50話 魔王降臨(下)
今回は上下話になっているため、2話連続投稿していますのでよろしくお願いします。上話を読まれていない方は申し訳ありませんが、前話の49話を先にお読みくださるようお願いします。
「ハクロー、ここなの?」
その問題のマーカーが指す部屋の前まで来てみると、どうも普段使用されていない客室のようで木戸が閉め切られている。
「ハク様、血の臭いがします」
「フィも中から魔力反応を感じる……【魔石】だ、と思うけど」
「ハクローくん、何か薄暗い……隠蔽っぽい結界が張られているよ。これって【闇魔法】?」
「え? 当たりってこと?」
コロンとフィとルリによる、もうこれ以上はないってくらい嫌な予感がビンビンするコメントに、アリスが逆にきょとんとする。
「アリス、【遠見の魔眼】を使えるか……いや、【闇魔法】だとすると魔術的なカウンターが怖いな。
ゆっくり扉を開けて、中を覗いてみよう。俺が前衛に出るから、みんなは下がっていてくれ」
そう言って、扉の取っ手に触れるが、当然だが鍵がかかっているので【解析】で『解錠』してから、ゆっくりとドアノブを回す。
酷く古い扉なのか軋む音を大きく響かせながら、半開きになった扉の隙間からはっきりと血に混じって尿などの異臭が漂ってくる。
空部屋と思われた薄暗い部屋の中央に、人が座っているのが見えた瞬間。
「つっ! コロンとフィはルリを連れて入り口から離れていろ。
ついでに誰か近くにいる侍女をつかまえて、ミラとマリーアンヌ第二王女へ伝言できるか? 『血の臭いのする部屋がある』だ」
アリスが下位聖魔法【ホーリーライト】を空中に浮かせて、部屋の入り口から中をわずかに照らすと、そこには全裸で椅子に手足を縛られているらしい。遠目には多分ジョスリーヌ第三王女らしき姿に見えるが。
椅子の肘掛けに乗せた両手の、上向きに開いた掌に【魔石】を一個づつ乗せられ、涙と鼻水とそれから尿や排泄物など、体液という体液で、椅子の下の床に濁った水たまりを作りながら、歯をガチガチと言わせている。
まだ生きている――いや、三枚に下ろされた生魚のように活かされているのか。
なぜなら、彼女のお腹の赤いエプロンのように見えたのは、大きな血管を傷付けないように、切り開かれた腹部と、引きずり出されて床につながったまま並べられている内臓だ。
「「「げ、げぇ~っ」」」
後ろからやって来たばかりの生徒会長達と騎士団員達が、中を覗いてしまって吐いているのを横目に、部屋にゆっくりと踏み込む。
もちろん、各種魔法は『マルチタスク』で並列起動を完了済でいつでも発動可能な待機状態だ――こいつは、普通じゃ相手できない。
「おや、ビックリ。とてつもなく早いお越しで。
まだ作品が出来立てほやほやの、完成したばかりなんだよねぇ」
「高堂先輩。あんた何やってんだ?」
部屋の中央の椅子の後ろの暗がりから姿を現したのは、黒いフードを頭の後ろに下して、瞳孔が縦に割れた赤い目をした高堂先輩だった。
「んー、何って言われると……ねえ?」
そう言って、座ったまま動けないジョスリーヌ第三王女の素肌をさらした肩に、ポンと手を置く。
「ひっ――――!」
身体を少し揺さぶられて、引っ張り出された腸が引きつったのか、高い悲鳴を上げる。よく見ると、何箇所かピンのようなもので動かないように床に固定されているようだ。
しかし、両手に乗せた【魔石】は落とすことはない――いや、あれは決して手放すことがきないのか。
「それでは彼女からの自己紹介もありましたので、作品の説明をさせていただきます。
なんと、【自然治癒】と【混乱・気絶耐性】が付与された【魔石】を使った、この異世界での活きた最高傑作です。
作品名は『プリンセスな人形』ってとこで。
ただ、人間の腸で一筆書きって難しいんだよねぇ。ちょっと上手くいかなかったかも」
そう少し残念そうに言うと、突然全ての【偽装】を解除し、曲がった二本の角とコウモリ羽をバサッと出して――その瞬間、ああ、こいつがコロンのしっぽを切ったヤツだと分かってしまった――から、考え事をするように顎に手を当て。
「何かいい方法があれば教え、がぁっ!」
話を遮るように【チューブ(転移)】で高堂先輩が立つ眼前の空中に現れて、【魔剣・ヘグニ】を持った右腕を直刀【カタナ】を抜刀するなり斬り飛ばし、もう一本の直刀【カタナ】の護拳に付いたメリケン寸鉄で右頬を打ち抜いていた。
壮絶な破壊音を上げながら、室内の家具を吹き飛ばし、巻き込んで壁際まで吹き飛ばされた高堂先輩は、それでもむっくりと起き上がる。
「痛たた……人の話の途中で。話は最後まで聞こうよぉ。
しかし、それにしても早いなぁ――【加速】して予想していても、ついて行けなかったよ」
鮮血をそこら中に撒き散らして、衝突した壁にもたれながら立ち上がった、高堂先輩――【解析】で視たステータスの職業が【魔王】となっている――に、ブスッとした機嫌の悪い声でつぶやく。
「……今のはコロンの分だ」
「ああ~、あの銀狐の少女ね。えらく嫌われちゃったんだよねぇ」
右頬に寸鉄で開いた穴から血を垂れ流しながら肩を竦めた、その瞬間、耳をつんざく爆発音がして廊下側の部屋壁に大穴が開き、白銀フルプレートの鎧を装備したタチアナ副騎士団長が粉塵と共に飛び込んで来る。
「【魔王】様、こちらに!」
もうもうと視界を塞ぐ白煙の中、片手を失った【魔王】高堂先輩は引っ張られるように部屋から連れ出されて行ってしまう。
「逃げたぞ!」
「そっちだ、追えっ!」
ガシャガシャと金属鎧を鳴らしながら三十人ほどの王国騎士団が剣を構えて、廊下を出た中庭の中央で右腕の無い【魔王】高堂先輩とタチアナ副騎士団長を取り囲む。
女騎士が回復魔法をかけたのか、切断された右腕の傷口からの出血は止まっているようだ。
「高堂先輩! 逃げずに大人しくしてください、必ず僕達が何とか助けますから」
ゲロを吐き終わったらしい、沢登生徒会長が説得を始めているようだ。長瀬風紀委員長と宮野副生徒会長はまだ嘔吐から復活できていないようだが、まあ、いいとこのお嬢様にはちょっときつかったか。
「【ダークトルネード】!」
「「「「「わあああ!」」」」」
呪文詠唱が起動準備されていたのか、禍々しい漆黒の魔力をまとった【魔王】高堂先輩の発動させた、おそらくは上位闇魔法で生徒会長と王国騎士団達が吹き飛んでいく。
ありゃ~、あれじゃ単なるヤラレのモブキャラ以下だろう。
真っ向から魔法で対抗できるだろう宮廷魔術師達はまだ来ていないしなぁ、なんて考えながら、ボーッと見ていると。
「あの【魔王】を殺してください!」
後ろから珍しく眉を吊り上げたマリーアンヌ第二王女が、俺達に向かって叫んでくる。でもなぁ。
「自分でやれよ、俺達の――コロンの分は済んだからな」
「あの【魔王】は間違いなく連続殺人犯で、私の妹に酷いことをした極悪人ですよ」
「そうゆうお前は俺達を攫ってきた誘拐犯で、元の世界に返す気すら無い極悪人だろ?」
そう言い返すと、「ギロッ」と眉間に物凄い皺を寄せて目を三角にしながら睨んできた。
こわっ、一見すると美人顔が般若のようで、台無しですよ。
はぁ~、とため息をついて、すぐ横にいるルリとコロンには聞こえないぐらいの小さい声でマリーアンヌ第二王女聞く。
「だいたい、ちょっと前までバカ平河に股を開いていた第三王女が、何で高堂先輩に腹を開かれてるんだよ。おかしいだろ?
相手がどんな奴か碌に知りもしないで馬鹿面下げて、のこのこ自分から近づいて行ったんじゃないのか?
いくら馬鹿とは言え平河が捕縛されて、まだ何日も経ってないってのにさ。お前だって、本当は気がついてるんだろ?」
「そ、それは……」
思い当たることがあるのか、今度は眉を下げて俯いてしまう。そもそも、お前ら仲が悪かったじゃん、とは流石に言えず。
そんなひそひそ話をしながら、切り落とした【魔王】高堂先輩の右腕を【解析】で『分解』すると、砂のようにサラサラと崩れ落ちていく。
「これで高堂先輩の右腕は、超位回復魔法でないと再生できない」
そう言うと、【魔剣・ヘグニ】を高堂先輩に放り投げ返してやる。
「代わりに、これは返しておくよ」
「黒瀬白狼! お前、何をやってるんだ!」
沢登生徒会長が吹き飛ばされて血だらけになりながらも、後ろからフルネームで呼びつけて抗議の声を上げてくる。
なんでみんな後ろからばっかり、負け犬の遠吠えのように、しかも偉そうに指図して叫ぶんだろう……ちょっとイラっとしたぞ。
振り返ると残念生徒会長に向かって、正面からその目を睨みつけて言い返してやる。
「ゲロ吐いていただけで、何もしていない正義の味方が偉そうなこと言うなよ。
文句があるなら、【勇者】とやらが持つ【魔法剣・ゲオルギオス】の範囲攻撃魔法の力を使って、お前自身が殺す気で取りに行けよ」
「何だと……」
「どうせ、殺す度胸も無いから撃てないんだろ? だったら、大人しく引っ込んでろよ」
「くっ!」
地べたに転がって【魔法剣・ゲオルギオス】を持ったまま、俯いてしまうヘタレ【勇者】な生徒会長様。
すると、投げ返された空中の【魔剣・ヘグニ】を左手で起用に掴み取って、プラプラさせていた【魔王】高堂先輩が笑いだす。
「ははは、クロセくんはやっぱりおもしろい」
「そーかい、……でもこいつらには手を出すなよ」
横に並ぶ、ルリ、アリス、コロンそしてフィを指差して釘を刺すと、苦笑してこれ以上は勘弁だと言うように持ち上げた【魔剣・ヘグニ】を団扇のようにヒラヒラと横に振る。
「善処するよ」
「頼む」
「ははは、やっぱりクロセくんは最高におもしろいねえ」
そう言って再び笑いながら【魔剣・ヘグニ】を腰の鞘にしまうと、周囲に倒れ伏した【勇者】達と王国騎士団達を睥睨してから、こちらをもう一度見てどこか寂しそうに別れを告げる。
「じゃあ、俺は行くね」
「ま、【魔王】様、私は……あ!」
低い風切音をさせて背中の漆黒のコウモリ羽をはばたかせると、タチアナ副騎士団長の腰を左腕で抱えて、真っ青な空に向かって垂直に飛び上がった。
宮廷魔術師達が狙ったように遅れてやって来たのは、そのすぐ後だった。
「に、逃げられたか!」
そう言いながらも、ほっとした様子の宮廷魔術師達とその後ろで苦い顔をしている宮廷魔術師団長を見て、アリスにこしょこしょと小声で聞く。
「なあ、もしかして【闇魔法】ってレア系統で対抗魔法が限られていたりしないか?」
「あら、ハクローにしては良く分かったわね。
属性魔法が効き難い【闇魔法】に特攻があるのは【聖魔法】と【光魔法】なんだけど、逆も特攻ありであれだけの上位スペルを使われれると、ガチで相手の魔法の潰し合いになってしまって、最後は泥沼の殲滅戦で最悪は王城が無くなっていたかもね」
「ああ、だから【魔王】に対抗できるのが、唯一【勇者】の一対一勝負と言われているのか」
ようやく納得したと思っていたら、マリーアンヌ第二王女がまた後ろから吐き捨てるようにつぶやきかけてくる。
「その【勇者】共があのザマでは……」
その視線の先には【魔法剣・ゲオルギオス】を抜いたまま血だらけでへたり込んだ沢登生徒会長を、倒れないように支えている長瀬風紀委員長と回復魔法をかけている宮野副生徒会長の残念【勇者】三人組がいた。
そんな愚痴を零すマリーアンヌ第二王女を横目で睨み、大きなため息をつくと【魔王】高堂先輩が飛び去った澄んだ青い空を見上げて思わずつぶやいてしまう。
「はあ~、何言ってんだよ。その【魔王】をこの世界に呼んだのは、お前自身だろうに」
「はあ~、とうとう異世界召喚者八人の内で、二人までもが王国の敵に回ったということになりますねぇ」
「はあ~、まったく、この世界に混沌を巻き起こしているのは、王国自身よね~」
ルリとアリスが同じように大きなため息をつきながら、雲ひとつ無い綺麗な青空を見上げる。
すると、俯いて黙っていたマリーアンヌ第二王女も青白い顔を上げる――それは、どこまでも真っ青な天空を仰ぐようにしながら、まるで青い瞳に溜まった涙が零れないよう誤魔化しているようにも見えた。




