54話 2回目の国王謁見
27日目、いつも通りの剣術と歩行の朝練を終えて朝食を取っていると、アリスが赤い長髪を風になびかせながら渋い顔して病室にやってきた。
「マリーアンヌ第二王女が朝一番でやって来てね、ハクローとルリに二度目の国王との謁見をして欲しいそうよ。
今回は裏のない、直球の謁見になるみたいだけど……たぶん、原因は二人の召喚者の国外逃亡でしょうね」
「残り六人になってしまって、これ以上、国外に逃げられる前に釘を刺しておきたいということか」
「おまけにバカ平河のときも高堂先輩のときも、王国に忠誠を誓っている生徒会長達三人はてんで役に立たず、取り押えたのは実際のところハクローだしね」
「アリスが大魔法を起動してから大規模に展開させて注意を引いてくれたから、その隙にたまたま奇襲が成功しただけだろ?」
「それはともかく、前にルリを攫おうとした時のように、良くないことを考えたりしないよう、こっちからもキッチリ釘を刺しておく必要はあるわね」
「それは確かにそうなんだよなぁ。いつまでも、このままって訳にはいかないし、ここを出るにはそろそろいい時期ってことなのかな?」
「ハクローくん。私も掴まってならだいぶ歩けるようになりましたので、もう大丈夫ですよ」
ルリが力こぶを作るように、両手の拳をギュッと胸の前で握ってみせる。
その真剣な紅い瞳を見ていると、だいぶプヨプヨとしてきた真っ白な肌と白く長い髪に相俟って、白くて長いウサ耳がピンと見えるようです。
「はいはい。それじゃあ、みんなで王様の話とやらを聞いてみますか。悪いけどコロンとフィは、今日もミラとクラリスのところでお留守番な」
「「はーい」」
お子様二人は口いっぱいに朝食を頬張ったまま、元気に手を上げて返事するのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
二度目の国王謁見では王座の階段の下の分厚いスカーレット色をした絨毯には、ルリにアリスと俺以外にも、沢登生徒会長、宮野副生徒会長と長瀬風紀委員長と残された召喚者六人が全員揃っていた。
左右の貴族が並ぶ列には前回より多くの、豪華な服を着たお貴族様達が物珍しそうにこちらを窺っている。
これまでの経験からか、決められた位置らしい距離で跪く生徒会長達三人とは違い、つっ立ったままのアリスに『車椅子』に座ったルリと、その押し手を持ってボーッと立つ俺。
それに、キチンと正装している生徒会長達三人に問題無いのは勿論だが、紅いドレスアーマーのアリスとアイボリーホワイトのワンピースに白いロングカーディガンのルリはともかく、俺は相変わらずTシャツとサーフパンツにビーサン姿という、ドレスコードをガン無視した格好だった。
一国の国家元首を前に、跪く様子のない俺達三人を見てあからさまに敵意を見せて、野次を飛ばし始める貴族連中の中から、一人の偉そうな初老の貴族が出て来て見下した声色で吐き捨てる。
「国王陛下の御前で跪くこともせんとは、無礼極まりない。礼儀を知らぬ平民風情は、黙って我々高貴な血筋の言うことを聞いておれば良いのだ」
どっかで見た顔だなと思い、【解析】でステータス情報の名前を確認して、
「なんだ誰かと思えば、お前は暗殺者を送ってきた伯爵か。馬鹿息子が自領で蟄居して、大人しくするのかと思えば……いや、馬鹿息子も王都の屋敷にまだ居るのか?」
「なっ!」
ついでに【解析】でだいぶ慣れてきた意識の過去ログを見ると、伯爵の屋敷の位置とその二階にいる馬鹿息子が【ソナー(探査)】のマーカーで確認できた。
「そういやぁ、お前には暗殺者を送ってくれた礼がまだったな」
ニヤッと笑うと、『マルチタスク』で並列処理させた【チューブ(転移)】で王城五層の上空に転移して、【波乗り(重力)】で空中に降り立つと、辺りを見回してマーカーが指し示す屋敷を探す。
「き、消えた!」
「馬鹿な、謁見の間には王城の魔術防御結界があるのだぞ!」
「どこへ行った?」
「外だ! 窓の外にいるぞ」
「浮いてる、空中に立っているぞ!」
並列起動しておいた【HANABI(爆裂)】をマーカーが指す、下品なほど無駄に豪華で大きな二階建ての屋敷に向かって発射する。
そして再び【チューブ(転移)】で謁見の間に戻って来ると、ビックリしている伯爵と目を合わせてから、ゆっくりと縦に長いガラス窓の外を指差す。
「あそこに見える、趣味の悪いデカい屋敷はお前のだよな?」
その瞬間、真っ白な閃光と共に凄まじい爆音が耳をつんざき、黒煙の向こうで二階部分が吹き飛んだ貴族屋敷が大炎上を始める。
「な、何ぃ!」
列から一歩前に出ていた伯爵は腰を抜かして座り込んでしまうが、親戚だろうか下級貴族に抱きかかえられて窓際まで行くと、気がふれたように訳の分からない絶叫を始める。
「二階には、お前の自領に帰ったはずの馬鹿息子しかいなかったから、さっきの爆発で運悪く死んでなければ、一階にいた従者と一緒に外に逃げれるだろう――まあ、死にはしなだろうさ」
そう言うと静まり返った謁見の間をぐるっと見回し、口をあんぐり開けているフレデリック第一王子とお貴族様や騎士団、跪いていたのに立ち上がってしまっている生徒会長達三人、などの様子を確認する。
そうしてから、王座に座って流石に顔色を変えていない――いや、王冠をかぶった額からは大量の脂汗が流れ落ちている、国王様と視線を真っ直ぐに合わせる。
そういえば、そのすぐ横に立つマリーアンヌ第二王女だけだな、眉を寄せてはいるが顔色を変えずに毅然としているのは。
しばらく続いた沈黙が過ぎ、貴族達からひそひそ声が聞こえ始める。しかしそれを無視するように、我に返った様子の国王がおもむろに震わせた口を開いく。
「ま、まずは異世界からの転移召喚と、これまでの我が国の貴族達の不始末について、王国を代表して謝りたい」
「おお~」
「なんということだ」
「国王陛下が謝罪の言葉を」
「前代未聞だ」
「これからどうなるのだ」
国王の言葉を聞くなり、急にざわつき始める貴族達。
それを無視して、『車椅子』からゆっくりと降りて、スックリと一人で立ち上がるルリ。【身体強化】スキルを最大で使用しているためか、薄く純白の魔力が白髪の少女の周囲に蜃気楼のように浮かぶ。
「王さま、私達は謝罪を受けることも、その罪を許すこともしません。
私たちの世界では20才以上が成人とされていて、王さまが誘拐してきた八人は皆15才から18才で未成年ということになります。
そして、未成年を親の許可なく、また本人の同意なく、誘拐して監禁、武器を持たせて、隣国との戦争にかり出そうとすることを、私たちの世界ではテロといいます。」
静かにしかし良く通る声で語り始めるルリに、ざわめいていた貴族達が徐々に静まり始めるが、誰も口を挟もうとはしない。
すると立ち上がっていた沢登生徒会長が振り返って、思い出したように正義の熱弁を始める。
「困っている、この国の人達を助けたいとは思わないのか?」
「沢登生徒会長さん、あなたの言う政治はテロの言いなりになることですか?」
これに、すかさず長瀬風紀委員長が割って入る。
「そんな言い方をしなくてもいいじゃない。私達も好きでこんなことをしている分けではなくて、仕方なく」
「長瀬風紀委員長さん、あなたはご自分が間違ったことをしていると分かっていますね。
そして本当にしようの無いテロ行為に協力するよう、自分よりも年下の私達をそそのかしている。そんなご自分の、今の顔を見たことがありますか?」
「え?」
風紀委員長は、ハッとしてキョロキョロとすると、口をポカンと開けている生徒会長と目が合う。
「ここには鏡がありませんので、私が教えてあげます」
ビクッとして後ずさる風紀委員長を逃すことなく、静寂の中でルリの静かな声は続けて響く。
「これ以上なく、最低に醜い顔をしていますよ」
そう言われて真っ青な顔をして生徒会長達の方を振り返るが、目が合った生徒会長はすぐに目をそらせてしまう。
右手を何かに向けて縋るように途中まで上げたまま、ガックリと膝をついてしまう風紀委員長に、生徒会長も副生徒会長も歩み寄ることはなかった。
「宮野副生徒会長さんはもう少し、ご自分の頭で考えられた方が良いですよ」
「あれ? あれあれ?」
私は関係ないとばかりに、ボーっと話を聞いていた副生徒会長は、急に振られてオドオドするだけだ。
「王国が敵としている帝国と戦争するということは、平河くんと戦うということに他なりません。
そして戦場で平河くんと相対した時に、平和な日本からこの王国に無理やり誘拐されてきた彼を、あなた達は殺すことができるんですか?」
ルリの透き通るような真っ紅な瞳で刺すように見つめられて、生徒会長達三人はとうとう俯いて考え込み始めてしまう。
そしてルリはその鋭い視線を国王に向けると、鈴をコロがすような涼やかな声でこれからの真実を語り始める。
「異世界召喚では、生きている人間しか呼べません。元の世界の身体を殺して、『魂』だけを無理やり生きたままこちらの世界に連れて来るのです。
そのあげく、あろうことか【魔王】を召喚したのは他ならぬ王さま、あなた達自身なのですよ。
そして私達が去って、【勇者】の戦力が激減したら、間違いなく王さまは次の勇者を召喚します」
「「「え?」」」
生徒会長達三人は驚いてマリーアンヌ第二王女を見るが、俯いて目を合わせようとはしない。そんなことも思いつかなかったのか、この年長者の三人は。
しかも、最悪なことに王国は召喚の【巫女】である第二王女の様子からも、既にその準備を進めているのは間違いないようだ。
「そこで無理やりこの世界に連れて来られるのは、私たちの知っている人かもしれません、家族かもしれません、大事な私のたった一人の妹かもしれません。
そのようなことを、私は絶対に許しはしません。異世界召喚の魔法陣の部屋は、私の真名のもと魔術結界で封印しました」
「何ぃ!?」
流石に、これには動揺を隠せなかったのか、驚きの余り王座から立ち上がってしまう国王。
「念のために言っておきますが、無理に結界をこじ開けようとすると、私に分かるのでその時はハクローくんが」
「ああ、すぐに転移魔法で飛んできて、異世界召喚の魔法陣のある王城の上の半分ごと木っ端微塵に吹き飛ばしてやる」
「な、な……」
国王はガクガクと膝を震わせて、宝石がちりばめられた豪奢な王座に崩れ落ちるように座り込んでしまう。
王冠はズレて白髪交じりの髪は乱れ、顔は真っ青でボタボタと汗が顎から流れ落ちて、握りしめられた汗まみれの両手は大きくブルブルと震えている。
それを楽しそうに見ながら小悪魔のように、ニヤァ~と人形のような美しい顔を歪めたアリスが、嬉しそうに声を上げる。
「あ、私達三人を誘拐監禁した損害賠償を王国には請求するわ」
「損害賠償……請求、個人がですか?」
ただ一人まともな意識を維持していたマリーアンヌ第二王女が、この世界で個人に対しては聞きなれない言葉に問い返す。
「あー、こっちでやって、後で連絡するから。じゃーねー」
そして返事を聞くこともせずに、紅い長髪をなびかせながらスタスタと謁見の間の出口へと向かうアリス。それに続くように『車椅子』に座ったルリを後ろから押して、用は済んだとばかりに振り返ることも無く部屋を出て行く。
静まり返った謁見の間に残されたのは、呆然とした国王、王侯貴族、王国騎士団に【勇者】三人の脱力した姿だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
振り返ることなく去っていく三人を黙って見送るしかない、王侯貴族達と王国騎士団が我に返ることもできずにいると、王座の奥の王族専用の入り口から一人の妙齢の令嬢が入室してくる。
それは薄いワインレッドのドレスを着て、ストロベリーブロンドの髪をサイドを下して後ろをアップにし、高い身長にスタイルの良い胸を張って背筋を伸ばし、切れ長の翠瞳の視線を上げ毅然としたミラレイア第一王女だった。
ミラレイア第一王女が謁見の間に姿を現すのは成人した時以来になるので、実に4年ぶりとなることに居合わせた王侯貴族も驚いてザワザワとし始める。
「どなただ?」
「ミラレイア第一王女殿下だ」
「なんと、何年ぶりになるのか」
「もしや公務に復帰されるのでは」
「するとご婚約のお話でも……」
ざわつく謁見の間をしずしずと国王の前まで足を進めると、当然のように跪き。
「国王陛下に申し上げます」
「今は第一王女ごときの出る幕などではない」
愕然とした頭で余裕のない国王は、思ったままの言葉を口にしてしまう。
普段はそれでも威厳を見せていた国王にしてはありえないことだったが、そんなことを気にする様子も無く、自信を持った声でミラレイア第一王女は続ける。
「たった今出て行った【聖女】殿や【勇者】殿達については、私が彼らの監視につきたいと考えます。
このまま野に放っては、元【勇者】平河殿のように他国に渡ってしまう可能性があります。かといって、このまま王都に置いておくことが危険なことも事実です。
そこで南部の海沿いの王族別荘に移送して、しばらくは彼らを私の監視下に置いて、当面の危機的な状況を排除するようにいたします。
その間、私が時間を稼ぎますので、国王陛下におかれましては武力以外での、彼らの王国への取り込みを検討いただければ」
「そ、それは。ふむ……行き遅れのそなたでも、王国の役に立つというならやってみせるが良い」
「かしこまりました」
「ならばそうじゃな、今夜は元々、晩餐会が予定されていたのだ。そこであらためて申し伝えるので【聖女】アリス殿達を連れて第一王女も出席するが良かろう」
引き籠もりで役立たずと言われ続けたミラレイア第一王女がこの場を収めたことに、驚きを隠すことができない王侯貴族達もすぐさま貴族らしい損得勘定の計算を始める。
しかし、跪いたままのミラレイア第一王女の横顔は、誰にも窺い知ることができなかった。




