41話 フィのお友達
いつものように、森の入り口の付近で『採取クエスト』と言う名の魔物との遭遇戦を繰り返しての帰り道。
王都へ向かう街道に出ようとして歩いている途中で、妖精のフィが反応するのと【ソナー(探査)】にアラートのマーカーが引っかかるのと同時だった。
しかも、このマーカーの反応が点滅して消えかけているぞ。
「ハクロー来て」
そうフィは言うと綺麗な虹色の四枚の羽をはばたかせて、マーカーが差す方角に向かって飛んで行ってしまう。
「おいおい、待てって! アリスはルリとコロンの援護を頼む」
「ついでに、【遠見の魔眼】でフォローしておくわ」
「サンキュ」
アリスの返事を半分だけ聞いて、【ビーチフラッグ(加速)】で妖精のフィの後を追いかける。
やっと追いついたフィは、荒野から続く街道の近くの草むらの上空でホバリングしていた。
その真下の草むらから裸足の足だけが見えるので、嫌な予感がして上半身が見えるまで近づくが。おおぅ、これはさっきの冒険者ギルドの前にいた――何とかいう少女。
「あ……」
フィもようやく、俺に気がついたようだ。その少女は両手を上にあげたまま縛られていて、服は剥ぎ取られ、両脚は開いたまま地面に打ち付けられた杭に縛って固定されていた。
息は……ほとんど擦れてしまっている。これはもう……、そう思ってフィを見ると首を振る仕草。
回復魔法は万能ではない。死に至る致命傷には回復速度が絶対的に間に合わないことがほとんどで、治療できることは稀らしい。
死んでしまっては、なおさらだ。
もう、目も見えていない様子のその少女を見下ろし、虹色の羽を震わせ何かをつぶやく妖精のフィ。すると、横になった少女の身体が淡く光り始める。
「【淫夢】スキルか」
そのスキル名称に反して、フィのもたらす夢には本人の純粋無垢な希望や願望が多分に反映されるらしく、邪な夢にはならない――というかフィが経験してないものは、そもそもにおいて再現できないとのことだった。
まだ、実際の人生経験15才にも満たない、それも花びらの箱入り娘らしいからな。
「……あ」
フィが小さな声をあげると、わずかに微笑んだ少女の瞳から光が消えてしまっていた。ごくごくかすかに聞こえていた呼吸も、今はもう聞こえない。
首に手を触れ脈が無いことを確認して、光彩の無くなった茶色い瞳をゆっくりと閉じてやる。
「フィ、この少女は」
「そうね、『お友達』だったわ――短い間だったけど」
「……そうか」
小さなため息と共に手足に縛られている荒縄を切り解き、【時空収納】から取り出した洗いたてのタオルで、穢された身体中の汚れをできるだけ丁寧に拭きとってやる。
そうして綺麗なシーツをかけてやると、【解析】で『分解』して掘り下げた地面の穴に、ゆっくりとおろして砂をかけてあげる。
フィは盛り上がった砂の上に、ぽっけから取り出した小さなラングドシャのクッキーを乗せると、
「あなたが食べたがっていた、王都の甘いお菓子よ。今日着いたばかりなら、まだ食べていなかったのでしょう?」
そう言って、みんなのいる方にゆっくりと飛んで行ってしまった。
辺りに散っている血と食べ物の臭いにつられて魔物が来て掘り返されてもかわいそうなので、【物理強化】で硬化してから俺もフィの後を追って歩き出す。
彼女は最後にいい夢が見れたのだろうか、そんなことを考えながらみんなのところへ向かってその場を離れるのだった。
すべてを【遠見の魔眼】で見ていたアリスはあえて近づこうとはせず、さっきいた場所で待っていた。
そしてフィを見ると、促すようにこちらを睨むのでルリとコロンにも聞こえるように、でもあまり酷いことは避けて差し障りの無い範囲で説明をする。
「さっき、ギルド会館前にいた少女だった」
「……そう」
「じゃ、帰ろうか。――ん?」
王都へ向けての帰路につこうかと考えていると、王都からの街道をこちらに向かって来る見覚えのある貴族の馬車が二台あった。
確かさっきの少女とギルド会館の前にいた、妖精拉致を指示した主犯の子爵とその父親のものだったはずだ。そういえば、自領に帰るようなことを言ってたな。
もういい加減、あんな奴らに巻き込まれるのはこりごりだ。さっさと帰って、コロンの作るおいしい夕飯でもみんなで食べよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ひひひ、来たぞ!」
「よし、こっちもバッチリだ!」
「まったくよぉ、あの女を殺っちまうから、しばらく王都を離れることになっちまったじゃねぇかよ」
「誰のせいだ、誰の」
ギルド会館前で揉めていたガラの悪い冒険者達3人と、長い金髪の優男が森から街道に向けて走っている。その遥か後ろには、ビッグボアの群れが追従して来ていた。
「よおっし、投げろ!」
そう叫ぶと、小さな毛玉のようなものを街道の真ん中に投げて、そのまま街道を走り抜ける。
毛玉は馬車が走って来る前方の地面に落ちると、血を撒き散らしながら高い声で断末魔をあげる。
それは、まだ小さな子供のビッグボアだった。
街道から離れた草むらに隠れた冒険者達は「トレ~ン、トレ~ン」と歌いながら、二台の馬車が近づいて来るのを見守る。
激突音と共に先頭の馬車が避ける間もなく子供のビッグボアを引き潰すのを、追い駆けて来ていたビッグボアの群れが見逃すはずもなく、咆哮を上げながら速度を上げて馬車を追いかけ突進して行った。
「よしっ! これでちったあ、金目のものが手に入るだろ」
「バカだね~、お貴族様がこれから王都を出るなんて口を滑らすもんだから」
「子爵って言ってたから、それなりには持ってんだろ」
「しかし、ビッグボアの群れに襲われるなんて、ついてないお貴族様だね~」
そう言いながらビッグボアの群れが走り過ぎるのを待って、護衛の兵士達諸共に横倒しになった馬車の残骸に向かってぞろぞろと歩き始める。
「ひゃはは、それを言ったらさっきの女なんて運なさすぎ!」
「ちげーねー、ぎゃはは」
「そうそう、運が悪いよねぇ」
そう言って突然、全く別の男の声が後ろから聞こえて来た。
「「「だ、誰だ!」」」
「何だ貴様! どっから出た?」
ビックリした冒険者達はすぐさま剣を抜くと後ろに立つ、黒いフードを目深にかぶった男を怒鳴りつける。
「俺? 俺はね、せっかくおもしろいことをしようと集めていたビッグボアの群れを、アホにモンスタートレインされた運の無い男だよ」
そう言うと、黒いフードマントの背中に漆黒のコウモリの羽を左右に広げて、風切音と共に急加速してきた。
「ひぃ!」
「悪魔だ!」
「ぐあっ」
すれ違いざまに一瞬で、ガラの悪い冒険者達三人が腰から抜き放たれた【魔剣】で腹を横一文字に切り裂かれて倒されると、残された長い金髪の優男が尻もちをついて泣き始める。
「お、俺は関係ない! 俺は知らない!」
「嘘ついちゃダメだよ~。だってお前があのブロンドの女に『ここは危ないから、俺が送ってってやるよ~』って言ってるの聞いてるもんさ~」
「な、なんでそれを!」
「だ・か・ら・さぁ~、お前も……死ね」
「ぎゃぁあああああ!」
スッと切り裂かれた腹筋の下から、自分の内臓が零れ落ちるのを必死に両手で支えようとする優男を、冷めた様子で瞳孔が縦に割れた赤い瞳で見ていた黒フードの男が、最後に大きなため息をつく。
「やっぱり、野郎はおもしろくないなぁ。華が無いよねぇ」
黒いフードをかぶった男はコウモリ羽をパタパタさせながら、ひしゃげた馬車二台と護衛の兵士達を振り返り眺めて鼻を鳴らす。
馬車から放り出されてしまって血溜まりで蠢くだけの子爵達は、手足がおかしな方向に曲がってはいるが、まだ息はあるようだった。
「た、助けてくれ……」
「……褒美ならいくらでも」
「ふん、ついてだ全部まとめて綺麗に片付けてやるか」
そうため息をつくと、【魔剣】をクルンクルンと振り回しながら、「しょーがない、しょーがない、おもしろくないけど、しょーがない」と鼻歌を歌い、馬車の周辺で血を流して倒れている、コワル子爵達の息の根を止めるために軽い足取りで近づいていくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
なんだが凄く暗い気分でトボトボと『採取クエスト』の報告にギルド会館に戻ると、元気な若い二人組の男女に声をかけられた。
「あの、ディアヌのお友達ですよね?」
「聞いていた通り、妖精さん可愛い~!」
そう言って、妖精フィの方を指差す少年少女。
思わずフィを見ると、知らない、というふうに小さく首を振る。
「あ、すみません。僕達はディアヌと同じ村の幼馴染です。
買い出しがあって、王都まで来たのでディアヌに会えたらと思っていたら、妖精さんを連れたあなた達のお話を聞いて」
「それでそれで、ディアヌは元気にしてますか? 急に村を出てお貴族様の所でお手伝いをして暮らすんだって、嬉しそうに言ってたんでちょっと心配だったんです」
キラキラした目で少女に見つめられて、妖精なフィが灰青色の瞳を丸くして少しのけぞる。
その瞬間、荒野に裸で縛り付けられて穢されたあげく殺されてしまった少女の姿がフラッシュバックしてしまう。
眉をしかめる俺を見て、齢115になる妖精のフィがため息をつくと、ゆっくり答え始める。
「フィの『お友達』は、何とか言う子爵の自領について行ったわよ。詳しい名前までは知らないけどね」
「そうですか! それを聞いて安心しました」
「あの子は村でも一番美人の優秀な子だったんで、いつかは立派に成功すると思っていたんですよ。
ああ、でもお貴族様の所だともう会えないかなぁ」
「わあ! まずい、帰りの馬車の時間に間に合わなくなる」
「ああ、残念。もう少しお話がしたかったんですが、もう行かないと。
お話し聞けてうれしかったです。ありがとうございました」
そう言い残すと後ろを振り返りながらも、すごい勢いで走って行ってしまった。
灰色に近い青の瞳を細めたまま、辛そうに見送る妖精のフィの横顔に――そんな彼女に説明させてしまったことを、思わず謝ってしまう。
「悪い」
「いいわ。フィの『お友達』だったんだもの」
「そうか」
「……ハクロー」
「ん? 何だ?」
「フィのぽっけのラングドシャのクッキーはあげちゃったから、もう残ってないのよ。だから……」
「はいはい。どうぞ、お姫様」
そう言って【時空収納】から新作ラングドシャのクッキーを取り出すと、包みごと妖精のフィに渡す。
「ハクロー……」
「何だ? もうないぞ」
「バカ。……ありがと」
そう言うと、クッキーの包みを持ったまま、コロンの白銀色の長い髪の中に隠れてしまった。
でも、コロンのさらさらの白銀の髪から先っぽが出ている――全く隠せていない透き通るような虹色の四枚の羽は、まるで泣いているようにいつまでも、いつまでも震えていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜、王城の病室でアリスがテーブルの上に嬉しそうに手書きの落書きを広げる。
「この間、神聖教会から分捕った――げふんげふん、もらった馬車の横っ腹に付ける、【ミスリル☆ハーツ】のシンボルマークを考えたわ」
「あの馬車そのまま王城まで持ち帰ったけど、あれは分捕ったんだ……」
「当然の迷惑料よ」
何でもないことのように、薄い胸を張って威張るアリス――まあ、確かに今さら返せとは言ってこないだろうしなぁ。
「おおー、かっちょいーでしゅ」
「これは翼を広げたクロスダガーにハートですね」
コロンとルリはお気に召したようで、さすがはアーティスティックな引き篭もりのアリスといったところか。
「厨二病?」
「ちっがーう、もう中三よ」
そう言えば――ポン、と手を叩く。
「ずっと聞こうと思っていたけど、中二で引き篭もって出席日数が足りなくて、進級していないってことは無いよな?」
「は!」
……してないのかよ、ダメじゃん。
評価をいただきました。ありがとうございます。




