33話 ベアトリーチェ
14日目の剣術と歩行の朝練を終えて朝食後、午前中の魔法教室のため王城の裏庭に向かったのだが。
そこには何故か酷くヨレヨレの白衣を、白いブラウスと黒のタイトスカートの上に羽織ったミラ先生が、伊達メガネに手をかけ自慢の☆マークの指差し棒を白い布の掛かった何かに向けて、モデル立ちして俺達を待っていた。
「それでは早速ですが、新作テディベアのお披露目発表会を開催したいと思います」
既に、魔法教室ではなくなっていた。
「それでは、こちらをご覧ください!」
ミラ先生が白い布を、バッと取り去ると、ちょっと大きめの100cmぐらいはある自立したテディベアがその姿を現す。
コロンが前にもらったのと同じ普通のデザインのテディベアだが、違っているのは今回のそれは黒と白のチェックのフリル付きドレスを着ていた。
おまけに、ピカピカの黒のエナメル靴まで履いている。
「さあ! お前の力を見せてみろ!」
先生がマッドな台詞を飛ばすと、驚いたことにテディベアがやおら歩きはじめる。
「おおー、ぱちぱちぱち」
「歩くのね……」
すっかり金色の瞳をキラキラと輝かせてしまっているコロンと、さくらんぼのような唇をへの字に曲げているアリス。
「まあ、昨日買ってた【魔法のはり】と【魔法のはさみ】のレア付与効果が【人形】で、その実際の性能たるや何と『クリエイトゴーレム』だったからなぁ」
「がーん。私、まだ歩けないのに……ぬいぐるみに負けた、ガクッし」
「ルリおねーちゃん、がんば」
謎の血を吐いて両手を地面に着くルリと、歩くぬいぐるみに目を奪われながらも、ルリを元気づける心優しいコロン。
「製造番号MAD-MILLA00001プロトタイプ、この世界に轟くその正式名称は『くま子』!」
「おおー、ぱちぱちぱち」
小さな手を叩いて惜しみない拍手喝采を送るのは、お子様なコロン。
「……あれ? 気のせいか『くま子』が泣いてないか?」
「まあその名前じゃ、ねぇ……」
流石の厨二病なアリスも同意するほど、マッドなミラ先生は壊滅的に名前を付けるのが駄目っぽかった。
「は~……」
あ、そっとため息をついていたクラリスが、目を逸らして遠くの空を見つめてしまった。
「じゃ、じゃあ。く、くま……ベアー……ベアトリーチェ! 愛称はビーチェと呼んであげてください!」
見えない涙を流す『くま子』が不憫になったらしい、ルリが慌てて必死で名前を考えてあげる。
すると、たいそう気に入ったのか、ガバッと顔を上げると走って来てルリの両手を掴むなり、上下に力の限りブンブン振りまくる『くま子』、いや『ベアトリーチェ』――コードネームは『ビーチェ』。
「「「おおー、ぱちぱちぱち」」」
とても良いものを見せてもらった気がして、アリスとコロン共々に手を叩いて称える。
「うん、うん、うん」
そして感極まったのか、遠くを見たままハンカチをメガネの下に当てて涙ぐむクラリス先生。
脳裏にフラッシュバックするような、何か辛い過去でもあるのだろうか。
「そのままでは破れたり解れたりして困るだろうから、っと【時空錬金】で錬成して【物理強化】をかけて、でスロットが三つ付くから――アリス、付与効果は何がいい?」
「えーと、【身体強化】と【物理強化】に【自動修復】ね。ルリ、かけられる?」
頬に手をあてたアリスが横目で視線を向けるとると、ルリは慣れたものでヒョイヒョイと指揮者のように中空で指を動かす。
「うーんと、あった。えいっ、とうっ、やあっ、できたよ」
すると、ブンブンと丸っこい手足を振り回し始めるビーチェ。動きも滑らかで早く、ついには空に向かって声にならない雄叫びを上げてしまう。
それを拳を握りしめてワクワクと見守っていたコロンが、ミラに沢山の星が浮かぶ尊敬の眼差しを向ける。
「せんせ、いかったね」
「わーん、くま子ぉー、ビシッ、あいたー! ……び、ビーチェ?」
コロンの声に我に返り、抱きついた瞬間にビーチェにどつかれる残念ミラ先生だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
午後のクエストは昨日に続けて、今日も開店休業となっていたりする。
実は今日の午後から王城前広場で裁判と公開処刑という、年に数回の大イベントがとり行われるらしく、王都の街中から人が集まってくるとのことで、王城の周辺は身動きが取れなくなってしまうためだ。
この裁判の主催は王国ではなく、南東に位置するお隣の神聖皇国でこの前の人攫い枢機卿に極刑――火刑の判決を言い渡し、神聖騎士団達を犯罪奴隷に落とす処分にするためのものだそうだ。
他国でこのような大規模の裁判が行われるのは珍しいことらしく、なんでも王国が召喚した【勇者】を拉致誘拐した重罪人を、神聖皇国としては神の名の下に裁くことで、友好国であるという立場を明確に王国国民に対して示すという、とっても政治的な判断が最大の理由らしい。
そんな訳で王城の外に出ることもできないようなので、しかたなく病室でまったりとお茶していると、滅多に姿を見せないマリーアンヌ第二王女が呼ばれてもいないのに、わざわざやって来た。
「皆様揃って、こんな所にお集まりで」
「こんな所は余計よ。それにしてもマリーが一人なんて、あら珍しい。暇なの?」
「くっ!」
今回は王国と神聖皇国の本国に結果的に良いように利用されてしまったため、絶好調に機嫌の悪いアリスに、出鼻をいきなり挫かれてあからさまに悔しそうな顔をするマリーアンヌ第二王女。
しかしそこは一国の王女、すぐに澄ました顔を取り繕って見せる。
「お陰様でなぜか神聖皇国から異例となる王国内での裁判実施の申請処理やら、街中で【勇者】への襲撃騒ぎを起こした某男爵の爵位剥奪にお家取り潰し処分など多忙を極めております」
「忙しいのはいいことじゃないの。暇になるとボケるわよ」
「私はまだ15才です」
「マリー、あんた最近眉間に皺が増えてきてない?」
「え? ウソ」
思わず額に手をあててしまう素直な王女様に、意地悪そうに流し目を送るアリス。
「働き過ぎじゃないの?」
「誰のせいですか!」
苦労人のマリーアンヌ第二王女も付き合ってみると案外、おもしろいヤツなのかもしれない。最初の印象が取り返しが付かないほど最悪だったので、今さら急に仲良くするのも難しいんだろうけど。
でも、少なくともアリスとの漫才はテンポがいいみたいで、ノリツッコミもボケ具合も絶妙なタイミングときた。
碌でもない【勇者】召喚事業なんて止めてしまって、二人で上方漫才でも目指せばこの世も平和でずっと住みやすくなるだろうに。
「キッ! クロセ様も、今何か失礼なことを考えましたね」
うわ、バレてーら。とりあえず、ブンブンと首を横に振っておく。ああ、ルリとアリスとコロンまでが白い目でこっちを見てますよ。
「まったく、もう……。今回のことは神聖皇国、と言いますか神聖教会内の勢力争いの側面もあるのです。ようは現教皇にとっても、他の次期教皇候補にとっても、あの枢機卿は生きていない方が良かったということです」
「そんなアホを、よりによって王国の大聖堂の責任者になんかするんじゃないわよ」
隠された経緯を暴露するマリーアンヌ第二王女に、自分の国の生ゴミ掃除を他人の国でやるなよと、文句を垂れるアリス。
確かにそれに巻き込まれたこっちは笑い事では済まないし、王国もわざとケリがつくまで傍観していた節もあるとなると、もっと笑えない。
「まあ、そんな裁判の証言台に代表で引っ張り出されているシスター・フランはかわいそうだが――後で精神安定と特に鎮静効果のあるハーブティーでも煎れてあげるとするか」
今頃は間違いなく泣きが入っているだろう、シスター・フランがちょっと哀れになったきたので、帰ってきたらフォローしてあげることにする。
「あ、それ私も煎れてほしいわ」
「それじゃ、クロセくん、私にも」
アリスが手のひら見せるのに、つられるようにルリもピッと手を上げて――ああ、コロンは白銀のしっぽをフリフリしながら真っ直ぐに手を上げている。
「ハク様、コロンも~」
「じぃー……」
「はいはい、そんなに睨まなくてもマリーアンヌ第二王女にも、三人のお嬢様方にも、全員に煎れて差しあげますよ」
この世界の現代少女はそんなに精神疲労が激しいのだろうか。あれ? 呑気なのは俺だけってことか? んー、俺も飲んでおくか。
「何でカップが五個もいるのよ」
「俺だって飲みたいんだけど」
「そうですよ、アリスちゃん。こんなんでも、クロセくんだって疲れているんですから」
ルリがまったく悪気の無い笑顔で、俺の日焼けした二の腕をポンポンと叩く。
「こんなのって、……ルリさんがいぢめる」
「あ」
「ハク様、よしよし」
ああ、コロンだけなのか――俺の心のオアシスは。やっぱり、俺も飲んでおこくことにしよう。
「コホン。ところで、クロセ様に折り入ってお願いがあるのですが」
そう言って、マリーアンヌ第二王女が胸の前で両手を合わせて上目遣いで身体を寄せてくる。
そういえば、なぜだか意味も無く今日は隣の椅子に座っているなぁと思っていたら。ああ、だから今日は胸元を露わにしたローブ・デコルテのドレスなのか。
確かに16才には見えない豊かな双丘の谷間と清楚な艶が、世の中の男達の視線を釘付けにするように、そこには体現されていた――んだが。
「はあ~~ぁ」
俺が大きなため息をついて、媚びるように差し出された胸元から目をそらすと、反対の隣席に座るアリスが少し驚いたように小声で聞いてくる。
「どうしたのよ、あの美乳に興味無いの?」
「前にも言ったかもしれないが、家にはこんなのが文字通りゴロゴロしていたからさ。今さら、なぁ。
家の五人の姉貴達は誰もが、巨乳とか爆乳とか言われる最終兵器を胸部装甲として通常装備していたぞ。六番目の姉貴だけはロリ体型で、外で会うと俺のことを『おにーちゃん』と呼んでいたけど」
「そ、それはすごいわね。でも、お姉さんと異性とは別でしょ?」
そっと自分の薄い胸に手を当てて、アリスはそんなことをボソボソとつぶやく。
「俺の家だけじゃなく、胸が大きいだけの女なんて世の中に掃いて捨てるほどいるだろ?」
「あんた、私にケンカ売ってんの?」
俯き加減に、こちらを睨みつけて来るアリス。
「そんな訳あるか。この世界でもソープ――娼館に行けば胸が大きいだけの女なんて、それこそ腐るほどいるだろ?
ただ、その女の武器を使ってしまえば、大概ビッチに見えるぞってことだ。
世の中にはビッチが好きな野郎共もいるけど、俺はビッチなんて家の姉貴達六人だけでお腹いっぱいだ」
「あんた自分の姉をつかまえて、何てこと言うのよ」
「自堕落な女、尻軽女、阿婆擦れ。流石に売りこそやってなかったみたいだが、姉貴達の見た目に騙されて良いように貢がされた哀れな男どもは星の数ほどだ」
「お、おうぅ……そ、それも凄いわね」
「だいたい王女がビッチで良いのか、この国は?」
「王女がどうかしましたか?」
テーブルに隠れるようにアリスと小声でこしょこしょ話をしていると、声が漏れていたらしくマリーアンヌ第二王女がすり寄るようにして、これでもかと女の武器をてんこ盛りに持ち上げて最高の作り笑いで聞いてくる。
ああ王女様、ルリさんとコロンさんが「このクソビッチ、離れろよ」とでも言うような、絶対零度の冷めた視線で睨んでいますよ。
早いとこ気がついてくださいよぉ。それに、まったく全然ちっともホントに似合っていませんから。
「はあ~ぁ……」
思わずもう一度、盛大にため息をついていると。
「え? ええ? あれ? あれれ? う……、うう……」
あ~ぁ、とうとう豊かな胸を両腕で抱き上げたまま青い瞳に涙を浮かべて、王女殿下――というよりも、ひとりの女としての自尊心を自己崩壊させ始めたマリーアンヌ第二王女。
すみませんが、男の俺がかける言葉はありませんって。
「お前達、こんな所で何をしている! 人が殺されようとしているんだぞ! ああ、マリーここにいたのか」
病室の扉を乱暴に開けて、呼ばれもしない、生徒会長達までもがやって来ました。何だか、今日は無駄に先客万来です。
あぁ今、生徒会長さんもマリーアンヌ第二王女の胸から視線をそらしましたね。それは、どっちの意味だったのでしょうか。
「何をしてるって、ん~言われてもなぁ――見たとおり、お茶ぁ?
そもそも裁判は神聖皇国が大司教を主管に実施させているものだし、殺す殺さないは罪状と刑法に従って厳正に判断されるんだろうから、俺達の出る幕は無いだろ?
何より、ノコノコ出て行ってまた誘拐されても困るぞ?」
「俺達【勇者】が守ってやる」
平和な日本から来たイケメン生徒会長が、腰に手を当てて胸を張りながらそんなことをのたまう。
は? 何言ってんだ、このバカ者は。自分がこのあいだ吐いたセリフも忘れたのか?
しかも言うに事欠いて、誰が、誰を守るって?
あ、目の前がだんだん紅く、なっていく……。
すると、黙ってしまった俺の代わりにアリスが、ゆっくりと口を開く。
「あんたあの時、何してたのよ。王城でボケっとアホ面さげていただけのクセに。
チートスキルとチート武器をもらっただけの、役立たずはスっこんでなさい。
それに、あんた分かってんの? ハクローの瑠璃色の瞳の奥が紅くなって来てるのが……殺されるわよ」
おいおいアリスさん、何てぇ酷い言い草ですか。
そんなつもりは――あれ? 俺の心臓に近い方の左手を、ルリの右手が握っている――あ、右手は横に立つコロンの左手に握られている。
不思議と二人の手の温かさが、とってもよく分かります。
「【勇者】様、王国はあなた方に神聖皇国との戦闘を許可することはありません。ここは私に免じて下がってください」
「しかし、マリー!」
たじろぐように視線を彷徨わせながらも、マリーアンヌ第二王女に食い下がる生徒会長に、やっぱり状況をまったく理解していない風紀委員長が、俺達に向かって正義は我にありとばかりに、仲裁とは名ばかりの横槍を入れてくる。
「沢登くん、今日のところは帰りましょう。でも、私はあなた達のやってることを許すつもりはないわ」
「何を勘違いしているのよ、この女は。
誰があんたなんかの許可を必要としてるってのよ」
ついに切れ始めたアリスが、この世界で俺達に必要のない人間の存在を確信して切って捨てる。
「あなた何てことを!」
「【勇者】様、もう一度言います、ここは私に免じて下がってください」
逆切れした風紀委員長が詰め寄ろうとするが、凍えるような低い声でマリーアンヌ第二王女がそれを許さない。
「マリー、あなたまで!」
「沢登くんも、琳ちゃんも、マリーちゃんがこう言ってるんだから帰ろうよ、ね?」
あいもかわらず他人まかせにして、ぼんやりと副生徒会長が珍しく間に入ってくる。
「【勇者】カオリ殿もこう言っておられるのだ。二人の【勇者】殿も部屋に戻られよ」
いたのか、フレデリック第一王子。最近、影が薄かったぞ。
結局、生徒会長達三人組はフレデリック第一王子に押し切られるようにして、病室を出て連れてかれてしまった。
去り際にも何か言いたそうにしていたが、誰も相手にする者はいるはずもなかった。




