴァンを目の前にしたこの温泉街で、ジュネヴァン連邦国だけが持つ最先端技術である魔法自動拳銃を知らない者などいるはずも無く、ババッと一気に数mの距離を同心円状に飛び退くように下がってしまう。
「あんたBランク冒険者なんでしょ? だったら、最高魔力を込めた弾丸を食らっても――手足と内臓を失くすぐらいで、まあ頭と心臓が残っていれば死ぬことは無いでしょ?」
「ひ、ひぃいいいい!」
全身から脂汗を垂れ流しながら、その場にへたり込んでしまった筋肉ゴリラとその取り巻き連中を見下ろしながら、さくらんぼ色をした唇を三日月の形に歪めたアリスが一拍を置いてからニタァ~と微笑む。
「分かったら――どけ」
ガチャリと金属音させて、七人の美少女と美女達が一斉に撃鉄を起こすと、恐慌状態に陥った筋肉ゴリラと取り巻き達が涙と鼻水を垂らしながら、悲鳴と共に四つん這いになってカフェへの道を開ける。
ようやくカフェへの道が開けたことをアリスが周囲を睥睨して確認していると、七点の紅いレーザー光を全身に照準されたままの筋肉ゴリラの後ろから、見るからにイケメン細マッチョな冒険者が一歩前に踏み出して来た。
「あはは、そこまでにしてくれないかね。こいつらには、後でキチンと詫びを入れさせるからさ」
「はあ~、次から次へと。行くわよ」
チラリとだけイケメン細マッチョな冒険者へ視線を向けると、興味無いとばかりに銃口を天空に向けてデコッキングさせてから、スカートをひるがえして太腿のホルスターにレーザーサイト付きの魔法自動拳銃P226をしまい、スタスタとカフェに向かって歩き始める。
ぞろぞろとアリスの後を黙って付いて行く美少女達を見送りながら、目を丸くしたイケメン細マッチョは――苦笑しながらも、頭を掻くとその後ろ姿に声を投げかける。
「感謝する、アリスさん。ああ、俺はAランク冒険者のイアサント。お礼は今度、誠心誠意ってことで」
すれ違いざまに横目で、メガネの奥を細めてイケメンなイアサントを見ていたクラリスが、脳内データベースの検索を始めていた。
「……なぜ彼が」
「ふぅ~……助かったな、ブリス。お前、【紅の魔女】に喧嘩売って生き残ってんだぞ。一生分の運を全部使い果たしたと思って、残りの人生は自慢話でもして大人しくしていろ」
「く、【紅の魔女】ぉ? あ、あれがっ! あんな、小娘がぁっ?」
愕然として涙と鼻水で汚れたブリスの顔を冷めた目で見下ろして、イアサントが低い声でつぶやく。
「お前、それを絶対に彼女の前で言うんじゃないぞ。そんな素振りを少しでも見せやがったら今度こそ、この俺がお前を殺してやるからな」
「うぐっ……わ、分かった。王都に着くまでは大人しくしていることにするよ」
「そうだな。それが良い」
ポンポンとブリスのハゲ頭を叩くと、アリス達が消えたカフェの扉をジッと見続けるのは、この王国に十数人しかいないAランク冒険者のイアサントのイケメンな後ろ姿だった。




