第2章4話 マッシュルームソース
翌朝、不思議といつも通りに夜明け前に目が覚めてしまったので、【砂の城】の前の草原スペースで身体に染み付き始めた直刀【カタナ】を使った朝練をしていると、ぞろぞろとルリとコロン達の早起き組が起きてきて、もちろんそれにビーチェも混じっている。
「早いな、昨日は長時間移動で疲れたろうから、もう少しゆっくり寝ていればいいのに」
「えへへ、何だか私も目が覚めてしまいました」
「戦う【料理人】のコロンは、もちろんハク様といっしょに朝練でしゅ」
「……フッ」
チェックのドレスを着たテディベアぬいぐるみのビーチェの、なぜか男前なサムズアップに苦笑しながら、ルリのために【時空収納】から歩行練習用リハビリセットを出してセッティングする。
そしてコロンの後ろに従うように、ビーチェも【二刀流】の素振りを始めると、ぴょこんと顔を出して来たミラの嬉しそうな声が聞こえてくる。
「きゃあ~。ビーチェったら何それ、カッコいい~!」
「おお、これはなかなか。とても姫様がお作りになった、ぬいぐるみとは思えませんね」
「クラリス、余計なことは言わなくてよろしい。
うっきゃあ~、そうだ! もうちょっとカッコいいお洋服を、ビーチェに新しく作ってあげようかしら」
やっぱり旅に出てもお寝坊さんなのはアリスとフランのようだが、まあ朝食の匂いがすれば起きて来るだろう。
そんなこんなでパパッと朝食を取ってから【砂の城】を【時空収納】に仕舞うと、昨日と同じようにビーチェが御者をして馬車を走らせる。
そういえばビーチェは昨晩、室内で見かけないと思ったら、【砂の城】の扉の外で門番をしていて、朝起きてビックリしてしまった。
しかも、夜のうちに近づいて来たんだろう魔物を、パクッといったみたいで、ちょこちょこと今まで無かったスキルが増えていた。
「無理に外で警備に立たなくてもいいんだぞ」
そう言うと、御者台でニヤァ~と笑ってたぶん親指をグイッと立てて見せた――んだと思う。
「なあ、ミラ。ビーチェが」
「きゃあ~、ビーチェが警備隊長ってカッコいいです。兵隊さんのお洋服も作ってあげましょう、そうしましょう」
「はい、姫様。ここはやっぱりみんなの憧れの王宮近衛っぽく純白を基本に、金の刺繍をあしらって」
あっという間に、ミラとクラリスが裁縫教室に突入してしまった。しかも、そんなに布やら糸やらを積み込んで持って来ていたのか……まあ、馬車の収納スペースも空間拡張してあるから、結構入るんだけどさ。
とかやっているうちに、あっという間に昼前には街道沿いの小さな街に到着していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おおー。結構、小奇麗な街だな」
始めて見るこの世界の王都以外の一般的な普通の街というのは、周囲に広がる農地を木製の柵でグルッと囲んで、街の中心の住居部分を日干し煉瓦でできた壁で守っていた。
近くに魔物が発生しないから、これでも安全の確保が可能な立地条件ということなんだろう。確かに近くには魔物がいそうな森とか林は見当たらなかった。
ただ、丘の上にとても大きな天にも届きそうな大樹が、一本だけ泰然として街の入り口からも見えている。
「本当に可愛い街ですね。建物の白い壁と木の梁のこげ茶色のコントラストが、とっても綺麗です」
「なんだか、ようやく異世界の旅行って感じがしてきたわね」
ルリとアリスがご機嫌で、馬車の窓から周囲をキョロキョロ見回している。
街中は積み重ねたように三階建てや四階建ての建物が多く、どれも木製の梁と日干し煉瓦に白塗りでできているようだった。
しかも、驚くことに街の外壁にはある筈の門も無く、それで門番もいないというフリーダムさだ。俺達もフリーパスで入ることができたので、そのまま街の中心まで進むことにする。
「えらくオープンな街なんだな」
「古より、この街は精霊樹の加護に守られているとの伝説があるのですよ」
「はい、姫様。元々はあの丘の精霊樹におわす、白い蛇の精霊様の守護結界があったとのことなのですが。確か今は……でも門もありませんよねぇ」
中央広場には時計塔と役所っぽい白壁の建物が並んでおり、その中に明らかに冒険者ギルドと分かる建物も見つかった。やっぱり、街の規模に比例して、王都と比べると小さな建物ではあるようだ。
「まだ少し早いですけれど、せっかくなのでこの街で泊まるホテルに行くとしますか?」
「はい、姫様。宿泊先の選定については私にお任せください。安全性と食事は鉄板な王族御用達の高級旅館があります」
「高級って……まあ、お姫様がいれば仕方ないのか。じゃあ、まずはチェックインしてしまおうか」
クラリスの案内でミラが以前にも泊まったことのあるらしい、この街でも最高級の部類に入るホテルにビーチェが馬車を向かわせる。
あ、いけね。忘れていたが、宿代は常識的にリーズナブルなプライスの部屋もあるんだろうな。貧乏性な庶民としては、どうしても気になってしまう。
まあ、最悪は売れずに【時空収納】に入れっぱなしの魔物の素材を全部売ればなんとかなる……かな、だといいな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ようこそいらっしゃいませ」
「全部で7人です。何部屋ありますか?」
年長の引率者っぽく、クラリスが顔見知りでもあるのか、スタスタとチェックインカウンターに向かう。シックな装飾で揃えられている割には高級感が漂う、それでも始めて来たのに不思議と懐かしい感じのするロビーだった。
「ハクローくん、すみませんが宿泊代を払いますので一緒について行ってもらえますか?」
歩くのは少しだからと、馬車から降りても『車椅子』ではなく俺の腕に掴まってゆっくりと歩くルリが、ぺったりと白雪のような頬を腕にくっつけたまま紅い瞳で覗き込んで来る。
そういえば【ミスリル☆ハーツ】のパーティー共用費は、しっかり者のルリが家計簿をつけることになったんだった。
アリスや俺では全然ダメだった――というか、結局はコロンとフィを含めた全員の個人資産もルリさんの【収納】で管理してもらっていて、普段必要な分はお小遣いをもらっているという、家のお母さんには頭が上がらない状況なのでした。
まあ、ルリが「おねーちゃんだからね」と嬉しそうにやる気満々といった様子だったので――いいか?
いやいや、ルリに甘やかされたアリスと俺が、お金の管理もできない駄目な大人に一直線な気もするので、明らかにいいわけがないのだが。
まあ、いつか、きっと、そのうち……何とか、なると、いいなぁ。
「ああ、ルリ様~待ってください。私も神聖教会の出張費払いなんですよ~」
建前だけは【聖女】のお付きという名目で、異動の辞令と出張費をぶんどって来たシスター・フランが、ふよんふよんと強大な膨らみをこれ見よがしに揺らしながらもペタペタと追いかけて来る。
そうして、クラリスとルリとフランがチェックインと前金を払い終わると、部屋に手荷物を運びこむ――と言ってもルリとアリスと俺達三人はコロンとフィの分も【収納】に入れてしまっているので、ミラとクラリスとフランがポーターに旅行鞄を運ばれていくのを見送るぐらいしかすることが無かったんだが。
ああ、向こうの世界の海外のようにチップっているんだろうか……枕銭とかって、やっぱり枕の上に置くのか?
「わあ、広いです! それにとっても可愛い部屋ですね~、うれしいなぁ。ハクローくん、ほらほら、えへへ~」
案内された部屋に入ると、ルリが大喜びでベッドに倒れ込むようにダイブしていた。いや、コロンとフィも一緒に転がっている。
そう言えば、ルリも俺もこの異世界では病室以外で、まともなホテルというか部屋に泊まるのは初めてだったりする。
ところで……そうです、結局、ホテルでもルリとコロン、フィと俺がツインルームで、ミラがクラリスと警備隊長のビーチェを連れてスイートルーム、アリスとフランがそれぞれシングルという、昨晩と同じ部屋割りとなっていた。
もはや、これについては話し合う余地すら無いようだった。
まあ、街中のホテルでは安全性の問題があるから、これまでも攫われそうになった経験のある、ルリとコロンとフィが俺と同室というは仕方が無いのだけれど。
いつの日か、一人で大の字を書いて寝れる日が来るのだろうか。あ、いかん、目から汗が。
「よしっと。お腹減ったし、お昼食べに行こうか」
「わーい、フィもお腹ペコペコなのよ~」
「うふふ、この地方のおいしい郷土料理とかあるといいですね」
「おおー、戦う【料理人】のコロンも食べて勉強するのでしゅ~」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは何だか、日本人的にも癖になる味ですね~」
「このマッシュルームソースだけで、ご飯が何杯でも行けるわよぉ」
ルリもアリスにも、この街のお勧め料理の豚ソテーのマッシュルームソースとライス添えが絶賛大好評だったりした。
「いや、マジでこれ美味いぞ」
「ハク様のために、戦う【料理人】のコロンがこの味を覚えて、こんど完全再現してみせるのでしゅ」
「コロンがんばれー、フィは期待しているぞぉ」
さすがは【料理】スキルがLv4のコロンだ、食べただけでレシピが分かるなんて……あれ、いつの間にか【料理Lv5】になってないか?
努力家のコロンのスキルレベルの上昇速度が、やっぱり俺達の中でも断トツで半端ないんだが。
「お気に召して良かったです。私もこのマッシュルームソースは大好きで、最後には千切ったパンを付けて残さず食べるのですよ」
「姫様、お行儀が悪いですよ。でも、実は私もお皿をピカピカにするほど、残さず綺麗に食べてしまうのですが、ほほほ。
それに、マッシュルームソースはお母さんの味で、それぞれのご家庭でちょっとづつ味付けが違うんですよ」
ここのお店を紹介してくれたミラとクラリスも、この料理は大ファンのようだった。そうか、家ごとに違うなんて、日本のお母さんの味噌汁とかお家カレーのようなものなんだろうな。
「前にもここを通ったのに、そのときは食べなかったなんて、何て残念なことを。ああ、女神様」
神聖皇国から王都に来る途中で食べ損ねていたフランも、今回は食べれてよかったみたいだ。まあ、修道女のフランが食べ歩きをする訳にはいかないのだろうから、これまでは仕方が無いのかもしれないけど。
何だかみんなでワイワイと、その地方ならではの美味しい物を食べていると、とっても旅行をしているという気がしてきたな。
隣に座っているルリもすっかりご機嫌で、子供のようにニッコニコの笑顔になって、まるで大好きなニンジンをかじる雪うさぎのようだ。
「ルリ、よかったな。旅行は楽しいか?」
一瞬、キョトンとしたように紅い瞳を丸くしたかと思うと、ぱあっと花が咲くような笑顔となって。
「はい、ハクローくん。とっても、とっても旅行が楽しいです。ありがとうございます、えへへ~」
そして忘れずにテーブルを囲んでスマホ自撮りを、パチリコ。こうしてルリの旅行アルバムには、仲間との楽しい思い出と共に写真が溜まっていくのだった。




