第2章1話 さあ異世界の旅行に
七夕の日に異世界召喚されて約一ヵ月、すでにこちらの暦でも八月に入っていて、ようやく王都を出発して、王国の南部に位置する海沿いの大都市ニースィアへと向かっていた。
魔改造された馬車を【波乗り(重力)】で浮かせながらだったので、まったくといって良いほど揺れも酷いことはなく、通常よりもかなりの高速で移動することができている。
真夏の炎天下での辛い御者も、テディベアぬいぐるみのビーチェが平気そうな顔でやってくれているので、馬二頭の休憩を心配するだけで、そういった意味ではあまり移動自体が苦になるようなことは無い――のだが、ただ。
「やっぱり、暇よね」
内部拡張された馬車の中から窓越しに流れる景色を見ていたアリスも、流石にどこまでも続く代り映えしない荒野に飽きてしまったようだ。
「……そうですね。私は物心ついてから初めての旅行なのでそれでも楽しいですが、普通はこういった移動中は何をして過ごすものなんでしょうか?」
「う、引き篭もる前は……あんまり出かけた記憶が無いわね。ハクローはどうなのよ?」
紅い瞳をクリクリとさせて小首を傾げて聞いてくるルリに、逃げるようにキョロキョロと視線を彷徨わせるアリスが俺に投げてよこす。
「俺に振るなよ、親にどっかに連れて行ってもらった記憶なんて一度もないぞ」
「駄目じゃん」
だって母親は入退院を繰り返していたし、父親はいつも家にはいないのが普通だったからな。姉貴達六人は家族で旅行なんて論外だ。
もちろん一緒に旅行に行くような、いわゆる友達なんていう恵まれた物の持ち合わせは当然のように無かったしな。
こうしてみると、ここにいる日本組は元の世界でまともに旅行すらしたことの無い、ぼっちで寂しんぼな三人だったりするのか。
「そ、そうだ、旅行じゃないかもしれないけど、中学三年生の時の修学旅行では京都までの新幹線の車内はヘッドホンでずっと音楽を聴いていたぞ――一人で、だが」
「ぐすん。もしかして、私達三人って現代日本において、とっても寂しかったりしますか?」
「ルリ、言わないで……そこはかとなく、悲しくなって来たわ」
とうとうルリもアリスもどんよりした顔で、光彩を失くした瞳を伏せて俯いてしまった。ああ、ほらシスター・フランが心配してしまったようだ。
「ルリ様、ご気分でも悪いのですか? 今日はあまり揺れていないようですが」
「ごめんなさい。大丈夫ですよ、心配かけてすみません。そうだ、フランちゃんは王都まで来るときの大旅行では、道中何をして過ごしていたんですか?」
「私ですか? そうですね、移動中は基本的にお祈りをしていたり、たまに食事のための狩りをしていたり、手持ちの聖典の女神様の神話を読んでいたり……後は馬車ではお昼寝ですね。
あ、あんまりお昼に寝ると、夜間の見張りが無くても寝れなくなってしまいますよ~」
その忠告は既に遅い――気持ち良いわずかな振動と微妙な揺れの催眠効果で、お子様のコロンとフィはとっくに可愛い寝顔でぐっすりとお休み中だ。
まあ、これがこの世界の普通なのかもしれないが、言ってることは凄いように見えてやっぱりポンコツなフランだった。
すると、スカートからスチャッと伊達メガネとお気に入りの☆マークのついた指差し棒を取り出したミラが、嬉しそうに声を弾ませる。
「お暇なんでしたら、このミラ先生が魔法教室でもやりましょうか?」
「姫様、それなら私も刺繍教室もできますが」
おお、王侯貴族であるミラとクラリスにかかると、この世界のお貴族様の崇高な嗜みが、移動中の暇を圧し潰そうとしているようだけど、それでも一日中ずっとはキツイよなぁ。
なんせ、最短でも移動には一週間から十日、長い時は二週間ぐらいはかかるらしいからな。
ゆっくりと暇に任せて時間をただ浪費するなんてことを我慢することもできず、追われるように何かしていないと落ち着かないのは、せわしく生きる悲しい現代日本人の性なんだろうか。
「そうだな、基本はそれでいいと思うが空いた時間をどうしたものか……んん~~~、とうっ! あ、出るもんだな」
そう言って、【時空錬金】でトランプをテーブルの上にポロッと錬成させると、もう見慣れたのかアリスが呆れたように苦笑する。
「ハクローの錬成って、ホントに一般生活用品に限っては反則級よね」
「クロセ様、今、何も無い空間から錬成されたようですが、これは何でしょうか」
「姫様、突っ込みどころが多すぎて、どこかボケになってしまっていますよ」
異世界のおもちゃ類を初めて見たのか、ミラとクラリスが変な反応をするのを、面白そうに見ていたルリが人差し指をピンと立てて、ふんす、と説明を始める。
これまで過去いたはずの異世界人は、トランプを持ち込んでいなかったのか。
「ええっとですね、これは遊戯で……そうだ、ためしにババ抜きをやってみましょうか。おねーちゃんが教えてあげますよ」
「え……、婆あ抜き?」
「姫様、婆あは抜きで遊ぶので、誰とは言いませんが仲間はずれです、ぐすん」
「え? あ、いや、ババ――抜きです。ああー、違うんです婆あじゃなくてババです」
ぎゃあ~、ミラとクラリスの背後から真っ黒なオーラが噴き出てきたぞ、ルリがギロッと睨まれて紅い瞳で涙目になって、両手をパタパタしながら言い訳を始めてしまった。
「また~、ルリ様。そんなに、年長者であるお二人に向かって婆あ、婆あって連呼しなくても。いだい、いだいです、いだい~、おおぅ女神様、お許しください」
よりにもよって一国のお姫様に喧嘩を売る、空気読めないぽんこつフランのこめかみにアイアンクローをガッチリと極めながら、もう片方の手を振ってみせる。
「ちょっと、ミラもクラリスも待てって。マジで怖いんだから、ルリを睨むなよ。それから、へっぽこフランは黙らんと、荒野に捨ててくぞ。
そもそもババ抜きは異世界のゲームの名前だから悪気は無いんだよ、他にジジ抜きってのもあるぞ。
とりあえず、みんなで一回やってみるとするか」
「それじゃ、私が配るわね」
トランプをケースから出して、アリスは慣れた手つきで器用にチャッチャッチャと繰ってから配り始めると、ババ抜きのルールをミラとクラリスとフランに説明してやるのだった。
「わーん、また私がババで負けですううぅ~」
何度やっても、必ずへっぽこフランが最後までババを持ったまま負けてしまう。
「フランちゃんは表情に出過ぎなんですよ。手札にババが来ても、顔色を変えないようにしないと……それに、フランちゃんの手札からカードを一枚取ろうとしだだけで、ババがどれか分かっちゃうなんて」
「そうだな、とにかく差し出したカードの束から一枚引こうとした指が、ババのカード以外に触れようとしただけでこの世の終わりのような顔をするのと、ババのカードに触れようとすると女神に感謝の祈りを始めるのは止めろ」
「だって、だってぇ~。ぐすん」
「フランちゃん、これはゲームなんですから、ポーカーフェイスと言ってですね――あ、これもトランプでしたね。
それでは、他のトランプゲームの七並べ、神経衰弱、ポーカー、大富豪とかの中で、得意なものがあるかもしれないので色々やってみましょうね」
相も変わらぬ泣き虫フランを、ルリがよしよしと慰めているのだが。
一方で、あっという間にルールを把握して負けを知らないミラとクラリスを、アリスが感心したように褒める。
「それに比べて、ミラとクラリスは流石はお貴族様と言ったところね。ババを引いても、全く顔色を変えないわよね」
「ふふん、それはそうです。こう見えても魑魅魍魎が跋扈する王城で何年も暮らしていたのですから、それくらいのことで顔色なんていちいち変えてなんていられません」
「それでも姫様は長いこと引き篭もっていたので、まだまだ脇が甘いです。せめて、この私と同じくらいの面の皮の厚さを――げふんげふん」
「わーん、クラリスのように顔の皮がブ厚くなるのは嫌です~」
「……ミラはその綺麗な顔の皮の薄さのままで良いと思うぞ」
「わーい、クロセ様ありがとうございます」
「む、姫様もクロセ様も何か私にだけ酷くありませんか」
楽しそうにするミラが少しからかい過ぎたのか、珍しくクラリスがムクれてしまった。クスクス笑っていると、コロンとフィも目を覚ましたので一緒に入れて、みんなで各種トランプゲームをやってみることにしがのだが。
「わーん、ここのハートの5を止めているの、誰ですか~」
「ううう~、女神様。もうダメです、私の神経が薄れるように衰弱して記憶力が溶けて目の前か霞んできました~」
「うわーん、どうしてもぽーかーふぇーすなんてできません~」
「うえ~ん。平民の私はいつまでたっても、大貧民から抜け出せません~。もう貧乏な生活は嫌ですぅ」
どのトランプルールでやっても、何度やっても、負けてしまうのは泣き虫フランさんだったりした。もはや、みんなが哀れになって、手加減してやるほどなのだが。
「ここまで何をやってもダメというのも、フランの才能かしら?」
もう呆れたように感心して、肩を竦めて見せるアリス。
「アリスさんの言ってた、賭けトランプをしなくてよかったですね」
「そのとおりです姫様。フラン様は夕食のデザートを取られるだけでなく、文字通り身ぐるみを剥がされて、ばいんばいんが露わになってしまうところでした。おお、でもそれはそれで……」
年長者として大人の余裕を見せていたミラとクラリスも、ギャンブル禁止令を出しておいたことに、ホッとしているようだ。
「フランちゃん、がんば」
「フランがんばれー。でも、デザートはフィのモノだー」
お子様二人にもコテンパンにされて、今晩のデザートを失ってしまったフランには何と言っていいのか。
「フランちゃん、次は次は……そうだ、勝ち負けの無いトランプ占いをしてあげます」
「うええ~、ぐすん。ルリ様~、何か良いことありますかねぇ。恋愛占いとか……えへへ、新天地でイケメンの彼氏が、なんちゃて」
泣いていたしょんぼりフランが、もう笑っていた。
結局、ルリが得意げに披露したトランプを使った恋愛占いも、結果は見るも無残で散々なものだったことは触れる必要もないほどで、最後には残念フランの口から幽体離脱してしまうほどだった。
「一生、【喪女】なんて……ぐすん。そんな、訳の分からないユニーク職業なんて、いりましぇん~」
「フランちゃん、今度は……金運占いでも」
あわあわとルリが、さらに追い打ちをかけようとしているので。
「ルリ、もうやめてあげなさい」
「ぽんこつフランを、そっとしておいてあげな」
アリスと一緒に、今日のところはやめさせることにした。
「ふにゃあ~、どうして……フランちゃんだけ、こんな~」
「ほら、ルリもそんな顔をしないで。明日はもしかしたらフランも運が少しは向いて来るかもしれないし、それにまだまだ先は長いんだから、これからきっと、たぶん、もしかしたら……どうだろう、やっぱり、ダメかな?」
「うう~、何だかハクローくんが良いことを言っているようで、フランちゃんにだけ意地悪な感じがします」
「ぎくっ、ソンナコトハナイトオモウヨ?」
「じぃ~……分かりました、ハクローくんを信用します。フランちゃんをいじめちゃダメですよ」
「はーい」
でも、明日もフランの未来に明るい展望が見えない気がするのは、なぜだろうか。
「ハクローくん?」
「ナンデモナイデス」
ああ、そんなに澄んだ紅い瞳で上目遣いに小首を傾げて覗き込まれると、いくら広い馬車の中といっても席と席の距離は近いので……近い、近いです。
「ん?」
「こ、コロンの作ってくれたサンドイッチで、お昼にでもしようか……ね?」
「んん~? 今、何か誤魔化しましたね? まあ、今回は見逃してあげますぅ」
ちょっと澄まし顔をした可愛いルリさんの顔が、まだ近いです。凄くいい匂いもするし。
でも、本当に楽しそうに笑うルリは、何だかとても幸せそうで。周りのみんなも、笑顔が一杯なのだ。
なんてな感じで、今日から楽しい異世界旅行だったりする。




