第2章21話 十二使徒
【純潔の女神】アルティミスが住まう聖域セルヴァンへの転移門があると言う、霊峰ラトモスの麓にある要塞の貴族用の客室に待たされていた。
無駄に豪華にならないぐらいに、質の良いだろう品々で揃えられた部屋で、王国のようなケバケバしく下品な感じがしないのはお国柄なのか。
王国側の国境を預かる代官であるランベールが用意した書類がちゃんと準備されていたからか、案外簡単に中に案内されたのだが――やはりと言うか、案の定。
「駄目だ、ユウナと部屋を別々にされる訳にはいかない」
女神の十二使徒と名乗る神経質そうな黒髪の細男が用意された客室にわざわざやって来て、強引に『車椅子』のユウナだけを別の部屋に連れて行こうとしていた。
「ソレは我が国の管轄でして」
「ユウナは物じゃないし、そのことを相談するために来たと言っている」
鋭く細い体躯をした男は、肩にかかるぐらいの黒髪を嫌らしい仕草でわざわざ掻き上げると、ふん、と鼻で笑ってから。
「女神様の使徒である我らに、何と恐れ知らずな。流石は異世界の【勇者】というところか」
「俺はただの【サーファー】だ。家にも【女神の使徒】とやらはいるが、使徒ってのはそんなに偉いのか?」
こんな奴に礼儀は必要無いなと、キレイさっぱりと割り切る。
「何だと? 貴様っ」
「がっははは。いいねぇー、元気な坊主は嫌いじゃねぇ」
大声で笑いながら扉を開けて客室に入って来たのは、190cm以上は軽くあるマッチョなおっさんだった。
「くっ……」
細身の男がさらに神経質そうに眉をひそめるのを、予想していたように笑い飛ばす。
「一人でコソコソやってっから、そんな顔することになるんだぜ。おい、坊主。使徒が偉いかどうかは知らんが、強いかどうかはやってみればすぐ分かる。だから、こいつを黙らせてみろ」
「「「え?」」」
突然、脈絡の無いことを言い出すマッチョおやじに、ギョッと驚いてしまうミラとクラリスにフラン。アリスとルリを含めたパーティーメンバーは予想していたように黙したままだ。
ただ、ユウナだけが無表情な紫の瞳の奥をくゆらせている。
「模擬戦――いや、決闘しろと言っているのか?」
「まあ、有り体に言えば、そういうことになるな」
わずかに眉を寄せてしまったユウナの表情の変化を気にしながらも、初めての決闘とやらの条件をハッキリとさせる。
「勝てばユウナを連れて行っていいんだな」
「貴様ぁ! 十二使徒に向かって」
「おいおい、それは俺を含めて我々十二使徒が決められることじゃねぇ。それを聞くために、女神様に会わせてやると言ってるんだ」
いきなり激昂してきた細男をぶっとい腕で遮って、マッチョおやじは言い返してくる。
「なんだ、十二使徒ってのはそんな権限も与えられてない上に、そうまでしないと女神にも会えないのか?」
「そう言うなよ。生憎と女神様も暇じゃねえんでな」
流石は神ということか、その遥か高みの上から目線に唖然としてしまう。
もしかしなくても、やっぱりこの世界の神とやらは、とことん異世界生まれの俺達には、受け入れられない存在なのかもしれなかった。
いい加減うんざりして、自身が作り出した問題の責任も取れていない、不甲斐ない神とやらに呆れたように吐き捨てる。
「暇じゃなくても、自分が作った分身への不始末なんだから、時間を作ってみせろよ」
「おほっ、言うねぇ。坊主、気に入ったぜ。こいつに勝ったら、俺からも口添えしてやるってので手を打てよ、な?」
「殺してもいいのよね」
結局、初の決闘とやらをしなきゃならない状態に追い込まれてしまったようで、そろそろムカついて限界が来たのか、アリスが物騒なことを言い出す。
「くっ、この女!」
「ただの女じゃないわ、【賢者】で【聖女】よ。ハクローにつまらないことをしたら、この私があんたを跡形も残さず殺してやるわ」
「がっははは! 嬢ちゃんもなかなかイイじゃんか」
紅と蒼のオッドアイを細めて細男を睨むアリスに、心底おかしいとばかりに笑い飛ばすマッチョおやじ。
そんな騒がしい奴等を横目に、さっきから無言でTシャツを掴んだまま離さないユウナの綺麗なプラチナブロンドの頭を、なでなでと擦すってから目線の高さを合わせて優しく語りかける。
「さっさと終わらせて、女神とやらに一言言ってやんないとな」
「クロセくん……」
◆◇◆◇◆◇◆◇
石造りの要塞の中にある訓練場の中央に、何の因果か黒髪の細男と決闘紛いのことをするために、二本の直刀【カタナ】を腰に下げて立っていた。
「ハクロー、十二使徒なんてぶちのめしてしまいなさい」
「ハクローくん、がんばってくださいね」
「ハク様、がんば」
「フィも応援~」
パーティーメンバーからは結構軽い応援が飛ぶが、それ以外は心配が先に立つようだ。
「クロセ様、ご武運を」
「大丈夫ですよ、姫様。クロセ様は【サーファー】なんですから――あれ?」
「クラリス、どう考えても【サーファー】は戦闘職ではありませんよ。ああ、怪我などしなければよいのですが」
「うう、よりによって女神様の十二使徒と決闘だなんて。ああ女神様、ハクローさんにもチョビットだけご加護を」
そんな中で、無表情ないつもの澄まし顔を強張らせてしまっているユウナが、静かに両の手を胸の前で強く握り締めている。
「……クロセくん」
はあ~、怪我なんてするとユウナが気に病むだろうから、気をつけないとな。
なんて、天下に轟く女神の十二使徒を前に初の決闘騒ぎで、そんな余裕のあるはずもなく――なんでこんなことになったのか。
二人の間にはマッチョなおやじが何がそんなに嬉しいのかキラキラした顔をして、片手を上げて待っている。
「おっし、そんじゃ。即死じゃなかったら、回復してやるから安心して全力で力一杯ガツンと殺れ。はじめ!」
その瞬間、細男の持つレイピア――あれは間違いなく【魔法剣】だ、銘はまあいいか――が、数mの距離を一瞬でゼロにして刺突して来た。
「早いっ!」
今までで一番早い部類の突進だった――が、ルリの支援を受けたアリスや、先代【剣聖】の老剣士と大差が無いのも事実、という程度だ。
むしろ、アリスのようにこっちの手の内を知り尽くして責めては来ないし、嫌な所を突いては来るようだが先代【剣聖】のように無意識の裏を取るような嫌らしさが無いだけ、まだ全然マシだった。
「何っ!」
鈍い金属音を上げて初撃を【抜刀術】で弾いたのに驚いてからも、間合いの内側に潜り込んで来るネチッこい嫌らしさは、流石上級【剣術】スキルによる刺突の連撃といったところか。
しかし、そのことごとくを二本の直刀【カタナ】の根元や、護拳の寸鉄で受け、それでも身体に擦るのは【ドライスーツ(防壁)】で反射させ、逆に電撃を印加させて、その全てを絶対的に身体に触れさせることさえさせていなかった。
どうやら、下手くそな剣捌きよりも護拳でパリングする割合が多いってことは、先代【剣聖】との素手の討ち合いも決して無駄では無かったということか。
「この若造がぁ!」
「アリスが言ってたぞ、『年だけなら、猿でも取る』ってな」
確かに天下に名立たる女神の十二使徒と言うだけあって、今まででも上位クラスの【剣術】スキルを持っているのだろうが――唯それだけだ。
実際のところ、こいつは武闘派じゃないのだろう。どっちかというと、研究肌のような所作をしていたしな。むしろ、審判をしているマッチョおやじの方が見るからに武闘派のはずだ。
バキンッ、と寸鉄の間に付けてあるソードブレーカーで【魔法剣】レイピアを挟んで根元から圧し折って、【二刀流】で細男の首筋にもう一本の直刀【カタナ】を突き付ける。
あ、ちょっと力が入りすぎて、血が滲んでしまった。けど、ユウナを物扱いされてムカついていたから――まあ、いいか。
「な、んだと?」
「へぇえ坊主、やるじゃないか。勝者、ハクロ」
「異世界人風情がっ!」
マッチョおやじの台詞を途中でぶった切って、細男が袖口から隠しナイフ――これは暗器だな――を出して、流れるように斬りかかって来た。
が、【解析】で暗器があることは分かっていたし、視界の端で【未来視の魔眼】を使用しているだろうアリスがヤツの左手を睨んでいたから、すぐに分かった。
どちらかというと、暗器を扱っている時の方がスムーズな身体の動きをしているということは、この細男はそっち側の人間ということなんだろう。
だったら、後でネチネチと闇討ちされる前に殺っておくことも、必要になるか。
ためらいなく、細男の首筋に当てていた直刀【カタナ】で頸動脈ごとバッサリと斬り裂く。
おっと、こんなヤツの血で服が汚れるのは嫌だったので、【ドライスーツ(防壁)】でビシャビシャと噴き出る血飛沫を全て反射させる。
噴水のように首から血を飛び散らせて、その全身を血で染めた黒髪の細男は、擦れたような変な音を出す。
「ひゅううううー……」
気道ごと斬ってしまったようで、声が出ずに代わりに声にならない空気が漏れるような音が辺りに虚しく響く。
「なんだ? まさか異世界から来た日本人は人が殺せない、なんて甘いことでも思い込んでたのか? それは生憎だったな」
そう心底、低い声で言葉を投げつけながら、目付きの悪いだろう瑠璃色の瞳を細めて睨みつつ、ニヤリと唇の端を吊り上げて――それでも、意外と平静な自分にちょっとビックリしていた。
「おいおい、分かった分かった。そこまでだ、【ハイヒール】、【ハイヒール】、【ハイヒール】。ふう、こんなもんでいいか? 坊主、容赦ねぇなぁ」
傷が塞がっても血が流れ過ぎたのか、青白い顔をして膝を着いたままの黒髪の細男は、流石に魔法では回復することができない血液が圧倒的に不足しているようで、直ぐには立てないみたいだった。
まあ、しばらくは歩くこともままならないだろうから、これでちょっとは安心かな。
「じゃあ、約束通り女神に会わせてもらおうか」
「おう、それじゃあ」
「認めん、認めんぞぉ! この穢れた忌子が女神様に会うなど」
そんなになっても、黒髪の細男は相変わらず減らず口だけは達者なようで、まだブツブツとイチャモンを付けてくるので、さすがにムカついて――殺していいんだったよな、と思い腰の直刀【カタナ】にもう一度手をかける。
少なくとも今の気に食わない台詞を、二度とユウナの前で口走らないように黙らせよう、そう考えて腰だめに【抜刀術】の構えに入る。
しかしその時、『車椅子』に座ったユウナが聞いたことの無い大人の女性の声で、聖なる神の言霊を伝える。
「下がりなさい。十二使徒を集めて皆をこれに」
すると、これにはマッチョおやじも純白の光に包まれたユウナの前に跪いて恭しく頭を垂れる。
「はっ、女神アルティミス様の御心のままに」
どうやら、ユウナの身体を使って、女神アルティミスが話をしているようだった。
うまく身体が動かせない様子の黒髪の細男は、泣きそうな顔をして、それでも『車椅子』に座るユウナの前に身体を投げ出すように跪いて、地面に顔を擦りつけていた。




