第2章25話 神聖教会セルヴァン支局
「それじゃ、さっさと温泉街のエビヤーノに行って、痩せる効果と美白肌の効果のあると巷で有名な観光地らしく温泉巡りをするわよ!」
旅館の朝食を食べながら、がぁーっとフォークを片手に気炎を上げるアリス。
「わーい、温泉だ~」
「「おんせん~?」」
手放しで万歳してまで喜ぶルリが嬉しそうに、温泉とお風呂との差が良く分かっていないらしいコロンとフィにうんちくを垂れ始める。
「それはですね、唯のお湯ではなくってですね、ツルツルのお湯でお肌もピカピカになってですね、乙女の秘密の箇所の贅肉が消えて無くなるという、摩訶不思議な神秘のヴェールに包まれた奇跡の」
ふんふん、と聞いている素直なコロンとフィに、何だか怪しい壺でも買わされてしまいそうな、危ない宗教のようなことを言い出すルリなのだが。
「「おおー、乙女の秘密!」」
しかし、どこが琴線に触れたのか、目をキラキラさせて聞き入るお子様二人組。いいのか、それで。
「おお、それじゃ。私の余分な脂肪も消えて無くなると? おお女神様、重くて肩が凝るのですよぉ」
おまけに、へっぽこフランまでが何やら自分の膨大な質量を誇る胸部装甲をフリンフリンとさせながら、悩まし気に食べ物を咥えたまま祈り始めてしまう。
「そう言えば、修道女フランチェスカ様は聖域セルヴァンのお膝元である、この街の神聖教会にはお顔を出されなくても良いのですか?」
「そうですね、姫様。私も気になっていたのですが、女神様が御座す聖域セルヴァンへの転移門があるこの地の神聖教会と言えば、規模は別にしても聖都に次いで二番目に大きく重要な信仰の聖地だったはずです。
確か次の教皇候補に最も近いとされる枢機卿が在任されていると聞いていましたが」
「ふへぇ?」
ふと、ミラとクラリスに話を振られてしまい、変な声と共にギョッとして口に咥えていたクロワッサンを落としてしまうほど動揺を隠せない、どこまでもへっぽこなシスター・フラン。
「どうした、またお前の嫌いなタイプの王都の時のような枢機卿なのか?」
ちょうどそんなとき、旅館のレストランに併設されている個室の扉を開けて、担当のウェイトレスが今立てたばかりのフラグを回収するような来訪を告げてくる。
「お客様にご面会の方が見えられています。神聖教会セルヴァン支局長の秘書をされている方のようですが如何いたしましょうか」
ああ~、カクンと顎を下げっぱなしにして、真っ青な顔にダラダラと脂汗を垂らし始めてしまった、やっぱりぽんこつなフラン。
もうその碧い瞳に涙を浮かべてしまって、すでに半泣きになって俺のTシャツにしがみついて、後ろに隠れるようにして唸り出し始めていた。
「う~、うう~~、ううう~~~~」
「分かった、分かった。一緒に行ってやるから、だから泣くんじゃない」
「あじがどうごじゃりまず~、バグローざん。ず、ずずぅ~」
とうとう鼻水まで垂らし始めてしまう、お年頃なはずの修道女の泣き虫フラン。
そんなへっぽこフランを諦めたように横目で見ながら、アリスがミラの方を向くと小さくため息をつく。
「でも、このタイミングでミラが出向くのはちょっと不味いわよね」
「はい、王国の第一王女としては――ですが【偽装】して髪と瞳の色を変えて、白ばっくれてしまえば問題ありません」
「はい、姫様のおっしゃるとおりです。それよりも今は、【純潔の女神】アルティミス様と瓜二つのユウナ様の方が危険度は遥かに高いかと」
咄嗟に政治的な判断をし始めるミラレイア第一王女と侍女筆頭のクラリスに、しかし当のユウナは無表情のまま動じることなく淡々と答える。
「問題は無い。聖域セルヴァンから目と鼻の先であるこのアルティミス様の【神力】域内で私達に手出しすれば、誰であろうと唯では済まない」
「しかし、神聖教会の仮にもトップツーなんだ。絡め手で来ないとも限らないからな、警戒しておいて無駄にはならないはずだぞ」
前回の王都のブタ枢機卿の姑息な騙し討ちを忘れた訳では無い。逆にお陰で、ここで別行動という選択肢は絶対にあり得ないものとなっているのだ。
むしろ力技よりも、経験不足からこっちが不得手としている、逃げられない罠を張って待ち構えていると考えておく方が妥当だろう。
やはり嫌な予感しかしないのか、アリスが大きなため息をつきながら、ヒラヒラと手を振る。
「はあ~ぁ。それじゃミラとクラリスは【偽装】してねぇ~。みんなで出かけるわよ」
「「「「は~い」」」」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あら、もっとゴテゴテと無駄に大きいのかと思っていたけど」
「意外と質素で堅実なのでしょうかねぇ?」
どう見ても嫌味な上から目線を投げつけて来る支部長の秘書と名乗った修道女に連れられて、神聖教会セルヴァン支局の前に立つアリスとルリを含めた俺達が見上げるのは、尖塔も無い四角い外観のまるで日本の市役所のような印象の石造りの建物だった。
何だかイメージと違って、がっかりというか拍子抜けしてしまう。これでは観光にもならない。
「それはですね、女神様が御座す聖域セルヴァンの白亜の居城よりも豪華で派手にする訳にはいかないという、大人の都合なのですよぉ」
一番後ろで嫌々付いてきましたといった雰囲気のぽんこつフランが、ボソッと神聖教会セルヴァン支局の残念な裏事情を教えてくれる。
まあ確かに、無駄に豪華絢爛だった王都大聖堂と比べても聖域セルヴァンは余計な装飾を取り払ったシンプルで機能美に溢れていながらも、それでいて嫌味の無い品の良さだけはあったからな。
「ってかさ、ぽんこつフラン、お前が主役だろうが。何で一番後ろに隠れてるんだよ」
「え~、だって、だってぇ~。ここの枢機卿は苦手なんですぅ。あと、ぽんこつ言わないでくだしゃいよぉ~」
あ、もう泣き出した――はあ~、さっさと終わらせて帰らないと、いつ本気泣きし始めるか分かったもんじゃないなぁ。
「もう、ハクローは。いちいち泣かせるんじゃ無いわよ。じゃ、行くわよ」
そう言って、アリスは前回の王都大聖堂でのコロンに対する獣人蔑視の視線の反省から、ドンッ、と紅蓮の魔力を辺り構わず炎のように噴出させ始める。
「はいはい」
そう肩を竦める俺も、バンッ、と蒼い魔力を爆発させるとワザと可視化させて周囲にぶつけ始める。
そんな俺達二人の魔力放出に、ギョッ、と驚きたじろいでへたり込んでしまった案内の秘書らしい修道女は、さっきまでの上から目線の澄まし顔はどこへやらといった感じで、懸命に後ずさりしようと地べたで足掻いていた。
「わー。アリスちゃんとハクローくん、凄い綺麗です!」
「おおー。ハク様もアリスおねーちゃんも、カッコイイでしゅ!」
「フィもカッコイイ~」
パチパチパチと、いつも見慣れているルリにコロンとフィが、可愛く手を叩いて喝采してくれる。
「ぎゃあ~~っ! アリスさんもハクローさんも、絶対に教会を壊さないでくださいよぉ~。本当、お願いしますよ~」
神聖騎士団を壊滅させた超位風魔法【テンペスト】を思い出したのか、ペールブロンドの頭を抱えて大声で叫び始める泣き虫フラン。
「い、いや――凄い凄いとは思ってはいましたが。これ程とは、思いませんでした」
「はい、姫様。これは――いや、流石にちょとどうかと」
紅と蒼の魔力が絡み合って渦を巻く中で、ちょっと困ったように二人して肩を落とす常識人の大人なミラとクラリス。
え? だって、ここの枢機卿とやらに手前が誰を呼び付けくさったのか、そこんところをキチンと頭で理解するだけでなく身体にも覚え込ませないと、この前と同じことがまた起きるからなぁ。
「……く、クロセくん。やっぱり、あなた達って凄いのね」
初めて目にする訳では無いのだが、いつもはクールな表情のユウナですらも、珍しくビックリ仰天といった表情をしている。
うん、これは超レアだな。それだけでも、来た甲斐があったか?
そうして、紅と蒼の魔力に強制的に押し開けられた扉から中に足を踏み入れて行くと、礼拝堂になっているらしい一階フロアにいる教会関係者達が、ガタガタ、ブルブルと震えながら壁際まで下がって真ん中に道を開けて待っていた。
実はまだ朝の早い時間なので、一般の教徒には解放されていないために、ここには教会関係者しかいない。
「ひっ、あれは何だ?」
「獣人がいるぞ?」
「誰か聖騎士を呼べっ」
すると、女神の像が並ぶ祭壇の奥から、背の高い細身のキツイ目付きをした壮年にしか見えない、でも白髪を後ろに撫でつけた男が出てきた。その後ろには、白銀の金属鎧を身に付けた聖騎士達を十人ほど従えている。
緋色の聖職者服を着ているということは、こいつが俺達を呼び付けた枢機卿で間違いないようだ。
「な、何事だ、これは?」
驚いた様子で、礼拝堂の中心でポツンと立っている俺達に向かって、吹き荒れる紅と蒼の魔力にめげずに声をかけてくる。
「呼ばれたらしいから、来てやったわよ」
スッと綺麗な顎を引いて睨みつけるようにしてアリスが、低い声で答える。
「そ、それでは、いや、しかし、これは……何とか、ならないのか?」
「あんた、こんな所に、誰を呼び付けたのか、知らないとは、言わせないわよ」
膝を震わせながらも他の教会職員とは違って、必死にその場に立ち続けようとする枢機卿に、一言づつ区切りながらハッキリした声で返すアリス。
「そ、それは、教会の者が、【純潔の女神】アルティミス様に、拝顔の栄に浴したと、聞いたので、は、話を聞こうと、はぁはぁはぁ」
「嘘つけ。私達全員を呼び付けておいて、よくもまあそんなことを言えるわね。一体何様のつもりよ?」
呼吸も困難になって来たのか、ゼイゼイと荒い息をしながら、何かにしがみつくように言葉を絞り出す枢機卿の言葉を、スパッと遮るようにアリスがフンッと鼻で笑い飛ばしてしまう。
「そ、それは、拝謁された、光栄な方々とも、お話をと、ぐぅっ」
「あんたも枢機卿なら会ったことぐらいあるんでしょうに、今さら何を聞きたいってのよ」
そろそろ限界が近い枢機卿に、こちらもそろそろ飽きて来たらしいアリスが肩を竦めて見せると、後ろからコソコソっとシスター・フランが小声でつぶやく。
「あのぉ~、アリスさん。女神様の御前に謁してお言葉を賜ることは、神聖教会の枢機卿と言えど一生に一度あるか無いかのはずですよ」
そういえば、女神の十二使徒であるマッチョおやじのヴァルデマールの奴も、最初に会った時には女神は忙しいとかなんとか言ってたな。
「え? そうなの?」
「『転移鏡』で、ご尊顔を、拝したことは、三度だけある……はぁはぁはぁ」
聞こえていたのか、とうとう膝に手をついて喘ぐように言葉をつなぐ枢機卿に、アリスは思い出したように、ポンと手を打つ。
「あ~。アルティミスが王城につないだときの、宙に浮いてた鏡のあれかぁ~」
「き、貴様ぁ、女神様、を、呼び捨てに、するとは……何と、所詮は、異教の異世界人と、獣人と、言うことか、ぐふっ」
いい加減、うっぜぇ~。
「お前たちの宗教の都合を、教徒でもねぇ俺達に押し付けるんじゃあねぇよ。ここに俺達を呼んだのだって、お前たちの勝手な都合だってことを忘れるなよ。
それに俺達の言動が気に入らないなら結構だ、とっとと帰らせてもらう」
「ま、まて、教会の、修道女だけは、置いていけ……教会の関係者、だ……」
まだ、上から目線でそんなことを言うのか――フランを人質に取るつもりだと言うのなら――ああ、予想はしていたとはいえ、目の前が紅くなるのを抑えられそうにない。
そんな動きが止まってしまった俺の前に一歩踏み出たアリスが、手をヒラヒラとさせて見せる。
「あんたみたいな、女神の言葉も解さない奴になんか、家のフランを渡せる訳が無いじゃない。馬鹿じゃないの?」
「な、何を、言って、貴様ら……女神様の、言葉を騙る、など……ううぅ」
「アルカンジェロ枢機卿、言葉をお控えください。ここに居られるのは【純潔の女神】アルティミス様が友として遇された方々なのです。失礼があってはなりません」
スッ、と一歩前に出たシスター・フランがその豊満な胸を張って、珍しく凛とした声で女神アルティミスの言葉を伝えるが、屈みこんで膝を着いた枢機卿はそんな彼女の言葉など聞く耳を持たないようだった。
「そ、そんなことが、あるはずが、貴様ら、このまま、ただでは、帰さん、聖騎士、こやつらを、捕えよ」
とうとう枢機卿は何をトチ狂ってしまったのか、後ろで伸びている聖騎士達に碌でも無い指示を出し始める。
「おい、もう帰らないか? こいつが何かしたら、手が滑って殺しちまいそうだぞ」
そう言って踵を返そうとした時、『車椅子』に座っていたユウナの身体が突然、純白に発光し始める。
すると切れていた腱を復元したばかりだというのに、それを何でも無いことように、スッと自分の二本の長い脚で立ち上がって『車椅子』から一歩前に踏み出すと、俺達を庇うように立ちはだかる。
そして、小柄なユウナの身体にぼんやりとした白光が集まると、ユウナを大人の女性にしたような白いトーガをまとった女神アルティミスがその姿を現していた。
「「「「「女神様!」」」」」
『転移鏡』越しに女神を見たことがあると言うのは本当だったようで、すぐに誰が顕現したのかを知ることとなった枢機卿を含めた教会関係者達は、ズダダダダッと面白いように床に張り付いてしまっていた。
淡い純白の聖光の中に顕現した女神アルティメスは、そんな者達が這いつくばる礼拝堂の中をぐるっと睥睨すると、おもむろに口を開く。
「控えよ、我が名を騙る愚かなる者達よ。
女神アルティミスの名において命ず、ここにいる我が友への手出しは無用だ」
「「「「「ははぁっ!」」」」」
ゴリッ、と音がするほど床に額を擦りつけた、枢機卿と教会関係者達はさっきよりもガタガタブルブルと震えて全身から脂汗を垂れ流し始めていた。
なんだ? 女神を信仰する教会なのに、その女神と仲が良くないみたいに見えるけど。
そして、ユウナから淡い光が消えると、倒れそうになる身体を後ろから柔らかく支えて、ゆっくりと『車椅子』に座らせると、乱れたプラチナブロンドの前髪をそっと撫でて整えてやる。
「まったく、ユウナの扱いが雑だってんだよ。なぁ?」
目を瞑って、ぐったりとしているユウナに、つい愚痴を零してしまう。
と、暫くして、女神アルティミスが去ったことを顔を上げて確認した枢機卿と教会関係者達は、遠巻きに俺達の周りに跪いて祈り始めるのだった。
はあ? 馬鹿じゃなかろうか、こいつらは。
こいつらの崇高な信仰心とやらは、さっきまで馬鹿にして蔑んでいた獣人のコロンを含めた俺達に向けて簡単に祈りを捧げられるようなもんなのか――安い信仰だなぁ。
「あのぉ~、アルカンジェロ枢機卿。だから、言ったですよねぇ? それじゃ、私達は帰らせてもらいますんでぇ。間違っても後を追わないでくださいね~」
そんな、女神の威光を受けた威厳のわずかな欠片も無く、さらには救いようも無い烏合の衆の代表に向かって修道女のフランチェスカが、それでも同教のよしみなのか同情するように申し伝えると。
「あ……」
縋りつくように枢機卿が手を伸ばすが、それを振り払うように誰一人として振り返りもせず、スタスタと神聖教会セルヴァン支局の正面扉から出て行ってしまうのだった。
後には、呆然とただ座り込む教会関係者達と、自分が取り返しのつかないトンデモない何かをしてしまったことを、今さらながらのように漸く理解してしまって、伸ばした手を下げることも忘れて蒼白になった顔の紫色の唇を震わせて歯をカチカチと鳴らす枢機卿の姿が残されていた。




