第2章24話 ヴァルデマール
夕食は宿泊していた高級旅館のレストランで、今日はお祝いにちょっと贅沢をしてチーズ料理三昧を満喫、チーズフォンデュだけではなく、最後はチョコレートフォンデュで締めくくりとなった。
「わふ~、とってもおいしかったですね。あの大きなお皿のようなチーズの上に、パスタを入れて溶かして食べるのがビックリしました」
「えへへ、ルリおねーちゃん。あのチーズの大きなかたまり、ハク様が買ってくれて【時空収納】にいれてるから、また食べれましゅよ。今度は戦う【料理人】コロンが作るから、まかちぇてね」
「わーい、フィもうれし~い」
そういえば、昨日の国境の街で大量にチーズを買った中に、妙に大きなチーズもあったけど――あれか。
まあ、ルリも和風のサッパリした味付けの料理以外の、ちょっとコッテリした料理でも食べれるようになってきているのは、いいことだった。
「これだけ乳製品を食べれば、ちょっとは成長するわよね」
そう言って、自分の控え目な胸を押さえながら、視線をぽんこつフランのはち切れんばかりのそれに向けるアリス。それは比較対象物が悪いのでは――もっとこう、低い目標を設定しては如何なものかと思うのですが。
「ギロッ、何よ」
「いえ……何も」
「わーん、食べ過ぎました~。また、太ってしましますぅ~」
そんな余計なことを言いながら、その零れんばかりの豊満な爆乳をこれ見よがしにフルンフルンと揺らす、空気の読めないぽんこつフランさん。
「キッ、悔しくなんて無いんだからね!」
「ほ、ほら、アリスは私よりも大きいんだから、ね」
ああ、アリスさんが涙を溜めて、見るからに悔しそうにハンカチを噛んでいるのを、3才になったばかりのユウナが優しく慰めています。
「でも、気をつけないと本当に太っちゃいそうですよねぇ」
「そうですよ、姫様。もう、お肌も急カーブの曲がり角に差し掛かっているのですからね。吹き出物にも要注意です。二十才を過ぎるとニキビとは言わず、吹き出物と言うようになるのですよ」
「わーん、クラリスの意地悪ぅ~。でも、クロセ様達が褒めてくれた、今のプロポーションをキープしないとです。それにはダイエットのためにも、次の街では手当たり次第にありったけの種類の温泉巡りですよ!」
がおーっ、と拳を握りしめて気炎をあげるミラ。おお、お姫様が燃えている。
明日からはまた馬車でずっと南に移動して、今度は来た時と別の国境を超えて再び王国に入国すると、そのまま近くの痩せる効能があるという、温泉街エビヤーノを目指すことになっていた。
それにしても久しぶりに、ゆっくりできそうだ。これまでは、ずっと昼も夜も心が休まる日が無かったからな。
「そうだ、アリス。たぶんユウナのことはこれで安心だと思うけど、もしかしたら夜に寝ている時に、うなされたりするかもしれないから」
「分かってるわよ。ちゃんと私が見ておくから、安心しなさい」
「ああ、悪い。あんな風に見えても3才の小さな女の子なんだから、よろしく頼むな」
そんな風にアリスとコソコソ小声で話をしていると、聞こえてしまっていたのか、ユウナが珍しく頬を膨らませて怒り出す。
「クロセくんは心配し過ぎ。私はちゃんと夜でも灯りを消して、一人でもよい子で寝れる」
「ちょっと俺の心配している方向と違ったが、まあいいか。よしよし、いい子だからゆっくりとネンネするんだぞ」
「むー、やっぱり子供扱いしてる。私は【賢者の石】の力で豊富な知識と、あ、こら、私に触ると、ああっ、穢れが、あああ!」
さらに大きく膨らませた頬をツンツンと突いてやると、顔を真っ赤にして慌てふためいて、ジタバタと手を振り始める。
おおー、初めてかも、文字通り顔色が変わったユウナを見るのは。
それを見ていたルリが、紅い瞳を細めてビシッィっと人差し指をさしてくる。
「ああー、ハクローくんがユウナちゃんを虐めていますー!」
「ハク様、ノーモアいぢめ」
「フィも、のぉもあハクロー」
「おい、フィのそれは何だ」
台詞だけはコロンの真似をして両手で顔の前にバッテンを作って見せる妖精の、流石に食べ過ぎたのかポッコリと幼児体系のように出た丸いお腹を、同じようにツンツンと突く。
「ふにゃははは~。は、ハクロー、や、やめれ~」
「わはは。言うことを聞かない子は、こぉ~だ~」
「く、クロセくん、こっちはいい加減に止めてっ」
フィとユウナを二人まとめて突き回していると、わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐカオスの一丁上がりである。
「はあ~、ハクローはホント子供なんだから」
アリスが呆れたように大きなため息をつき、なぜかルリとミラが羨ましそうに、こっちを見ているは、……何故だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
女性陣が高級旅館の最上階に用意されている露天の大浴場に行っている間に、俺は呼ばれてもいないご来客の対応をさせられていたりする。
「はあ~、前にもこんなことしていた気がするなぁ~」
大きなため息をつきながら、六人目の黒い戦闘服の男を柱に『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』で爪先立ちに吊り上げて縛り付ける。
もちろん、前回同様に喉は潰して、持っていたピストル――【解析】によると、レーザーサイト付きの魔法自動拳銃P226は腕を斬り落としたついでに【時空収納】へ回収済みだ。
そして、【ソナー(探査)】のマップで表示されている最後の一人は選りにも選って、女湯の更衣室に忍び込もうとしている。
おおぅ、何と恐れ知らずな奴だ。ある意味、文字通りの【勇者】だ。
その細身の黒い戦闘服の男の背後に【チューブ(転移)】して、サイレンサー付きハンドガンを持つ腕ごとを斬り飛ばそうと【抜刀術】で直刀【カタナ】を振るうが、鈍い衝撃音と共にレベルの高い魔法障壁だろうか、弾かれてしまう。
「貴様は!」
「お、その声は昼間の――【AMW(ノイズ)】」
銃口がこちらを向くより早く、瞬時に相手の魔法障壁をジャミングして無効化すると、【二刀流】で構えたもう一本の直刀【カタナ】を抜刀して、今度こそ腕を斬り飛ばす。
「ぎゃくぞっ、ぐえっ…………」
「おっと、騒がれると困るんでね」
弾かれていた一太刀目の、返す直刀【カタナ】で喉を横一文字に峰打ちして潰すしておく。
あ、強く殴りすぎたか――頸動脈まで潰れちゃったかも。まあ、こいつは殺していいって女神の十二使徒も言ってたから、いいか。
パッパと『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』で右手首の無い両手両足を縛り上げて、足側の拘束を掴むと気絶した頭をゴンゴンと階段にぶつけながら引き摺って一階まで降りる。
「おいおい、もうちっと丁寧に扱ってくんねぇかい」
「こんなアホな奴を抱きかかえる趣味は、俺にはねえよ」
階段を降りた高級旅館の誰もいない一階の玄関ロビーに一人立ってる、女神の十二使徒であるマッチョおやじが呆れた声で文句を言って来たので、いい加減うんざりして言い返してやる。
流石に従業員や他の客達は人払いをしてあるらしい。こいつはバトルジャンキーっぽい癖に、こういった繊細な仕事もできるようだ。
まあそんなことよりもと、引き摺っていた男の黒い覆面を取ると、案の定、さっき昼間に決闘でボコったばかりの十二使徒の細男の馬鹿面が現れる。
「あちゃ~、息してねぇじゃねぇかよぉ」
「だって、殺していいって言ったろ?」
「そりゃあ、昼間の決闘の時だろぉ?」
「その決闘の決着がついてんのに、懲りずに暗殺しに来てんだから、逆に殺されても勿論文句はねぇだろ?
それとも、俺たちを殺しに来ておいて、自分は殺されるのは嫌ですなんて、寝言を言うつもりじゃねえだろうな?」
そう言って、ヒョイっと【身体強化】された筋力で細男を、マッチョおやじの足元に放り投げてやる。グシャッという嫌な音と共に、いよいよ首の骨が折れたかもしれない。
「わわっ、【ハイヒール】、【ハイヒール】、【ハイヒール】。ふぅ~、まったく坊主は容赦ねぇなぁ~」
「この国も、邪魔者であるユウナや俺達には容赦しないんじゃないのか?」
そう言って、顎で床に伸びている細男を指すと、マッチョおやじは「でへへ~」と頭を掻きながら照れてから。
「まあ、そう言うなって。訳は説明すっからよぉ」
「ふぅん。じゃ他の六人を連れて来るから、引き取ってもらうついでに話でも聞こうか」
「おお、悪ぃなぁ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
黒髪の細男を含めた合計七人を後から来た警備隊員に引き渡してから、星空の下で高級旅館の庭園に出てマッチョおやじの話を聞くことにする。
夏だというのに霊峰ラトモスの麓は標高が随分と高いからか、日が落ちると肌寒く感じるほどのひんやりした夜空の下。
綺麗な花の鉢植えが並べられていて、ロウソクの灯りでライトアップされたベンチの隣りに座っているのがマッチョおやじなんかじゃなければ、とてもロマンチックだったんだろうに――チッ、誰得だってんだ?
「坊主。何か、失礼なこと考えてんだろぉ」
「いや、別に」
なぜ、分かった? そんなことよりも、話はどうしたんだよ。
低い気温のためか澄み切った満天の星空を見上げていたマッチョおやじは、大きなため息をつくと。
「はあ~、これから話すことは、お前の仲間以外には他言無用だぜ?」
「ああ、分かった分かった」
「マジだぜ、漏れたら洒落じゃすまねぇんだからな。頼むぜ、いやホント」
「うっぜえ~、もう帰るぞっ」
「わあ~、待て待て。坊主、お前ホント短気だなぁ」
そんなこと、初めて言われたが――確かに最近は我慢というものができていない気がする。
この荒んだ異世界で人生に余裕がないのか――元の世界ではゆとり世代の末裔だったはずなんだが。
「そんでよぉ、俺達十二使徒ってのは、実は女神様を信仰する神聖教会とは一切関係ねぇんだよ。もちろん、教徒でもねぇ。
でも、お前が決闘と合わせて二度も倒したヘルフリートの奴は、根っからの神聖教徒なんだよ。
んで、知ってるかもしんねぇけど、何年か前に【純潔の女神】アルティミス様がお隠れになったことがあってな。
詳しくは言えねぇんだが、その時使えなくなった身体をホムンクルス体で再現させたのが、お前達が『ユウナ』と呼ぶあの娘を連れて国外に逃げた、ヘルフリートの前任の十二使徒で魔法科学研究所所長だった男だ。
ヘルフリートの奴はその所長の部下だったんだが、欠員となってしまった十二使徒の後任として抜擢されると、それまで以上に女神アルティミス様を妄信するようになってな。
前任者の後を追わせたのも、あの娘を忌み子と呼んで抹殺しようとするのも、すべては女神アルティミス様の為だと本気で信じてるんだな~。やっかいなことに、これが」
「こっちはその狂信者に殺されそうになったんだ。アホの心情なんかに斟酌している余裕なんか無い。
それよりも、【純潔の女神】アルティミスが加護を与え、『友』と呼んでまで手出し無用と言ったユウナを含めた俺達を暗殺しようとしたあの馬鹿を、女神の十二使徒であるお前達はどうするつもりなんだ?」
「それなんだがよぉ、今回だけは見逃してやってくんねぇか?」
190cm以上の筋肉の塊が背中を丸めて、拝むように両手を合わせて頭を下げる様子は、正直見ていて気持ちのいいもんじゃなかった。
肩を落として大きくため息をつくと、人差し指を霊峰ラトモスの頂上に向ける。
「はあ~。今回だけだぞ。次にやって来やがったら、殺すだけじゃなく、【純潔の女神】アルティミスの指示によるものだと判断するからな」
「ううっ、何てこと言いやがるんだ。坊主は鬼かよぉ。分かった、分かったよ。絶対に二度と馬鹿な真似はさせねぇ。
俺達だって伊達や酔狂で女神様の十二使徒をやってるわけじゃねぇんだ。アルティミス様の悲しむ顔なんて、見たかぁねえよ。あのアホは、それが分かっちゃいねぇ」
「頼むよ」
そう言ってマッチョおやじに、ぺこりと頭を下げる。すると、ギョッとしたように目を丸くしてから、「がっははは!」と突然笑い出した。
「いや、坊主。悪かった、馬鹿にしたわけじゃねぇんだ。分かったよ、よお~く分かった。
お前達に何かあれば、俺が何とかしてやるから言って来い。それが、今回の俺からの礼だ」
そう言い放つと、バシバシとデカい掌で背中を叩き始める。痛いって、本気で痛いんだけど。
「俺の名は【純潔の女神】アルティミス様の十二使徒が一人、ヴァルデマールだ。よろしくな、ハクロー!」




