第2章2話 砂の城
その日の夕陽が傾くには少し早いが、王都を出て荒野で初めて夜営をすることもあって、街道側の草原の小さな丘の上に馬車を止めていた。
「サンキュな、ビーチェ」
「フッ……」
おお、妙に男前な仕草でニヒルな笑いと共に、さっさと馬二頭の世話に行ってしまったぞ。その背中を見送りながら、周辺に十分な広さがあることを確認すると。
「ここら辺でいいか。それじゃ、出てこい【砂の城】!」
この日のために準備していた、簡易宿泊所を【時空収納】から取り出して錬成で地面に設置する――見た目は子供が海の浜辺で作ったような、砂でできた城だったりする。
が、中身は魔改造馬車と一緒で、砂でできた高さ3mぐらいしかない城の壁に取って付けたような木製の扉を開くと、その中は空間拡張されて広々としており、部屋数も4LDKに風呂トイレ付きだったりする。
「「「「「「「「おお~!」」」」」」」」
「光の【魔石】で灯りを、火の【魔石】でキッチンコンロを、水の【魔石】で水道やトイレに加えてお風呂の給湯を、氷の【魔石】では冷蔵庫と冷凍庫と空調設備を実現しております。
下水も【解析】の『分解』を付与した【魔石】を使い、環境にも大変優しい配慮がなされた設計仕様となっています。
さらには【物理強化】で砂の強度は物性変換により、上位爆裂魔法による攻撃すらも耐えうる強度を実現しており安全も」
「ハクロー、話が長い」
「ぐすん……部屋割りはツインベッドの四部屋にルリとアリス、ミラとクラリス、フランはコロンとフィと同室でいいか?
ダメならその人は一人部屋にして、俺はリビングのソファーで寝るが。
ベッドルームをもう少し増やしたかったんだが、今の俺の【時空魔法】のレベルではこの広さが限界みたいなんだ。悪いな」
また、アリスに開発仕様のプレゼンテーションをばっさりカットされて、しょんぼりしながら寝室の割り振りの説明をする。
たぶん、お姫様なミラが侍女のクラリスと同室というのは、そもそも論で無理があるとは思っていたので念のために聞いてみることにする。
「クラリス、狭くて悪いけどミラは一人部屋が必要なら」
すると最後まで言わせず、切れ長の翠瞳を優雅に細めて微笑んだミラが遮る。
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、クロセ様。
私もかつては魔法学園の学生だったので、この街道も通りましたし。野外合宿で野宿の演習も経験しているのですよ。
それに、夜営で従者のクラリスと一緒であることは当然です」
「クロセ様、姫様についてはこの私にお任せください。実は姫様はここ数年で外泊は初めてになるので、お一人では寝れないかもしれませんから」
「クラリス、余計なことは言わなくてよろしい。私は一人でもちゃんといい子で眠れるのです。
これは秘密にしていましたが――枕が変わると寝付けないから、ちゃんとマイ枕を持ってきているので準備万端です」
そう言ってスタイルの良い背筋を伸ばし凛とした表情で、ふふん、と微笑むミラと、ガックシしたように静かに頭を下げるクラリス。
うん、気持ちは分かるよ。大変だね。
「それじゃ、部屋割りはこれで」
「待ってください。私は今までどおり、ハクローくんと同じ部屋がいいです」
「コロンもハク様とルリおねーちゃんと、いっしょに寝るの」
「フィも~」
今度はルリとコロンにフィまでが怒ったように、頬を膨らませて睨んでくる。
しかし、そうは言っても危険な王城の病室じゃないんだから、いい年頃の娘さんが何時までも同じ部屋という訳にもいかないだろう。
「いや、この中なら安全だし、部屋数はあるんだから無理に」
「それじゃ、ハクローとルリとコロンとフィが今まで通りに同じ部屋ね。ミラとクラリスが同室で、フランと私が一人部屋ってことで」
はいはいと、この場を仕切り始めたアリスが俺の肩をぽんぽんと叩く。するとフランまでが、へいへいと仕方がないと言うように首を振る。
「うう~、ルリ様とご一緒したかったですが仕方ありませんね」
「しかし、女の子が緊急時でも無いのに俺なんかと同室というのは」
それでもモゴモゴと言い返していると、アリスがキッパリと当然のように言い切る。
「ハクローは諦めなさい。ルリ、魔術結界は横付けした馬車と馬二頭を入れて、この【砂の城】の全体を覆うように構築できる?」
「いや、女子高校生なお年頃の娘さんがそれでいいのか、って駄目に決まってるだろ?」
「ええーと、こう……して、よっと。できた」
あ、確かに魔法防御結界がドーム状に周囲に展開されたようだ。しかも、ルリの【結界】魔法はかなり強力になってきているみたいだった。
「凄いな――ってそれより二人共、人の話を聞けって」
「これで安全性については、問題が無くなったわね。じゃ、部屋に荷物を置いて、夕飯の準備を始めるとしましょうか。
ああ、でも埃っぽかったから、先にお風呂に入ろうかしら――ハクロー、お風呂はみんなで入れるぐらい大きいの?」
「え? ――ああ、王城の病室よりバスルームから大きくしてあって、全員でバスタブに入っても全然問題ない広さにしてあるぞ。
はあ~、しょうがないな、わかったよ。先に風呂に入ってくれれば、俺が夕食の仕込みを始めておくよ」
「ハク様、ダメでしゅ。夕食は戦う【料理人】であるコロンが準備しましゅ」
「フィは味見のお手伝い~」
両手を腰に添えて最近めっきりふっくらしてきた胸を張って、ふんす、と譲る気配の無いコロンとおまけのフィ。
「わ、分かったよ。コロンが風呂に入っている間は、夕食の準備に手出ししないで待ってるから、ちゃんとゆっくりお温に浸かって百数えてくるんだぞ」
「あい。ありがとうございましゅ、ハク様。えへへ~」
「それじゃあ、荷物を部屋に置いたら、みんなでお風呂に入ってから夕食の準備ね」
アリスの号令で屋内履きのスリッパをペタペタとさせながら部屋に向かっていくのを見送りながら、はぁ~、大きなため息をつく。
実は【砂の城】の屋内は玄関で履物を脱ぐ、異世界では珍しい日本の土足禁止の仕様にさせてもらっていた。この世界では、やはり珍しかったようだ。
そうだ、後で俺達の部屋はツインベッドをくっつけておかなくっちゃだな――やっと一人でゆっくり寝れるかと思ったんだが、なんでこうなった。
まあ、見た目もだんだんと大人の女性になりつつあるコロンが、一緒に寝るのを嫌がるようになるまでのわずかな間か、と観念することにする。
う、でも嫌がられるのは、それはそれでちょっとお父さん悲しいなぁ。
「クロセ様! あのシャンプーやらコンディショナーやら保湿剤やら乳液というものやらは、クロセ様が錬成されたと聞いたのですが?」
お風呂から出てくるなり、シュシュでまとめたストロベリーブロンドの髪を濡らしたままの、ミラが首筋に掴みかかってくる。
「わっ、近い。顔が近い」
あれ、何かいい匂いがするぞ。いつものシャンプーと同じはずなのに、なんでだ?
「姫様、クロセ様が驚いておられます。それに――こほん、その格好は少し、はしたないですよ」
「わわわっ、……申し訳ありませんでした」
背が同じくらいなので顔がくっつきそうだったミラが顔を真っ赤にして、ピョンと後ろに飛び退く――が、手は離されることはないようだ。
「でもでも、あれがルリ様やアリス様やコロンちゃんの髪が、凄くツヤツヤしていたり、肌がプルプルのすべすべな秘密だったんですね?」
「なんですとぉ! こほん、姫様。それは、聞き捨てなりませんね」
お姫様とは一緒にお風呂に入ることはできないと、後で入るつもりだったクラリスが、メガネの奥の瞳をキランとさせてにじり寄ってくる。
「分かった、分かったから。ミラとクラリスにも出してあげるから、二人共ちょと離れて」
「わーい」
「ひ、姫様と違って、私は、別に、そんな……いえ、ありがとうございます」
王城を出て少しは周りの目を気にしなくて良くなったのか、ようやく素直にペコリと頭を下げる侍女のクラリス。
「どういたしまして。それじゃ、クラリスもお風呂入っておいでよ。みんなが出る前に、コンディショナーとか乳液とかの使い方を聞いた方が良いと思うからさ」
「はい、そうさせていただきます。えへへ」
錬成したばかりのお風呂セットを、何だか新しいおもちゃをもらった子供のように嬉しそうに抱えたクラリスが、ペタペタとスリッパの音をさせながらバスルームに向かって行った。
すると、入れ違いにアリスがどんよりした顔で風呂から出てくる……ああ、何かもう分かった気がする。
そして、ドンッと椅子に座ったアリスが、まだ何も乗っていない机の上を睨みながらブツブツつぶやき始める。
「なんで……みんな……あんな……成長して」
「……アリス、元気出せって。そ、そうだアイス作ったんだけど、風呂上りに食べるか?」
「……食べる。…………なんで、この短期間にみんなあんなに育ってんのよ。いつの間にかルリとコロンには抜かれているし、ちょっと見ない間にフランはさらに」
「はあ~。ほら、アイス持ってついておいで」
やっぱりかとため息をつきながら、しょんぼりと俯いてしまっているアリスの、まだしっとりと濡れた紅いお団子髪を優しく、グシャグシャとする。
そして手を取ると、引っぱって二階からさらに階段を上って扉から連れて外出ると、そこには――実はしばらく秘密にしようとしていた――そんなに広くはないが、丸テーブルとベンチが置かれた屋上スペースがあった。
「わあ、こんなとこもあるのね」
「わわぁ~、すごいです! お外に出れるんですね?」
ひょっこりと、ルリも手摺に掴まって、ゆっくりと後を追って嬉しそうに屋上に顔を出す。
おお~、月明りに照らされた見えないはずの白いウサ耳が、ぴょこんと見えるようだ。
「いいか、上を見てみろ」
「おお~、星空が広ぉーい! ハクロー、これいいじゃん」
「わあ~っ、お星様がいっぱい! すごいです、ハクローくん」
「気持ちいいだろ? 夜は風も涼しくなるからな。
いいか、これから――この満天の星降る空の下、これまでテレビでも見たこともない異世界を旅していくんだぞ。
しかも、魔法も不思議もいっぱいで、おまけに女神もドラゴンもいるときたもんだ」
不思議そうな顔をして、二人が星降る夜空を見上げたままの俺の顔を、見上げるように覗き込んで来る。
「だから、悲しい顔をするな。きっと楽しいことがいっぱいあるはずだ、な?」
「うふふ、アリスちゃんも一緒に夢と希望で胸を膨らませるのですよ」
「ふ、ふんだ。いつか【豊胸】のレアスキルをゲットしてやるんだから、見てなさいよ」
「ははは、そしたらチラッと俺にも見せてくれよ。それまで楽しみにしているからさ」
「いつの日か、ばいんばいんのスーパーダイナマイツなSek-Cアリスちゃんに平伏すがいい!」
「ああー、ハクローくんが何だかとってもエッチです~」
流れ星が降り注ぐ天空に向けて、今は薄い胸を張って祈りを込めた将来を語るアリスに、なぜか白雪のような真っ白ほっぺを少し桃色に染めながらも大きく膨らませて、ぷんぷんと怒っているルリに思わず苦笑してしまう。
「あ~、ハクローくん笑ったな~。ぶー、ちょっと何だかモヤモヤしますぅ~」
「ああー! ハク様、こんなトコにいたぁ。探したんでしゅよ~」
「フィは別にいいんだけどね。さっきまで、コロンが泣きそうだったわよ」
「ああ! フィちゃんそれは、し――っでしゅよ」
三人でワイワイやっていると、コロンとフィも屋上に上がって来た。すると、追いかけるようにミラとクラリスも階段からヒョコっと顔を出す。
「わー凄い! みんなでどこ行ったのかと思いましたよぉ」
「姫様、私の髪もほらツヤツヤで……おお? ここは、良いですね~」
結局、みんながアイスを持って屋上まで出てきてしまっていたが――まあ、気持ち良いからいいか。アリスも、少しは元気になったかもしれないし。
ん? 誰か足りない気がするが……まあいいか。とか考えた瞬間。
「わーん! また私だけ置いてきぼりで何か楽しそうなことしてましたねー。あ~、みんなが持って食べてるのって何ですか?」
やっぱり泣きながら屋上に飛び込んで来る、ぽんこつなフラン。
「あー、悪い。もう、アイス残ってなかったか? おかしいな、人数分あるはずなんだが」
「ええー! う、うう、ううう……、うぉおおおおん、うぉおおおおん」
自分だけアイスがないと知って、大粒の涙を流してマジ泣きし始める、へっぽこフランさん。
「あ~、もうしかたないなぁ。口付けてない俺のをやるから、泣くなよ」
「えへへ~。ハクローさん、ありがと」
ほら、泣いたフランがもう笑った。まったくこいつは……と呆れていると、フィがなんだがモジモジしながら肩に乗ってきた。
「ハクローだけアイスないの、かわいそうだから。フィのを少しあげるわ」
ああ、ひとつ足りないのは、お前か……ったく、しょうがないなぁ。
ジロッと横目で睨むと、悪いことをしたのが分かっているのか、灰色に近い青い瞳を少し悲しそうに伏せながら、アイスを差し出す小さな妖精フィ――まるで、小さな子をいじめているような気がしてくるのは、いつものことか。
「はあ~、今度から多めに作るから、食べる前に言えよ。ペロッ、ほら後はフィが食べていいから」
「うん。わかった……えへへ、これでハクローと間接キスね」
無垢な笑顔でまた要らんことを言ってくれるフィに、敏感に反応するお年頃の女子高校生なルリさん。
「ああー! フィちゃんまで、あんなこと言ってますぅ」
「よく考えたら、ハクローさんって今だけハーレム状態ですよねぇ~」
ご機嫌でアイスにかぶりつく、ぽんこつフランがこっちも見ないで不用意な一言を投下する。
う、なんだかルリが桜色の唇から赤い小さな舌を出してぺろぺろとアイスを舐めながら、じと~っと半眼で拗ねるように睨んでくるんですが。
「マジやめてくれ。同じことをあの化物のような姉貴達六人と暮らしていて、周りの馬鹿な野郎共から羨望と嫉妬の呪詛を込めて散々言われたトラウマが蘇ってしまう」
「あちゃぁ~。ついに実の姉を討伐対象の魔物と同じ、モンスターとまで言ったわね」
「そんな攻略不可能なダンジョン、俺は絶対に逃げるぞ」
呆れ果てたといわんばかりのアリスに、キッパリはっきりと言い返してやる。
「大丈夫ですよ、心配ご無用です。ルリ様のことは、女神様の使徒であるこのフランが好色エロ大魔神のハクローさんから必ずお守りしますので!」
「てめー、ぽんこつフラン。マジで真夜中の荒野に放り出して、泣かしたろうか」
「わーん、ルリ様。ハクローさんが酷いこと言っていぢめますぅ」
「わわっ、フランちゃんが絡むと話がややこしいことに」
「ルリ、そもそもハクローにはハーレムなんて苦行の未来を掴み取るような、気概も根性も人徳も持ち合わせてないんだから、安心しなさい」
「う……その通りなんだが。アリスにそこまでハッキリと言われると、何か釈然としないけどなぁ。それに男として何だか負けた気になるのは、何故だ?」
まあうん、ちょっとでもアリスの元気が出たんなら、いいか。
「そうだ、クロセ様。今日のお風呂で思い出したのですが、このまま真っ直ぐ海沿いの大都市ニースィアに向かってもいいのですが、途中少しだけ寄り道するとエビヤーノという温泉街があるのですが……」
「姫様、それは良いですね。色々な種類の温泉に加えて野外温泉もあって、しかもお肌がつるつるになる美白効果もあるという。これは是非とも行かねばなりませんよ、クロセ様、あ、……べ、別に最近年のせいかお肌の張りが、とかいうことでは無くってですね?」
一度この道を通ったことのあるミラが旅の寄り道をお勧めしてくると、珍しくクラリスが食いついて来る――が、すぐに顔を赤くしてソッポを向いてしまう。
「はいはい、クラリスの玉のお肌にさらなる磨きをかけるってことだろ?」
「ご、ゴホン。クロセ様、そのとおりです」
「ハクローくん、温泉ですよ! とっても旅行っぽいですね、えへへ」
旅行に行きたい、旅行に行きたい、と言っていたルリが、満面の笑みを浮かべている。
「ああ、それはルリの病み上がりの身体にも良いかもな」
「いいわね、それ。でもハクロー、分かってると思うけど混浴はダメだからね」
またアリスが余計なことを言い出す。っていうか、アリスが露天風呂でタオルを片手に――命を懸けてまで覗くほどのモノなんですか、それは――ギクッ、そんなに睨まないでください。
「ワ、ワカッテイマスヨ」
「ハクロー、あんた本当に分かってんの?」
「コロンはハク様と一緒に入りたーい」
「フィも~」
「でもそれは難しいだろ? 家族風呂でもあれば別だろうけどさ」
お子様二人が嬉しいことを言ってくれるが、それも今のうちだけだ。
「ルリ様の貞操はこの私がお守りします」
「おいフラン、いい加減にしろよ」
こうしてみんなでワイワイやりながら、異世界での楽しい寄り道しながらの旅行先が決まっていくのだった。




