53話 向日葵とスイカ
「いーち、にーい、さーん……くーう、じゅーう」
目隠し姿でクルクルと回されて、白銀色の狐耳としっぽをフラフラさせる小さなコロン。
「ふにゃ~」
「がんばれー、コロン~」
「戦う【料理人】は負けにゃ~い! うお~っ」
猛々しい雄叫びを上げて両手に持った【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を掲げると、目隠しをしたままゆっくりと前進を始める。
そう、この真夏のどこまでも青い空の下湖畔の公園で、小高い丘に広がる花壇一面を真っ黄色に染めるたくさんの向日葵を背景に、緑色に黒い縞模様が入ったスイカ割り大会を開催していたりする。
「コロンちゃ~ん、もうちょっと右ですよ~、そのまま、そのまま~」
目隠しで前が見えないコロンに、先が解れたツバの大きな麦わら帽子をかぶって、アイボリーホワイトのワンピースの上に涼しそうな薄手のシースルーの白いサマーニットの膝丈ロングカーディガンを羽織ったルリが、俺の腕に掴まり立ちして懸命に声援を送っている。
地面に着けた両足には、アリスご指定の買ったばかりの、夏っぽい白い革紐のローヒールサンダルを履いていた。
「キタキタキター! これ何てエロゲ~? うひょ~! 見ろ、この完璧コーディネートを! ハクロー、早く写真、写真!」
「無理、言うなよ。腕に掴まってるんだから」
「くっ、スマホ貸しなさいよ! ああ、何であんたがルリと一緒に入ってるのよ、私と変わんなさいよ!」
「ひっで~、へいへい」
パシャリコっと、ルリとアリスの嬉しそうな二人の写真を撮っていると、すぐ横でひゅんひゅんと鋭い風切音がして、
「うおっ」
【時空錬金】で錬成した特製ブルーシートの上の、大玉スイカが食べやすいように綺麗に半月形に切られていた。
いや、コロンの持っているのは【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】なわけで、どうやってこんな風に切るんだよ。
「ああ! コロン、匂いを追ったわね」
コロンが見事にスイカの場所を目隠しで的中させたことを、アリスが突っ込んでいるようだが、そこじゃないだろう。
「はっはっはっ、これも戦う【料理人】の実力のうちにゃあ~!」
最近ではだいぶ言葉使いも子供っぽさが減ってきたコロンだが、焦ったり、戦う【料理人】モードになるとまだまだ、舌足らずになるようだった。
「ふふん、それでは【賢者】で【聖女】なこの私の実力を見ているがいい!」
そう宣って、目隠しをしたアリスが腰に下げた透明な神話級【剣杖】をスラリと抜刀して正眼に構える。
「【遠目の魔眼】は使用禁止な」
「にゃ、にゃにお~!」
やっぱり、ズルをするつもりだったのか……大人気ないぞ、アリス。しかも、お前まで舌足らずになってどうする。
「あ、あ、あああ、そんなに回したら、あああああっ!」
ズルをしようとした悪い子には、罰としてグルングルン回してやる。
「ふにゃあ~、おにょれぇハクロー。覚えていろよぉ~」
「はいはい」
そう言いながら、コロンが綺麗に切った美味そうなスイカに、シャクリとかぶりついて――お、あまい……プププププッと種を飛ばす。
「おお~、ハク様すごい」
「フィもできるぞ~、だからもっとスイカをくれ~」
金色の瞳を目をキラキラさせているコロンに、やっぱり食い気が優先らしい妖精のフィ。そして子供のように、こちらも嬉しそうなミラが切れ長の翠瞳をキラキラと輝かせている。
「クロセ様、私にもやり方を教えてください」
「姫様はさすがに、はしたないので駄目です」
「え~、クラリスのケチ~」
「ハクローくん、お姫様と小さな子供達が真似をするので駄目ですよ」
おお、おねーちゃんっぽく人差し指をピンと立てて、ふっくらしてきた胸をエヘンと張りながら、ちょっとだけ得意げなルリにお説教されてしまっていた。
「あなた達、こんな所で何やってんのよ」
後ろから突然、聞き覚えのある声で話しかけられて振り返ると、金色の長髪をなびかせた貴族のご令嬢が老執事を連れて立っていた。
首を捻りながらよくよく目を凝らして見てみると、そう言って話しかけてきたのは、いつぞやの妹ちゃんだった。
「ああ~、あのラン、ラン……の妹のステ、ステ……」
「ランベール副騎士団長の妹のステファニーよ! あなた、本当に失礼な奴ね」
「ははは、お前に失礼でも、俺はちっとも困らないからな。そういうお前こそ、何の用だよ」
うっ、と唸ると湖の畔に沿った遊歩道へと、その視線を向ける妹ちゃん。
その視線の先には、車椅子に乗った金髪のイケメンとそれを後ろから押しているブルネットのふんわり長髪の優し気な表情をした貴族令嬢がいた。
確か元フィアンセの伯爵令嬢エルミールと言ったはずだ。家同士では婚約は一度破棄されていたようだったが。
「お前のお兄様もお姉様も、今日は天気が良いから外でお散歩か?」
「……ええ、この近くに家の別荘があるので。お陰様でお二人共に穏やかな日々を過ごされているようです。
あの外道からお姉様を取り戻していただき、その節は大変お世話になりました」
そう言うと、優雅な仕草でスカートを摘まむと貴族令嬢らしい見事なカーテシーで深々と頭を垂れた、――それも異世界から来たどこの馬の骨とも分からない平民に。
「そうか、良かったな」
「はい……」
そう小さな声でつぶやくと、長い金髪を垂らしたまま肩を震わす妹ちゃんは、なかなか顔を上げようとはしなかった。
足元の公園の遊歩道の石畳には水滴が落ちていたが、誰もそれを指摘することはせず、黙って再び妹ちゃんが顔を上げるのを待っている。
ふと視線を湖畔の遊歩道に向けてみると、車椅子を押していた貴族令嬢が同じようにこちらに向かって深く頭を下げているのだった。
「副騎士団長を辞任されたお兄様は、自領の東端に引っ込んで当家が代々歴任して来た、雪山にある天界の門への入り口へと続く国境線の守護者を務めるとのことです。
失われたスキルについても少しづつですが、鍛練を繰り返すことでわずかでも再度習得に向けて努力を続けることにしたようです。ただ、粉砕された膝が完全に元に戻ることは難しいようですが。
お姉様も家同士の婚約者という立場では既にありませんが、ご実家を出てお兄様をお助けして一緒に向かわれるそうです」
しばらくして、そう淡々と語る妹ちゃんは、憑き物が落ちたように少しだけすっきりした様子で、視線の先の湖畔を仲睦まじく寄り添い歩くお兄様とお姉様をじっと見守っていた。
「天界の門とは、隣国のジュネヴァン連邦国の山頂の聖域セルヴァンのことで、ランベール殿はそこへと向かう入り口となる王国側の国境の守護者になるようですね」
「姫様の言われている霊峰ラトモス山頂の聖域セルヴァンは、天を突くほどの高い標高から真夏のこの時期でも氷河と雪に閉ざされていると聞きます」
ミラという王族とお付きのクラリスによる隣国の豆知識を教えてもらっていると、フランがたわわな胸をこれでもかと張って自慢話を始める。
「その聖域セルヴァンには今現在、地上に現界されている女神様の一柱である、【純潔の女神】アルティミス様がいらっしゃって私達をお守りくださっているのですよ、ふんす」
「へえ~、この世界の女神は信じる者しか救わないなんて、セコイこと言わないのか」
「信じる者だけ限定して救っていたら、この世が混乱して、救うはずの人も救えなくなってしまうじゃないですか」
何を当たり前のことを言っているのだと、首と一緒にその豊満な胸をゆさゆさと横に振るフラン。何でポンコツなこいつに自慢気に言われると、無性に腹が立つんだろう。
「それじゃ、そこに行けば女神とやらに会えるのか」
「いいえ。天界の門への入り口へと続く国境を通過できるのは、王国の許可のあるものだけで、誰もが通り抜けることがでるという訳ではありません」
「その通りですね、姫様。誰も彼もが女神様に会いに殺到すると、十分な警備をしくことが難しくなるためです。
あまつさえ女神様に危害を加えようとする者でも出た日には、王国とジュネヴァン連邦国との国家間の問題だけでは済まなくなってしまいます」
「へえ~、そのための国境守護職という訳か。まあ、女神なんかに会う用事もないから俺達には関係ないか」
「私はルリ様のお側にお仕えすることさえできれば、大満足です! あ、でもでも、おみあげのご当地限定キーホルダーは欲しいかもです~」
残念シスターのフランは、やっぱりミーハーなようだった。しかも、なかなか手に入らないご当地限定グッズで儲けているっぽく聞こえるだけで、神聖教会が絡んでいる気がしてきて、なおさら近寄る気が失せてしまう。
「そうね、女神と一戦交えることでもない限りは、わざわざ会いに行く必要も無いわね」
「アリスちゃんが、何だか物騒です。でも、山頂だと私は一人ではまだ歩けないので、残念ですがどっちにしろ行けませんね」
えへへ、と笑うルリもだいぶ歩けるようになってきたとは言え、流石に登山までは無理というものだ。
「あら、【勇者】様と【聖女】様の肩書きがあれば、建前としてはどの国の国境もフリーパスの筈ですよ」
「姫様の言う通り、【勇者】様と【聖女】様は大前提の建前としては、世界平和のために召喚されたことになっていますので、その行動を束縛することは基本的にありえません」
「おおー、大人の事情ってやつか。だからと言ってバカ平河のように、帝国に抜けようとしても、ハイそうですかという訳にはいかないんだろ?」
王国を代表する二人に念のため聞いてみる――別に王都を出たからと言って、帝国に行く気はないけどね。
「もちろん、仮想敵国である帝国との間の国境は、現在のところすべて厳重に閉鎖されているはずなので通行はできませんね」
「ホントに姫様、【勇者】エイジ様はどこに行かれたのでしょうか」
「あんな奴、どっかで野垂れ死んでいればいいのよ」
心底名前を口にするのも汚らわしいと言わんばかりに妹ちゃんが、アホ平河には特に厳しい一言を突きつける。まあ、当然と言えば当然か。
「まあ、カリカリしてないでスイカでも食えよ」
「え? あ、ありがとう。シャク……あ、おいしい」
一口食べてみて、ようやく険しく寄せていた眉を下げた妹ちゃん。
「だろ? シャクリ……プププッ」
「……シャク、ププッ」
ありゃ、お貴族様のご令嬢な妹ちゃんまでが、真似をして口から種を飛ばし始めた。
あっ、後ろに控える老執事の細められた目がちょっと怖かったぞ――毒なんか入ってないよ。え、お嬢様がはしたない? う~ん、後で優しく叱ってあげてくださいな。
「プププッ。えへへ、実はおねーちゃんが一番遠くまで飛ばせるのですよ」
「わわ、私もルリ様には負けませんよ。プッ、あれ? プッ、あれ~、女神様ぁ~」
「コロンも~、プププッ」
「フィも~、ププッ」
「あ~あ、結局はルリまでお子様達と始めちゃったじゃないのよ」
仕方ないな~、と呆れた顔をするアリス――何気に無駄に胸だけは立派な大人のへっぽこフランまでが、子供枠に入っていた気がしたのだが。
「あ~っ、シャクシャク……ん~、プププッ。どーだぁクラリス、見たか!」
「姫様、もう。しょうがありませんね、今日だけですよ。シャク、ププププププッ。ふふん」
「おお~、実はクラリスも上手なのね。あら、ビーチェどうしたの?」
スイカを丸ごと一玉ひょいと頭上に投げたかと思うと、大きく上下に開けた乱杭歯が見える口に放り込むテディベアぬいぐるみのビーチェ。
「…………バクッ、シャクシャク、ズドドドドドドッ」
「「「「「うぉおおおおお!」」」」」
ビーチェの「人」の形の口から、爆発音と共に凄い勢いでスイカの種が撃ち出される。まるで文字通り、機関銃のようだ。
ひゅんひゅんひゅん、カンカンカンカンと鋭い風切音と軽快な金属音を響かせて、【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を持ったコロンが両手の先に白銀色の残像を残して、ビーチェから撃ち出されたスイカの種弾丸を打ち返す。
「「「「おお~」」」」
パチパチパチパチ、みんなが口を開けて拍手を始めてしまう。凄い大道芸を見ているようだ。
「戦う【料理人】は無敵にゃあ~! ふんすっ」
「…………」
全てのスイカの種を打ち返して、真っ青な空に向かって雄叫びを上げるコロンと、へへえ~、と土下座を始めるビーチェ。
いや、本当どっちもおかしいから。
それからしばらくは向日葵が満開の花壇に向かってでスイカの種飛ばしの大会を満喫してから、妹ちゃんにはよく冷えた特大スイカを一玉おみあげに老執事さんに渡して手を振って別れた。
来年には向日葵と一緒に、スイカも花壇には植っているかもしれない。




