第2章6話 ジュリエッタとロメオ
振り返ると、冒険者ギルドのロビーに設置されたクエストボードを見上げるように立つ、10才ぐらいの綺麗な黒髪の少女と金髪の少年がいた。
「突然に声をおかけして申し訳ありません。私はジュリエッタと申します。こちらはロメオ。
精霊樹の頂上の新しい枝葉の採取を冒険者ギルドに依頼したのは、私達です。報酬が銅貨一枚というのは、私達にお金を稼ぐ手段が無いためです。
孤児院の依頼のように、救済を目的に報酬を考慮せずに依頼を受けてくれる冒険者がいなかったのは、私が領主館に引き取られているからで、彼が領主子息だからです」
まだ小学生の低学年ぐらいだと思うが随分としっかりした娘さんだ。でも領主に引き取られたというのは。
「クロセ様、このように小さな街や村では、両親や身寄りを失くした子供達は、一度その町長や村長が引き取って身の振り方の面倒を見ることが多いのです」
「姫様のおっしゃる通りです。しかし、現実は子供達を引き取った後は口減らしを目的に、タダ同然で奴隷として売買することもざらにあるのが現実です。
そして行き場を失くして引き取られた子供にそれを拒絶することは、できるはずもありません」
「ミラの話は分かるが、クラリスはなぜ子供達の前でその話をする」
「そうでなければ、報酬が銅貨一枚ということの説明がつかないからです」
引き取られた子供が不自由無く暮らしていくだけの金があれば、わざわざ銅貨一枚で依頼を出すことも無かったはずということか。
「お察しのとおりです。私の両親は一ヵ月程前に事故で他界して身寄りも無いことから、慣例に従い領主館に引き取られることになりました。
そして近日中に、隣町の領主のところに引き取られることが決まっています。
これは隣町の領主の性癖に大きく関わることで、この街との関係強化のためにも、私は自分の意志とは関係なく無事では済まないでしょう」
おおぅ、確かに長い黒髪が綺麗な目鼻立ちもパッチリした美しい顔でおそらくは美少女、というかまだ幼女なんだろうが、利発過ぎる現実的な考察に目を覆いたくなってしまった。
しかも、今度も10才の幼女を対象としたロリ貴族の領主って、この国の貴族はマジでもう駄目だろ。
「それで、そっちの男の子がその幼児売買の腐れ領主の息子ってことだと思うんだけど、なんで一緒にクエストを依頼することになってるのよ」
さっきから絶好調に機嫌が悪いアリスが、選りにも選って目の前の男の子の親つかまえて、何てこと言うんだよ。
しかし、そんな挑発を物ともせず、ロメオ少年はジュリエッタを守るように一歩前にでると胸を張る。
「僕の愛するジュリエッタをこの窮地から救うために、二人で永遠に共に寄り添えるように、【精霊樹の加護】を得るための枝葉が必要なのです」
「「「「おおー」」」」
「まだ10才ぐらいの男の子が、永遠の愛を語りましたよ」
「ひ、姫様。わ、私には眩しすぎます」
流石の年長組のミラとクラリスも、御託抜きに一発で撃沈されてしまったようだ。
すると傍にいた、ぽんこつフランがドヤ顔で人差し指を振り始める。
「ルリ様、ヘタレなハクローさんに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいですね。
そうすれば、少しはシャキッとするのではないのでしょうか。ああ、女神様」
「え? そ、そうですね。そうかもしれませんね。でも、どうなんでしょうか?」
ぐっ、確かにフランの言う通り、王都を出た環境の変化に伴う人間関係の変調に戸惑っているのは事実だが、だからと言って10才でその境地に至るというのはどうなんだ?
ヘタレなお前のことなど知らんとばかりに、アリスが小声でつぶやいてくる。
「(そんなことより、よりによって二人の名前からして不吉でしかないんだけど!)」
「(ああ、それに)なあ、俺達はこの街の精霊樹について詳しくないんだが、枝葉を手に入れて【精霊樹の加護】を得ると、どうなるって言うんだ?」
そうなんだ、今の気持ちも確かに大事なことは間違いないが、これから先に何が起きるのか、どういう未来を掴み取りたいのかが重大だと思うんだが。
「私の両親は神聖教会の役職者で、私も【巫女】で【精霊術】を行使することができます。
そしてあそこに見えるのは、子供が大好きな【月の女神】セレーネ様にゆかりの精霊樹になります。
何より、この街の領主であるコワル子爵が先日、王都からの帰りに魔物に襲われて亡くなってしまい、急きょ唯一の子息であるロメオが次期子爵となり、領主には後見である継母が暫定で就くことになりました」
ああ、もうドロドロの人間関係が見え隠れするようだ。それにしても、正式な貴族でもないのに領主になれるのか、などとぼんやり考えていると、ミラが昨今の貴族事情を教えてくれる。
「あのブヌトー公爵に絡んだ大粛清で貴族の数が激減していますので、その弊害として当座のところは貴族ではなくても暫定領主となれるのでしょう。
必要があれば、王都から代官も派遣されるでしょうし」
「その通りです、姫様。どうやってか王城から逃げたブヌトー公爵が捕えられれば、さらに粛清は拡大するはずで、未だ粛清対象となっていない貴族達も戦々恐々としているはずです」
「あれ? コワル子爵って、どっかで」
「ええ、私のお友達のディアヌと、一緒にいた金髪の貴族ね。そう、死んだの……」
思わぬところで知った名前を聞いて、自分が非合法奴隷として売買されそうになった、思い出したくも無い記憶が浮上してくることに、眉をひそめる妖精のフィ。
「父上と王都でお会いになられていたのですか?」
「……私のお友達と話をしているところを見かけただけよ。私は話したことはないわ」
相変わらず心優しい妖精のフィは、男の子の実の父親が非合法の性奴隷として妖精を売買しようとしていたなどとは言えないようだった。
「そうですか。父上は妖精を捕まえたから公爵様に献上するために王都へ行くと言っていたので、もしやご迷惑をおかけしたのかと思ったのですが……」
うわぁ、バレテーラ。コワル子爵、あんた多分いい死に方しなかったんじゃないか? なんていらん心配してしまう。
まあ、息子の思い人である10才の幼女を隣街の領主へ性奴隷同然に献上しようとしていたことが、その息子に知られているぐらいだから推して知るべしか。
まったく、どいつもこいつも碌でもねぇ。
「はあ~……やっぱりそうでしたか。妖精を奴隷にして売買することは法で禁じられていますので、もしやとは思ってはいたのです。
父が大変なご迷惑をおかけしましたこと深くお詫びいたします。申し訳ありませんでした」
なんと、学もあるらしいし、人格者でもあるようで、これで成人すればこの国で始めて見る、まともな貴族になれるのではと期待してしまうじゃないか。
「もちろん、親や身寄りを失くした子供を奴隷同然に、しかも性道具として見ず知らずの、名ばかりの里親に引き渡すことも禁じられています」
だから優秀なロメオくんは、同じく利発なジュリエッタちゃんの手を固く握ると、胸を張って高らかに宣言するのだった。
「僕はジュリエッタをそんな目には絶対にあわせません。いついかなる時も必ず側に居て守り続けます」
「「「「ロメオくん、かっけー」」」」
「私も愛するロメオを、領主となる継母の傀儡政治の犠牲にはさせません。つねに側に居続けてお守りいたします」
「「「「ジュリエッタちゃんも、かっけー」」」」
すると心配になって来たのか、優しいルリが訊ねてみるのだが。
「でもでも、ジュリエッタちゃんのご両親が神聖教会の職員だったのなら、教会に保護を求めれば」
「それは最初に拒否されました。これは未確認なのですが、そもそもが隣町の領主に目を付けられたジュリエッタを献上するために、彼女の両親を殺して教会にも手を回した可能性があります。
僕自身も継母が傀儡となってからは、【呪術】と【毒】による精神干渉魔法をかけられています。幸い魔法耐性が高いので、まだ意識が乗っ取られることはありませんが、いずれは僕も」
名探偵もビックリの推論が展開されていくことに、誰もついていくことができず、特に神聖教会の関係者であるフランは教会の現実を知っているために俯くしかないようだった。
「そ、それは……何ということ。ああ、女神様どうしたら」
「ミラ先生、クラリス先生、何とかならないのでしょうか」
心優しいルリが年長者であるミラとクラリスに縋るように問いかけるが、二人共に眉間に皺を寄せて黙り込んでしまう。
「ジュリエッタちゃんのご両親のことは、主犯だろうコワル子爵が死んだことで追及することは難しいだろうし、隣領主への里親引き渡しもおそらくはコワル子爵によって既に正式書類が準備されてしまっているでしょう。
ロメオくんのことについては、継母を領主代行に指名したのが王国である以上は確証がない限りは手出しが難しく、特に精神干渉魔法は証明が難しいことで有名なのです。
なにしろ、本人が正しいと信じているのですから、何と比較しておかしいのかということが明確にし辛いのです」
ようやく口を開いたミラの言葉は、取り付く島もない状態だった。
とにかく、ギルドクエストについては受けることにして、その【精霊樹の加護】とやらが具体的にどのように影響するのかを確認してから、ジュリエッタちゃんを守るのに不足するようであれば、一緒に対策を考えることになった。
「【賢者】で【聖女】のアリスさんが、ロメオ様とジュリエッタの採取クエストを受けていただけるのですか?
ギルドとしても、最近増えてきた魔物の発生確認に人員を割かれていて、かと言って50mの高さを上って下りてくるのはそれなりにレベルが必要で、正直ずっと気になっていたので助かります。本当にありがとうございます」
クエスト受付をしてくれた、窓口の若いお兄さんが王都の元冒険者だったみたいで、【紅の魔女】の怖さと【賢者】で【聖女】という立場は身に染みて知っていたようだった。
「それじゃ、ちゃっちゃと行って来るか」
◆◇◆◇◆◇◆◇
と言っても、ルリの木精霊にどれが今年の新芽なのか先に確認してもらってから、アリスが【遠見の魔眼】で目標を定めて、それに向かって俺とフィが【波乗り(重力)】で50mの高さを飛んで昇って、切り取って降りて来るだけなんだが。
「えーっと。木精霊さん、お願い!」
ルリの言葉に、透き通った小さな少女の姿をした木精霊が、スゥーっと精霊樹の上に向かって飛んで行く。すると、【遠見の魔眼】でその後を追っていたアリスがつぶやく。
「ハクロー、一番てっぺんで木精霊が浮いてる足元に、黄金色に輝いている枝葉があるから、行けばすぐに分かるはずよ」
「フィはこの精霊樹は何だか知ってる気がするの……確か、白蛇のお爺ちゃんが結界を張ってたはずなんだけどなぁ」
「じゃあ、フィは木精霊と一緒に精霊樹に枝葉を一本もらうよって、言って来てくれるか」
「うん、フィにお任せなのよ」
精霊樹の伐採の仕方に問題があるといけないとかミラが言うので、一緒にサーフボードに乗って一気に【波乗り(重力)】でてっぺんまで飛ぶ。
「わわわ~、凄い凄い! クロセ様って本当に飛べるんですね」
「こらミラ、ちゃんと掴まっていろよ。よしフィ、切っていいか?」
念のために『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』でミラとお腹同士を縛ってあるから、落ちることはないはずなんだが、それでもしっかりと腰に両腕を回しておいてもらわないと、気が気じゃない。
「は~い、クロセ様。ぺたぁー、えへへ~」
「ハクロー。白蛇のお爺ちゃんはいなかったけど、精霊樹がいいよって」
「サンキュー、じゃあこれだな。切るぞ」
【カタナ】の直刀の刃をスッと斜めに交差させると付与効果【切味強化】のおかげか、生木にもかかわらず、あっさりと切断することができた。
「それじゃ、切り口から精霊樹が病気になったりしないように、処理をしておくわね」
「ああ、そうだな。たのむ」
ミラが園芸教室の延長なのか、器用に切断面を後処理していく。ここからカビたりして、精霊樹が枯れてしまったりしたら大変だもんな。
ただ高い所に昇りたい遊び半分でついて来た訳ではなかったはず、だ。
「ジロッ。クロセ様、今何か悪いこと考えたでしょ」
ギクッ、何で最近は【読心】スキル持ちが増えてきているんだ? マジであるのかも、隠しスキル【読心】。俺は【読心遮断】スキルが切実に欲しいです。
「マ、マサカ……ナンノコトデショウ」
「ふふ~ん、そうゆう悪い子は……こうだっ、えい!」
「わあっ、そんなに全身で引っ付かなくても、命綱はあるんだから。
当たってる、胸が当たってますってば」
フランのように変に不要なほど無駄に大きい訳ではないが、黄金比のスタイルを絶妙なバランスで維持した美乳というのだろう、そんな一級品をサーフボードに片膝を着いた俺の腹筋に押し付けられると、ぐにゃっと形が変わって大変なことになっているのですが。
それに、胸板にかかる息が物凄くクスぐったいです……近い、だから近いって。
あと、同じシャンプーとコンディショナーを使っているはずなのに、ふわふわのストロベリーブロンドの髪がとってもいい匂いがするのは、何でだ?
まずいまずい、これは絶対にまずい。
そんなこんなで、ようやく地上に降り立つと、大きなため息をつきながら、ピッタリくっついたミラの腰に縛り付けた『釣り糸(タングステン合金ワイヤー)』を錬成解除して身体を離す。
「はあ~。ミラ、大丈夫だったか? 気持ち悪かったりとかしたら言うんだぞ」
「え? 気持ちは……気持ちよかった! ありがとね、クロセ様。えへへ~」
「……気持ちよかったって」
やはり、ルリが超絶に細くした紅い瞳で、じ~っと睨むようにして、真っ白なほっぺを、ぷうっと膨らませて怒っている――んだろう、あれは間違いなく。
「姫様も、楽しかったようで良かったですね」
「うん、クラリスもありがとね」
「はい。姫様も、ご苦労様でした」
おお、ミラとクラリスとの間は、何だか簡素に完結しているぞ。でもクラリスも侍女筆頭として、もうちっと何か言った方が良かぁ無いかい?
「フィもミラと一緒で、ずっとハクローにピッタリくっついてスリスリしてたから、気持ちよかったぁ~」
そういえばフィはコバンザメのように、なぜか背中にずっと張り付いていたな。
それを聞いたミラがパタパタと手を振りながら、明らかに挙動不審な様子で部分否定する。
「って、そんなにスリスリしてませんよ~。ねぇ、クロセ様?」
「え? ああ」
「怪しい……ピッタリはしてたんだ。しかも、ちょっとはスリスリしてたんだ」
うわああ~、フィの馬鹿野郎め。ルリの顔が、表情のないセルロイドのお面みたいになっちまったぞ。
と、アリスがいつものように、パンパンと手を叩く。
「はいはい、とりあえずルリはハクローにボードに乗せてもらって逆バンジーね。
他にも乗ってみたい人がいれば、手を上げて~。はぁ~い」
「え?」
ちょっと待て、今何て言った?
「はいはい、は~い。ハク様、乗せてくだしゃい!」
「わ、私も乗ってみたいですぅ~、怖いですけど。女神様、どうか私に勇気と力を」
「くっ、姫様が絶えたのなら私も」
「ハクロー、私も後で乗せなさいよね」
という訳で、結局は全員を一人づつサーフボードに乗せて、精霊樹のてっぺんまでさらに合計五往復することになった。
まあ、急激な加速も無くゆっくりと往復するだけだから、消費魔力量もたいしたことはないんだが、いかんせん全員が真似したようにピッタリとくっついてくるので、精神的な疲労が著しい――というか、これはまずい。
一番オウトツが少ないアリスですら、まずい。
「わきゃあ~~~~! ハクローくん、楽しぃ~」
「ああっ、こらルリ! 腕を背中まで回して、俺の首に鼻をぐりぐりするな! む、胸がぐにゃって、なってるって」
「わっふぅ~~~~! ハク様~、戦う【料理人】は最強ぉー」
「わわっ、コロン! 前が見えない、よじ登って胸がぐにゃって、顔に当たって前が見えないって!」
「ひぃいい~~! く、クロセ様、これはヤバイです! メガネが飛びそうです~」
「わあっ、クラリス! 掴まってろって、手を離すんじゃないって、だからって足を絡めるなっ、転ぶぞぉ!」
「ぎゃああああああああ! バグローざんーッ、だずげでぇ――――!」
「ぎゃあ、ぽんこつフラン! 暴れるな、落ちるだろぉが! 胸が邪魔で上下左右ぐにゃぐにゃ動いてちゃんと掴まれないら、お前は捨てるぞ!」
はぁはぁはぁ……もう二度とやらんぞ。
色々とまずい、すっごくまずいぞこれは。特にへっぽこフラン、お前は別の意味でダメだ、命の危険が激まずい――おお、何言ってんのか自分でも分からん。
スススッと寄って来たミラが頬を染めながら、切れ長の翠瞳を上目遣いにして、ジリジリと近づいてくる。
「クロセ様、私も……もう一回だけ~」
「じゃかあしぃ! 駄目に決まってんだろぉが」
「うわぁ~ん、怒られたぁ~。ぐすん」
「ほらほら、姫様。今日の所はここまでで我慢ですよ」
「ふえぇぇ~ん」




