第2章20話 次代の剣聖
「元副騎士団長のランベールがこの国境の街の代官だった?」
領主館に用意された客室に帰って来ると、アリス達から懐かしい名前が飛び出してきたのには流石に驚いた。
「そうなのよ、フィアンセの伯爵令嬢エルミールも一緒だったわ。あまりのリア充っぷりに、つい愚痴っちゃったわよ」
「ああ~、それで妹のステファニーちゃんとそっくりの女の子がいたのですね。するとやっぱり、妹ちゃんの双子でしょうか」
そうルリが思い出したように、顎へと人差し指を当てる仕草をする。
「かもな、そういえば性格や行動は、昔の副騎士団長だった頃のランベールそっくりだったからな」
「あ~、あれは酷かったわねぇ」
約一ヶ月前の召喚直後の初めての出会いを思い出したのか、アリスは物凄く嫌な顔をして、可愛いさくらんぼのような唇を梅干しでも食べたようにすぼめてしてしまった。
よっぽど、嫌な思い出でもあったのだろうか。
もしかして、最初の戦闘訓練の時の模擬戦か――それにしては、今日会ったときには愚痴を言っていたぐらいだから、よっぽど人柄が変わったということなのか。
とか考え込んでいたら、いつも冷静なユウナがあっさりと恐るべき現実を突き付けて来る。
「じゃあ、あの煩い女もここに帰って来るの?」
「「「「うっわ~あ」」」」
思わずアリスにコロンとフィまでが、覿面嫌そうな顔をする。すると、透かさずミラがピッと手を上げる。
「クロセ様、それではどこかの宿にでも移ることにしましょうか?」
「姫様、逃げる気ですね。そんなことできるわけないでしょう」
「うう~。だって、だってぇ~」
どうも、顔見知りのランベール代官と会うだけでも、現役の引き篭もりのミラには厳しかったようだ。
「そうか~、ミラはもう限界なのか」
「う~、うう~、ううう~~」
Tシャツの裾を掴んで、唸るミラのストロベリーブロンドの髪を撫でながら。
「まあ今日一日だけでも、ちゃんと頑張ったんだからな。後は俺達に任せて、ゆっくり休んでいればいいさ」
「また、クロセ様はすぐに姫様を甘やかすのですから。もうしょうがないですね、明日はアリス様と私で書類は受け取っておくようにいたします」
「わーい。ありがとー、クラリス大好き~」
嬉しそうにクラリスより高い身長で、でも子供のように抱きつくミラに、ついついみんなで苦笑してしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝早くに部屋で朝食を取った後、そそくさと出発の準備を済ませてしまう。
「それじゃ、変なのに捕まっても嫌だし、さっさと出るとするか。アリスとクラリスは代官の方を頼むな。ほらミラ、馬車に乗って待っているぞ」
そう言って、俺とほとんど同じ高さのミラの頭をぽんぽんと軽く叩くと、ぺこりとその頭を下げる。
「アリス様、クラリス。お願いしますね」
「分かったわよ、いいから頭を上げなさい。王族に頭を下げさているのを見られたら、また何を言われるか分からないじゃないのよ」
ヒラヒラと手を振りながら、サッサと行けとばかりにアリスが頬を染めながらそっぽを向く。
「ふふふ。姫様にも困ったものです。でも、本当によかったですね、姫様」
「えへへ~。うん、本当によかった」
頭を上げたミラは、幼い子供のように屈託の無い笑顔を浮かべると、アリスとルリにコロンまで巻き込んで抱きついてしまう。
抱きつかれた三人もミラに抱きつき返していて、ストロベリーブロンドの頭に乗ったフィも含めて、そこには『友達の輪』ができていた。
ああ勿論、俺は黙って離れて見ていましたとも。
「で、なんでこうなってるんだ?」
領主館の正門前に止められた馬車の前では、『車椅子』に座った元副騎士団長のランベールとそれを押す元フィアンセの伯爵令嬢エルミールが深々と頭を下げていた。
今日は朝っぱらから次々と王侯貴族にお貴族様までから頭を下げられるとは、どんな厄日だ。
「我が妹がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした。本人には、キツく言って聞かせてありますので」
「お代官様がこんな門前で頭を下げるんじゃない。分かったから、早く頭をあげてくれ」
ようやく頭を上げた二人に、召喚直後から酷い目に合わされたはずの、心優しいルリが以前の自分と同じく『車椅子』に乗る代官のランベールに問いかける。
「それよりも、超位回復魔法の使い手に心当たりがあるのですが、その膝をみてもらってはいかがですか?」
「いえ、【勇者】ルリ殿。私はこの脚で立てるようになってから、自らの脚で神聖皇国の聖都大聖堂に行って、彼の地の【聖女】殿にお願いして超位回復魔法を受けようと思っています」
「それまでは二人で懸命に、リハビリを続けたいと考えています」
何か心に誓うところでもあるのか頑なな様子のランベールと、まるでそんな時間ですらも幸せだと言わんばかりのエルミールの穏やかな言葉に――その真意までは計り知ることはできなかったが、素直に納得するしかないようだ。
「また、お兄様! そんな奴らに覇気の無いことを言って!」
そんな雰囲気をぶち壊してくれる出来損ないの妹ちゃんの偽物が、呼ばれてもいないのに襲来して来ていた。
まあしかし、出国のための資料は既に手元に貰っているので、アホ妹は無視してとっとと出発することにする。
だがその前に、ひとつだけ大事なことがある。
「ところで、今のお前達があるのも、妹のステファニーのおかげによるところも大きいはずだ。くれぐれも、妹ちゃんのことは大事にするんだぞ」
「承知した。肝に銘じておこう」
「お気遣いありがとうございます。私達二人共、ゆめゆめ忘れることはありません」
余りに真摯な姿勢で頷く二人に、何だか安心してついつい苦笑が漏れてしまう。
「そうか、ならいい。じゃあな、妹ちゃんにもよろしく言っといてくれ」
「ステファニーちゃんによろしくねー」
ちょっとしたアドバイスを聞いて大好きなお兄様のために『車椅子』を買いに走った、妹ちゃんの優しい心根はルリも嬉しかったようだった。
「ウッキー! そこの下郎共、この私を無視するんじゃないわよ!」
最後までキーキー五月蝿い馬鹿妹の方は放置して、サッサと馬車に乗り込むと振り返ることも無く領主館の正門から出て行く。
ふと、国境の門を見ながらアリスが、小さなため息をつく。
「何だか、この国境の街では変に疲れたわね」
「すみません、私のせいで」
ユウナがいつもの無表情で、でも幾分しょんぼりとしながら、ぺこりと頭を下げる――またか。
「でも、ユウナちゃんのおかげで懐かしい二人に会えましたよ」
「コロンはチーズがおいしかった」
「フィもチーズ好き~」
ルリがさっきの二人を思い出して微笑むが、お子様二人は食べ物のことで頭がいっぱいのようだ。
「さあ、姫様もいつまでも隠れてないで出てきてください」
「も、もういない? 大丈夫? ふえ~、助かった~」
ようやく、ほっとしたのか重責から解放されて少し晴れやかな表情のミラが、馬車の奥の部屋からノソノソと這い出してきた。
「よおーし! これで後は女神様の御座す、聖域セルヴァンを目指すだけです~」
何故か急に元気になった、ぽんこつフランが豊かな双丘を震わせて気炎を上げるのだった。こいつが元気だと、嫌な予感しかしないのは何でなんだ?
◆◇◆◇◆◇◆◇
異世界で初めての国境越えは、手渡された資料関係が完璧に揃っていたからか入国審査のような物も無く、すんなりと幾つもの扉を超えて、気がつくとジュネヴァン連邦国に入国していた。
「呆気なかったですね。普通はこんな事は無く、もっといろいろ大変なはずなんですが」
「まあ、今回はミラが頑張ってくれたからだわね。あとは代官達もね」
女神を擁する聖域セルヴァンを頂点としたジュネヴァン連邦国への入国難易度をよく知るシスター・フランだけが納得いかない様子だが、それもこれもアリスの言う通りだ。
「えへへ、お役に立てたようでよかったです」
「はい、姫様。今回はアリス様に助けられたとはいえ、最後までよく頑張りました。次回は、一人で最後まで頑張ってみましょうね」
「ええ~っ! もう無理、絶対に無理だから~。クロセ様ぁ、またクラリスがいぢめますぅ~」
「はいはい、ここからは俺達が何とかするからさ。それで、これからどうするんだ?」
切れ長の翠瞳に涙を溜めながら背中に隠れてしまったミラがTシャツを掴む手を、ぽんぽんと叩きながら聞いてみる。
すると、やはり神聖教会の修道女であるシスター・フランが珍しく静かに語る。
「国境からは霊峰ラトモスの麓まで行くと、十二使徒が守護する山頂の聖域セルヴァンへの転移門があります」
「じゃあ、まずはそこを目指せばいいんだな」
御者席の方を見ると、話を聞いていたらしいビーチェがぬいぐるみの口をどうやってか、ニヤッとさせるとサッサと馬車を走らせ始める。
馬車の窓から辺りを見回すと、雪を被った高い山々と森林がどこまでも続いているのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、ようやくダンジョン攻略前のレベル上げのための前哨戦として、王都郊外の大森林での魔物狩りに向かうことを許された生徒会長達【勇者】三人組が、その大森林から溢れた大中小型を取り揃えた魔物の集団を前にしていた。
森からはブラックハウンド、ホーンラビット、ビックピッグ、ビッグボア、ゴブリン、オークそれにオーガまでが大挙して押し寄せて来ていたのだ。
「【勇者】殿、この数はとても無理だ。ここは一度、王都城壁内まで撤退ください!」
自ら護衛を引き受けていた王国騎士団団長が、焦りを隠すこともできずに大声で叫ぶ。
その横では気が動転して動揺の余り視線が定まらない沢登生徒会長を押し退けるようにして、宮野副生徒会長が国宝の長杖を持って一歩前に出る。
「王都にこれだけの数の魔物を引き連れて行くことはできません! 私が火魔法【ファイアーウォール】で防ぎますので、時間を稼いでください」
「分かったわ、詠唱時間の護衛は任せて!」
そう言うと長瀬風紀委員長が【妖刀・薄緑】を抜刀するなり、前に飛び出して行く。その後ろに続くように、護衛の騎士団員がガシャガシャと金属鎧を鳴らしながら集まって来る。
「【勇者】リン殿、お待ちください! 王国騎士団団長として私もお供いたします。念のために残りの騎士団は退路の確保をしておけっ」
「う、うう……。じゃ、じゃあ、俺もだぁっ!」
とうとう自棄糞気味になった生徒会長が【魔法剣・ゲオルギオス】を抜くと、【剣聖】スキルを使用して魔力を込め範囲攻撃を放つ。
「「「ぎゃあおおおお!」」」
絶叫を上げて一瞬だけ魔物の波が消えるが、すぐさま後から来た魔物の物量で埋め尽くされる。
「【ファイアーウォール】!」
その直後、前線で魔物を斬り倒していた風紀委員長の眼前に、ようやく詠唱を完了させた副生徒会長の魔法が姿を現す。
「「「「「ぐわぉおおおおお!」」」」」
燃え盛る炎の壁に突進してしまった魔物達が慟哭を上げるが、一体のオーガが炎をまとったまま【ファイアーウォール】を突っ切って来て、唖然として恐怖で足がすくんだ風紀委員長をその巨体で吹き飛ばしてしまう。
「きゃあああ!」
「【勇者】リン殿ぉ、くそぉ!」
ギョッとして近くで護衛をしていたはずの王国騎士団団長が、地面に転がって手足が変な方向に折れ曲がった風紀委員長を抱きかかえて後方へ撤退を始める。
「琳ちゃん! 今、回復魔法を使うから、ちょっと待ってて…………【ヒール】!」
「【勇者】カオリ殿、その程度の回復魔法では助けられないぞ! 今はできるだけ早く王都に戻るのだっ」
「で、でも王都に魔物を連れて行くことになってしまったら、街の人達が……」
「さあっ、みんな逃げるぞぉ!」
魔力残量が目に見えて底をつき始めていた生徒会長が自分の命が一番大事とばかりに、もう形振り構わず率先して騎士団を連れながら先頭を切って撤退を始めてしまっていた。
「「「うわあ~、にげろぉ~」」」
「なんだあれは! 大型の魔物を集団で連れてやって来るぞ」
ギルドからの緊急呼集を受けて王都の城壁の正門の前に集まっていた冒険者達が、魔物を引き連れて突き進んで来る【勇者】と王国騎士団を唖然として指差す。
「「「「「モンスタートレインだ!」」」」」
「くそっ! 王都を巻き添えにするつもりかぁ、あの馬鹿共は」
「クソ野郎、このままでは王都が全滅するぞ!」
「畜生、城門を閉めて中に入れるな!」
そこへ王国騎士団団長が風紀委員長を抱いてやって来て、立ち塞がる冒険者達を押し退け始める。
「きさまら、国家反逆罪で斬られたくなければ、どけぇ! それよりも、ギルドマスターを王城に呼べ!」
「うわぁああ、来たぞぉ! どけえっ、そこをどけえ!」
「あ、ああ、この人達を置いて行っては、ああ!」
涙と鼻水を垂らした生徒会長は悲鳴を上げながら、後ろを振り返る副生徒会長の手を引きながら王城へ向かって、我先にと冒険者達を掻き分けて逃げて行ってしまう。
そんな中、冒険者の誰かが叫ぶ。
「ちくしょう! こんな時に、【紅の魔女】がいてくれさえすれば!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、残された【勇者】殿の三人は無事なのか?」
国王の私室に飛び込んで来た血と泥にまみれた騎士団団長と宰相とマリーアンヌ第二王女に、国王がまず最初に訊ねる。
「は、現在は王城の宮廷魔術師と医師団が治療にあたっています」
「王都城壁では冒険者ギルドが中心となって、魔物の襲来を討伐中です。が、圧倒的に戦力が不足しており、このままでは被害が甚大に」
続けて現状を報告するマリーアンヌ第二王女に、国王がそんなことはどうでもいいとばかりに。
「冒険者など帝国との戦争では何の役にも立たんのだ、何人死のうが知ったことか! それよりも、絶対に王城の城門は開けるな!」
「しかし、それでは王都城壁内の国民が避難することができず」
「そんなものはいくらでも、どうにでもなる!」
マリーアンヌ第二王女の言葉をイライラと遮って国王は、室内にいる全員を睨みつけると呆れ果てたように両手を肩の高さに上げて見せる。
「帝国が攻めてくれば、その時は王都も無くなるのだぞ!」
静まり変えった室内で冷たい視線を浴びていることも気に留めず、遠くを見ながら一人ブツブツと独り言をつぶやくのだった。
「【勇者】を召喚したのに、どうしてこうなった……どうして【剣聖】スキル持ちの【勇者】もいるのに役に立たんのだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
時を同じくして、先代【剣聖】を祖父に持つ寒村の少女が、どう見ても野盗崩れにしか見えない男を前に唖然としていた。
「た、助けてくれ」
「下半身を丸出しにして。いったい、何をほざいているのよ」
そう、渡し舟の村外れの人もいない小さな林で、その野盗のような男は下半身を出したまま、肘から先を失くした両腕を差し出すように近寄って来ていた。
「こ、これは腕を斬られたから、ズボンを上げられなくて……」
「その腕って治療されているわよね。それで下半身丸出しってことは、弱い者でも襲っていたんじゃないの?」
「う、そ、それは……」
図星を突かれて、薄汚れた男は肘から先の無い腕を下ろす。なぜなら、この男こそが、ブヌトー公爵を殺し、腹いせにユウナに暴行を加えて、挙げ句ハクローに両腕を斬り飛ばされた、ならず者だったからだ。
「どうした、アンリ!」
「誰、それ?」
「アンリ、危ないよ」
「先生、呼んでこようか?」
「大丈夫、自分で殺れるから」
駆けつけて来た寺小屋の子供達に向かって、アンリエッタはそう静かにつぶやくと、腰に下げていた片手剣をスラリと抜刀する。
祖父である先代【剣聖】に教えられたその剣を、力むことなく正眼に構える。
「さあ、どうするの? 大人しく捕まるなら、騎士団に引き渡してやるわよ。どうせその様子じゃ、犯罪奴隷として鉱山送りで、そんなに長生きはできないでしょうけどね」
「ど、どうして。どうして、俺だけが、こんな、こんな目に! 俺は悪くない! 娘を! 仇を!」
「何を言っているのか、さっぱりだけど。あんたの娘さんが、今の下半身を丸出しにして、年端も行かない10才の少女に襲い掛かろうとしているあんたを見たら、さぞかし幻滅するでしょうね」
そう言われて、ビクッと震えるように我に返って自信を省みる汚れ切った男は、実際に無関係なエルフの少女に襲い掛かって乱暴したことを思い出して、初めて自分のしたことが怖くなってしまっていた。
「あ、ああぁ~~~~っ!」
そして、我武者羅に叫びながらアンリエッタに向かって踊りかかって、少女の喉元に噛みつこうと口を開ける。
しかし、先代【剣聖】の指導を真面目に受けていた少女は、正眼に構えた片手剣を横にして擦れ違いざまにスッと心臓に付き立てると、グリッと手首を捻って引き抜く。
噴き出る血飛沫を男の汚れた服を盾にして綺麗に避け切ると、即死した男の身体がその場に崩れ落ちるのを黙って見ていた。
「おお~、やったな」
「すっげ~、アンリ」
「やっぱり、アンリが一番強いな」
「アンリが最強~」
決して初めて見る訳では無い死体を前に、アンリの武勇をはやし立てる――野盗の所為で両親を失った寺小屋の友達達に振り向くと、ブンッと剣を振って血糊を飛ばすと静かに鞘に収める。
「アリスお姉ちゃん達のように強くなって、先代【剣聖】の孫娘である私がこの村を守るのよ」
そう、決意を口にすると、物言わなくなった男の死体を振り返ることなく、村に駐在している騎士団に盗賊が出たことを伝えるために、腰に下げた剣に手をかけたまま、伸びた背筋で颯爽と歩いて行った。




