51話 魔改造の馬車
26日目の朝は昨日のこともあってか、一晩中続いたバタバタがやっと落ち着いて来てはいたものの、ピリピリした空気はそのままという何とも気が滅入るものだった。
そんな訳で剣術の朝練は軽く汗を流すだけにして、ルリの歩行リハビリは昨日同様に控えることにしてもらった。
そして昨日の騒動で顔を見ていない、一応は王侯貴族の関係者であるところのミラが心配だったので、朝食をさっさと片付けると足早に裏庭へと向かうことにする。
すると案の定、木陰の黒板の前でしょんぼりと膝を抱えているミラレイア第一王女と、それを心配そうな顔をして窺う侍女のクラリスがいた。
「ミラの妹のジョスリーヌ第三王女は、あの後すぐに回復魔法をかけられて運び出されたようだったが……」
「はい、クロセ様のご助力で発見と解放が早かったこともあり、幸い命だけは何とか」
気丈にも苦しそうな素振りを隠しながら、ミラは切れ長の翠瞳を細めると懸命に微笑んで見せる。
そんな青白い横顔の傍に控えるクラリスはといえば、メガネの奥の瞳を辛そうにそっと伏せている。
確かに高堂先輩が【自然治癒】の【魔石】を持たせていたくらいだから、活かしておくために致命傷になるような部位欠損は無いと思うし、上級宮廷魔術師による上位回復魔法を使われているはずなので『命』だけは助かるだろうが、強制的に意識を失うこともできないようにされていた、あの時の状況では『心』の方はもしかしたら、最悪は――――駄目かもしれないな。
「そうか」
「あれから上位回復魔法と上級ポーションによる王国最高位の治療を試みていますが、残念ながら意識は未だ戻っておりません。宮廷医師団によると数日は昏睡が続く可能性もあるとのことでした。
【魔王】キョウイチと逆賊タチアナの行方については、王国騎士団が飛び去った王都の南を探索していますが、こちらも足取りは依然掴めていません」
顔色の悪いミラに代わって引き継ぐように、クラリスが視線を伏せたままできるだけ淡々と捕捉する。
まったく、確か腹違いの妹ということもあって、あまり仲が良くなかったはずなんだがなあ……ホントにもうしょうがないな、とため息をつきながら。
「なら、ミラがここにいてもすることが無いだろうから、今日は俺達に付き合え」
「ハクローがね、この前の神聖教会から分捕った――げふんげふん、譲渡された馬車を魔改造したのよ」
「それでですね、ハクローくんが完成させた馬車の安全性能確認試験――げふんげふん、試乗会も兼ねて、近くの湖までお弁当を持ってピクニックに行こうかと相談していたんです」
おい、アリスとルリは何だか不用意に一言づつ多くないか。
「コロンがね、最強のおべんとをつくるのでしゅ!」
「フィは味見するのよ」
ちびっこ二人は食べ物に関しては、本当に元気だ。
「ほら、ミラもみんなと一緒にお弁当食べて元気出せ」
「……はい」
ミラは切れ長の翠瞳を細めたまま、でもさっきとは違い、少し困ったように微笑むと、わずかに頷いて見せる。
「さあさあ、姫様もお弁当の準備のお手伝いをお願いしますね。今日は腕によりをかけて、元気の出るお弁当を作りますよ」
そう言って、ミラの背中を押して私室に向かうクラリスも、少しは元気が出たようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「じゃじゃ~ん。こちらが【時空魔法】技術の推移を集めて内部拡張させていただきました、とは言え未完成の魔法陣を一部流用していることから、【時空錬金】による錬成と【物理強化】も併用して分子結合間の距離強度を」
「ハクロー、話が長い」
「はい……まずはご乗車いただき内部をご確認ください」
ぐすん、せっかく半人前の【時空魔法】のレベルをやっとこさLv0.6に上げて――威張るほど上がってないけど――かんばって大改造したのに。
しかし、いつまでも説明不足のままではいられないのだよ、ふふふ。
内心で不敵な笑みを浮かべていると、さっそく乗り込んだ女性陣の姦しい声が聞こえてくる。
「わわっ、この前乗った時には四人~六人乗りの前後向かいの座席シートだけだったのに、マイクロバスのように中が広くなってるよ! ハクローくん、すごいすごい」
「はい、ルリ様。大体、床面積に換算して十倍ぐらいに空間拡張されているはずです」
「うわ、奥にはミニキッチンとトイレにお風呂と小さいけどベッドルームまであるの? ハクロー、あんた凝り過ぎじゃないの?」
「ええ、アリス様。これから予想される長距離移動にも十分に対応できる仕様となっております」
「わーい、この応接セットぐるっといっぺんに九人ぐらい座れましゅ」
「そのとおりです、コロン様。一台で二度美味しい仕様となっています」
「フィは食糧庫が大きければいいわ」
「その点も大丈夫です、フィ様。ミニキッチンには内部拡張された冷蔵庫に冷凍庫も完備しており、冷たいデザートもいつでもバッチリです」
「クロセ様、これは国王陛下専用馬車よりも凄いんですが」
「ははは、ミラレイア第一王女姫殿下にもご利用いただけるように、我が英知を結集して準備させていただきました」
「姫様、クロセ様の喋り方がとっても怖いんですけれど」
「嫌だなあ、クラリス様ったら。はっはっはっ」
途中からのプレゼン質疑では、何を言ってるのか自分でもサッパリ分からなくなったが、それはまあ置いといて。
実は事前に朝練の時、御者はテディベアぬいぐるみのビーチェに頼んでおいたので、ルリ、アリス、コロン、フィ、ミラ、クラリスに俺はみんなで室内に乗車できるという、人には極めて優しい仕様となっていたりする。
あれ? 誰か忘れている気がするが……まあ、いいか。
「それでは、ビーチェさん。湖に向けて出発お願いします」
これだけの人間を乗せても、【波乗り(重力)】で浮かせているので馬二頭立てで十分な速度を維持でき、かつ馬車本体は車輪を含めて地面に非接触なので振動も基本的に感じることがないという完全近未来馬車を、黒サングラスをかけた黒白チェックのドレス姿のビーチェが操り王城の城門に向けて闊歩する。
と、後ろから追いすがるように、悲し気な声がかすかに聞こえてきた。
「うわ~ん、置いて行かないでないでくださいよぉ~。酷いですよ~、待ってくださいよ~」
そんなポンコツな泣き声を上げながら、童顔に似合わずゆっさゆっさと巨大な胸を揺らしつつ、パタパタと走って来る泣き虫シスター・フランさん。
おー、そういえば忘れてたわ。何か忘れている気がしていたんだが、こいつだったか。
「ひっぐ、ひっぐ。みなさん、私を忘れて行くなんて、女神様の罰が当たりますよ~」
泣きながらそれでもルリにしがみついて、俺達に向かって恨み言を言い出すへっぽこフラン。
こいつマジで馬車の窓から放り出して、置き捨てて行ったろうか。
「わーん、ルリ様。ハクローさんが何か悪いこと考えてる顔をしてますぅ~」
「わわわ、よしよし。ハクローくんはフランちゃんに意地悪したりしませんよ、ね?」
「ふっふっふ、俺は【魔王】の片腕を斬り落とした俺だぞ、今さら女神の祟りが怖くてルリを抱きしめられるかってんだ」
「わわ、ハクローくん。それは秘密ですよ、恥ずかしいです~」
なぜか拳を握りしめて天界の女神にケンカを売ってみせると、あせあせと手を振るルリが抗議していたりする。
「ぎゃ~、何だかハクローさんがあらゆる意味でトンデモ発言をしています~。
ルリ様、抱きしめるって何ですか! ことと次第によっては女神様の天罰が落ちてきますよぉ」
「きゃー、クラリス。修羅場よ、これは修羅場というヤツではないの?」
「その通りです、姫様。どうもクロセ様がルリ様にハレンチな行為におよんだやに聞こえましたが」
心にやましいことがあったためか思わず逆暴走した俺に、アリスがため息をついて。
「ハクローも顔を赤くしている癖に、いい加減にしないと一言で瞬殺してやるわよ。キモぃ――」
「…………ぅ」
過去の姉貴達によるトラウマが一気に襲いかかって来て、思わず額に脂汗が浮かぶ。なぜ知ってる、アリス。
「あ、ハク様が固まったでしゅ」
「……フィは知らないわ」
「もうアリスちゃんも、ハクローくんをいじめないでください。だいじょうぶですよ、私は気にしていませんからね」
「ごめんなさい」
ずっと謝ろうと思っていたので、すぐさまペコリとルリに頭を下げる。
「ふふふ、だいじょぶですよ。私もうれしかったんですから、もうだいじょうぶですよ」
「きゃー、抱きしめられてうれしかったって。クラリス、どうしましょう」
「姫様、ここは年長者の余裕をもって、生温かく見守るとこです。うへへ」
すかさず突っ込んで来るミラとクラリスの御局コンビに、顔を真っ赤にしたルリが両の手のひらをパタパタさせる。
「わわわ、違うんです~。
私も、ハクローくんが一緒に喜んでくれて、うれしかったんです。だから、だいじょうぶなんですよ」
「ふう~、まったくもう。ルリはハクローに甘過ぎなのよ」
呆れたようにアリスがもう一度、小さなため息をつく。
「ルリ様が許しても、女神様に代わりこのフランが天誅を!」
「コロンもハク様の抱っこ好きー」
「じゃあ、今度フィも~」
ぽんこつフランの奴は湖に捨てて来ちゃろう。コロンとフィのお子様二人は、なんだかホッとするなぁ。
「…………」
そんな混沌とした馬車の室内の騒ぎを慣れた物だとでも言うように、御者のビーチェは黙々と湖に向けて二頭の馬を操り走らせる。
まあ、我慢強さが過ぎるミラもクラリスにも、ようやく曲がりなりにも笑顔が浮かんだようなので、これはこれでいいか。
姦しさの中でそんなことを考えていると、すっと左手を握っているルリがこちらを覗き込んで、小さな声でつぶやく。
「ハクローくんの方こそ、大丈夫ですか?」
「え?」
「昨日から元気がありません」
「あ、いや……そんなことは」
「高堂先輩ならきっと大丈夫ですよ。今頃いつものように、ひょうひょうとスキップでもしていると思います。
美人騎士のタチアナさんも一緒で、一人ぼっちじゃないですしね」
そう言うと、紅い瞳を細めてやさしく微笑んで、触れた左手をさらに両手で包み込むように握ってくる。
ああ、またバレていたのかと、自分の残念ポーカーフェイスのお粗末さに苦笑してしまい、ルリの肌の温かさを感じる左手を握り返していた。
そして右手で目の前にあった真っ白な髪の頭をゆっくりと撫でる。なでりこ、なでりこ。
「ああ、そうだな」
「そうですよ。またきっと、ひょこり会えますよ」
そう、温かな言霊を耳のすぐそばで零すと、そんな運命にまるで確信でもあるとでも言うように、ニッコリと笑顔を向けてくる。
「ああー! 言ってるそばからルリ様にくっついてる!」
「わわっ、フランちゃん」
反対側から、ふよんとルリの頭を挟み込んで抱えながら引き剥がしていく――それにしても、ぽんこつフランがマジで五月蝿い。




