第2章5話 魔女の選択
「わあ、小さな可愛いお店がいっぱいです」
「手作りの工芸品も、可愛いのがあるわね」
ルリとアリスが商店街の通りに面して歩道にまで商品を並べた店先を、あっちにウロウロ、こっちにウロウロしながらウィンドウショッピングを続けている。
その二人の手には途中の店先で購入したジェラートが二段重ねでコーンに乗っていて、小さなピンク色の舌を出してぺろぺろ舐なめながら――ああ、ルリはまた真っ白いほっぺに付けてしまって。
ひょい、と頬ほほに付いていたジェラートをすくい取って、パクッ。
「あっ、えへへ~。ハクローくん、ありがと」
「ほら、溶け始めているから。あんまりゆっくり食べていると、白のワンピースにまで垂れるぞ」
「わわっ、本当だ」
「大変です、ルリ様。私が食べるのをお手伝いします~」
「ぎゃ~。フランちゃん、ダメです。これはあげませんよ」
みずいろの修道服を着たフランがルリの持つジェラートにかぶりつこうとしている横で、アリスが紅と蒼のオッドアイをキランと光らせてこちらを見ている。
「ハクローのも美味おいしそうじゃなのよ、ちょっと頂戴よ」
「はいはい」
「パクッ。あ、チョコミントも美味しいわね」
「だろ?」
さくらんぼ色した唇をニッコリとさせて、ふんふんと頷うなずくアリスだが、見えないはずの白いウサ耳をピキーンと立ててたルリが、腕にしがみ付いたままでジタバタと暴れ始める。
「ああー! アリスちゃんだけ、ズルい~」
へっぽこフランに狙われている自分のジェラートをそっちのけで、俺のチョコミントにかぶりつこうとする。
「うわっ、こぼれるっ。あげるから、ちょっと待てって」
「わーい、ハクローくん、ありがとー。ぱくり、うへへ~」
口くちの周りにチョコミントを付けたルリが子供のように、ニヤ~ッと笑う。ああ、またベタベタにしてしまって。
これだけ汚してしまうとしょうがないので、【時空収納】からミニタオルを取り出して、くすぐったそうにするルリの顔をせっせと拭ふいてやる。
「ハク様~、コロンも一口ひとくちほしいでしゅぅ~」
「フィもほしぃ~」
「フィは自分のもチョコミントだろうが」
「パクッ、もう無なくなっちゃったぁ~」
「おい、コロンはともかく、フィは食いしん坊なだけだろ」
「クロセ様のチョコミントって、そんなに美味しいんでしょうか」
「はい、姫様。それはたぶん何なんの味だとしても、青春の甘酸っぱい味がして美味しいんだと思いますよ」
「じ、じゃあ私も参加しないと」
「おい、お姫様まで何言ってんだよ。こら、クラリスも止めろよな」
とうとう暑さにやられたのか、ミラまで変なことを言い出し始めてしまった。クラリスは知らん顔をして、自分のジェラートを食べてるし。
「はぁ~、ほらコロン。もうちょっとしかないけど」
「ありがと、ハク様。ぱくっ」
「ああ~、コロンだけずるい~。フィも、バクッ」
「うわ、こいつ全部かじったな」
フィは二段重ねのジェラートを、丸ごとコーンまで食べてしまっていた。こんな小さい口くちなのに、どうやったんだ?
「ああー! クロセ様のジェラートが無くなってしまいましたぁ~、ぐすん」
「はあ~、姫様。引き篭こもっていると、チャンスをドンドン失うしなっていくのですよ? 思い立ったら、まず一歩を踏み出しましょうね?」
「うう~。わがっだあ~、ぐすん」
あ~、クラリスが何かいい話をしているようだが、お姫様が泣き出してしまったようだ。はぁ~、今度チョコミントを一口ひとくち分けてあげるとするか。
コーンの先っぽを口くちに放り込んでいると、アリスがすぐ目の前の古い建物を指差す。
「あら、ここ冒険者ギルドよ」
「あ、ホントだ。やっぱりこんな小さな街にも、ちゃんと必要とされてあるんだな」
みんなでワイワイと商店街を歩いていると、気がつかないうちに中央広場まで来ていたのか、見慣れた看板のある、でも王都よりは小さな建物の前まで来てしまっていた。
すると普段ほとんど冒険者ギルドに出入りしたことのないミラが、王都とどこが違うんだろうといった様子で中を覗のぞき込んでいる。
「どんな依頼があるか、ちょっとだけ見てみますか?」
「姫様、この辺りには滅多に魔物は出ないはずなので、ご期待されているような高難易度のクエストは無いと思いますよ」
「わ、私は別に。さあ、入ってみましょうか」
何を期待していたのか、顔を赤くしたミラがスタスタと扉を開けて入っていくので、結局ぞろぞろと後をついて行くことになった。え~、入りたくないなぁ。
すると案の定、心配していた通りに、その場が凍りついたように視線が集中して来る。
「な! 【紅くれないの魔女】がなぜここに?」
「嘘だろ、何なんか【紅くれないの魔女】の標的がここにいるってのか?」
「ヤバイ、すぐこの街を出た方がいいぞ」
「ああ、命が大事だからな」
おおぅ、やっぱり……シーンと静まり返った冒険者ギルド内で、あからさまにヒソヒソと囁ささやかれる小声が聞こえてしまう。
一番最後に扉から入って来たアリスが紅い眉毛まゆげをヒクヒクとさせて……そうそう、我慢我慢がまんがまん。
こんな片田舎の小さな冒険者ギルドの通りすがりの噂話うわさばなしなんか、無視無視ムシムシ。
しかし、空気読めない新人っぽい、まだあどけなさが残った赤い短髪のイケメンの冒険者が一人ひとり、こちらに視線を向ける。
「え? 何? 【紅くれないの魔女】って何さ――って、おおっ。すっげー、美人ばっかり!」
あちゃー、こっち来るのかよ。他人のフリ、他人のフリ……え、何なんでみんな俺の後ろに並ぶように隠れるの?
「ねえねえ、その紅い髪に紅い服で【紅くれないの魔女】って言うの? そっちの美人さん達も、お仲間ってこと? じゃあ、この俺と一緒にクエストやらない?」
「……やらない」
わずか15才にしては大人なアリスさんが、何なんとかこらえて震える声を絞り出す。……すみません、怖くてアリスの方を見ることができません。
「ええー、いいじゃん。俺って、こう見えてDランク冒険者なんだぜ。
そっちの冴えない男なんかよりずっと頼りになるし、そこの女の子はみんなまとめて、いい思いをさせてやるからさ。もちろん夜の方もね、あははっ」
「ああー! あのバカが」
「誰か、あの田舎者いなかモンのクソガキを止とめろ!」
「お前が行けよ!」
「それよりも逃げた方がいいぞ!」
あ~ぁ、王都から来てたらしい、それなりのランクの冒険者の方々は、アリスの恐るべき天災並みの危険性がよく分かっていらっしゃるらしい、……けど、もう遅いんだろうなぁ。
イケメン冒険者くんは見た目20才になってないようだけど、ランクDってどうなんだろうか――強かったりするのか?
「ちょと、あんた今なんて」
「そこの赤髪のあなた、ハクローくんを馬鹿バカにしましたね!
確かにハクローくんはちょっと目付きが悪くてヘタレですけど、ビンビンに冴えまくっていますよ!」
「こいつぅ、ハク様の悪口を言ったなぁ! 戦う【料理人】が相手になるぞぉ!」
「この小僧! 妖精のフィも許さないぞ!」
低く唸うなるようなアリスの声を途中でバッサリと遮さえぎり、俺の背後から飛び出して行ったのは、ルリとコロンに空中を飛ぶ妖精のフィだった。
「え? うわぁ、この二人も可愛いなぁ。おお、妖精までいるのか。よしっ、みんな俺のパーティに入れてやるよ。そんなヘタレな男は、放ほって行こうぜ」
「ああ! またヘタレって言いましたね!」
「このヤロー、コロンは頭に来たじょお!」
「フィも、カッチィーんだ!」
おいおい、最初に『ヘタレ』って言ったのはルリさん、あなたですよ。しかもビックリして、アリスがこっちを見て固まってしまったじゃないか。
そろそろ止めなきゃ、と思ったら、うわっ!
ルリが両手を天に向けて純白に輝く魔力を翼を広げるように放出させながら、小さな少女の姿をした高位六精霊を空中で取り囲むように顕現けんげんさせてしまった。
コロンは何も無い空中から【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を【召喚】させると両手に、パシッと握り【二刀流】の構えを取る。
妖精のフィも空中で四枚の羽を震わせて、ぶつぶつと口くちの中で呪文を準備し始めている――あれは、【魅了】と【睡眠】に【淫夢】の同時多重詠唱だ。
「ひいっ、な、なんで。そ、それは、いったい……」
目の前の事態が把握できないのか、驚いて真っ青な顔をして後ずさり始める残念イケメン冒険者くん。
「まさか、一度に六精霊も!」
「しかもあれは高位じゃないか、生まれて初めて見たぞ」
「なぜ、おたまとフライパンなんだ?」
「気をつけろ、妖精が呪文を詠唱してるぞ」
「そこのチンピラのクソガキ! 今すぐ謝れ!」
まずい、これはマジで止とめねばと思った瞬間に、今度はお姫様のミラが右手をすっくと上げて叫ぶ。
「ビーチェ、行けぇ!」
その命令に飛び出して行った、テディベアぬいぐるみのベアトリーチェまでが【魔法のナイフ】と【魔法のフォーク】をチェックのスカートから、シュタッ、と取り出すと【二刀流】を大上段に構える。
「姫様、止とめるのではないのですか?」
「私も、うっかり頭に来ました!」
「はあ~。姫様も、仕方ありませんねぇ。実は私も、ちょっとあの餓鬼ガキには頭に来ています」
大だいの大人おとなのミラレイア第一王女姫殿下までが、どうしたことか――クラリスも侍女筆頭だろうに、ため息ついてないで止めろよ。
「な、なんだってんだよ、ひぃいいい!」
KY残念イケメン冒険者くんは、盛大にこれでもかというくらい無駄に高い悲鳴を上げると、迫せまり来る高位六精霊の威圧いあつに耐え切れず小便を漏らし、コロンにベルトを斬られてズボンはズリ落ち、最後はフィに眠らされて文字通りのリアル悪夢ナイトメアを見せられて、ひきつけを起こしたように拳を握りしめて寝たまま唸うなり始めてしまった。
ビーチェはというと、また口くちを大きく割って乱杭歯らんぐいばを見せて、頭からかぶりつこうとしたところを、流石さすがに不味まずいとぽんこつフランに羽交はがい絞めにされて止められていた。
その後は冒険者ギルドの職員が出て来て、粗相そそうをしてズボンを下ろしたままで、うんうんと悪夢にうなされる残念イケメン冒険者くんを、パーティーメンバーらしい女性達に引き渡していた。
元々ハーレムパーティーだったみたいなのに要いらんことをして、あげくにあの醜態しゅうたいをさらしてしまって大丈夫なんだろうか。
俺達も怒られるかと思ったけど、特に一言ひとこともなかったのは何故ナゼなんだろう。気のせいかワザと目を合わせないように、避けられていたような気もするが。
「でも、まあよかったじゃん。アリスの変な噂うわさがこの田舎町に広がらなくてさ」
なんて気休めをアリスに向かって言うのを待っていたように、静まり返ったロビーの端はじからまたヒソヒソ声が聞こえてくる。
「さすがは【紅くれないの魔女】の最凶さいきょうパーティーだ」
「まったく本人は指一本、手出ししないで自滅じめつさせたぞ」
「【紅くれないの魔女】は黙って顎あごで指図さしずするだけで、あれか」
「バカ、あれだけですんだのはラッキーだったんだ!」
「【紅くれないの魔女】が直接手を出してたら、あの田舎者いなかモンのガキは今頃、消し炭になってたぜ」
「……くっ」
ああ、今回は何もしていないはずのアリスさんが、なぜか拳をプルプルさせて震えています。
「アリスさん、【紅くれないの魔女】伝説がとうとう王都以外でも席巻せっけんすることになりましたね。おお、女神様のご加護を」
「私は【賢者】で【聖女】だって言ってんでしょ!」
「イタイ、イタイ、イッタ~イ! アリスさん、頭が割れちゃいますよぉ~」
ここにも空気読めない、ぽんこつフランが要いらんことを言って、アリスのカンストLv10スキルの【身体強化】アイアンクローをくらって頭蓋骨をミシミシいわせている。
はあ~、アホらしいので何か変わった依頼でもないか、クエストボードでもちょっと見てみるか。
「あらクラリス、精霊樹に関するご当地クエストがありますよ」
「はい、姫様。これはこの街から見える丘の上に立つ、精霊樹という大樹のてっぺんの枝葉を取って来るというものですが、報酬が銅貨一枚というのはいったい……。
資金的に厳しい、孤児院の依頼とかでしょうか?」
「申し訳ありませんが孤児院の依頼ではなく、私達のなんです」
「え?」
ミラとクラリスの後ろから、――というか見下ろすぐらいの高さから、突然のように小さな少女の声がかけられていた。




