42話 ぼっちな王女様
20日目はいつも通りの時間に、夜明け前から剣術と歩行の朝練を始める。
テディベアぬいぐるみのビーチェもだいぶ【二刀流】っぽくなって来た。コロンと二人で朝日に向かって、もくもくと素振りをする姿は何だか映画のワンシーンを見ているようだ。
「コロンちゃんとビーチェ、カッコいいですね」
「ああ、スキルレベルも上がって来たし、動きに無駄が無いのはすごいな」
そして午前中の魔法教室へと向かうと、ズンドコ暗い顔をしたミラが待っていた。心なしか自慢の☆マークの指差し棒も、へにょんとしているぞ。
「どうした、そんな顔して」
「実は先日の公爵騎士団との一件で、【賢者】で【聖女】なアリスさんの陰に隠れていた、お二人の戦力が無視できないとの意見が貴族から出始めています」
ああ、王城の中で派手に暴れたからなぁ。すると、ミラ第一王女の後に侍女のクラリスも頷くように続ける。
「姫様が言われる通り、引き篭もってしまった第二王子とは別に、実際にお二人を取り込もうと画策している、一部の貴族もいるようです」
「勝手に異世界召喚しておいて今まで放置していたのに、何を今さら――クソ面倒くさいことに、ならないといいけどな」
「それだけ、正規の騎士団の大半を再起不能にした、実力は彼らにとって脅威ということでしょう」
「う、すごいですね。ミラさん……様、本当に王国の姫様だったんですね。なんだか今日は、特に輝いていますよぉ」
昨日一昨日と大聖堂に王城の礼拝堂の不足備品とかについて、教会内での引継ぎのためにずっと出ずっぱりだったシスター・フランが、ここに来てようやくおかしいと思い至ったらしくボソボソとつぶやく。
それを見ていたミラは、秘密がバレた子供のように悪戯っぽく笑う。
「うふふ。様はつけないで、今まで通りにしていただけると嬉しいです」
「それでも、普通なら気がつきそうなものだがなぁ。流石は、うっかりフランだ。あ、褒めてるんだぞ」
「ええー、ハクローさんが酷いですぅ。そりゃ、どこかのお貴族様のご令嬢だとは思っていましたけど。
あんなフランクにお話ができて、それでいて主従そろって駄目な漫才芸を……げふんげふん、フレンドリーなお嬢様が、まさか王国の第一王女姫殿下だとは思いませんって」
もう半泣きになっているぽんこつフランが咳込むのを、打って変わって刺すような冷たい視線で、キランと睨むミラ。
「クラリス、何やら非常に不穏当な発言が聞こえたようですが」
「はい、姫様。ここは一発、不敬罪でしょっぴくというのはどうでしょうか」
「ぎゃー、すみません、すみませんでした。もうしません、勘弁してください~」
泣き虫フランがペールブロンドの頭を両手で抱えて座り込んで、マジ泣きを始めてしまう。
「こら、へっぽこフランを泣かすなよ。それより、モードチェンジが中途半端に解除されてるぞ」
「あら、いけない。魔法少女の変身には膨大な愛の力が必要なので、長い時間維持することが難しいのです」
クスクス笑いながらも澄まし顔のミラに、思わず突っ込む。
「難しいことを言ってるが、第一王女姫殿下バージョンの方が変身と言い切ったな」
「姫様はこの第一王女姫殿下の化けの皮をすぐにそこら辺に落としてくるので、おちおち国王謁見にも出席できないのです」
「とうとう化けの皮とまで言ったな、愛の力が足りないんじゃないのか」
さっきまでは、おーほっほっほ、と悪役令嬢のように手の甲を口元にあてて笑っていたのに、クラリスに暴露されてすっかり、しょんぼりして俯いてしまうミラ。
「誰かぁ、私に愛を分けてください。とほほ~」
「姫様、何とおいたわしい。よよよ~、チラッ、チラッ」
凄くワザとらしいクラリスの嘘泣きに、逆に睨み返してやる。
「何でハンカチの隙間から、チラチラこっちを見てるんだよ」
「あんたが泣かすからでしょ、責任取りなさいよ」
アリスさん、なんだかそれは違うのではないでしょうか。落とし物でもいいから、愛が欲しいのは俺の方なんだが。
「ここは、世界を覆いつくす女神様の溢れる愛で!」
「そ、それでは多過ぎないでしょうか? 零れて溢れちゃいそうですよ」
フランがこの世の愛を欲しいままにするようだ――ルリが止めてるけど。
「コロンも、アイがほしーい!」
「妖精の作り出す偽りの愛ならあるけど」
おお、ちびっこのコロンとリリスまでが参戦して来たぞ。お父さんはね、コロンさんには恋愛はまだ早いと思いますよ。それにフィさん、さらっと怖いことを言ってますよね。
「それは、フィの【淫夢】スキルだろ」
「姫様、なんだか淫靡な響きが」
「クラリス、これで遂に私も大人の階段を……げふんげふん」
ああ、ミラが全然違った方向に振るから、ミラが祈るように両手を握り締めながらも、終いには咳込んでしまっている。
「くおらぁ! 子供の前で何を言わしとんじゃ!」
ボカッ、
「あいたぁ!」
結局いつものように、アリスに叩かれる羽目に。
やっぱり愛が足りていないのは、俺のような気がするんだがなぁ。もう余り物でも良いから、どっかに落ちてないかなぁ。
あ、ルリさんが心臓に近い方の俺の左手を彼女の両手で優しく包んでくれて、とっても温ったかいです。もう、泣かすつもりでしょうか、この娘は――。
◆◇◆◇◆◇◆◇
今日はそのまま、王国の王位継承権を持つ第一王女という立場の割には、ちっとも豪華絢爛ではない、どちらかというとさっぱりと涼やかで清潔感のあるミラの私室のリビングで、みんなでそろって昼食を取ることにする。
すると驚くべきことに、これまでこの部屋には一度たりとも顔を見せたことの無い、マリーアンヌ第二王女がわざわざやって来ていた。
「マリーアンヌ殿下、ミラ姫殿下の私室にどういった御用でしょうか」
しかし年の近い姉妹のはずなんだが、なんだか二人の間の空気が硬い。ミラはまた背を縮めて俯いてしまっているし、そのままマリーアンヌ第二王女の方には目を合わせようともしない。
扉の所で出迎えたクラリスが、守るようにミラを後ろに隠しているのが印象的だった。
「クロセ様にルリ様、探しましたよ。よりによって、こんな所にいるとは」
扉からすぐの所で中まで入れてもらえず立ったままで、少し呆れたようにため息をつくマリーアンヌ第二王女。
本人もよっぽど、ここには来たくなかったようだ。
「ん? ミラの部屋に、か?」
「クロセ様、未婚の淑女で王位継承権を持つ、ミラレイア第一王女姫殿下の私室に殿方が立ち入ることは極めて稀――というよりは、基本的にあり得ないことで、勿論これまで一度たりともありませんでしたよ」
貴族っぽい含んだ言い回しを図りかねてミラに聞こうとすると、クラリスが澄まし顔でとくとくと説明してくれた。
「ありゃ、それじゃあ俺は帰った方がいいのか?」
「だ、ダメっ! ダメです! クロセ様はお友達――なので、私が入室を許可したもので問題があり――ません」
そう言われればそうかと思い、椅子から腰を上げようしたのだが、ミラが突然両手を広げて通せんぼをする――が、言葉の途中で頬を染めて、また俯いてしまう。
どうしたもんかとクラリスを見ると、メガネの奥の目を優しく細めてミラに微笑みを向ける。
「姫様もこうおっしゃられておりますので、不都合でなければクロセ様はこのままで――それに、今日この時には姫様の為にもなることですし」
そしてクラリスはメガネの奥で細めた目を、そのまま扉の前に立つ人物へと突き刺すように向ける。
その冷たく刺さる視線を受けたマリーアンヌ第二王女は、何だか悔しそうに額に皺を寄せてから、ようやく用件を話し始める。
「ブヌトー公爵と先日街中で捕縛された男爵の処分が、正式に決まりました。
そこで本日の午後、この世界に召喚されてから初めてとなりますが、ハクロー・クロセ様とルリ・アイカワ様のお二人には国王陛下との謁見の準備が進められています」
「決定事項のように言うけど、必要無いな」
「(うわ、ハクローさんったら。せっかく王様に会えるのに、一言で切って捨てましたよ。ああ女神様、彼は何と怖い物知らずなんでしょう~)」
後ろで大きな胸を抱えて小さくなっていたはずの、ぽんこつフランが五月蝿い。
「くっ……そこを、なんとかお願いします」
取り付く島もなく即答でバッサリ切り捨ててしまった俺に、マリーアンヌ第二王女も少しは予想していたのか。
驚くというよりはやはりと言ったように、さらに眉間の皺を深くするとわずかに頭を下げていた。
逆に異世界のド平民に頭を下げる王族の姿にちょっと驚かされて、つい余計なことをつぶやいてしまう。
「王侯貴族に対する礼儀作法なんか持ち合わせていないから、口を開いだだけで不敬罪とか言われても困るんだが」
「異世界人であり、平民の出身であることは国王陛下も十分に理解されています。
それに今回は、基本的に拝謁を目的とした形式だけの物で、特に何かをしたり言っていただく必要はありません」
「顔見せだけで黙って立っていれば良いということか?」
「はい」
「本当だろうな」
端から信用していない顔で睨みつけてやるが、氷のような涼しい顔を貼り付けたままのマリーアンヌ第二王女が淡々と答える。
「間違いありません」
「私も横で見ていることにするわ」
「勿論です。謁見の間では貴族の列での参加となりますが、問題はありません」
アリスがこちらのサポートに付いてくれるようで、マリーアンヌ第二王女としてもそれは異存が無いようだ。
すると、横からクラリスが安心させるようにと気を利かせてくれる。
「クロセ様、ご安心ください。コロン様とフィ様はこちらでお預かりしておきますので」
「わーい、コロンちゃん、フィちゃん、それじゃあ一緒に遊ぼう――はぅ! ううぅ……」
喜色を浮かべたミラがすぐさまやっぱり猫背になって、マリーアンヌ第二王女の視線を避けるようにクラリスの影に隠れてしまう。
最近では背筋も伸ばし、胸を張り、上を向いて、切れ長の翠瞳をクリクリさせながら明るい表情をしてくれていたというのに――まったく。
それにしてもマリーアンヌ第二王女の、その背景に見える凍て付く氷河期のような吹き荒れるブリザードの演出効果は常設仕様なのか?
シスター・フランなんか第二王女が部屋に現れてからというもの、ガチで凍りついて固まってしまってるぞ。さっき、要らん事をつぶやいていたようだが。
「分かった。分かったよ、行ってやるから。もういいだろ?」
お前がいると寒いんだよ、そう扉を指差してシッシッと手を払うと、何故か悲しそうに青い瞳を彷徨わせると、泣きそうな顔で出て行ってしまった。
ん? もしかしなくてもマリーアンヌ第二王女って、友達いなかったりして……。
「お友達と楽しそうに笑う、お姉さんを見て羨ましくなったんですね」
「ぼっちの辛さは、身に染みて知っているわ」
あ~、やっぱり。ルリのさみしそうな言葉に、暗黒歴史を思い起こしたのか、光彩の消えたオッドアイで遠くを見つめてしまうアリス。
「……マリーちゃん」
「姫様、マリーアンヌ殿下は自ら氷の荒野を進む道を選ばれて、お一人で歩み続けております。良くも悪くも、そういう方です」
事情を知っているらしいミラもクラリスも、マリーアンヌ第二王女が出て行った扉へと辛そうに目を向ける。
はぁ~。第二王女の面倒までは、悪いが見てられないぞ。
生徒会長に風紀委員長さん、――年上年上と言うぐらいなんだから、直ぐ傍にいる、わずか15才の女の子一人ぐらいは助けてやれよなぁ。ホント、頼むよ。




