第2章19話 貴族の決闘
「誰だお前」
聞き覚えのある声と懐かしい呼びかけに、当時を思い出して同じセリフで返してみる。
そうして振り返ってみると、やはり見覚えのある貴族のご令嬢が老執事を連れて立っていた――のだが。
「お前、髪切ったの?」
そう、いつかの妹ちゃんが腕組みをして、しかし盛るほども無い小さな胸を反り返しながら威張り腐って立っていたのだが――かつては見事に長く綺麗だった金髪がバッサリと、それこそ綺麗サッパリ無くなって肩口に揃えられていた。
「あれ~? ランベール副騎士団長の妹さんのステファニーちゃんです、よね? あれ? でも、違う?」
ルリも人差し指を顎に当てながら、小首を傾げて考え込む仕草をする。
「あなた達ね、お兄様に酷いことをした異世界人というのは」
おお、続く台詞まで同じだと言うのに、この違和感は――まさか、双子か?
「(ハクローくん、何だか違う人みたいですよ。人の話を聞いて無いみたいだし)」
「(確かに――妹ちゃんは、ちゃんと人の言うことを聞いていたもんな)」
ルリと二人でコソコソと小声で話していると、無視されて怒ったらしい妹ちゃんっぽい別人が腰に下げた細剣に手をかけて叫び始めた。
「この私と勝負なさい!」
「やだ」
即答だった。そりゃそうだ、どこの誰とも分からない奴の相手をしてやるほど、こっちは暇では無いのだ。
「んなっ! 勝負から逃げるのですか、この卑怯者!」
「ユウナさん、チーズを使ったおいしい料理でも食べようか。そしたら、少しは元気が出るかもしれないぞ」
「ハク様、コロンもチーズ料理は食べてみたいでしゅ!」
「フィも食べた~い」
「あ、ハクローさん、向こうにレストランが並んでいるので行ってみますか?」
「そうだな、ユウナさんもそれでいいか?」
「うん、クロセくんに任せる」
『車椅子』に座るユウナの意見を聞きながら、みんなとレストランに向かって足を進めていると、後ろから白い手袋が投げつけられて来る。
「こ、この! 貴族の決闘を無視するとは、いい度胸です! 私が天誅を下して差し上げますっ」
「おれは貴族じゃないぜ。おい、そこの執事。ちゃんと主の躾をしておけ」
足元に落ちた白手袋を足で蹴って放って返して、老執事があたふたと空中で掴み取るのを見ることも無く、再びレストランに向かって『車椅子』を押して歩き始める。
「き、貴様ぁ! この私を愚弄するかぁっ!」
そう叫ぶと、とうとう細剣を抜刀して斬りかかってくる始末だ。
ユウナを含めて全員には【ドライスーツ(防壁)】をかけてあって、その強度は【波魔法】がレベルアップしてLv4になったことで、レア魔法剣か上級スキル持ちでなければ貫くことはできはしないはずだ。
このなんちゃって妹ちゃんのステータス情報を【解析】で見たが、Lv4以上の中級スキルはひとつも無いようなので、このまま無視してもいいんだが。
思った通り、金属がぶつかるような鈍い剣戟音が響くだけで、その度に薄く光る魔法防壁にキズを付けることすらできてはいない。
「こ、このおっ! 何で切れない! 当たらない? こいつっ、こいつめぇ!」
遂には両手で握った細剣をただ殴りつけるように振るうだけになってしまっていたのだが、急に目標を変えると、俺が押す『車椅子』に座るユウナに斬りかかろうと振りかぶる。
その瞬間、反射的に蒼い魔力が噴火するように吐き出され――そうになったのだが、その前にユウナの前に立ち塞がるようにして、高位六精霊が少女の姿で守護するように空中に顕現していた。
「なあっ! こ、これは精霊、しかも六人も……」
絶対的な高位六精霊から溢れ出す六色の膨大な魔力に、たじろぐように後ろに下がる妹ちゃんっぽい別人に、ルリが紅い瞳を冷ややかに細めて。
「よかったですね。まだレベルの低いユウナちゃんに手を出していたら、あなた今頃――殺されてましたよ」
「ひぃいっ!」
後ずさることもできずに、その場にペタンと座り込んでしまい、膝と手をブルブルと震えさせ始めてしまった。
「はあ~、ルリも物騒なこと言うなよ。腕ぐらい斬り飛ばしたかもしれないが、殺しはしないと思うぞ――だぶん、きっと、おそらく、な?
まあいいや。おい、そこの役立たずの駄目執事。この馬鹿女を連れて、サッサと失せろ。こんな街中で粗相でもしたら、嫁の貰い手もいなくなっちまうぞ」
「ハク様~、あの店のチーズフォンデュっていう料理がおいしそうですよ~」
「フィもあの店がいい~」
とっとと先にレストランの入り口に置いてあるメニューを見に行っていた、コロンとフィが戻って来て、Tシャツの袖を引っ張りながら、道を挟んだ先にあるレストランを指差す。
おお、あるのかチーズフォンデュ。
「オッケー、ユウナさんもそれでいいか? チーズフォンデュっていうのはね、チーズを温めた白ワインの中で溶かしてパンとかを入れて」
「う、うん……」
前にバイト先で賄いと称して作ってみた、なんちゃってチーズフォンデュの作り方を呆れ顔のユウナに説明し始める。
「ああ! ハクローくん、待ってください~。精霊さん、ありがとうございました。また、一緒に遊びましょうね~」
なにやら高位六精霊とお話をしていたらしいルリも、後からゆっくりと追いついて来る。走ることはまだ無理だが、短い距離なら掴まらなくてもゆっくりなら一人で歩けるようになっているのだった。
後ろからは涙と鼻水に汚れた女の顔を一生懸命に拭きながら、立ち上がらせようとしている老執事の必死な声が聞こえてきていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ほら姫様、シャンとして下さい。まもなく代官殿が見えられますよ」
領主館の豪華な客室に通され、ふかふかのソファに座るミラレイア第一王女に、後ろから侍女のクラリスが小さな声でつぶやく。
「だ、だってぇ~。う、うう~、やっぱりクロセ様と一緒にお買い物に行けばよかったぁ~」
「何言ってるんですか、そんなことしたら国境が越えられなくなるじゃないですか。いい加減、諦めて腹をくくって下さい」
「だって、だって~。ぐすん、うう~」
すでに今にも泣き出しそうなほど、切れ長の翠瞳に涙を溜めているミラに、隣りに座るアリスがため息混じりに声をかける。
「はあ~。領主の相手は私がやるから、ミラは澄ました顔して黙ってふんふんと頷いていればいいから。
だいたい、ミラがユウナに『私に任せろ』って言ったんでしょ? しっかりしなさい」
「うう~、おねがいじまずぅ~」
「ほら、目が赤くなるから泣かないのよ。ああ、鼻はかんでおきなさい」
「わがったぁ~、チーン」
「ああ、鼻が赤くなって。【ヒール】、――ほら治ったわよ」
「アリス様、お手数をおかけします。姫様、こちらを向いてください、パパッと、はい綺麗になりましたよ」
クラリスが化粧品を取り出すと、サラッとプロの手際でミラのナチュラルメークを手直ししてしまう。などとやっていると、ノックの音がして扉が開けられる。
「ミラレイア第一王女姫殿下、ご機嫌麗しゅうございます。こんな格好で失礼いたします」
そう言って、開けられた扉から車椅子で入って来たのは元副騎士団長のランベールだった。
ビックリして言葉を失うアリスにも、すっかり険が取れた様子で柔らかな笑顔を浮かべてにこやかに挨拶を始める。
「【賢者】で【聖女】のアリス殿もご無沙汰しております。エルミールの件では大変お世話になりました」
そう言われてよく見ると、車椅子を押すのは元フィアンセの伯爵令嬢エルミールである。
「別に大したことはしてないわ。それよりも二人共、元気そうで何よりよ」
紅と蒼のオッドアイを細めると、嬉しそうに微笑み返すアリスに、ランベールとエルミールが深々と頭を下げる。
しかし、いつまでたっても頭を上げようとしない二人に、困ってヒラヒラと手を振って見せる。
「ほら、顔を上げて――どうして二人がここにいるのか、私達に説明して頂戴よ」
「はい、このジュネヴァン連邦国への国境地帯は、我が父の伯爵領地でも最重要拠点のひとつなのですが、辺境ということもあって街の代官の席が空いていたので、ちょうど渡りに舟と私が。
エルミールはそんな私に付いて来てくれたのです。妹のステファニーも付いて来たがったようですが、まだ勉強があるので王都に残っております」
「へえ~、ほお~。ようはリア充ってことね、爆発しろ!」
なぜか、アリスが血の涙を流しながら、聞いたことも無い爆裂呪文を詠唱し始める。
そんな剣呑な雰囲気を気にする様子も無く、後ろに控えるエルミールが穏やかに合いの手を入れる。
「まあまあ、アリス様も私を助けて頂いたクロセ様と大変仲がよろしいと伺っていますよ」
「それが、聞いてよ~。あのバカ、また道端でエルフ女を拾ったのよぉ。
それでなくても家には、アルビノの半病人に、元奴隷の銀狐と妖精、ヒッキー姫様と侍女、ぽんこつシスターと濃いのが揃ってるのに、これ以上増やさなくてもいいじゃんよ~」
頬を染めたアリスが握り拳を振り上げて力説し始めて、ようやく余所行きの顔をヒクヒクさせていたミラが我に返って、アリスの飲んでいた紅茶のカップを手に取って口をつける。
「こ、これはブランデーが入っていますね? まさか、アリス様――酔っておられる、のでは」
「にゃにお~う、私は酔ってなんかにゃいぞ~お」
「姫様、酔っぱらいは必ずこう言います。ここはアリス様にお休み頂くためにも失礼させてもらっては」
アリスが染めた頬をぷっくりと膨らませて抗議するが、ミラの耳元でクラリスが切り上げるよう小声でつぶやく。
「くっくっくっ、いや失礼しました。ミラレイア第一王女姫殿下とアリス殿の御一行であれば、ジュネヴァン連邦国への国境越えも基本的に問題ありませんので、明日にでも必要書類を用意しておきます。そうですね、十二使徒と神聖教会にも一筆書いておきましょう。
今日のところは、早めにお休みになられるのがよろしいかと。お疲れの様なので、夕食も部屋に持って行かせましょう」
「そうね。よろしく頼むわ」
「御意」
やっと代官相手に一言だけ喋ったミラに、恭しく臣下の礼をとるランベールとエルミールなのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「【キュアー】。ふぅ~、これでミラの初めての公務も無事完了ね」
用意された客室に戻ってから、自分に状態異常を回復させる治癒魔法をかけて、すっきりさっぱりした様子のアリスに、さっきは一言も口を開かず大人しくしていたシスター・フランがぼやく。
「十二使徒様と神聖教会宛にも一筆書いていただけるようなので、それはよかったのですが。全体的にはあれでよかったのですか?」
「元副騎士団長のランベールが出て来た時にはビックリしたけど、なおさらユウナのことは根掘り葉掘り聞かれる訳にはいかないのよ。サラッと、知らずに通してしまうぐらいで丁度いいわ」
ジュネヴァン連邦国でユウナを連れた自分達が歓迎されないだろうことは分かりきっているので、出国を許可する代官のランベール達をできるだけ巻き込まないようにしておく必要があった。
しかし、ここに人生初の大仕事を終えたばかりにもかかわらずに、納得いかないと首を捻るミラの姿があった。
「それにしても、『ヒッキー』って何ですか? 何だか、凄く嫌な気分になるんですが」
「そうです、そうですよぉ。何で私が『ぽんこつ』なんですか? 納得いかないです~」
そういえばと、フランもアリスに詰め寄って来るが、当の本人は素知らぬ顔をして。
「え? そんなの酔っぱらっていて覚えていないわ。それにミラは面会が手短に済んだんだから、よかったじゃない。
だいたい、ぽんこつフランなんか、いてもいなくてもよかったじゃないのよ」
「ええー、それはそうですが」
「姫様、それは引き篭もりの略語もしくは隠語で、おそらくはスラングです。事実なので、無意識のうちに心に刺さったのでは?」
「があ~ん」
「うえぇー、女神様にご迷惑をおかけしてはいけないと、珍しく影を薄くして大人しくしていたのに酷いですぅ~」
「えー、何々ィ? 領主さんとの面会は上手くいったんですかぁ?」
そこに、おみあげの包みをいっぱい手にして嬉しそうなルリ達が、ガヤガヤと領主館に帰って来たのだった。




