32話 ミラの休日(下)
今回は上下話になっているため、2話連続投稿していますのでよろしくお願いします。上話を読まれていない方は申し訳ありませんが、前話の31話を先にお読みくださるようお願いします。
「じゃあ、お昼は屋台でいいんだな」
ようやく本来の目的だった鍛冶屋の買い物を終えて、大通り商店街を歩く道すがら出店の軽食を買いながら、みんなで王城に帰ることにした。
「わーい、私、食べ歩きする買い食いって初めてなんですよ」
「だいじょうぶです、姫様。このベテラン立ち食い職人の私が付いていますから、安心して泥船に乗ったつもりでいてください」
「クラリス、大船な。コロンがいるんだから、嘘を教えるようなことは言うなよな。コロン、泥船じゃ沈むから大船だぞ」
「おおー、ハク様すごいでしゅ」
「相も変わらず、ハクローはコロンに過保護ね。それに、硬いわよ」
まあ、お姫様付きの侍女としては王城の外に出て俺達を試しているのかもしれないが、コロンのお父さんとしてはそこはしっかりとしないとな。
「てへり。大変失礼いたしました、クロセ様」
「わかってくれればいいさ。ああ、お姫様もクラリスも毒があるかどうかは【解析】で確認しているから、それこそ大船に乗ったつもりで安心していいよ」
「クロセ様、ありがとうございます。それではさっそく、これは何ですか?」
「何かの肉の串焼きだな、げ、オーク肉って書いてあるぞ」
「う……豚肉のようなもんよね」
「そういえば、アリス様は王城の立食パーティーに参加されなくて良かったんですか?」
侍女のクラリスが今日のスケジュールを思い出したように聞く。
「あー、この前に着た白のドレスアーマーが思ったより目立ってしまったからねぇ。人が集まって来て大変だったから、今回はパス」
「ああ、あの噂の純白のベルラインのミニドレスですよね。私も見てみたいなぁ」
「ミラになら、今度見せてあげるわよ」
「わーい」
「よかったですね、姫様」
「あ、クロセ様、これは? 肉まんじゅうでしょうか」
「ああ、ミラの指差しているのは、蒸かしてあるけど……食べたら、肉か、ピザか、カレーか、あんこか、はたまたクリームだったり」
「ハクロー、話が長い」
ぐすん、中華街の豚角まんが食べたいだけだい。
「姫様、肉春巻きがありますよ。揚げてあるのと、生があります」
「ケバブっぽい焼肉切り落としサンドもおいしそうだな」
「あむあむ」
「あ~。コロン、もう食べてる」
「あ、クロセくん、搾りたてジュースもありますよ」
なんて言いながら、目につくものを片っ端から買い食いしながら食べ歩く、お姫様と愉快な一行だったりした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
王城では先日のエドモント第二王子の事実上の失脚で、変更になった王位継承順位の発表を兼ねた即席で簡易な立食パーティーが開催されていた。
生徒会長達も【勇者】としてドレスなどで正装して、マリーアンヌ第二王女とフレデリック第一王子と一緒に出席させられていた。
だいぶ慣れてきた仕草で王座の前に跪き挨拶をする生徒会長達に、鷹揚に国王が声をかける。
「訓練の方は順調と聞くが」
「はい。基本的な必要スキルの習熟訓練は、ほぼ終了しています」
「それは重畳。我が王国も【勇者】殿達のできるだけ早い活躍に期待しているぞ。
そういえば……神聖皇国から来ている大聖堂の枢機卿が死刑になるらしいが。なんでも、【聖女】殿達が関わっているらしいな」
「それは……え? し、死刑?」
「なんだ話していないのか、マリー? 明日、王城前広場でとり行われると聞いておるぞ」
「【勇者】様のお心を煩わせるほどのことでもありませんので、わざわざには」
横に控えていたマリーアンヌ第二王女が、冷え冷えとした声で淡々と答える。
「ふん、そうか。まあよい、今日は楽しんでいくがよかろう」
「……そんな」
「この間、歩けない藍川さんを海外に攫って行こうとした、あれよね?」
国王の前を離れても、青白い顔をしている沢登生徒会長を見て、複雑そうな顔をして長瀬風紀委員長が先日のことを思い出す。
いつもはおっとりとしている宮野副生徒会長もまた何か起きるのかと、少し不安そうに顔を曇らせる。
「そうだその公開処刑なら、【勇者】カオリ殿。私と一緒に見物に行かれますかな? 王族用の特等席があるのですよ」
「え? ……ええ?」
相変わらず空気の全く読めていない、フレデリック第一王子が明るい声で副生徒会長を誘う。
それを特段止める様子もなく、黙って見つめるマリーアンヌ第二王女。それはまるで、ぬるま湯のように甘ったるい【勇者】達に一度その目でこの世界の現実を目の当たりにして来いとでも言わんばかりの、極寒のように冷めた目をしていた。
「そうだ、それがいい。あすの公開処刑は神聖皇国がとり行う滅多に見れないものとなろう、【勇者】殿達の分も含めて席を用意させよ」
ご機嫌のフレデリック第一王子がマリーアンヌ第二王女に顎で指図するが、その矛先はすぐに部下へと向けられる。
「タチアナ副騎士団長、頼みましたよ」
「は、かしこまりました」
公開死刑と聞いて動揺を隠しきれない平成日本の高校二年生の三人を置いてきぼりにして、フレデリック第一王子がどんどん話を進めて行ってしまい、とうとうマリーアンヌ第二王女が女騎士のタチアナ副騎士団長に指示を出して、気がつけば外堀をどんどん埋められてとうとう逃げ場を失ってしまっていた。
そこでようやく平和ボケした日本人の代表である長瀬風紀委員長が、ふと明日その目で見ることになるであろう光景を思い浮かべて最悪の予想をしてしまう。
「ねえ、この世界の死刑って電気椅子とか毒を使った安楽死ってことは無いわよね」
「確か火刑――生きたまま火あぶりの刑だって言ってたよ。あのジャンヌダルクが殺された方法だよね」
宮野副生徒会長がのんびりとした声で、そう言えばそんな話を聞いたよと答えると。
「ぐっ……、げぇ!」
つい具体的に放送禁止映像を脳裏に想像してしまったのか、見かけ通り繊細な神経をした沢登生徒会長が両手で口を押えて会場から走って出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「わわわ~、置いていかないでよ~」
置いてきぼりになってしまった風紀委員長と副生徒会長は慌てて後を追うし、当然のようにフレデリック第一王子も付いて出て行ってしまう。
後に残るマリーアンヌ第二王女はその冷たさしか感じさせないストロベリーブロンドの長髪をサラッと払うと、あろうことか国王陛下を置きざりにして会場を出て行く非常識者達をまるで道化でも見るように、その氷のように澄んだ青い瞳で黙って見送っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ああ、これが冒険者ギルドですね?」
ミラが、煤けた扉の大きな石造りの建物を見上げる。うろうろ食べ歩いていると、いつの間にか冒険者ギルドの近くまで来ていたようだ。
「今日はこのまま、お休みだよな」
「まあ、仕方ないわよ」
「ミラさん、あんなに喜んでいるんですからねぇ」
「おお、お休みでしゅか」
すると、クラリスがペコリと頭を下げて来る。
「姫様のために申し訳ありません」
「いいわよ、それよりもミラもクラリスも冒険者に絡まれないように気をつけなさいね」
わくわくしながら待ち切れない様子で扉の隙間から中を覗いていた、お姫様が【偽装】のペンダントで茶色に変えられたその瞳をキラキラさせて振り返る。
「ねえねえ、入ってみてもいいですか?」
「ミラ、私から離れないのよ」
そう言いながらアリスが真紅のドレスアーマーをひるがえし先頭切って冒険者ギルド会館の扉を開けて中に入ると、フロアのざわめきがピタッと止まる。
そして小さなひそひそ声が、わずかに聞こえてくる。
「【紅の魔女】だ……」
「ホントだ【紅の魔女】に違いない」
「ばかやろう! 【紅の魔女】と目を合わすな、殺されるぞ」
ギルド会館のフロアの真ん中で、アリスが紅い長髪を逆立ててプルプル震えてしまう。昨日もスラムのボスが言ってた、あれだな。
「……だ、誰よ! 今、言ったのはー! 私は【賢者】で【聖女】よっ!」
しかしそんなアリスを、お姫様が【偽装】で色を変えた茶瞳をキラッキラさせて、紅の長髪に真紅のドレスアーマーと白銀プレートを着てギルド会館の一階ホールの真ん中で仁王立ちするアリスを羨望の眼差しで見つめている。
「凄いです、アリス様はその若さでもう『二つ名』をお持ちなんですね!」
「姫様、数多くの冒険者が集まる王都の冒険者ギルドでも、『二つ名持ち』はSランクやAランクなど非常に限られた数少ない存在なのですよ」
ハリウッドスターの人気女優でも見ているようなお姫様と、それを煽りまくる侍女のクラリス……あなた達も身バレすると似たようなもんではなのでしょうか。
「あー、他人のふりな」
「うん、クロセくん」
「あい、ハク様」
この混沌化した空間に巻き込まれないよう、一歩も二歩も下がって退避するルリとコロンに、【ドライスーツ(防壁)】を覆う『魔素』を使って光量子を屈折させることにより、光学迷彩化して三人の姿を【隠蔽】できないかなどとボンヤリ思案してみたりする。
そんな中、ホールのど真ん中で唯一人吠えるアリスさん。
「誰よー! 出てきなさいよー!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
アリスが大声を張り上げて喉が渇いたと言って、今は大通り商店街のクッキー店『ラング・ド・シャ』でお茶を一杯もらって一休み中だ。
「酷いですよ、ずーっと来てくれないで、『師匠』!」
制服の白い半袖ワイシャツに黒のショートパンツをサスペンダーで吊っている男の娘が、『車椅子』に座るルリの足元にすがり付いて泣いている。
気のせいか白いエプロンのチェシャ猫のニヤケ顔も、今日は泣き顔に見える。そしてルリは、いつの間にか『師匠』なんてものを襲名していた。
「ご、ごめんなさい。最近、ちょっと忙しくって」
「いいんですよー。あれから物凄い勢いでジャムを使ったラングドシャの開発に没頭して、周りなんて見えていなかったんですから。」
同じ制服を着た双子にしか見えないボクっ娘が、紅茶のお代わりを持って来てバラす。
「このキャラメルクッキー、凄く美味しいです!」
「姫様、こちらの紅茶が入ったラングドシャも大変美味しゅうございますよ」
お姫様達にもご好評なようだが、問題は最新作のジャム入りラングドシャのクッキーだ。
「どれどれ、わぁ! アプリコットのサクッとして美味しいじゃない」
「ああ、ラズベリーのもサックリといい食感だぞ」
「いちごもサクサクでしゅ」
「わー、どれも水分量や粘度が違うのに上手に焼けたんですね」
その難易度を知るルリがちょっとづつかじりながら、その完成度をほめる。
相変わらず両手で口まで持っていきカリカリする姿に、ピコピコと動く白くて長いウサ耳が見えてしまう。
ひとつのクッキーをまるごと全部食べ切っていては、いくつもの種類を食べることができないルリは、少しかじっては残りのかじりかけのクッキーを俺の口に放り込む。
「ハクローくん、あーん」
「あー、パクっ。もぐもぐ」
「「「「じー……」」」」」
「なんだかそこの二人だけ、いい雰囲気ですよねぇ。ルリ様がとっても可愛くて」
「しっ、姫様、ここはそっと見守るトコです。でへへ、じゅるり」
「うー。何だかハクローだけ、ムカつくわね」
「アリスおねーちゃん、はい、あーん」
「ぱく、もぐもぐ。ううっ、コロンは何て可愛いのよ」
ぽろぽろ泣いているアリスは放っておいて、男の娘に聞いてみる。
「どれもおいしいけど、全部新商品として発売するのか?」
「はい。ジャムの種類によっては、季節限定になったりしますが。ジャムの元になる果物も最近では結構長期にわたって手に入るので、そういった意味では助かるのですよ。
ただ、種類が多いとどうしても手間がかかってしまって」
「じゃあじゃあ、『日替わり限定品』で毎日ジャムの種類を変えれば、そんなに時間もかからないし、お客さんも毎日たのしみに来てくれるかもしれませんよ」
名案ですとばかりに人差し指をピンと立てて見せるルリに、腕組みをしてウンウンと頷くアリス。
「『限定品』ね、私もその響きに弱いのよね」
「『限定』って聞くと、ついつい買っちゃうよなぁ」
「クロセ様、『数量限定』は悪魔の囁きですよね」
「そうすると姫様のように、売れ残ることも無くなりますね」
「ちょっとクラリス、それどういう意味ですか。それにクロセ様に、何てことを言うんですか」
「ほほほ」
「あー、クラリス。今、笑って誤魔化しましたね」
「そぉーですよ! 『日替わり限定品』でお客様には毎日飽きることなくご来店いただいて、売り上げアップです!
ボク、さっそく今あるジャムでローテーションを考えますね」
フロント営業のボクっ娘が雄叫びを上げる。バックヤードで職人肌の男の娘には苦労させられているようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、ミラには馴染みが無いと思うが試しにアリス行きつけの服屋に行くと、いつもの女性店員が文字通り物凄い勢いで飛んできた。
「アリス様、『わいやーぶら』ができましたよ! これは画期的です、もはや革命ですよ!」
完成したワイヤーブラを手に握りしめてアリスに掴みかからんとしているのを、どうどうと落ち着かせるが、そこからが大変だった。
攫われるように試着室に連れ込まれて消えたアリスの後を、みんながぞろぞろと追って行ってしまうので、俺だけが残って大人しく静かに黙って待っていると、しばらくして。
「ぎゃー、アリス様。どうしたのですか、その見事は胸は!」
「クラリス、少し落ち着きなさい」
「姫様、これが落ち着いていられましょうか! ふんだ、プロポーションのいい姫様にはこの凄さは分からないでしょうね」
「わーん、クラリスがヤサぐれてしまったぁ~」
「ぬふふ~、ちょっとは……いけるわよね」
「アリスちゃん、よかったねー」
「ハク様のおかげでしゅ~」
試着室に引き篭もった女性陣が全員、怒涛の嬌声を上げながら騒ぎまくって、いつまで経っても出てこないのだった。
しかも、出て来たら出て来たで、ミラだけでなくクラリスまでがTシャツを掴んだまま、「う~、うう~」唸るもんだから、結局は二人の分も形状記憶で加工した【釣り糸(タングステン合金ワイヤー)】を女性店員に渡して、ワイヤーブラをオーダーメイドしてもらうことになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日はとっても楽しかったです」
茜色に空を染める夕暮れ、いつもの王城の裏庭で【偽装】を解除して、元の温かみのあるストロベリーブロンドと切れ長の翠瞳に戻ったミラレイア第一王女姫殿下が少し寂しそうに微笑む。
その後ろには夕陽に赤く染まった、巨大な五層構造の王城がそびえている。
「皆様と一緒に過ごした今日という一日を、私は一生忘れません。本日は本当にありがとうございました」
一歩下がった侍女のクラリスと一緒に、美しいまでのカーテシーでスカートの先を軽くつまみ、お姫様が後ろに下げた膝を折る。
「またいつでも一緒に出掛ければいいさ。お姫様の護衛はいつでも引き受けるからさ」
「そうよ、まだまだおいしいものは一杯あるんだから」
「ミラさんもクラリスさんも、今度はケーキ屋さんやお花屋さんにも行きましょうね」
「せんせ、またあそぼでしゅ」
わずかに傾げたその美しい顔を――切れ長の翠瞳に涙を溜めながら薄い微笑みで飾る。
サイドヘアーがふんわりと風になびいて、やわらかなストロベリーブロンドがとても綺麗だった。
そして、たった一日の休日を終えたお姫様のミラは泣きそうな震える声で、でもしっかりと背筋を伸ばして見事に美しいモデル立ちで胸を張り頷き返す。
「はい」




