34話 受難のフラン
【勇者】三人と王族達が帰ってしばらくすると、酷く憔悴した様子のシスター・フランがガックリと肩を落として半べそをかきながら病室にやって来た。
「ううう、何で私が」
せっかくの長いペールブロンドの髪も、ぱっつんと揃えられた姫カットも心なしか、へにょんとして、本来は透き通るような碧い瞳も光彩を失くして濁ってしまっていて、もはや見る影もない。
少しかわいそうになって来たので、新しくお茶を淹れながらできるだけ優しく声をかける。
「あー、ほら、愚痴ぐらいなら聞くから。な、元気出せ」
「うー、みんなしてズルいですぅ、私だけ~。
そりゃ、神聖皇国の出身で神聖教会の関係者ですけど、ただの下っ端の修道女でしかないのにぃ。
新しく王都大聖堂の責任者になった大司教にはすっごく怒られるし、捕まってる枢機卿には呪詛のような恨み節を言われるし、神聖騎士団長に至ってはは女神様の祟りがあるとか真顔で脅されるしぃ。
私、何か悪いことしましたか?」
「おー……それは大変だったな」
「そんな簡単なもんじゃなかったんですよ! ねえ、聞いてます?」
「お、おう、聞いてる、聞いてますとも」
ついつい、フランから視線を逸らして遠くを見てしまう。
「それから、神聖騎士団長は突然暴れ出してしまって、取り押えられて罰として火刑にされることになって……じっと静かにしてれば犯罪奴隷に落ちるだけで、死なずに済んだのに。
枢機卿は枢機卿で教皇の悪口を言い出して、鞭打ち百回を追加されてしまって。私も打てって言われて、ヤダって言ったんですけど大司教に無理やり鞭を持たされて。ぐすん。
二人の火刑では目の前の椅子から逃げられなくされて、燃え尽きるまでずーっと見させられ続けて。知ってましたか、人って死んでも燃えてると動くんですよ。筋肉が燃えると縮んで」
「わかった、わかったから。もういいから、それ以上はコロンの情操教育に良くないから、やめてあげて」
「えー、聞いてくれるって言ったのにぃー。じゃ、アリスさんでいいですから聞いてくださいよぉ」
「え? 私? 私は……ちょっと、ねぇ?」
「ねぇって、それじゃ~。ルリ様、懺悔いたします」
「いやー、やめてー。そ、そうです、女神様が汝の罪をお許しになります! だから、やめてー」
「えー……ちらっ」
「びくぅ!」
「あ、こら! 小さなコロンを怖がらせるんじゃない。怯えてるじゃないか」
「だぁってぇー」
と、そこへ料理トレイを片手にのせた高堂先輩が、病室の扉を軽快なノックと共に開けて軽い足取りで入って来た。
そして手にした金属トレイをシスター・フランの目の前に持っていくと、上に乗せた釣鐘状のクロッシュをパカッと開ける。
「へい、特大ステーキお待ち! 新鮮な血が滴る、スーパーレアです!」
「ぎゃ――――っ!」
こんがり生焼けの大きな肉の塊がいい匂いをさせていたが、シスター・フランは白目をむいて倒れてしまっていた。
「悪魔か!」
「おしい、近い!」
アリスのツッコミに、意味不明のボケをかます高堂先輩。しかし、これでシスター・フランには悪いが静かになった。
「高堂先輩、珍しくグッジョブです」
「そお? せっかく持って来たのにね。勿体無いからみんなで食べてよ。あ、ちゃんと王城の料理人が作ったものだから安心してね」
そう言うと、楽しそうに「じゃあね~」と手を振ってスキップで帰って行った。
ちなみに、コロンは高堂先輩が来た時の定位置となった、俺の肩の上で白銀のしっぽを丸めて、頭にしがみつくとプルプル震えている。もう慣れることは無いのかもしれないな。
「それじゃ、ちょうど良いから晩飯にするか」
「そうね」
「クロセくん、食べやすく皿に切り分けますね」
「包丁はコロンがてつだう」
こうして、床で白目をむいて転がっているシスター・フランは放っといて、夕食の準備を始めるのだった。
「あ、レアが嫌な人は言ってね。ミディアムでもウェルダンでも、追加で焼くからさ」
「ひどいです! あんまりです!」
夕食を取り終わってしばらくして、気がついたシスター・フランは病室の窓を開けて、パタパタと風と一緒に室内の焼肉の匂いを外に送り出している。
「大聖堂に帰ればいいんじゃ」
「ハクローさんが一番ひどいです! 実は今晩、私って大聖堂の修道女宿舎に居辛いんですよねぇ。えへへ」
碧い瞳を細めて少し寂しそうに微笑むシスター・フランに、ああ、それもそうか、とやっと思い至る。
あんなどうしようもない枢機卿でも王都大聖堂のトップだったんだから、教会内部からは最高責任者を火刑に追い込んだ一人という風にも見えてしまうのか。
元々フランは【神託】のスキルで教会でも立場が微妙で、あまり周囲にはなじめていなかったようだから、なおさらか。
助けてくれる上司やかばってくれる友達がいれば、一人でこんな所にいるはずがないんだ。
「新しく王都大聖堂のトップになった大司教は、そんなに悪い人じゃないんだろ?」
「そうですねえ、元々なんであんな仕事のできる大司教が、わざわざ火刑になるような枢機卿の下について、王都大聖堂で働いているのか不思議だったんですが。
初めからこうなることを予想していた教皇と神聖教会の首脳部が、後始末要員として王都に派遣していたのであれば、分かる気がするんですよねぇ。
聖都から遠く離れた王都で監視の目が無くなれば、あの枢機卿なら間違いなくボロを出して自滅するはずですからねぇ。
王都の神聖騎士団長も特に選民意識が強い人が派遣されて来ていたようなので、まとめて邪魔者を片付けるつもりだったのでしょうね。
ああ、後任の大司教は真面目で仕事ができる苦労人ですね、でも枢機卿まで登りつめたりとかそういう偉くなる人じゃないと思いますけど」
そんなことまで聞いてはいないのだが、ぼっちなフランにこれまで普段から溜まっていた鬱憤が、この時とばかりに無意識の内に吐き出されて来ているようでいたたまれない。
そりゃそうだ、わずか16才の少女が鞭で罪人を打ち、火あぶりで死に逝く知人を見送って、平気な顔をしていられるはずがない。
おそらくはたぶん、いや確実にフランにはこれまで愚痴る相手なんて、誰もいなかったんだろうから。
そう言えば両親とも小さな頃から疎遠だったはずなので、自宅で引き篭もっていたアリス以上の、究極のぼっち体質だったりするんだろうか。
あれ? そう言えばルリも入院ばかりで友達いなかったはずだし、コロンも友達は皆殺しにされたって言ってたし、ミラはクラリスがいつもそばにいるが友達は一人もいない真性の引き篭もりで……あれ?
気がついてみると、実は今の俺の周りはみんな友達のいない、ぼっちが集まっているのか?
『車椅子』に座ってこちらを見上げている長い白髪のルリは、その紅い瞳の奥を揺らめかせながら黙って俺を見つめている。
白銀色の長髪と狐耳にしっぽのコロンも、金色の瞳を大きく見開いたまま、じっと俺を見ている。
真っ紅な長髪をかきあげて拗ねたように、紅と蒼のオッドアイで俺を睨むアリス。
そして、泣きそうな顔をしてペールブロンドの長い髪を垂らし、碧い瞳をうるうるさせたフランが、縋るように俺を捉えて放さない。
そう言われてみれば、俺だって友達なんかいない。みんなと同じ、ぼっちに変わりはなかった。
今ここには居ないけどミラとクラリスも入れて、世界を超えたこの世界でぼっちだけが集まって友達になれるのなら、それはもうぼっちじゃ無くなるわけだから。たった一人で途方にくれて悲しむ必要が無くなるんだから、それでいいんじゃないかと、そう思ってしまった。
「それじゃ、今日はみんなと一緒にお風呂にでも入ってけば、身体に付いた匂いも取れると思うぞ」
「え! ホントですか? わーい」
さっきまで泣きそうだったフランが、もう笑顔を浮かべている。すると、すかさずルリが嬉しそうにその手を取る。
「それじゃフランちゃん、一緒にお風呂に入りましょう」
「コロンもいっしょにおふろー」
喜ぶコロンを見て、苦笑しながらもアリスは肩を竦めて見せる。
「しょうがないわね。ちょっと待って、今お湯を張ってくるわね」
お風呂セットと着替えを出しながら、ぞろぞろと美少女四人が揃ってお風呂場へと向かう。
服を脱ぎ去り身一つになったとしても、すぐ傍には同じく裸になった友達がいれば、決して一人ではないのだから。
そのことを確かめるように、たっぷりとお湯を張った大きな、でもたったひとつのバスタブにみんなで浸かるんだ。
そう言えばアリスは大丈夫かな、と少しだけいらん心配をしたりする。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「しょうがなく無いじゃない! 何よこれ、この! このおっ!」
「ああ――アリスさん。そんなに胸を、プニプニしないでください」
「凄いです。お湯に浮いていますよ、アリスちゃん。
これこそが大自然の胸囲……違った、驚異……それも違う、そう脅威です。これは危険物です!」
「わふ~、ふわふわで大きいでしゅ。ふにふに」
「うふふ、コロンちゃんも少し大きくなってきていますよ」
ふくよかで包み込むような乳房にお母さんを思い出すのか、すっかりお気に入りのコロンに、慈愛の母性を見せるシスター・フラン。
「えへへ。ふにふに、ふにふに」
「でも、私が一番大きなおねーちゃん!」
負けずに少しだけふっくらして来た胸を張るルリ、でもコロンは。
「んー、でもこれがいちばんおっきい。ふにふに」
「がーん」
ジャポン、と湯船に顔を沈めてしまうルリと、湯気の向こうの天井を見上げて涙を堪えるアリス。
「くっ! この世界はこうまで、残酷なのか?」
お風呂場からは、きゃっきゃ、うふふと楽し気な四人の少女の声が、扉ひとつ隔てただけの病室まで聞こえてきていた。
後で聞くと、やっぱりアリスさんは全然大丈夫じゃないみたいだった。あれ? ルリさんも撃沈してしまったんですか……。




