第2章23話 ミラの縁談
「女神があの戦力でこの世界を守護しているなら、こことは違う異世界からわざわざ【勇者】を呼ぶ必要は無いよなぁ」
聖域セルヴァンの白亜の城から、転移門で霊峰ラトモスの麓まで帰って来た俺達は、そのまま今夜泊まる宿屋にチェックインしていた。
流石は女神様のお膝元だけあって、王家のミラが宿泊するだけの高級旅館がいくつも軒を連ねていたのには驚かされた。
今はいつものように部屋割りした後で、ミラのスイートルームのリビングでお茶を飲みながら、みんなでくつろいでいる。
するとアリスがさっき久しぶりに魔法の鏡を通して姿を見ることになった、マリーアンヌ第二王女を含む王城の面々を思い出したのか、小さなため息をついて呆れたように肩を竦めて見せる。
「はあ~本当、『この世界を救ってください』なんて、よく言えたもんだわよね」
「うう~、王国がご迷惑をおかけして本当にすみません」
とほほ~、と肩を落として項垂れてしまうミラ。一方、クラリスは少し驚いた様子でうんうんと頷いている。
「そうですねぇ、姫様。しかし、【純潔の女神】アルティミス様に全てが筒抜けなのは流石に驚きましたが」
「でもでも、女神さんがユウナちゃんを自由にしてくれたのは、本当によかったです」
ようやくホッとした様子で、ルリが『車椅子』に座るユウナの手を取り微笑む。その手をキュッと握り返して、ユウナがサラサラのプラチナブロンドの長髪を前に垂らし深々と頭を下げる。
「みんな、ありがとう。クロセくんも、怪我なくて本当によかった」
「【純潔の女神】であるアルティミス様が人道に悖ることをされるはずがありません。わ、私は信じていましたよ……ええ、本当です、よ」
ふんす、と強大な膨らみをさらに強調するように胸を反り返らせて見せるが、そのぽんこつフランもさっきまでは涙目でオロオロとするばかりだったのは既に時効ということなのか。
せっかく信仰対象である女神に会えたのだから、もっとはっちゃけるかとも思ったんだが、意外と静かだったのは今になって思えば、本当に不気味なほど意外だった。
「ぽんこつフランは女神を前にしても、案外と冷静だったよな」
「あー、ハクローさん。また、ぽんこつ言って。酷いです~。
わ、私も神聖教会の修道女の一人として女神様にお仕えする身なのですから、女神様の御前ぐらいは良い子でいたいので――わ~ん、嘘です。実は余りに緊張して、頭が真っ白になって、ちっともよく覚えていませしぇん~」
ああ、嬉しさの余り意識が飛んでいただけだったのか。それにしても、碧眼をウルウルさせて縋りついて来るので、やっぱり泣き虫フランはウザい。
しかもあろうことか、もう一回会いに行きたいと泣きついて来るので、ぽんこつフランをゲシゲシと足蹴にしていたら、微笑みながらコロンが淹れていたアールグレイのお代わりをティーカップに注いでくれる。
「それにちても、ユウナ――さん、ふつうに何を食べてもだいじょぶそうで安心でしゅ。早く元気になるように、戦う【料理人】のコロンにおいしい食事はまかせてくだしゃい」
「フィはチーズが食べたい~」
おお、少しお姉さんになったのか、小さなコロンが長台詞を回している。それに比べて100才以上も年上の妖精フィときたら。
すると、ためらいがちにユウナが拳を胸の前で握りしめて――その勇気を振り絞るように、白銀の狐耳をピクピクさせているコロンにつぶやきかける。
「こ、コロン。私を呼ぶときに『さん』は要らない。クロセくんも、『ユウナ』と呼び捨てになったのだから」
「そういえば、女神に啖呵切ってるときに、『さん』付けてなかったわね」
あの時、初めて気がついたとアリスが、ニヤァ~と嫌に悪い笑顔を浮かべたまま、ペタッとユウナに抱きつき。
「コロン、『ユウナおねーちゃん』と呼んであげなさいよ」
「あ、わ、私に触れると穢れが、あ、ああっ」
急に抱きつかれて、珍しくビックリした顔のユウナが、あたふたと逃げるように『車椅子』の上で手足をバタバタさせる。
「えへへ。ユウナおねーちゃん、ペタッ」
「あ、フィも~。ペタッ」
優しく微笑む純真なコロンが慌てるユウナに抱きつくと、妖精のフィもユウナのプラチナブロンドの頭に抱きつく。
「ああ、あ~っ。私にくっつくと、穢れて、わあ~、あああ」
「あ~、アリスちゃんもコロンちゃんもフィちゃんもズルいですよ~。私も一緒に、ペタァ~」
そう言って、逃げられないユウナの頭を抱きしめてしまうルリ。すると本当に珍しいことに、とうとう紫の瞳に涙を浮かべてしまったユウナが、こっちに助けを求めて来る。
「わわわっ! く、クロセくん、助けて。この子達が、穢れて、しまう! け、穢れてしまうのは駄目ェ!」
「ははは、そんなの心配するな。それに、そんなことはもう言うんじゃない。
そうだ、さっきもらった【女神アルティミスの加護】があれば、穢れだろうが何だろうが、全て無効化されるらしいぞ。
その他にも【女神フォルトゥーナの加護】が守護として付いていたし、【ルリの友達】もとっくに付いてるから。だから――そんなことは、言うなよ、な?」
そう言って、それぞれの守護の詳細を説明する。これが驚きの性能で、もはや何と言っていいのか分からないほどチートだ。
<【女神アルティミスの加護】>;全パラメータ2倍化。倍率は女神アルティミスの職業レベルによる。全ての状態異常を無効化。【限界突破】スキルの解放。
<【女神フォルトゥーナの加護】>;全パラメータ1.1倍化。倍率は女神フォルトゥーナの職業レベルによる。運パラメータのみ初期から2倍化。【限界突破】スキルの解放。
<守護【ルリの友達】>;経験値取得1.4倍化。スキル取得に必要な経験値1/1.4倍化。倍率は友達であるルリの【友達】スキルレベルによる。パーティー全体で獲得した経験値をメンバー全員で分割せずに各人で全て取得できる。
そう、これまで文字化けして読めなかった、【女神■■■■■■■の加護】が【女神フォルトゥーナの加護】だと判読できるようになっていた。
女神フォルトゥーナか……。
ふと、ジタバタしているユウナの頭を抱きしめて、そのほっぺに自分のほっぺを擦り付けながら「ぐりぐりぃ~、えへへ」と笑っているルリを見つめると。
「やったあ、みんなと一緒だ~」
と、嬉しそうに太陽のような笑顔を見せてくれる。ああ、その笑顔を守らなくてはな――女神なんだか何だか知らないが、そんなものになんかしてたまるものか。
今日、【純潔の女神】アルティミスをこの目で見て、改めて確信した。あれは本人が望んだ姿では決して無い。
すると、少し疲れた様子でミラレイア第一王女が、小さなため息をつく。
「それにしても、【勇者】殿の本来の存在意義である【魔王】退治は、やはり王国の戦力だけで対応することになるみたいですね」
「はい、姫様。それは【魔王】である高堂享一殿を、この世界に召喚したのが王国である以上は、当然の結果かと」
棚上げされていた、本来が人類にとって最大の懸案事項を、一番知られたくない神によって白日の下に晒されて、王国首脳部も今頃はてんやわんやだろう。
そういえば、さっきの謁見の間に生徒会長達三人組が見当たらなかったようだが。
でも、ふと悠々と王城から逃げ切ってしまった、高堂先輩の飄々とした細目を思い出して、あの人が相手じゃ返り討ちになることは間違いないんだろうけど――などど考えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、王城の謁見の間では、先程から国王と貴族達が怒号と罵倒と浴びせ合いながら、気品の欠片も無く上へ下への大騒ぎをしていた。
「どうするのだ! 【純潔の女神】アルティミス様に知られた以上、逃げ隠れすることもできないのだぞ!」
「もはや、帝国と戦争をしている場合ではない!」
「そもそも、【勇者】を異世界から召喚すると言っておいて、【魔王】など呼び寄せるからこんなことになるのだ!」
「なぜ【魔王】を討伐するための【勇者】を召喚して、よりにもよって今この世界にいるはずの無い【魔王】なのだ!」
「こんなこと、友好国には絶対口が裂けても言えんぞ!」
「国王はこの世界を滅ぼすおつもりか?」
「そうだそうだ、国王はこの責任をどう取るおつもりか?」
「貴様、誰に向かって口を利いておる。不敬罪で極刑にしてくれるぞ」
気色ばむ国王に向かって、貴族列の前方に立つ軍閥筆頭のカリエール公爵は鼻白むと一歩前に出る。
「ふん、勇者召喚の儀は王族主導で行われたもので、その全責任が王家にあることは明白だ! その責任も取れずに、不敬罪とは片腹痛い。【魔王】どころか、たかだか魔物ごときも討伐できない【勇者】を前面に押し立てて戦争を始めるというのであれば、全王軍で受けて立つぞ!」
「くっ! 言わせておけば……」
すると普段は空気が読めないフレデリック第一王子が珍しく間に入って、やはり碌でもないことを言い出す。
「ここは一旦、帝国とは停戦するように見せかけて、人質を――げふんげふん、政略結婚を推し進めようではないか!
幸い我が王国には行き遅れの第一王女がいるので、いい厄介払いにもなる。確か帝国の皇太子と年齢も、ちょうどよかったはずだ」
「そんなことをすれば、【純潔の女神】アルティミス様の怒りを買うことにならないか?」
「そうだそうだ、女神アルティミス様の友とまで言われたミラレイア第一王女を、人身御供などに出したと知れでもしたらどうなるか!」
不安気に喚き散らす貴族達に、国王がすぐ横に控えるもう一人の愛娘を見ながら、面白くなさそうに手をヒラヒラと振る。
「マリーアンヌ第二王女を説得に向かわせて本人が納得すれば、女神様も何も言わんだろう。失敗すれば分かっておるだろうな。【魔王】を呼んだ責任を取ってまいれ」
「陛下……かしこまりました」
凍りつくような無表情を顔に貼り付けたまま、マリーアンヌ第二王女は静かに跪いて頭を垂れる。
「私達もお手伝いします」
遅れて今頃やって来た沢登生徒会長と宮野副生徒会長の二人組は、大怪我で絶対安静の長瀬風紀委員長がいないものの、汚名挽回とばかりに助力を申し出る。
しかし、生徒会長の優等生発言に懐疑的な王国の貴族達は、二人の異世界から召喚された【勇者】を幾ばくかの侮蔑を込めて見つめる。
「(先日の大森林から溢れた魔物の集団にすら、後れを取るような【勇者】が役に立つのか?)」
「(いや、王都にいても何の役には立っておらんのだ。死ぬ気で実戦経験を積ませるためにも、外に出した方がよい)」
「(【勇者】が不在の間に関係各国と連携して、【魔王】討伐軍を組織しておけばよいだろう)」
コソコソと大貴族達が相談を始め、失敗しても王国が失うものは軽微であるとの結論に達する。
ここで、失われるものとして挙げられているなんてことも露知らず、あまつさえ白い目で見られているとは想像だにしない、悪意にとことん不慣れな【勇者】二人は自分達の提案に許可が出たことに、子供のように単純に喜んでいるのだった。
「では、マリーアンヌ第二王女を国王名代とし、【勇者】殿を護衛として派遣、ミラレイア第一王女と帝国皇太子との縁組を進め、その間に【魔王】討伐軍の編成を各国と協力して取り組むこととする」
そんな宰相のとりまとめで、全ての責任を自分の娘達に押し付けるように、投げやりな態度で国王が片手を上げて裁可してしまう。
こうして王族としては当然といえば当然のように、ミラの縁談話が本人のいない場所で王国の命運を賭けて大々的に進められることとなった。




