第2章12話 特製プディング
「お、これは美味いな」
あれからみんなで【砂の城】のリビングのテーブルを囲んでコロンとクラリス達が用意した、ポトフっぽいトマトベースの煮込み鍋とホワイトソースのチーズたっぷりなスープパスタを食べている。
長いこと地下牢に捕らわれていて、碌な食事も取らされていなかっただろうユウナのことを考えて、消化に良く柔らかくて食べやすいメニューが急遽考えられたようだ。
「本当、チーズとホワイトソースがこってりと絡んだパスタが絶妙ね」
うんうん頷きながらフォークをスプーンの上でクルクルさせている、アリスもお気に召したようだった。
「ユウナちゃんも、ほら柔らかくて食べやすいですよ」
さっきから隣に座って甲斐甲斐しく世話を焼いているルリが、ユウナの取り皿の柔らかく煮込まれたジャガイモを小さな一口サイズに割っていく。
「うん、ありがとう」
「あ、私のことは、ルリおねーちゃんって呼んでね」
「わかった、ルリおねーちゃん」
「えへへ~」
嬉しそうに頬を染めるルリを見て、フォークを咥えたままのアリスが目を丸くする。
「さ、流石はルリね、さり気ないわ。ユウナ、わ、私はアリスおねーちゃんよ」
「うん、アリスおねーちゃん」
「うへへ~」
おお、見た目が中学一年生ぐらいの、プラチナブロンドを長く垂らした紫の瞳の美少女に二人共メロメロです。
いや、実年齢3才ってことは、美幼女か……背もコロンよりも小さい130cmぐらいだし。
ミラとクラリスが用意したダブッとした薄紫のワンピースのバルーンスカートがふわふわとして、さらに子供っぽく似合ってとても可愛いことになっている。
そのくせ、あまり表情が変化することが無い――というか、ほとんど無表情がデフォのようで。
まあ、生まれてわずか3年の間にあんな目にあえば、笑顔も消えて内に篭もるのも仕方ないことだろう。これから少しでも明るくなってくれるといいんだが。
「ユウナ様はカトラリーをとても上品に使うんですね」
「姫様、そうですね。まるでどこかの上級貴族のご令嬢と言われても、ちっとも不思議ではありませんね」
ちぐはぐな違和感は他にもまだあって、実際は3才なのにテーブルマナーは超一級品のようで、王侯貴族のミラとクラリスのお墨付きが出るほどだ。
「一般生活に必要な基本的な知識は、初期データベースに含めて全てインストールされてます」
まあ、女神の器の候補として育てられたのなら、ある一定の教養は短期集中で半強制的にでも身に付けさせられているのか。
ただ、最終的に女神の人格を上書きされた器の人格がどうなってしまうのかは、考えたくもないけど。
すると少し頬を赤くしたミラが遠慮するように、俯いて指をモジモジとさせる。
「そ、それから私のことは、ミラおねーちゃんと呼んで欲しいのですが」
「わかった、ミラおねーちゃん」
「え、えへへ~。嬉しいなぁ」
「あ、ずるいですよ、姫様。ユウナ様、私のこともクラリスおねーちゃんと呼んでくださいね」
「う……クラリスおねーちゃん」
「うわぁ……ぐふふ~。も、もう一回呼んでみてください」
「く、クラリスおねーちゃん」
「うひょ~! でへへへ」
両手で自分の頬を挟んで幸せそうにクネクネ始めてしまったクラリスに、はいは~いと手を上げるミラ。
「ああ、クラリスだけ二回もズルいですよ。私も、私も」
「ミラおねーちゃん」
「わわ、何て素直ないい子なんでしょう。えへへ~」
ああ~、ユウナもクラリスをおねーちゃんと呼ぶことには、流石に一瞬ためらいがあったようだが、――とにかくミラもクラリスも超絶美少女でハイエルフなユウナに、すっかり骨抜きにされてしまっていた。
そして、さっきから全く似合わない難しい顔をして、ぽんこつフランがブツブツとつぶやいている。
「こうして見ると、ユウナ様には【予言者】としての威厳がそこはかとなく溢れ出てきているようにも見えます」
「【予言者】?」
コテン、と首を傾げるユウナ。
「あれ、ユウナさんは自分のステータス情報を見たことがないのか?」
気になって聞いてみると。
「一年ほど前までは研究所で定期的に検査していたけど、将来的に依代として女神様を降ろすことを考慮して職業は空欄でブランクになっていたはず、です」
「え? でも今は、職業が【予言者】になっているぞ」
「そう……、いつの間に。あ、そういえば一ヵ月程前にしばらく発熱で倒れたことがあって……あれは、殴られて頭から血を流したからだと思っていたけど、今になって思うと暴行は日常茶飯事だったのだから、もしかしてあの時かもしれません」
「うう、すまない。嫌なことを思い出させてしまった。悪かった。ほら、俺のプディングを上げるから。元気出せ、な」
そう言って、詫びながらまだ手をつけていない、コロン特製プディングをユウナに差し出す。
これは日本のプリンのようなプルプルでツルツルなのとは違って、少し表面を焼いてもっちりとしたどちらかというと田舎っぽいプディングだった。
「あ、いや、大丈夫。ハクローさんが助けてくれたから、もう大丈夫……です。
ああ、まだ一口も食べてないじゃないですか、それではハクローさんに申し訳ないので――はい、あ~ん」
と、スプーンですくって自然にこちらに差し出すので、う~んと悩むことも無く迷わず、パクッと食べることにする。
ここで少しでも嫌がる素振りを見せると、また「私は穢れているから」と言い出すかと、一瞬肝が冷えたのは――実は秘密だ。
だって、それこそ穢れ無き透き通るアメジストのような紫の瞳を細くして、薄っすらと微笑みながら小さな唇を、あ~んと少しだけ開けているんだから、その笑顔が凍り付くかと思うと断れるはずもなかった。
「うん、美味しい。ありがとう。後は、ユウナさんが食べていいからな。
なんせ、家のコロンの特製プディングは色々な種類があるんだけど、どれも王都の大通り商店街で店が出せるぐらい美味しいんだからな」
「はい、ぱくっ……ああ、本当においしいですね。これなら二つ共食べれてしまいそうです」
特製プディングをすくって、スプーンを口に咥えたままの小さな唇の端をわずかに上げるユウナに、思わずプラチナブロンドの長い髪を撫でそうになってしまっていた。
「そうか、急に沢山食べてお腹を壊すと不味いから、無理には食べなくてもいいけど。でも美味しくて食べれるようなら、食べてしまっていいんだからな」
「はい。ありがとうございます、ハクローさん」
するとミラとクラリスがそろって顔を赤くしながら、じ~っとこちらを見ていた。
「何か、二人だけ仲がいいですよね~」
「姫様。あ~ん、ってしてましたよ」
「これで、ユウナも間接キスです~」
妖精のフィがまた、いらんことを言い始めると、やっぱりというか案の定、ルリが頬を薄桃色に染めながら自分のスプーンをズイッと差し出してくる。
「ハクローくん、あーんです」
「え?」
「あーん……。う~、うう~」
はあ~、ルリがスプーンを差し出したまま、眉をハの字にして紅い瞳に涙を溜めながら、とうとう桜色をした唇を尖らせて唸り始めてしまった。
自分でも何やってるんだろうという、凄く駄目っぽい自覚はあるんだろうな。
でも、ちゃんと自分の考えを主張できるようになったのは、健康になって自分に自信が出てきた証拠だとでも思っておくか。
「ぱくっ。ありがとう、ルリ」
「う……、うう。どういたしまして。えへへ~」
手にしたスプーンを、小さな唇をvの字にしてそのまま咥えながら、涙を溜めた紅い瞳を細くして照れ臭そうに微笑むルリさん。
ああ、そんな顔をされると、俺こそ最低なクズ人間っぽくて自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
「おお~、大人の対応ですね」
「姫様、あれはどちらかと言うと駄目な二股男の典型です」
ミラとクラリスがこそこそと小声で話しているが、キッチリ聞こえていますよ。自分でも今のはルリを泣かせてしまって、駄目駄目な自覚があるので、わざわざ声に出して指摘してもらわなくても、本当いいです。
「ハク様ぁ。コロンも、あ~ん」
「フィが食べてあげるわ、ぱくっ」
「あー! ハク様の分をフィが食べた~」
「ああ~、ルリ様の手ずから、あ~ん、とは! なんて羨ましい。ああ、女神様」
うわ、コロンとフィがスプーンを取り合って、へっぽこフランまで自分のスプーンを咥えて唸り始めてしまった。
そうこうして食後の紅茶を飲んでいると、決心したように背筋を伸ばしたミラがお姫様モードにジョブチェンジしてみんなに語りかける。
「ただ、……そうですね。このままユウナ様を黙って連れて行くわけにもいかないので、真っ直ぐに温泉街のエビヤーノへ行く予定を変更して、少しだけ横道には逸れますがジュネヴァン連邦国へ向かうことにしましょう」
「はい、姫様。ジュネヴァン連邦国は十二使徒による議会制国家で、世界で唯一の銃器関連の生産国でもあります。
霊峰ラトモス山頂の聖域セルヴァンには、【純潔の女神】アルティミス様がおられることでも知られています。
聖域といっても正確には天界への門があって、神の御業が伝わる場所ということらしいのですが」
侍女のクラリスが変更された行き先の詳しい情報を伝えてくれるが、やっぱりあるのかよ……銃。ユウナのステータスを見て、もしやとは思っていたが。
この世界ではまだ見たことが無かったが、これまで以上に遠距離からの不意打ちには十分な警戒が必要ということになってきたぞ。
いや、それ以上に女神から追われるようにジュネヴァン連邦国から逃げてきた、ユウナを連れてわざわざこっちから顔を出すということは。
「【純潔の女神】アルティミス様には私も一度だけですが、随分と前にお会いしたことがありますし、王国の第一王女の立場で出向けばそうそう危険なこともないでしょう」
「姫様、それはあまりに安易な考えです。
天界への門と【純潔の女神】アルティミス様を守護するジュネヴァン連邦国の暗部に触れることになりますし、当然のように今回の訪問は表立っての公務という訳ではありません。
しかも、ユウナ様は出国時には諜報部隊と暗殺部隊に追われていたようでもあります。ひょっこり顔を出せば、まとめて闇に葬られる可能性の方が明らかに高いですね」
さすがは王族の侍女を務めるだけあって、政治の裏側に対する危機管理の感度も高いクラリスが当然のことのようにミラに駄目出しを突き付ける。
あっという間にすっかり王女モードの化けの皮が剥がれてしまって、もう涙目のミラが。
「うう……、クロセ様ぁ~。クラリスがいぢめるぅ」
「まあ、かと言って黙ってユウナを連れて行っても、早晩その諜報部隊と暗殺部隊とやらに、何時かは後ろから襲われることは確実でしょうね」
どっちに転んでもユウナを連れている以上はジュネヴァン連邦国に相対することになるので、それが面と向かってなのか、背後から突かれるかの差しかないことを、澄ました顔でアリスがサラッと言ってのける。
「そ、そんな……【純潔の女神】アルティミス様がそんなことをなさるはずがありません。きちんとお話すれば、きっと……」
「フランの信仰とは別に今回の相手は【純潔の女神】アルティミスだけではなく、それを守護するジュネヴァン連邦国の、しかも政治の裏側になるってことよ」
顔を青くしたシスター・フランが信ずる女神を擁護するが、またもアリスの歯に衣を着せぬ言葉に黙り込んでしまう。
そんなやり取りを黙って静かに見ていたユウナが、議論は出尽くしたかとでも言うように冷静な様子で。
「ですから私のことは、あ」
ポン、とユウナのプラチナブロンドの小さな頭に右手を乗せると、できるだけ悪い目付きを隠し温和な顔を無理やり作って、優しい口調になるように気をつけて語りかける。
「君の名はユウナ――名付け親は、俺だ。
そして親は子供を見捨てたりはしない……んだと思う、基本的には、たぶん、どうだろう、だといいな」
「ハクロー、あんた後半のつぶやきは要らないわよ」
「ハクローくん、がんばってください」
ヘタレな俺にアリスの厳しいお叱りの言葉と、ルリの優しい激励が飛んでくる。たしかにここでヘタれては、キモいどころでは済まされそうも無いからな。
「ここには異世界から召喚された【勇者】に、【賢者】で【聖女】に、王国第一王女までいるんだ。いざとなれば、俺が転移魔法で逃げ切ってやるから」
そういえば、コロンは運命の子とかルリが言ってたし、フィは妖精で、フランは女神の使徒だもんな。なんだか、ここには普通の人はいないのか。あ、クラリスが……ちょっと、いやあれは間違いなく普通の人じゃないよな。
すると自分のことは棚に上げることになるが、普通の人は俺だけということになるのか――何だか責任重大だな。
それでも澄んだ紫の瞳を真っ直ぐに向けてきて、でもわずかに唇を震わせながらユウナの――今にも泣きそうに声だけが漏れる。
「でも……私は穢れて、あっ」
「ほら、大丈夫だから。な、大丈夫、大丈夫だから」
そう言って、ゆっくりと優しく包むように椅子に座るユウナの頭を抱きしめると、ビクッと怯えるように身体を震わせるがそのまま静かに動かなくなってしまう。
「そうですよ、だいじょうぶです」
鈴をコロがすような優しい声色でルリがつぶやいて、膝に置かれたまま固く握りしめられたユウナの手を取る。
「ほら、泣くんじゃないわよ。大丈夫だから、ね」
ポンポンとフランの肩を軽く叩いて、いつも以上に明るくアリスが笑う。
「コロンがおいしいごはんつくるので、だいじょーぶでしゅ」
「フィーも味見なら手伝うから、大丈夫よ」
小さなコロンと肩に乗ったフィが、屈んでユウナの背中を優しく撫でる。
「さあ、もう大丈夫です。心配はいりませんよ」
「その通りです、姫様。後は私達にお任せくださいね」
ミラとクラリスがわざわざに床に膝を着いて、ユウナの剥き出しの膝に手を添える。
「女神様にお願いして必ず助けていただきますので、大丈夫なのですよ」
修道女のフランも祈るように、ルリの握るユウナの手を上から両手で包み込む。
「……っ」
俺の胸の中に埋まったユウナの顔は見えなかったし、少し俯くように黙り込んでしまったので、小さく震えるその肩をしばらくはそのままにしておくことにしたのだった。




