31話 ミラの休日(上)
今回は上下話になっているため、2話連続投稿していますのでよろしくお願いします。
13日目の夜明け前、剣術と歩行の朝練を始めるとすぐに、コロンがうれしそうな声をあげる。
「わわ、【二刀流】を習得しまちた! ハク様と一緒でしゅ、えへへ」
白銀色の【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を両手に掲げたまま、抱きついてくる小さなコロン。
「おー、すごいな。ちょっとやって見せてみて」
「あい!」
かわいい返事をすると、【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】をひゅんひゅんと振り始めるコロン。
「おおー、早過ぎてまったく見えん。しかも俺の【二刀流】よりも、遥かに両手の流れがきれいだ」
「うへへ~」
ご機嫌のコロンは、にへら~と笑うと再び【二刀流】で振り回し始める。
「そうだ、ためしにこの剣でやって見せてくれるか?」
「あい」
俺の持っていた二本の片手剣をコロンに渡してみるが、慣れない真剣を振ることになったからなのか風切音はわずかに聞こえて来るだけだった。
「あれ~?」
どうも、料理道具と違って、人殺しの道具である真剣だと上手く振れないようだ。
「ああ、【剣術】が無いから上手くいかないのか、それとも『戦う【料理人】』に特化したビルドということなのか」
「う、うう~……」
ぎゃー、コロンが涙目に!
「ああ、ごめん、ごめんよ。コロンは人殺しの道具の真剣なんかじゃなくて、愛と平和の『戦う【料理人】』の道を突き進んでくれればいいと思うよ」
「あい!」
涙を振り払い、元気に笑顔で返事をする小さなコロン。ほぉー、機嫌が直ったみたいで良かった……いや~、今のは危なかったぞ。
「うう……私は【二刀流】ができない、ぐすん」
ヤバイ、今度はシアン色の【魔法のスコップ】と【魔法のジョウロ】を持ったルリが涙目になっている。
「ルリはまだちゃんと歩けないし、リハビリしてこれから力を付けて……そもそも、園芸部ってことだったら生産系なんだから、【二刀流】はいらないのでは?」
「う~、うう~、仲間外れは嫌です~」
「わ、分かった。ちゃんと体力が付いたら一緒に練習しよう、な?」
「わーい」
できるだけ殺人からは遠い場所にいてほしいが、この世界がそれを許さないのであれば、自分の身を守れるぐらいにはしてあげなくては。昨日や一昨日のこともあるし。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「へえー、そうなんだー、ふぅーん。
コロンちゃんは【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】で【二刀流】を開眼したし、ルリちゃんも【魔法のスコップ】と【魔法のジョウロ】を持ってるし……いーなぁ~、うらやましーなぁ、ちらっ、ちらっ」
午前中の青空の下、魔法教室でミラ先生が今朝の話を聞いて、羨ましそうにして侍女のクラリスに流し目を送っている。
しかも、今日は胸元に少しのフリルがついている可愛い系の半袖の白ブラウスで、濃紺の膝上丈フリルスカートだ――あざとい。
侍女のクラリスも苦笑してから、頷くようにしてオーケーを出す。本来が引き篭もりのミラレイア第一王女が、自分から外に出かけたいと言い出したのが、少し――いや正直、凄くうれしいのかもしれない。
「わかりましたよ、姫様。その代わり【偽装】のペンダントで髪と目の色を変えてくださいね」
「わーい。ありがとねクラリス、大好きぃ~」
「くすっ。はいはい、姫様」
凄く優しい顔をしてメガネの奥の目を細めるクラリスに、みんなの温かい視線が集まっていた。
クラリスも確か王家の従者を長年に渡り排出してきた男爵家のご令嬢のはずで、この二人こそが王国の貴族の典型と言ってもいいはずなんだが。
なぜか今まで見てきたお貴族様の酷さが際立つからか、二人がこの王城で最もまともな人間関係に見えるのは気のせいだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
という訳で、王城を出て大通り商店街をみんなでトコトコと歩いてお買い物へ向かう。
驚いたことにお供は侍女のクラリスだけで、警護の騎士は誰も付いて来ていない。隠れて警護というわけでもないようだ。だって【ソナー(探査)】に全く反応がないのだから。
もしかして、護衛が不要な王族としての扱いということか?
まあ、少なくとも一緒にいる間は俺達が護衛をしてあげられるから、何の問題もないんだが。何だかこの王国の王侯貴族で唯一まともに見えるミラが、王国からいらない者扱いをされているようで、すごく嫌な気分になる。
もちろん、ミラと付き添いの侍女クラリスには【ドライスーツ(防壁)】をかけてあるので、不意の奇襲や事故にもバッチリ対応できる。
肝心のミラレイア第一王女姫殿下は綺麗なストロベリーブロンドと翠瞳を、【偽装】が付与されているペンダントでブルネットと茶色の瞳に変えている。
着ている服も涼し気な、薄いアンバー色をしたシンプルなワンピースだ。たぶん、見慣れた人じゃないと、パッと見で誰か分からなくなってしまっているはずだ。
が、進まない――ち~っとも、目的地に向かって進んでいない。
「わあ、何これ? ねえねえ、あれ何? きゃー、見て見てこれ凄ぉ~い!」
大通りに面している商店街の軒先にある物、ある物、すべてに興味を示して、あっちにウロウロ、こっちにウロウロと決して真っ直ぐ歩くことをしない。
そうかと思うと、街の片隅の大道芸の前に座り込んで動かなくなってしまったり。まあ、ウチの三人娘達も同じように目をキラキラさせて隣に座って見ていたので、別に文句が言いたい訳では無いのだけれど。
「え? 私が手伝うの?」
「ミラさん、がんばってください」
「がんば」
「いや、ムリムリ」
「姫様、ここは王家の威信を見せて」
「こんなとこで見せちゃだめでしょ」
「あ、いや、だからムリだって。イヤだって言ってるじゃ……ぎゃー!」
「「「「あー……」」」」
「ああ、姫様。何とお労わしい……」
そして露店のジェラート屋にへばりついてしまい、長蛇の列に並ばされたり。まあ、これも行列のできる店だけあって非常においしくて、ウチの三人娘もお姫様と同じくニコニコ顔で食べていたので、全く問題は無いわけだが。
「クロセくん、これはおいしいですね」
「ホント、行列するだけのことはあるわね」
「並んだの俺だけどな」
「うまうまでしゅ」
「あら、クラリスのおいしそうじゃない。一口ちょうだい、ぱくっ」
「一口だけですよ、あーっ! 一口って言ったじゃないですかっ」
「何よ、けちー」
「く、クロセくんのもおいしそうですね」
「ん? ルリも食べてみるか?」
「いいんですか! わーい。ぺろ……ぽっ、でへへへへへ~」
「ルリ、あんた……」
「ハク様~、コロンも~」
「ほら、コロン」
「わーい、ぺろ。わー、おいちいでしゅ」
「ああ、コロンちゃんとも間接キスです……ぽ」
「……ルリ、あんたねぇ」
街角に座る似顔絵描きには【偽装】で変装したお姫様を描いてもらった。バレるかとも思ったが、そんなことはちっともなかった。
あんまり引き篭もりがちな第一王女は国民に知られていないのかと心配になったが、まあそうでもないようだ。
「お客さん、髪と目の色が違えば王女様にそっくりて言われないかい?」
「えー、みんなにそんなこと言ってるんでしょ?」
「ナンパ? ナンパですか?」
「しずむの?」
「コロンちゃん、それは違います。ナンパというのはですね、下心満載の男性が女性に」
「ミラ先生、コロンにいらんこと教えんでいいです」
「そういえば、そっちの髪の紅い娘は最近ちまたで有名な【紅の魔女】にそっくりだって言われないかい?」
「「「……!」」」
「……何ですって? もっかい言ってみなさいよ」
「ひっ」
「こら、堅気の人を脅すんじゃありません」
「う~、だってぇ」
「えへへ~。この似顔絵、私のお部屋に飾るんだ~」
「クラリスさん、いいんですか?」
「どうせパッと見で姫様とは分かりませんし、だいじょうぶでしょう」
「おー、それじゃこの似顔絵の絵描きさんの描いた絵が王宮画家の絵画と並べて飾られるのか」
「え? 何? どゆこと、お客さん?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁはぁはぁ、やっと着いたぁ~」
肝っ玉ドワーフ母さんの鍛冶屋に着いたのは、それから大分してのことだった。
「クロセくん、今回はとっても遠かったですねぇ」
「ハクロー、何でこんなに時間くってんのよ」
「どうしたんだい、あんた達。へとへとじゃないかい。まあ、こんな店先で話すのも何だから、まずは店に入りなよ」
相変わらず強力なウェーブのブルネット髪と灰色の瞳をした小柄なドワーフの美少女が、店の前まで出て来て腰に手を当てて苦笑していた。
その横を まだまだ元気なお姫様が歓声を上げながら、タターッと店の中に飛び込んで行く。
「きゃー、何これ? わー、すごーい。ぎゃあー!」
「姫様、落ち着いてください、あ、ぎゃあー!」
店内で騒ぐこの国を代表する王侯貴族の二人に、肝っ玉ドワーフ母さんが小さな声で聞いてくる。
「何だい、あれは? というか、誰だい?」
「あー、聞かない方がいいと思うわよ」
「俺もそう思う」
「世の中、知らない方が幸せなこともあるんですよ」
「なーむーでしゅ」
「な、何だいみんなして、怖いじゃないかい。そうゆうの、あたしゃ嫌いなんだよ」
なんて漫才を肝っ玉ドワーフ母さんとしていたら、お姫様はもう買うものを決めたようだった。
「あったー! クロセ様、【魔法シリーズ】の【魔法のはり】と【魔法のはさみ】です。
しかも、【物理強化】【自動修復】の他に【人形】というレア付与効果が付いている優れ物です。
これで待望の新作テディベアを完成させることができます、ふんすっ!」
「お姫様、買って嬉しそうなとこ悪いんだけど。付与効果【人形】って『クリエイトゴーレム』って【解析】で表示されるんですけど。
あと、教室の外に出ると『様』で呼ぶの、やめてくれませんか」
「えー、でもイケメンの殿方を『様』以外で呼ぶとなると……恥ずかしくて」
「俺はイケメンじゃないし、それ以上に『様』で呼ばれる方がずっと恥ずかしいんですけど」
「(ねえ、ルリ。目付きは悪いけど、見た目はそんなにおかしなことは無いよね)」
「(ええ、アリスちゃん。どうも小さな頃からお姉様達六人に毎日繰り返し『キモいヤツ』と言われ続けたらしくって、それが……)」
「(あー、刷り込み……インプリンティングされてしまっている訳ね)」
「(お母様はそんなことは無かったようなのですが……そのためか、特に女性からの評価全般を頭から信用しないようで)」
「(いったいハクローの家のダンジョンには、どんだけ厄介な姉達が居座ってくれてるのよ)」
ん? アリスとルリが何やらこしょこしょと小声でないしょ話をしている――が、今はお姫様だ。
「そんなこと言ってもクロセ様、あ、いや……そ、そのうち慣れますよ。ほほほ~」
「えー」
俺が不満そうにすると、あたふたしていたお姫様がスカートのぽっけから取り出した伊達メガネを、スチャッとかけて。
「これならどうですか、クロセくん? キラリーン!」
「変身しないとダメなのか……魔法少女さん」
「だ、だってぇ~」
伊達メガネをかけたまま、頬に手をあてて涙目でもじもじしてしまう。変身しても、やっぱり残念な魔法少女。
「あー、クロセくんがミラ先生を虐めてるー」
「ハク様、いぢめはダメ。ノーモアいぢめ」
「誰だ、コロンにこんな言葉を教えたのは?」
「何よ、学校生活では最重要課題じゃないの」
「うわ、アリスが急に黒歴史の蓋を開けたぞ……逃げるか?」
「失礼ね、私はもう厨二病は卒業して、中三に進学したって言ったじゃない」
「はいはい」
カウンターの向に隠れるようにして離れて見ていた、肝っ玉ドワーフ母さんが恐る恐る声をかけて来る。
「あの~、それ買ったら帰ってくんないかね?」
「店主、それはちょっと横暴ではないかね?」
「あ~あぁ、お姫様。相手してもらえないクラリス先生が、肝っ玉ドワーフ母さんに絡んでいったぞ」
「がんばれー、クラリスー」
「ミラ先生もクラリス先生をあんまり、煽らないでくださいね」
常識人のルリがお姫様を諫めている間に、逃げようっと。
「肝っ玉ドワーフ母さん、旦那さんの義足の調子を確認してくるね」
「『母さん』って呼ぶなって言ったろ。ああ、頼むよ」
「きゃー、旦那さんがいるの? こんなに小さい……いえ、可愛いのに?」
「姫様、これは何としても詳しくお話を伺いたいものですね」
「わあ、ミラとクラリスが食いついたわ」
あちゃー、アリスも傍観していないで止めてあげなさい。
「とっても仲良しさんで、すごく愛し合っておられるんですよ……ぽ」
「あ、こら、ルリも煽るような真似をして」
「きゃー、詳しく聞かせてくださいな」
「姫様、ここは是非とも微に入り細に入り根掘り葉掘りお話を」
「あー、これは長くなるな。じゃ俺は行ってくるから」
「あ、おい、こら。この二人を何とかしてから行けって、あ、ああぁー!」
それから旦那さんのとこから帰って来てしばらくしてからようやく、肝っ玉ドワーフ母さんはお姫様とクラリスから解放されましたとさ。




