第2章22話 女神アルティミス
「我とその者の関係は、聞いているようだな」
転移門で連れて来られた聖域セルヴァンは、霊峰ラトモスの氷河に囲まれた文字通り山頂の天辺にポツンと建つ白亜の城のことだった。
今は夏も真っ盛りだというのに、その真っ白な雪景色を背景にした謁見の間らしき部屋で、女神アルティミスとその左右を守護するように控えた十二使徒を前に、向かい合って立っていた。
その女神なんだが、予想通りと言うか何と言うか――ユウナをそのまま20才台にした、ギリシャ神話にでてくる石像彫刻ような見るからに女神っぽい、金髪に白いトーガをナイスバディにピッタリとまとった、ようはウリ双子の――たぶん飛び切りの美人さんだった。
この機会にせっかくなので女神のステータス情報を【解析】で見ることは――しない方がよさそうだ。どうも、【偽装】スキルとかチャチなものでは無く、単純に圧倒的なレベル差のようなもので読み取りを阻害されているような気がする。
それに左右に控える十二使徒からの殺気も、尋常じゃないほど凄いしな。
ただ、女神がその首から下げている、小さな鎌のような半月刀の短剣【神殺しのハルペー】――武器の銘からして、物騒なネームドウェポンが凄い気になるんだが。
というか、さっきから俺の中の警報があの武器に向けられてビンビンと鳴り止まない。そう、それは女神本人や十二使徒よりも、遥かに危険を告げていた。
だが、今はそれよりも、だ。
「この国がユウナを不要というなら、俺達がもらい受ける」
あらかじめ予想していたとはいえユウナの余りに酷い扱いに、決闘までさせられて機嫌が絶好調に悪かった俺は――面倒臭い前置きは抜きにして、本題から切り出すことにする。
「貴様!」
「下がれと言っている」
「はっ!」
さっきの細男は嘘でも何でも無く本物の女神の十二使徒だったようで、その居並ぶ末席にふらつきながらも立っているのだが――半殺しにしてやったのに、まだ難癖をつけて来る元気があるようだ。
ただ、それも敬愛する女神に繰り返し叱責されていては、しょうが無いのだろうけど。
「ふむ、……少々手違いがあってな。間違っても不要などというわけでは、決して無いのだぞ。しかしまあ、今回は本人の希望でもあるようだから、この機会にお前に預けることにするとしよう」
「分かるのか」
「我を誰だと思っている」
軽く肩を上げて見せた女神に、これまで以上に低い凍り付くような声をぶつける。
「分かって、放っておいたのか?」
「……そのことについては、申し訳ないことをしたと思っている。ここだけの話、我が力は未だ回復しきれておらんのだ。遠く離れると、【聖獣】の力を借りなければ、見通すこともままならん」
長い睫毛を伏せて真摯に謝罪する女神に驚くと共に、その神の権能に今現在は制限があるなどという、国家級の――いや、世界の安全保障上の極秘情報まで漏らし始めるので、その真意が掴めずに困惑してしまう。
「……そうか。ところで、ユウナの身体について聞きたことがある」
ユウナはステータス情報では人種が人造ハイエルフ族となっているが、それ以前にホムンクルス体だと本人が言っていたので、根本的に人間とは違っていて当たり前だ。
ただ、それは女神の身体についても同じことが言えるはずで、同じく世界級の極秘事項に相当するそれを果たして正直に教えてくれるかどうか。
「ああ、その身体はスキル【成長】【知識】【教導】などが【付与】された心臓の横にある【賢者の石】が、通常では有り得ない急激な身体の成長と、知識のインストールと促進をサポートしている。
まあそれも成体、つまり成人体まで成長すれば、【賢者の石】は溶けて身体に吸収されてしまって、以降は一般的なハイエルフと変わりない。だから、心配するな」
最後の一言は『車椅子』に座るユウナに向けられて、しかもこれ以上ないほど優しい声で発せられたものだった。
「そうか」
「ただな、その者は我と同じ魔力量を持ってはいるが、【精霊魔法】も【属性魔法】も一切が使用できないのでな――ここに、装備一式を授けることとする。
我が国産の魔法アサルトライフル、SG550スナイパーに付属品は銃剣、銃床折り、二脚、スコープ、グレネードランチャーと各弾倉だな」
「「おお~!」」
『車椅子』に座るユウナの横に突然として現れた白いテーブルの上に並べられた重火器に、アリスと俺の二人だけが無駄に過剰な反応をしてしまう。
やはり、この国には銃器があるのか。しかも、かなり実戦向きみたいだぞ――戦争ができるんじゃないか?
「ああ、弾丸はそのうち、その者自身が錬成できるようになるから、しばらく使用する分だけの初期弾倉を付けておくことにするからな」
「は、ありがたき幸せ」
ユウナが『車椅子』に座ったままで、両手を胸の前に握り深々と頭を下げる。その、妙に他人行儀な態度に少し違和感を感じてしまう。
「そういえば、その者を助けてくれた褒美がまだだったな」
と、言われたのでユウナを振り返った後でルリを見る。
すると、どこまでも澄んだその涼やかな鈴を転がすような声で、異世界から来た少女が言霊を捧げる。
「女神様は既に【神人】となり、彼女とは姉妹ですら無いようなので――」
少し悲しい顔をしたルリは、そこでユウナを見た後で女神の目を真っ直ぐに見て。
「――ユウナちゃんとお友達になってあげてください」
この異世界に無理やり連れて来られて家族を失った少女は、せめて友達としての関係だけでもと、そのわずかに細い繋がりを望むのだった。
すると、じっとルリと目を合わせていた女神は、ふっと優しくその碧眼を細めて微笑むと。
「そなたは、そうか――そうだな、承知した」
ただ、その笑顔はどこか儚な気で、まるで将来訪れるであろう避け得ない悲しみを堪えているようにも見えてしまった。
その間、両脇に控えていた女神の十二使徒はと言えば、全く微動だにしなかった。政治的にも信仰的にも、かなりヤバい話をしている筈なのだが、何も意見しないとは一体全体どうなっているのか。
すると、目付きも悪く睨んでいた俺から不自然に視線を切った女神は、ミラを見つけて。
「ああ、それから今日は王国のミラレイア第一王女も来ていたのだったな」
「ご無沙汰しております」
「ああ、以前のことは忘れよ」
「御意」
そういえば、今の身体の前の時に一度、ミラは女神と会っていたのだったな。なぜか、女神はそれを忘れたいようだが。
とか考えごとをしていると、女神の横に姿見サイズの大きな鏡が現れて――それは空中に浮いていて、おぉファンタジーだ。
そして、おもむろに右手を鏡に向けると、何でも無いことのように普通につぶやく。
「王城へ」
そう唱えると、鏡の向こうに見覚えのある王城の謁見の間と国王と貴族たち――マリーアンヌ第二王女もいるな――が見えたかと思うと、挨拶も抜きで爆弾を投下する。
「女神アルティミスの名において命ず。ここにいる我が友への手出しは無用だ」
「「「「「「「「なっ!」」」」」」」」
いきなり謁見の間の国王の目の前に現れた、鏡に浮かんだ女神の姿にザワついていた者達が、一気に静まり返ってしまっていた。
「ああ、そう言えば、そなた達が異世界から呼んだ【魔王】の後始末だが……」
「め、神様のお力をお貸し頂けるのでしょうか?」
ついでに思い出したようで、おまけとばかりに語る女神に、王座から転がり下りて床に跪いた国王が震えながら喜色を浮かべた声で、恐る恐る訊ねると。
「そなた達が招いたことだ。自らの力でやるが良かろう」
「そ、それは!」
「なに、そなた達が敗れ、滅んでしまったなら、後の面倒は見よう。安心して存分に、力を振るうが良い」
「……ぎ、御意」
そして、何の前触れもなく、大きな鏡は現れた時と同じように、スッとかき消えてしまっていた。
するとそこへ、十二使徒ではない、一人の従者が部屋に入って来て、女神の横に跪くとこれまでの流れを無視して直接声をかける。
「女神アルティミス様、準備が整いました」
「わかった。お前達はそのまま、少し待て」
後半は俺達に向けてかけた言葉だ。
そのまま雲ひとつない青空の下、真っ白な雪景色が見えるベランダに出て行ったかと思うと、さっきユウナに渡したのと同じ、魔法アサルトライフルSG550スナイパーを空中から――たぶん【収納】だ――ためらうことなく取り出すと、軽々と立ち姿で構える。
次の瞬間、女神の頭上にどこからともなく大きな何がが飛び出すように顕現する。
「【聖獣】様! しかも大きい!」
こういう魔獣とかの類に詳しいのか、シスター・フランが女神の頭上に漂う【聖獣】と呼ぶ何かを見て声を上げる。
俺達があんぐり口を開けて、その巨大な【聖獣】とやらを見ていると、
「……っ!」
ズドンッ、と引き金を引くのと同時に銃口からマズルフラッシュと共に光が噴き出るなり消えてしまって――今度はずっと遠くの山の向こうに空から光が降り注ぎ、最初は光の余波が目に飛び込んで来て、次に轟音に遅れて粉雪を伴って衝撃波が到達した。
ああ、理由は分からないけど、あれは【聖獣】の力を借りた超長距離精密射撃というヤツなんだろう。的は……考えたくないな。
「急にすまなかったな。【狩猟の女神】としての責務でな」
いつの間にか【聖獣】も消えて、銃を仕舞った手ぶらの女神がスタスタとこちらに戻って来る。そうか、アルティミスは『純潔』と『狩猟』の二つを司る女神ということか。
とか考えていると、今度は長身のイケメンな優男が部屋に入って来て跪くこともなく女神に声をかける。
「お時間です」
「オリオーンっ! あ、コホン。先に行っておれ」
と、長身のイケメン優男の顔を潤んだ瞳で見上げて、間違いなく恋する乙女の顔をした【純潔の女神】アルティミス。
チラッと横目で俺達を見ると、それを誤魔化すように少し頬を染めたままで、ちょっとソッポを向きながら人差し指を立ててブンブンと振る。
「そ、そうだ、最後にその者を預けるにあたり、我が加護を与える。よくよく頼んだぞ」
そう言い残すと、サッサと長身のイケメン優男の後を追うように、部屋を出て行ってしまった、が――いいのか、あれで。
というわけで、この場にいた俺達全員がアッサリと【女神アルティミスの加護】を取得することになったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
すでにハクロー達が去った謁見の間で、しばらくして書類を片手に戻って来た女神アルティミスに十二使徒の一人が跪いたまま訊ねる。
「あのまま行かせて、本当に良かったのですか?」
「あの者達には、我が半身の守護を命じた」
手にした書類に視線を落としたままで何でも無いことように答える女神に、ハクローに殺されかけた黒髪の細男が思わず叫ぶ。
「しかし! アレは穢れて!」
女神は下げていた視線をゆっくりと細男に向けると、真っ直ぐに見据えてから。
「もう一度言ってみよ」
「っ!」
「我が意識が回復していなかったとはいえ、そなた達のあの者への仕打ち、忘れたわけではないぞ。再び我が剣を抜かせたいと言うなら」
首から下げた半月刀の短剣【神殺しのハルペー】に手を触れた女神の言葉が終わる前に、別の十二使徒が一歩前に出て再び跪くと深々と頭を垂れる。
「滅相もございません」
おもむろに手にした資料を空間に放り込むと、跪く十二使徒の前を颯爽とした足取りで横切りながら、女神アルティミスが言い放つ。
「【自由の女神】のように、野に下ってもよいのだぞ」
「ご勘弁を」
先ほど一歩前に進み出た十二使徒の一人が、跪いて頭を垂れたまま視線を上げることなく答える。
そして、女神アルティミスが去ってしまった、青空の下で真っ白な雪景色が見える部屋には、跪いて深く頭を垂れたままの女神の十二使徒だけが残されていた。




