55話 最後の晩餐会
「で、結局、アリスが一緒に出席することになったのか」
朝から気疲れをしたので、昼食を取って今日はまったりとすることにしていると、ミラとクラリスがそう言えば初めてとなるのだが、病室までやって来ていた。
なんでも、今夜の晩餐会に【賢者】で【聖女】なアリスを最低でも連れて出たいということらしい。
ため息をつきながらも軽く肩を竦めて、アリスが苦笑いをする。
「はあ~、まあそれで王都を出て南部の都市に行くことについて、王国に角が立たないように立ち回ってくれた、ミラレイア第一王女姫殿下の顔を立てることができると言うのなら、……ねえ。
それに、さっきの謁見の間ではハクローがちゃんとやってくれたからね。ルリですらあんなに頑張ったんだから、今度は私がやらないとね~」
「アリスに謁見の間で超位魔法を使われると、それこそ大惨事になっちまうからな」
「私はおねーちゃんだからね、えへん」
ちょっと嬉しいのか得意そうに胸を張って見せるルリと、逆にちょっとだけへちょいミラがペコリと頭を下げる。
「うう~、アリス様。すみませんがよろしくお願いします~」
「姫様は皆様が謁見の間を退室された後、頑張って4年ぶりにお父上である国王陛下に拝謁しましたが、その前の控室では直前まで嫌だ嫌だと駄々をこねていましたからねぇ」
「うう~。だって、だってぇ~」
侍女のクラリスに隠された真実を暴露されて、半泣きになってしまう王国第一王女のミラさん。
「まあ、俺達だって今の段階で王国と面と向かって戦争をしたいわけじゃないしな。正式にミラが一緒について来てくれるなら、その方がずっと安心だし」
「わーい、これでミラ先生もクラリス先生もずっと一緒ですね」
「「わーい」」
「えへへ、それ程のことでも~」
素直に喜んでくれるルリとコロンとフィに、まんざらでもないのか照れるミラだが、澄ました顔で侍女クラリスが追撃で爆弾を投下する。
「何言ってるんですか、姫様。王都を出て南部の別荘に逃げてしまえば、大手を振って公務からも逃げ切れるからじゃないですか」
「「「「「え……」」」」」
長年にわたって引き篭もっていたミラが、対人関係の恐怖を克服してまでわざわざ国王に取りなしてくれと言うので、みんなが心から感動していたというのに。
「わーん、クラリスが酷いですぅ~」
「「「「「じ~……」」」」」
「う……、だってだってぇ~。お母様が顔を合わせる度に、結婚しろ結婚しろって煩いんですよぉ~」
「あたりまえです、姫様。いつまで行き遅れているんですか。そのうちカビが生えますよ」
「か、カビなんか、ぴちぴちの乙女である私には生えません! クラリスは、何てこと言うんですか。
それにいざとなったら、クロセ様にもらってもらいますから良いんですっ」
今回は王城を出るからか徹底的に躾をし始めた侍女のクラリスに、逆切れしてしまい可愛いほっぺを膨らませて、言うに事欠いて訳の分からないことを言い出すミラレイア第一王女姫殿下様。
しかし、それをルリとコロンが両手を広げて、通せんぼをする。
「ハクローくんは、だ、ダメです!」
「ハク様はダメだめにゃあ~!」
「わあ~。ルリだけじゃなく、コロンまで。フィにはサッパリ分からないわよ」
「おお~。ハクロー、凄い人気者じゃないのよ。
ルリもコロンも二人共、変な気を起こす前に、こいつはヘタレだから止めておいた方が良いわよ」
アリスが身も蓋も無いことを言うけど、わざわざそんなこと言わなくても、二人が変な気を起こすなんてキモいこと考えたりしませんし、ミラだってクラリスに責められて思わず言い返しただけなんだから――それより、マジでもう俺のHPがゼロになりそうなんでこれ以上は勘弁してください。
「じゃあ、そうゆう訳だから、ハクロー達は街のみんなに挨拶よろしくね」
すっかり凹んだ俺に向かって澄ました顔で、ひらひらと手を振るアリス。
「……へいへい」
◆◇◆◇◆◇◆◇
という訳で、ルリの『車椅子』を押しながら、楽しそうに前を歩くコロンとフィを追って街路樹の緑がまぶしい王都の大通り商店がをぷらぷらと歩く。
最初にやって来たのは、無駄に【魔法シリーズ】ばっかり売ってる……いや、四本の直刀【カタナ】を作ってもらった、合法ロリな肝っ玉ドワーフ母さんの鍛冶屋だ。
「そうかい、行くのかい」
「ああ、世話になったな」
「いいさ、家の旦那もお陰様で家の中や近所をウロウロするようになってから、ずいぶんと元気になってね……助かったのはこっちさ」
見ると『車椅子』に座った旦那さんが店番をしていて、まだ若い冒険者風のお客さんに冒険者だった頃の経験を生かして、武器のカスタマイズについてアドバイスをしているようだった。
そんな光景を見ながら、同じく『車椅子』に座るルリが思い出したように、肝っ玉ドワーフ母さんに向かって小さな声でつぶやく。
「そういえば湖に行った時に、この前一台売れたっていう『車椅子』で元気にお散歩しているところ見ましたよ。みなさん、とっても喜んでいました」
「そうかい、そりゃ何よりだね」
「ああゆう広い所だと、車輪を大きくして乗った人が自分で回せるように取っ手を付けるようにすると、押してもらわなくても一人で自由に移動できるんだが――まあ、押してもらうってのも、人との距離が近くなって良いのかもしれないけど、な」
「そうだね、押している間は嫌でも側にいてやれるからね。まあ、旦那の意見も聞きながら、あんたの言う大きな車輪ってのもそのうち考えてみるとするよ。
だからまた今度、王都まで来ることがあったら、寄っておくれよ」
そう言うと、肝っ玉ドワーフ母さんは少し頬を染めながら優しい瞳を接客中の旦那さんに向けるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
次は大通り商店街にある蔦の絡まった煉瓦造りのクッキー店『ラング・ド・シャ』に来ている。相変わらず店内は若い女の子でいっぱいなんだが、前よりお客さんが増えてずいぶんと混んでるようだ。
「ええーっ、お師匠様は旅立たれてしまうのですか?」
「は、はい……すみません。でもでも、私この店のラングドシャのクッキーは大好きなので、また食べに来ますよ」
制服の白い半袖ワイシャツに黒のショートパンツをサスペンダーで吊った、もろ腐女子向けのパティシエの男の娘に泣きつかれてたじたじしていたルリは、ピコンと指を立てると可愛く片目を閉じて。
「それではラングドシャではありませんが、チョコブラウニーというものを作ってみませんか? 私、実は大好きなんですよねぇ」
「わわ、作る! 何でも作りますので教えてください、師匠っ」
「それじゃ今日は最後だから、おねーちゃんもお手伝いしちゃおうかな~」
そう言って、ルリは男の娘と一緒に、戦う【料理人】のコロンを連れだって厨房に入っていってしまった――が、しばらくすると、バックヤードからはルリの悲しい叫び声が聞こえてくるのだった。
少しは歩けるようになっても、やっぱり調理器具の扱いはそうそう簡単に上手にはならないようだ。
その悲しそうな泣き声がバックヤードから漏れてくるのを聞きながら、紅茶ポットを片手に同じ制服を着たボクっ娘が苦笑しながら嬉しそうに話しかけてくる。
気のせいか白いエプロンのチェシャ猫のニヤケ顔が、いつもにもまして上機嫌に見えるのはもはや気のせいなんかじゃないのだろう。
「ルリさんにはアイデアを一杯いただいて、季節ごとの日替わり限定クッキーもお陰様で大人気なんですよ~」
「それはよかったな」
「大通り公園のそばにある異世界人が作ったという一軒だけのケーキ屋さんを除くと、どうしてもドングリの背比べでしたからね。これでボク達の両親が残したお店を続けていくことでできそうです」
「そうか、あのケーキ店は異世界人が作ったのか……ていうか、やっぱりいたのか他にも異世界人。ああ、それでベーキングパウダーがあの店だけにあるんだな。
なあ、その異世界人って【勇者】だったのか? 今も店にいるか、知ってるか?」
「ええっと、なんせ【魔王】討伐は確か10年も前のことなので……、異世界人の【勇者】様はあのケーキ屋さんを始めると、しばらくして何処かに行っちゃったはずですけど。ああ、でも時々ケーキを食べに帰って来るらしいですよ」
「結構最近の話なんだな。10年前の【勇者】もやはり帰還はできていないのか……くそっ」
思わず悪態をつき、バックヤードの厨房でコロンやフィと一緒に、さっきまで泣いていたのにもう楽しそうに笑いながら男の娘の手伝いをしている、すっかり健康で元気になったルリを見ると、何とかして家族のもとに返してやりたいと考えてしまう自分がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ミラ、良く似合っているわよ」
「ありがとうございます。アリス様のお陰です」
今夜の晩餐会の王族控室には4年ぶりのとなるミラレイア第一王女が、アリス監修のもとオーダーメイドの新作ドレスに身を包んで立っていた。
背が高くスタイル抜群のミラに合わせて、女性らしい豊かな双丘はストラップレスで覆われ、驚くほど細い腰とそこから脚にかけての美しいボディーラインが際立つ、ボルドーピンクに彩られたマーメイドラインのドレスが用意されている。
そして王家の証である柔らかなストロベリーブロンドは、ゆるふわに編み込んでサイドを自然に垂らしたフレンチシニヨンを、ドレスと同じボルドーピンクのベロア・リボンで留めていた。
お化粧はいつものルリ指導によるナチュラルメイクで、透き通るような肌とぷるぷるの唇を自然に際立たせている。
そんなミラは切れ長の翠瞳を細めてはずかしそうに微笑むと、同じくボルドーピンクの二の腕丈のロンググローブをつけた手をアリスへと差し出す。
アリスは前回の晩餐会と同じ、純白に輝くベルラインのミニ丈スカートの腰に今日は大きな白いリボンをひとつ付けていた。
そしてスラリと伸びる長い脚には、白いレースに中通しの紅いリボンをサイドに結んだガーター・オーバーニーソックスに、珍しく白のハイヒールを履いている。
ミラの差し出す手を取るその手には白いフリル付きリスト丈グローブが、ストラップレスからスラリと露わになった細い腕の先にあった。
真紅の長髪は今日はくるりとサイドにシニヨンにまとめて、バレッタ留めにしている。
ちょっとだけ太腿をガーターから出した大人のイメージを、大きなリボンで可愛くして、前回からは少しイメージを変えてみましたといったところだ。
「それにしても、アリス様もとてもお似合いですよ。ぐふふ~」
後ろに控えた侍女のクラリスが、二人の髪をセットし終えて満足げに頷いている。
それを聞いて、ふん、と鼻を鳴らすアリス。
「まあ、王城での最後の晩餐会だと思えば、挨拶がてら大人しくもしてられるわよ」
「いえ、全然大人しい格好ではありませんよ。アリス様も姫様も今晩も貴族のご婦人達の話題を独占することは間違いありません」
「ええ~、アリス様どうしましょう。ずっと一緒にいてくださいね、必ずですよ~」
クラリスに脅されて、すでに緊張して泣き出しそうな顔をしているミラレイア第一王女姫殿下と、少し呆れ顔のアリス――元はプロの引き篭もりの二人が手に手を握り合って、うんうんと頷き合っていた。
その後、国王以外のすべての王侯貴族が揃った会場に、いよいよミラレイア第一王女と【賢者】で【聖女】なアリスが最大の注目の中で入場すると、クラリスの言ったとおりそれはそれは物凄い騒ぎとなってしまう。
「久しく見なかった、ミラレイア殿下の何とお美しいことか」
「羨ましいほど素敵な身体の線が惜しげもなく」
「それでいて凛とした美しさは神々しいほどだ」
「上げられた髪にも大人の艶が」
「それでいて切れ長な翠瞳の優し気なこと」
「【賢者】で【聖女】なアリス殿も以前と比べて随分と大人びて」
「それでも初々しい可愛さの中に」
「まるで小悪魔のような色気が」
「未成熟な少女を愛でる性癖の扉が」
「ああ、つんとしたヒップが……見えそうで、ぐはっ」
どこかの下級貴族らしい男が引きずられて退場して行くが、アリスのミニスカートからチラチラと見えるパニエの下はフリル付きのショート・ドロワースだったりする。
そんなアリス共々、大勢の貴族達に取り囲まれてしまったミラは、一見するとそれでも涼しい顔を保ってはいるが、同じ元引き篭もりのアリスには、それは今にも泣き出しそうな子供に見えていた。
「はあ~。ほら、ミラこっち来なさい」
そうため息をつきながら、ミラレイア第一王女の手を取ると、
「あ、アリス様どこへ」
少し離れて佇む、マリーアンヌ第二王女の方へと足を向ける。
「ほら、しばらく会えなくなるんだから。マリーとも少しはお話しておきなさい」
「で、でも……ずっと引き篭もっていた私なんかが」
「大丈夫よ、【賢者】で【聖女】なこの私がついているじゃないのよ」
そうニコっと笑いかけると、アリスは颯爽と紅い長髪をなびかせながら、ミラの手を引いてマリーアンヌ第二王女の前に立ちドヤ顔を見せる。
「はぁ~い、マリー。どうよ、このミラのドレス。私がこの娘のためにコーディネートしたのよ~」
「ごきげんよう。お姉様、とても素敵なドレスと髪型ですね。凄く良くお似合いで――本当に明るくなられて。最近ではよく外にも出て来られるようになって――私でも、見違えてしまいました」
「あ、ありがとう……マリーちゃんも、良く似合ってますよ」
アリスの後ろに少し隠れてはいるものの、猫背になることも俯くこともなく、綺麗に背筋を伸ばして形の良い胸を張って優雅に挨拶をするミラ。
「本当に、お姉様と仲良くしていただいている、【賢者】で【聖女】なアリス様達のおかげですね。
今回のお姉様のご提案については、国王陛下からも正式にご裁可が下りましたので、ご苦労をおかけいたしますが南部都市ニースィアの王族別荘にて、皆様のことよろしくお願いいたします」
「大丈夫よ。【賢者】で【聖女】の私がミラにはついているんだから、心配なんていらないわ」
ふふん、とアリスが純白のドレスに覆われた薄い胸を張ると、少し羨ましそうに微笑むマリーアンヌ第二王女は真摯に頭を下げて見せた。
「うふふ、そうでしたね……【賢者】で【聖女】のアリス様、私の大切なお姉様をくれぐれもよろしくお願いいたします」
「まかせておきなさい」
「マリーちゃん……」
ともかく、ミラレイア第一王女と【聖女】アリスの仲の良い所を晩餐会で見せつけて、王都からの厄介払いとでも言うべき王国南部の王族別荘へのアリス達の移送蟄居について、事情を把握し切れていない大半の貴族達を安心させるという最大の目的は十分以上に達成されることになる。
すると安心したのか、野心のある一部の貴族令嬢や貴族子息達が、この時とばかりにミラレイア第一王女姫殿下に取り入ろうと、貴族らしく擦り寄るように画策し始める。
「まあ、ミラ殿下のその素敵なお召し物はどこのデザイナーのものでしょうか」
「元はアリス様がデザインされた、特注になっています」
「ミラレイア殿下の透明感のあるそのお化粧は、何かコツがあるのであればお教え願えますか」
「これは【勇者】ルリ様がお化粧してくださった、ナチュラルメイクというものです」
「ミラレイア第一王女姫殿下、一曲ご一緒できますかな」
「アイス様と一曲目はご一緒するお約束をしておりますので」
【賢者】で【聖女】なアリスとマリーアンヌ第二王女という鉄壁の防御壁を突破した貴族の猛者達も、あえなくミラレイア第一王女にあっさりと躱されて残念そうに撤退していった。
「わわ、アリスちゃんとっても可愛いです~。ミラレイア第一王女殿下も初めてですが、お綺麗な方ですね~」
「あの二人のドレスもお化粧も、この世界の物じゃないわよね。この前も思ったけど、どうやって手に入れたのかしら」
ほわわんとした宮野副生徒会長のコメントに、明後日の方向に返事を返す長瀬風紀委員長は何だかもの凄く機嫌が悪かった。
「二人のドレスも良く似合っているよ」
王国が用意した一般的なAラインのドレスを着た二人に、そんなイケメンな台詞を口にしながらも、ハクローとルリの姿を探して見当たらないことに、何故かガッカリした様子を見せる沢登生徒会長。
しかし他の二人と同様に、ハクロー達が自分達とは全く違う道を行くとは……自分達から離れて、ミラレイア第一王女が言うように本当に王都を出て行くつもりであるとは、ちっとも想像すらしていなかった。
「あれ? 香織、そういえばストーカー第一王子を見かけないけど、どこに行ったのよ」
「ああ、自ら平河を捕えるために東の帝国国境まで出て行ったようだぞ」
「はあ~、じゃあしばらくは安心だねぇ~」
いてもいなくても、残念なフレデリック第一王子だった。




