第2章3話 カレーライス
先に風呂上がりにアイスクリームを食べてしまったのは誤算だったが、野営宿泊所【砂の城】のキッチンでようやく始まったコロンとクラリスの夕食の準備を手伝うことにする。
その目の前では、ダイニングテーブルの椅子に座ったルリがニコニコと嬉しそうにフォークやスプーンのカトラリー類を人数分並べていた。
「コロンちゃんはもう一人でも夕食の準備できるのではないですか?」
手際よく料理をするコロンの手元を見ていたミラが、感心したように声をかけてくる。
「コロンはまだまだクラリス先生に教えてもらわないとでしゅ」
「そんなことは無いのでは? ついこの間、お料理を習い始めたとは思えない上達ぶりですよ」
「その通りです。姫様より、明らかに上達は早いですね」
「クラリス、余計なことは言わんでよろしい」
この数週間で【料理】スキルを驚くほど伸ばしているコロンを、その料理の先生であるクラリスと姉弟子のミラが褒めると、口では歳不相応な謙虚なことを言いながらも、白銀色のふわふわしっぽをフリンフリンとさせていたりする。
すると同じ料理教室の生徒であるルリも、まだ細い二の腕にちっとも出ていない力こぶを作るように見せつける。
「おねーちゃんも、もうすぐちゃんとお手伝いができるようになるからね」
「ルリはまだ包丁とかみたいに危ないのはどうなんだ? あ、それから絶対に無理は駄目だぞ。もう少ししたら、ゆっくりたのむからな」
「うう~、……わかりました」
まだまだ掴まらないと一人で歩くことが難しいルリには、かわいそうだが念のために釘を刺すと、かわいい桜色した唇を尖らせて膨れてしまう。う、言い過ぎたか。いや、しかし。
「何、またハクローが過保護なこと言ってんの?」
紅い長髪をシュシュでまとめて上げた格好のまま、少しは元気になった様子で、アリスがペタペタと階段を下りてくる。
「いや、これはそうじゃなくて」
「はいはい、分かった分かった。あんた、こども包丁って出せるの?」
「ん? ああ、危なくないように先っぽが丸くなって切れにくくなっている、子どもが練習に使う包丁か。ん……よっと、おお、刃物でもこれなら出せるぞ。短剣やナイフは出せないのに、何故だ?」
刃が少しだけ丸くなって、刃先も丸くなっているのを確認してから、ルリにこども包丁と玉ねぎを渡すと、一緒に出してやった小さな子どもまな板をテーブルの上に置いて、嬉しそうにトントンと切り始める。
「わーい、これで野菜を切る練習ができます。よいしょ、よいしょ。わー、ちゃんと切れますよ。
ほら、ハクローくん見てくだ……ぴぎゃぁ~~~~!」
玉ねぎの切り口を触った手を顔に持っていったのか、玉ねぎを切った汁が目に入ったようだ。それは、痛いな。
「ああ、まったく。ルリ、ほら掴まれ。洗面台で目を洗って来ような」
「うう~、ぐすん。前が見えません~、ぐすんぐすん」
残念ルリさんの肩を抱くようにして、小さくため息をつきながら洗面所に向かうのだった。
キッチンに帰って来ると、俺も端っこで腕まくりをする。
「それじゃ、俺も一品というか、また一皿作るか」
実はレベルアップした【時空錬金】で調味料関係が大量に錬成できていたりするので、こんなものも作れたりするのだった。
グツグツと鍋がいい始めると、おお~、いい匂いがしてきたぞ。これぞ、懐かしの。
「ハクローくん、ハクローくん。それは! か、カレーではないですか!」
「ハクロー! あんた、何てもん作ってんのよ!」
キッチンの端っこの火の【魔石】コンロにかけてグツグツといっているのは、そうです、カレーだったりするのです。
しかも、各種カレーのルウを混ぜたミックススペシャルです。
「えへへ、カレーのルウが錬成できるようになったからね。何か合宿みたいだったから、だったら夜は学生らしくカレーライスだろうと」
勿の論、ライスもちゃんと炊けていますとも。
「クロセ様、何だか悪魔の鍋でも作っているのですか? 凄い刺激的な匂いで鼻がヒリヒリするのですが」
「姫様、危険です! この見るからにおぞましい色は、きっと地獄の窯というやつですよ」
初めて見るからか、ミラとクラリスはあからさまに警戒している。確かに、初見殺しなメニューではあるからな。
「ハク様、それ何ぃ~?」
「フィにもちょうだい」
お子様二人は興味津々だ。最終的に辛さを調整する前に、二人のお子様の分は取り分けておくか。
「それでは、まあ一口食べてみてください」
という訳で、カレーライスを初めて食べるらしい人には、小皿でお出しする。口に合わないと困るからね。
「わあ! これは日本のカレーライスです~。懐かしいです~」
「ぐっ、これは! 辛さの中に甘さが絡まって、その癖にどことなくチープな感じが何とも」
中辛を食べたルリと、辛口を食べたアリスの日本人組には、食べ慣れた味ということもあってか好評だ。
「あ、ちょっと辛いですけど、これは美味しいですね。何だかクセになりそうな、不思議な味です」
「おお、姫様。これは辛口が絶品ですよ。甘口じゃなくて、辛口も一口どうぞ」
「あら、本当に辛口も美味しいですね。あ、でもちょっとだけ辛いかも?」
初試食のお子様味覚のミラは甘口で大人のクラリスは辛口をチャレンジしたが、どちらも好評なようでよかった。
「ハク様、どれもおいし~」
「フィは辛口がお気に入りだわ」
お子様二人はせっかく甘口を用意したのに、全種類を制覇すると言って、甘口、中辛、辛口を完食していた。流石は戦う【料理人】と【暴食】の妖精だ。
「ぎゃぁあああん! カライ、カライです~」
水をコップからガブガブ飲みながら、涙をポロポロと流すへっぽこフラン。だから、甘口にしておけって言ったのに。
「無理して辛口を食べるからだぞ。あ、美味いなぁ」
やっぱり、中学校の林間学校で食べたカレーライスと同じだ――あの時は一人で作って、一人で食べたんだけどね。
でも、コロンとクラリスの作った夕食も合わせてみんなで食べると、更にとっても美味しい気がするのは、やっぱり気のせいではないんだろうな。
「コロンの作ったゴロゴロおいもコロッケも美味しいぞ。しかも、これをカレーにのせると、じゃじゃあ~ん! コロッケカレーの出来上がりだ」
「おおー、ハク様すごい!」
「フィものせる~」
そんなみんなの笑顔が溢れる食卓の光景を、スマホ自撮りで、パチリコ。
「ふぅ~、食べ過ぎたなぁ」
ベッドにゴロンと横になっていると、すぐ側に同じように薄い桜色の寝間着で寝そべっているルリが、鈴を転がすような声でコロコロと笑うのが聞こえてくる。
「うふふ。ハクローくんがあんなにお代わりをするなんて、珍しいです」
「でも、ちゃんと明日の分も多めに作ってあるからさ。明日はさらに楽しみだなぁ」
白銀色の狐耳をピンとさせたコロンが、キラキラした金色の瞳でこちらを覗き込んで来る。
「ハク様、明日もカレー?」
「そうだぞ、一晩寝かせるとさらに美味しくなるんだ」
「おお~!」
「フィも楽しみなの~」
あれだけ食べたのに、フィの細い体はちっともお腹が出ていないのは、本当に謎だ。
あれ? と思ったら、コロンとフィは嬉しそうな顔をしたまま、いつの間にか眠っていたりする。今の今まで喋っていたのに、本当お休み三秒だ。
「ははは、もう寝てるぞ。今日は移動が多くて疲れたのかな?」
「初めての旅行で楽しかったですからねぇ。ずっとはしゃいでいたから、思ったより疲れたのかも」
そう言うルリも、コロンを抱きしめて白銀色の髪に顔をうずめながら、クスクスと笑う。
「ルリも楽しかったか?」
「はい、ハクローくん。とっても、とっても楽しかったです。本当にありがとうございます」
「そうか、よかったな」
「はい。本当に夢のようです」
「これから、ルリの夢をひとつづつ叶えていくんだからな。ちゃんと叶える夢の順番を考えておくんだぞ」
「うふふ。はい、分かりました。それじゃあ……次は知らない街で美味しい物を食べながら、デートしたいですね」
「ああ、そういえば明日は確か小さいけど、それなりの街に入るはずだから、そこでみんなで一緒に食べ歩きするのもいいかもな」
「ぶう~ぶう~。じゃあ、明日じゃなくてもいいので、今度、二人だけでデートしましょう。あ、やっぱり嘘です」
「ん? どうした?」
「何でもないです。ごめんなさい、忘れてください」
珍しいこともあるもんだ。ルリがみんなとは別々がいいなんて言い出すとは――もしかして、初めてじゃないだろうか。
しまったな、『デート』だと言われたのに、俺が『みんなで』なんて言ってしまったからだろうか。
少し、いや相当にうかつだったかもしれない。
「すまない、言い方が悪かったようだな。明日は時間が余り無いかもしれないから、今度、大きな街に着いたら二人でデ……デェー……出かけようか」
ははは、よく考えたら、女の子と二人きりで出かけることなんて、これまで一度もありませんでしたね。はい、ヘタレでキモくてすみません。
盛大に自己嫌悪に陥って、はぁ~、と寝ているコロンとフィの頭に隠れてため息をついていると。
「うふふふ。はい、連れて行ってくださいね。ハクローくん、約束ですよ?」
もう、しょうがありませんねぇ、と言うように、くうくうと寝息をたてるコロンの白銀色の狐耳の向こうから、こちらを覗くようにして、月明りの中で紅い瞳を細めて微笑んでいる。
およそ一ヵ月いた王都を出て、少なくとも俺達の何かが変わろうとしているようだった。




