52話 亜竜レイクサーペント
王都の外壁を出て、荒野を抜けてさらに草原をしばらく行くと、小さな丘を越えた辺りでビーチェが馬車をいったん止める。
「……」
「あら、ビーチェどうしたの?」
「姫様、ご覧ください。この小高い丘から大森林の手前に湖が一望できますよ」
無言で振り返るビーチェにミラが気がつくのと同時に、クラリスが馬車の窓から外を指差す。
「わわ~、ホントだ。キラキラ反射して、とっても綺麗です~」
「凄く澄んでる清水みたいだし、結構大きな湖なのね」
嬉しそうにルリも窓にへばりつくと、アリスも横から窓の外を覗き込む。すると、同じように外を見ていたコロンとフィのお子様二人も、目をキラキラさせる。
「「おお~!」」
「じゃあ、お昼まではもう少し時間があるから、湖のすぐ傍まで行って遊ぶとするか」
「「「「「わーい!」」」」」
よく考えたら、ただ単に遊びにみんなで出かけるのは、異世界に来て初めてだったりする。
湖の畔はどうも貴族の避暑地になっているようで、所々に大きな屋敷やホテルのような建物が見え、観光地にある公園ように遊歩道も整備されていて、小さなボートハウスまであった。
興味津々で辺りをキョロキョロしながら白銀色のしっぽをふりふりして、湖に面した小屋を指差すコロン。
「ハク様ぁ、あれなに~?」
「ああ、あれはボートだな。コロンは初めて見るのか、乗ってみるか?」
「「「「「わーい!」」」」」
お子様のコロンとフィだけでなく、精神年齢が低めのルリとフランに加えてミラまでが嬉しそうに手を上げる。
「よし、じゃあ分かれてになるけど、みんなでボートで湖に出てみるか。釣りもできるみたいだし」
無人のボート小屋のすぐ傍に馬車を停めると、ルリ、アリス、コロン、フランでボート一艘、ミラとクラリスと俺でもう一艘のボートに分かれて乗り込む。
フィは気持ちよさそうに、二艘のボートの間をふわふわと漂っている。ビーチェは黒サングラスをかけて、静かにボート小屋の横で既に釣りを始めていた。
フランはボートを漕いだことがあるようで、意外と器用にすんなりとボートを出している。
そのボートの先端ではコロンがかぶりつきで透き通った湖を覗き込んでいて、その白銀色のふわふわしっぽがフリフリと揺れて気持ちよさそうだ。
ミラとクラリスにボート漕ぎをさせる訳にはいかないと思ってこっちに乗ったが、よく考えたら【波乗り(重力)】であんまり波を立てずにゆっくりと湖面を滑らせることができるようだ。
「本当に、どこまでも透明な水ですね。アリスちゃん見てください、湖底が見えちゃいそうです」
「そうね。でも結構、底までは深そうよ」
もしかしたら物心ついてから、初めての純粋な観光でのお出かけになるのかもしれないルリは、うれしそうに湖面を指差している――が、アリスはなぜか嫌そうな顔をして横目で睨んでいるみたいで。
ん? まさか泳げない訳でもないだろうに。
「そういえばこの湖には、かつて龍神様とも言われた水龍が住んでいたという伝承が残っていたはずです」
「そうですね、姫様。それで確か、女神様がその水龍に乗って天界にお帰りになったように思います」
王都在住のミラとクラリスがご当地観光ガイドを披露するが、……やっぱりいるんだ女神にドラゴン。しかも神話とかじゃなくって、かなり身近な感じだぞ。
すると、女神の話題に嬉しそうに反応して返してくるシスター・フラン。
「ああ、その女神様の伝説なら私も知っています。各地で降臨された伝説が残されている【自由の女神】様ですよね」
「天界に帰ったんじゃないのか?」
「いいえ。現在は地上に現界されている女神様は二柱だけですが、その中でも【自由の女神】様は今現在も行方不明――げふんげふん、何でも探求心旺盛な女神様で、その降臨されている場所が常に不特定で、今も分かっていない筈です」
「えらく、自由な女神だな」
「わあ~。ハク様、ハク様ぁ。きれいなお魚がいっぱいです~」
ボートの先端で、しっぽをフリフリさせながら湖面を覗き込んでいたコロンが、嬉しそうに喜色の声を上げる。
「おお、ホントだ。これなら釣れるかもな」
「フィも釣りたい!」
「あ~、フィのサイズの釣り竿は無かったからなあ。悪いが俺が釣ってやるから、フィは食べるの専門な」
「う~、残念。じゃあじゃあ、いっぱい釣ってよね」
しょうがないな、と【魔法の小さなスプーン】を取り出すとブンブンと振る【暴食】の妖精フィ。
それを見ていたボート小屋にいる、テディベアぬいぐるみのビーチェも黒白チェックのスカートの中から同じく【暴食】の付与効果を持つ【魔法のナイフ】と【魔法のフォーク】を出して両手でかざすと不敵に笑った……ように見えた。
「はいはい」
そう言って、釣り竿を透き通った湖面の下に見える魚影に向かって投げる――――と、魚影がこっちの餌ではなくボートからはみ出してフリフリさせている、コロンのしっぽ目がけて迫って来る。
いや、あれは魚影というよりは……何だ、デカいぞ。
「コロン! しっぽを上げろ!」
「え? みゃあああ!」
水中から姿を現わした大きな影はそのまま、ボートから先っちょをはみ出してフリフリさせていたコロンのしっぽを一飲みにせんと、大きな口を開けて浮上するなり水飛沫と共に飛び出して来た。
「何おぉ!」
「コロンちゃん!」
「きゃああ!」
「くっ! 姫様、掴まってくださいっ」
「ぎゃあああ、何あれ! 女神様ぁ」
「ハクロー、コロンが落ちた!」
波打つ湖面で木の葉のように振り回されたボートとは別に、空中にホバリングしている妖精のフィが指差す先の水中に沈んでいくコロンの姿が――泳げないのか!
「くそ!」
すぐさま、湖のコロンに向かって飛び込むとその勢いで、目をつぶったまま水をかくように、手足をバタバタさせているコロンに抱きつく。
当然、逆にしがみつかれることになるが、【波乗り(重力)】で湖面に強制的にコロンごと浮上させると、【ビーチフラッグ(加速)】で湖岸を目指して水を切りながら高速移動する。
「ハクローくん、後ろ!」
「吹き飛べえええ! 【サンダーボルト】!」
ルリの叫び声に続けて、アリスの【無詠唱】で発動された上位雷魔法が、コロンを抱いた俺の後ろから追いすがる大きな口を開けた何かに閃光をきらめかせて直撃し、爆発音と共にそのまま一部をえぐり取って血飛沫と一緒に吹き飛ばす。
真っ赤に染まった湖面を岸に急いで駆けあがると、コロンを仰向けに寝かせる。
「水を飲んだのか!」
すぐに顎を上げて気道を確保すると人工呼吸を始め、続けて心臓マッサージとを繰り返すと、
「げっ、げほっ」
まもなくコロンは飲んでいた水を吐き出して、ようやく息を吹き返してくれた。
「ふう~」
なんか、ついこの間もこんな心臓に悪いことがあったような気がしていたりするなあ。
「わあ~ん、ハク様~。げほげほ、怖かった、苦しかった、ハク様ぁ~」
「よしよし、もう大丈夫だから。安心しろ、コロン」
そう言って横になったまま、きつく抱きついてきたコロンの小さな身体をふわりと抱きしめて、その背中をポンポンとさすってやる。
そうして振り返ると二艘のボートは何とかこちらに向かって漕ぎ出していたので、【波乗り(重力)】を遠隔でかけて湖面に浮いた赤くえぐれた大きな何かと一緒に岸まで誘導する。
「コロンちゃん! ケガはないですか?」
「コロン、しっぽは! 無事なの?」
「コロン~、びっくりしたよ~」
「コロン様が無事で本当によかったです」
「本当です、姫様。一時はどうなることかと、肝が冷えました」
「おお、女神様のご加護に感謝いたします~」
みんなが着岸したボートから飛び降りると駆け寄って来て、しがみついたまま泣いているコロンを覗き込む。
すると、ほっとしたようにルリが泣き止まないコロンの濡れた銀色の髪をなでながら、元気づけるように囁く。
「ほら、元気出してください。これでコロンちゃんも私と同じファーストキス仲間ですよ」
「お? おお~! ハク様、ぽっ」
さっきまで泣きじゃくっていたコロンが、しがみついたまま上目遣いで頬を真っ赤にしてしまう。
だからルリさん、お年頃の乙女が救命救急とファーストキスを一緒くたにするのは、いかがなものでしょうか。
「何かハクローばっか、ムカつくわね」
アリスまで、なんでやねん。しかも睨まれているのは、こっちかい。
「クラリス、修羅場よ。これは間違いなく修羅場だわよね」
「そうです、姫様。ここはじっくりと未経験ゾーンの観察を――げふんげふん」
「わ~、フィも。フィも~」
「ええっ! 今、何かルリ様がトンデモ発言をされたような気が! おお、女神様聞かなかったことにしていいですか?」
ぐっ、また無駄に姦しくなってきたので、わざとらしく視線を別に振る――これを戦略的撤退という、らしい。
「それにしても、あれは何だったんだ?」
湖の岸まで引っ張ってきた一部を赤く吹き飛ばした何かを、さらに【波乗り(重力)】で引きずるように岸に打ち上げてみると、全長5mぐらいある首の長い――鱗がはっきり浮いていないサメ肌に、手足がヒレでできたトカゲっぽいチャコールグレーの身体を見せる。
そういえばアリスの奴、水上で雷属性魔法を撃ちやがったな――外れてたら、俺達まで感電したりしないんだろうな。
「姫様、これは驚きました。クロセ様、これはレイクサーペントですね。
滅多に人里に姿を見せない亜竜の一種で、レベルアップすると水竜や果ては水龍にまで進化するとも言われていますが、その真偽は定かではありません」
地モッチーなクラリスがメガネをクイッと上げながら、博識なところを披露するが、それって進化前のミニドラゴンってことか。
「コロンのしっぽを疑似餌と間違って食いついたみたいだったけど、こんな閑静な避暑地に普通にポップするものじゃないわよね」
「ちょっと分かりませんが、アリス様のおっしゃるとおりですね。さすがに私も聞いたことがありませんし、このように王都からすぐの近郊で発見されていれば、王国騎士団と冒険者の混成討伐部隊が派遣される国家災害レベルだと思います」
「姫様、しかし水中に潜むレイクサーペントの討伐となると、相当な苦戦を強いられて被害も甚大だったはずです」
「じゃあ、やっぱりコロンちゃんのしっぽみたいなもので、水上に釣り出すしかないのですね。おお、女神様」
「こら、ぽんこつフラン。余計なことを言ってると、血染めの湖に放り込むぞ。コロンがふわふわしっぽを抱えて、震えているじゃないか」
びくっう、と今度はへっぽこフランが涙目になって、コロンのしっぽを一緒になってさすり始める。
「しかし、これでアリス様はついに『サーペントスレイヤー』ですね」
「いいえ姫様、近年では記録にすら無い、しかも単騎一撃での『亜竜殺し』なので『ドラゴンスレイヤー』と呼んでもあながち間違いでは無いかと」
「ギクゥ!」
切れ長の翠瞳をキラキラさせたミラが、まるで『竜殺しの英雄』に向けて両手を握って拝むようにしていると、クラリスがメガネの奥を、ニヤ~とせている。
俺の背中にコソコソと隠れたアリスはと言えば、挙動不審に辺りをキョロキョロと見回している。
「おいアリス、レイクサーペントの剥ぎ取り部位は冒険者ギルドに持って帰って」
「絶対、売らないわよっ! 【収納】から出したら殺すからね!」
「だよね~」
やっぱりな~、とため息をつきながら、【解析】で部位ごとに『分解』して【時空収納】にしまっておく。
が、大粒の涙をポロポロと流している、妖精のフィとテディベアぬいぐるみのビーチェがかわいそうになって、大きな肉の塊をひとつづつ出してやる。
というか、ぬいぐるみでゴーレムのビーチェは食えるのかよ。
「わーい」とかぶりつこうとした妖精のフィは、流石に止まって「やっぱり、後で帰って焼いて」とガックリする。
しかし、それを横目で見ていたテディベアのビーチェは、両手に持った【魔法のナイフ】と【魔法のフォーク】を、ブスッとレイクサーペントの大きな肉の塊にブッさす。
そしてこちらを見て、ニヤァ~と笑ったかと思うと、「人」の形に刺繍された口が、ツーっと横一文字に裂け始めて、パカッと上下に大きく開くと中からズラッと並んだ乱杭歯をギラ~ンと覗かせて、ガブッと一抱えもあるような肉の塊にかぶりついた。
「「「「「おぉ……」」」」」
みんながドン引きする中、ングングとかぶりついていたビーチェは、ゴックンと大きな肉の塊を一飲みにしてしまった。
そして、横一文字に裂けたその乱杭歯が覗く口を満足したとでも言うように、ニヤ~とさせるがその口の周りからは真っ赤な血が滴って、まるでB級ホラーだ。
しかも、あのデカイ一抱えもあった肉の塊は、いったいどこに消えてしまったんだ?
「わーん、私のビーチェが何か怖ぁーい!」
「ひ、姫様、これは流石にどうかと」
すると、ニヤけた口元から見える白い乱杭歯をキラ~ンと光らせたかと思うと、両手に【魔法のナイフ】と【魔法のフォーク】を持ったまま、すごい勢いで湖に向かって走り出す。
そして、そのまま水面を走って湖上を滑るように、ひゅんひゅんと【二刀流】剣舞を始めてしまった。
「「「「「おおおおお!」」」」」
そう、テディベアぬいぐるみのゴーレムであるはずのビーチェが、下位水魔法【水上歩行】を使っているのだった。
よくよくステータス情報を視ると――なんということでしょう、確かに今まで無かったはずの属性魔法の【水魔法Lv1】を持っているではありませんか。
「うわぁ~、何これ」
「レア付与効果の【暴食】のせいでしょうね。
本来、食事を取らない無生物のテディベアぬいぐるみであるゴーレムのビーチェは、魔物を『食べる』ことでその魔物が持つスキルを習得するということになるわね」
ふんふんと腕を組んで頷きながら、生物学者のようなドヤ顔を見せるアリス。
「「「「おお~」」」」
「クラリス、私のビーチェが凄くかっちょいいです~」
「流石は、姫様のお作りになったテディベアのぬいぐるみです」
「おい」
さっきとは真逆のことを言い始める、ミラとクラリスに思わず突っ込んでしまう。
「ねえねえ、フィも?」
「い、いやぁ~? 帰ったら、レイクサーペントの肉を焼いて食べてみようかね」
「うふふ~」
確かに同じ【暴食】の付与効果を持つ【魔法の小さなカップ】と【魔法の小さなスプーン】を装備する妖精フィも、同じである可能性もあるんだが。
「と、とにかく、俺達も昼食にしよう。な?」
「そ、そうよね。いい加減お腹が空いたわ」
無駄に疲れたようすのアリスがトボトボと歩き出すので、その後をルリが嬉しそうに追いかける。
「私、お弁当の準備手伝いますぅ~」
「コロンの作ったおべんとぉー!」
涙も止まり、少しだけ元気になったコロンを肩車して、背中を白銀色のしっぽでパタパタと叩かれながら、湖畔の傍の小高い公園にみんなで向かうのだった。




