43話 国王謁見
午後になって、部屋付きのメイド服を着た侍女さんに呼ばれ、迎えに来た案内の騎士と共に無駄に広い王城の控室で、ルリと二人でポツンと待たされていた。
しばらくすると別の騎士に連れられ白い大理石の彫刻やら金属鎧やらが飾られた廊下を進み、高さが3m以上はある金細工が施された豪奢で重厚な大きい扉が開けられるので、仕方なく国王との謁見の広間に入る。
先導する騎士の後をついて分厚いスカーレット色の絨毯の上を【波乗り(重力)】で『車椅子』を浮かて押しながらゆっくと進んで行く。
すると、左壁側の貴族列には上座の方にアリスと生徒会長達三人組、平河衛士に高堂先輩までが勢揃いで、しかもそれぞれがこの場に相応しい小奇麗な格好をしているのが見える。
そういえば、国王陛下に謁見するというのに、ドレスコードと言う意味では、それでも『車椅子』に座るルリはアイボリーホワイトのワンピースに白いロングカーディガンという大人しい格好でまとめてあるのだが。
俺に至ってはマリンブルーの生地に『ふぁっきゅー』とデカデカと書かれた手作りTシャツで、下はホワイトとブルーのギンガムチェックのサーフパンツにレインボーカラーのビーチサンダルを、ペタペタ言わせているんだから、とてもでは無いが一国の元首に拝謁する出で立ちでは無い。
それにしても国王陛下のいる謁見の室内だというのに、【波乗り(重力)】がそのまま使用できている。もちろん、【ドライスーツ(防壁)】も顕在のままで阻害されている様子はない。
前に第二王子の部屋で【チューブ(転移)】を使ったときに、たしかアリスが王城内の重要施設には魔法防御結界があるようなことを言っていたはずなんだが――やはり事前の確認のとおり、【時空魔法】の影響なのか俺の魔法は使用できるようだ。
まあ何にしても、これで奴らの武力や奇襲に対して一次対応できるのは助かる。
案内の騎士が決められているであろう位置で立ち止まり、見上げると白い大理石と金銀細工に宝石がくっついた王座に座っている、どこにでもいる冴えない中年親父のような見栄えしかしない、王冠を頭に載せた国王と視線をまっすぐ合わせる。
何と言うか、もっとカリスマ性のある王様を想像していたのだが、目の前にいるのは月曜の朝の通勤ラッシュの電車の中にいても、人混みに紛れて気が付かないような普通の――本当にどこにでもいる、ただの中年のおっさんだった。
別に、特に何を期待していた訳ではないが、それでも内心で絶望的にガッカリしていると、間を開けることなく予想通りの展開となった。
「跪け、無礼であろう」
そう声を荒げる貴族は列の上位にいるので多分偉いんだろう、立派なカイゼル髭も着ている高そうな服も――まあ、ようは大層偉そうです。
『車椅子』のルリもいるのに、わかった上で髭貴族は明らかに言っていて、王座に座ったまま黙っている国王はそれを制止させる気が無いということだった。
「はぁ~」とため息をついて、王座の横に控えるマリーアンヌ第二王女をチラッと見るが、俯いていてストロベリーブロンドの前髪で隠れた顔を窺うことができない。
「おい第二王女、何とか言え」
「……」
何か言い訳でもするかと念のため聞いてみるが、俯いたままのマリーアンヌ第二王女は顔を上げようとはしない。いや、元々こいつのことは最初に会ったときから、からっきし信用なんてしていないんだが。
すると貴族の列がざわざわし始め、髭貴族が一歩前に出て来て、荒げた声のトーンをさらに一段階上げる。
「貴様、王女殿下に無礼であろう!」
「黙っているなら、コロンとフィが待っているから帰るぞ」
再度詰め寄る髭貴族を無視し、そう言い捨てて、ルリと目を合わせると『車椅子』の向きを変えて出口へと向かった。
結局、一言も国王とは言葉を交わすことも無く、お互いが一度も頭を下げることも無かった。
背後で完全に無視された髭貴族は、ポカンと口を開けている。これまでの人生で、他人のしかも平民に無視などされたことなど一度も無いのだろう。
部屋を出ようとするその後ろから、貴族列の上座から抜け出て来たアリスが紅い長髪をなびかせて軽快なヒール音を大理石の床に響かせながら、王座を振り返ることも無く殿を守るように颯爽と後をついて来ていた。
後方に残された謁見の広間では、同じように貴族の列から飛び出して来た生徒会長が何やら言い訳をしているようだった。
「まだ15才の――未だ成人にならない子供でして、ここは国王陛下にご温情を賜りたく」
すると再起動したらしい髭貴族が、何やら生徒会長に食ってかかっている。貴族列の末席で声を上げて大笑いしているのは、平河衛士のようだ。
「わはは、ウける。マジでウける」
その笑い声を受けるように、王族の並びで派手な扇子で口元を隠しながら嘲笑しているジョスリーヌ第三王女がキンキンと癇に障る良く響く声を上げる。
「何と無作法な! やはり、私の【勇者】エイジ様とは比べるべくもないわね」
高堂先輩は貴族の列の後方に下がって影に隠れながら、クスクス笑っていた。
「おもしろいなあ、本当クロセくんは飽きないよねぇ」
はあ~、見世物じゃねぇんだがなぁ~。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ~、相変わらず馬鹿ばっかね。そろそろ、ここを出ることを考えた方がいいわね」
ミラの私室に戻ると、アリスが流石に呆れたように大きなため息と共に吐き出す。
逃げる際に最大の懸念事項であるルリの体調も、まだ一人では歩けはしないものの、具合はだいぶ良くはなって来ているので悪条件が重ならなければ、長時間の移動でも座っているだけなら問題は無いはずだ。
「どこ行こっかぁ」
「前にミラの言ってた、南でいいんじゃない? 海もあるって言うし」
人差し指をピンと立てて、アリスがみんなに片目を瞑ってみせる。
あ~、近くにクラリスが言ってた魔法学園もあるっていう、王都から南に馬車で10日ほど行った――確か王国で二番目に大きな、海に面した都市だったか。
「わーい、クロセくん。異世界旅行、楽しみですね」
「分かっていると思うが。ルリ、馬車で移動だぞ」
「げげっ! で、でもでも……クロセくんの【波乗り(重力)】があれば揺れないし大丈夫、きっと大丈夫――ねぇ、お願い大丈夫だと言ってぇ~」
紅い瞳に涙を溜めながら、服を掴んでグラグラすゆって来る、ぽんこつルリさん。
すると、ミラ達といい子でお留守番をしていたコロンが嬉しそうに手を上げる。
「コロン、がんばっておべんと作らなくっちゃ。がんばるじょお~」
「フィは、カツおにぎりとカラ揚げがいいー」
おおー、それはもしやまんぷく弁当ですね、フィさん。でもそのメニュー、俺、知らないんだけどさ。
いつの間にかメニュー習得しているとは……恐るべし戦う【料理人】コロンさん。
「うふふ、そうですね。それでは、お弁当のメニューも特訓しないとですね」
「はい、姫様。長旅になるので飽きを来させないように、レパートリーを増やしておきましょう。腕が鳴りますね、ふんす」
楽しそうにお弁当の献立準備を始めるミラと、拳を握り力こぶをつくって見せるクラリス。
そうか、移動中の食事とか宿泊とか考えないと駄目だな。んー、日本なら食事付きビジネスホテルとかがあって、便利だったんだろうけどな。
この異世界じゃあ、そうも行かないから……う~ん、何か錬成るか? たぶん夜営になるだろうから、普通ならテント生活――は、女の子ばっかじゃ、どう考えても危ないもんなぁ。
「ええー! みなさん、王都を出てっちゃうんですかぁ? おおー、女神様。この私に何という試練をお与えになるのですかぁ!」
ビックリ仰天のシスター・フランは滂沱の涙を流しながら、この世の終わりとばかりに女神へと祈り始めた。
王城の礼拝堂に異動になったばかりだというのに、残念シスターはここでも、ぼっちへの道を突き進むことになりそうだった。
しょうがないなぁと、心根のやさしいルリさんが泣き崩れるフランの背中をポンポンと擦りながら慰める。
「ほ、ほら、私達が行ってしまっても、ミラさんとクラリスさんがいるじゃないですか」
「え? ……いやぁ――!」
フランは真っ赤にした碧い瞳をチラッとミラとクラリスに向けると、すぐさま再度泣き始めてしまう。
「クラリス、今何だか無性に腹が立ちませんでしたか」
「ええ、姫様。何かこう、其処は彼となく思いっきり意地悪したくなって来ましたね。この泣き虫娘だけ、王城に置き去りにしてやりましょうか?」
「ん? ミラとクラリスもどっか行くのか?」
気になったので聞いてみると、クスクス笑うだけのミラの横で、クラリスがキラリンと光るメガネの奥の片目を瞑ってから、色っぽく人差し指をピンと立てる。
「まあ、クロセ様。それは乙女のヒ・ミ・ツですよ、うふっ」
「うわー、聞きたくねー」
「そ、そうだ。フランちゃんも一緒に来たらどうですか?」
オロオロしたルリが良いことを思いついたと、泣き虫フランの肩を揺する。
「えー……。私、この間、王城の礼拝堂に左遷されたばかりで、そんな……」
「どうせ元々誰も常駐してなかったんだし、フランなんか居ても居なくてもいいんなら、バックれてもいいんじゃね?」
「うわーん! 何かハクローさんが酷いです~。
でも、そう言われれば、ルリ様のお傍に居なければ【女神の使徒】としての務めも――げふんげふん」
「こら、マジで置いてくぞ」
うっかりフランの柔らかいほっぺを両手でつまんで、軽く横に引っ張る。おお、ニョ~ンとよく伸びるな。
「わーん、ごめんなしゃい。しゅみましぇん、もうしましぇん~」
「ああ、もうハクロー。五月蝿いから、そのぽんこつ泣かすんじゃないわよ。
じゃあ、王都大聖堂のトップの――って、今は大司教に変わったんだっけか――に聞いてみたら? この間の枢機卿の一件のこともあるし、なんなら私達も一緒に行ってあげようか?」
「わ~ん、アリスさんも何だか酷いですぅ~。
そんな、【聖女】様のアリスさんのお手を煩わせる訳には行きませんよぉ。
それにアリスさんが大聖堂に来られると、教会幹部の人達が泣き出してしまうと思いますしねぇ~」
「……アリス、神聖教会でも勇名を馳せてしまっているようだぞ」
「はい! 神聖騎士団殲滅の【紅の魔女】の異名を聞くだけで、神聖教会の幹部連中は震え上がって小便をチビらせ――げふんげふん」
「私は【賢者】で【聖女】だって、何回、言えば、分かるの、このぽんこつシスターは!」
「わーん、イタイ、イターイ、ホントにイタイですぅ!」
小さな童顔をアリスの顔面アイアンクローでガッチリとホールドされて、へっこぽフランが手足をバタバタさせる。
カンストしている【身体強化Lv10】は伊達ではない、下手したら空っぽのフランの頭ぐらい簡単に割れるんじゃないだろうか。
ああ~、ミシミシ言ってるし。
「ぎゃあ~! ハクローさんも、何か酷いこと考えてないで、助けてくださいよぉ~」
なぜバレる? ぽんこつフランにまでバレてしまうほど、読まれやすいというのか? 何か自信を無くすなぁ。
「クロセくんは意外と素直ないい子なので、顔にスグ出ますからねぇ」
「ハクローはフィにも分かりやすいからねぇ」
フンフンと頷くルリさんに、はははっと乾いた笑いを響かせるフィさんが何気に酷くないですか。
「……」
あ、ミラとクラリスは視線を逸らせて、ソッポを向いて貴族らしく澄まし顔で――あれは笑いを堪えているのか――二人共、ちっとも誤魔化せていませんよ。
「ハク様、がんば」
ポン、と肩に手を置いて来るコロンさん。うう、やっぱり心のオアシスはコロンだけのようだ。
「ハクローったら。何、あんたまで泣いてんのよ」
ふとこっちを見たアリスが、まだアイアンクローをギシギシ言わせながら呆れた顔を向けて来る。
「ああああああ~! 割れる、ホントに割れるぅ~~!」
ぽんこつフランの悲鳴がいつまでも、虚しく王城に響くのだった。




