30話 紅の魔女
ケーキ店で暴れた貴族とチンピラ達は王都警邏の騎士団に突き出そうとしたのだが、貴族の従者が飛び込んで来て、店に修繕費用と迷惑料を支払うと言うので、対応は店にまかせることにした。
気を失っている貴族は従者が担ぎ出し、チンピラ四人は店の裏に捨てたらしい。
そんな訳でようやく、ルリとコロンが取り置きしておいてくれたケーキを四人で食べながらお茶をしていた。
約束通り二個のケーキを目の前に並べたアリスは、一口食べると年頃の乙女としては大きすぎるため息をつく。
「ああぁ~、やっぱりイチゴのショートよねぇ」
「く、クロセくんのガトーショコラもおいしいですね。えへへ……ぱく。あ、こっちのクロセくんが食べかけのモンブランもおいしいです、えへへ……え? な、なんでも無いですよ。なんでも無いですってば、乙女の秘密です~」
俺のオーダーした二個のケーキも味見したいと一緒につつきながら、なぜか少しだけ頬を薄い桃色に染めるルリと、その隣ではコロンが満面の笑みを浮かべてフォークを片手に、うれしそうにケーキをほおばっている。
「あむ、あむ、うえへへ~」
「コロン、おいしいか? あわてなくていいから、ゆっくり食べるんだぞ。
ほら、がんばった、ご褒美のイチゴのロールケーキも来たぞ」
追加で注文した大きなイチゴたっぷりのロールケーキも、切って皿に取り分ける。
「ハク様、ありがと。うへへ~」
たくさんのケーキに囲まれて、小さなコロンが白銀色の狐耳をピクピクさせながらしっぽを、わふんわふんとさせて幸せいっぱいで笑う。
「ほらコロン、クリームが口の周りについてるぞ……ぱく。はい、きれいになった」
紙ナプキンとかは無いので、向かいに座るコロンの口元を人差し指でひょいと拭き取って自分の口に放り込む。
「あ、えへへ。ハク様、ありがとうございましゅ」
「あっ! あ……あう、んん~。んんん~、んんんん~~」
すると横に座っているルリが自分のフォークを咥えて、薄い桃色に染まった、ほっぺをこちらに差し出してくる。
よく見ると桜色をした唇の端にクリームがついているので、どうもこれを取れということらしい。
「ルリまで、まったく子供のようだな。こっち向いて……ほら、きれいに取れたぞ……ぱく」
「う、うえへへへへへぇ~~~~~」
口元をきれいにしたルリは手に持ったフォークを咥えたまま、もう片方の手を頬にやると、これでもかと言わんばかりに頬を染めて、いやんいやんとくねくね始める。
「また、何か小さな願いでもかなったのか?」
「はい、あ……でもクロセくんには秘密です。教えたげません」
フォークを咥えたままで、頬にやった人差し指を振りながら、ちょっと澄ました顔でそんなことを言う。
「ん? 珍しいな、ルリが意地悪を言うなんて」
「えへへ、乙女には秘密がつきものなんです」
「おおー。ルリおねーちゃん、コロンにも秘密おしえて」
「いいですよー。後でこっそり教えてあげますね」
「わーい」
「な、何かムカつくわね。私までやったら、馬鹿みたいじゃないのよぉ」
するとさっきまで黙ってケーキをほおばっていたアリスが、拗ねたように唇を尖らせる。
「何を?」
「ハクローは黙ってなさい」
「えー」
四人でたくさんのケーキ囲むテーブルは、楽し気な空気に溢れていて、わんわん泣いていたコロンも金色の瞳が少しだけ赤くなっているけど、零れた涙の痕は今はもう見あたらなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
暗くなる前にケーキ屋を出ると、まだ人通りの多い大通りの商店街を王城に向かって、みんなでテクテクと歩いて帰る。
泣いていた小さなコロンは、今はケーキ屋さんにもらった、おみあげの大きなペロペロキャンディを持って肩車されていて、ルリの『車椅子』はアリスが押している。
しばらく歩いていると、やっぱりいました大通り商店街のど真ん中に、ロリコン貴族とチンピラ達。しかもチンピラは20匹ぐらいに増殖していた。1匹見つけたらその五倍はいると思えということだろうか。
ケーキ屋を出る前から【ソナー(探査)】で索敵できていたこともあり、無視してそのまま横を通り過ぎようと歩き続ける。
「こ、こら! 無視するんじゃないんだぞっ。
奴隷商に依頼していた狐幼女が届かないから諦めかけていて、やっと掘り出し幼女を見つけたのに……じゃまするんじゃないぞ。
ボクチンは男爵なんだぞ、なんなら女どもは三人まとめてボクチンの性奴隷にしてやるんだぞ、げへげへげへへ」
何とも脳内パーティーなことを言い続ける、マッシュルーム金髪のロリコン男爵のボクチンに、アリスがさっき間に合わなかった鬱憤を晴らすように、紅と蒼のオッドアイをきらめかせる。
あ、これは怒ってる――すっげー怒ってるなぁ。
「お前達か、私の可愛いコロンを泣かせやがったのは!
んで? 私達、美少女三人をどうするって? 一度は見逃してやったんだから、後で泣き言いうんじゃねーぞ、ごらあっ!」
「お前ら! 男は五人がかりで行け。女はひん剥いちまって好きにしろ!」
腰の剣を抜くロリコン男爵とチンピラ幹部の指示で、ナイフを抜いて取り囲もうとするチンピラ達だが、アリス以外の俺を含めた三人は何をするでもなくボーッと立ったまま観戦しているだけだ。
コロンは俺に肩車をされたまま、ペロペロキャンディをなめ始めていた。
唯一人で俺達三人の前に立ち塞がるように仁王立ちしているアリスも、唯々作業としてチンピラ三下達を【未来視の魔眼】でロックオンして、【加速】させて起動した上位風魔法【ギロチン】でナイフを持った腕をズガンという破裂音と共に片っ端から圧し折っている。
ロリコン男爵とチンピラ幹部には一歩目を踏み出す間も与えず、その股間を上位火魔法【ヘルフレイム】で黒焦げの炭に変えてしまっていた。
「「「「「ぎゃー!」」」」」
「ごぉあああ! ボクチンの……!」
「ぐぁああ! う、【ウォーター】! き、消えないっ?」
「ふん、私の上位火魔法はねぇ~、チンピラ如きの下位水魔法ぐらいじゃ~、消えないしぃ~?」
ものの十秒もかからずに、大通りの真ん中に折れた利き腕を押えてピクピクして横たわる男ども二十人ほどと、元男二人の足元には黒焦げの炭の塊が二つ転がっていた。
アリスはおもむろに、圧し折られた右腕をプラプラさせて青い顔をしている、チンピラ三下の中で若い少年の首根っこをつかまえる。
「さぁ~てっと、あんたでいいからスラム街に案内しなさい。ほら、【ヒール】」
「うぅ……あ、痛みが消えた?」
「動けるようにしただけよ、後でちゃんと治療はするのよ。さあ、サッサとあんた達のボスのとこに案内しなさい」
「ひぃ、わかりやした、姐さん」
顔を真っ青にしたチンピラ三下は、その軽い頭をコクコクとアリスに言われるまま、縦に力一杯振る。
が、アリスはつかまえた首根っこを目の高さまでグイッと持ち上げると、眼光鋭くしたままでボソッとつぶやく。
「おい……姐さんはヤメロ」
「ひ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここですぜ、姉御」
「……姉御もやめなさい」
「す、すいやせん」
チンピラ三下のひとりに案内させた、スラム街のボスがいると指差された雑居ビルに、アリスがスタスタと一人で入っていく。
残る三人は危ないので少し『待て』。あ、危ないのはアリスの範囲魔法で――そう、あれ。
アリスの入った雑居ビルから、アスファルトの道路を掘り返すような爆撃音と巨大な掃除機をかけるような暴風音が、混ざり合って聞こえてくる。
「あー、アリスが建物の内部を、上位風魔法【ハリケーン】で掃除してるからね。危ないから片付いてから入るよ」
「「はーい」」
ビルの中が一階から上階まで静かになったところで、トコトコとルリの『車椅子』を押しながらビルへと入っていく。
足を踏み入れたビルの中は壁という壁が何かに削られたように傷だらけになっていて、家具とチンピラ達がその壁材の下敷きになって倒れている。
どうも【ハリケーン】を自分の周囲に発生させたまま、ビルの中を練り歩いたようだった。
一番上の部屋まで行くと、腕組みをして仁王立ち姿で真紅のドレスアーマーを風魔法でひるがえしたアリスの目の前に、中腰でビクビクしながら叫ぶ髭の親父がいた。
「あの馬鹿野郎、【紅の魔女】に手を出したのか!」
「なぁ! 私は【賢者】で【聖女】よ!」
「ひ! ひいいいぃ~」
アリスがなびかせた真っ紅な長髪を逆立てると、ボスと思われる髭のおっさんは床を温かいもので濡らし始めてしまう。
怖いよね、わかる……あれは確かに怖いよね。
あー、そういえば最近、冒険者ギルドで変な二つ名だか異名だかの噂をコソコソ聞くと思ったら、アリスのだったのか……あ、ルリとコロンが視線を逸らせて窓の外を見てしまった。
「ギロッ」
わわ、アリスさん、こっちを睨まないでください。もう、帰りたいなぁ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
すっかり日が暮れてから、王城の病室へとようやく戻って来る。
あの後、ズボンと下着を着替えたボスの髭親父には今後一切の手出しをしないよう、誠心誠意お願いして来たので――まあ、たぶん大丈夫だろう。
なんだかすっごく疲れたし、コロンを早く休ませてやりたかったので、すぐにお風呂にお湯を張ることにする。
そういえば、今日もアリスはここでお風呂に入っていくようだ。いそいそと【収納】から自分のお風呂セットと着替えを一式を出して、お風呂場に向かって消えていたみたいだし。
お風呂場では一緒に大きめのバスタブに肩まで浸かって、なごむ裸の美少女が三人。
「こうして見ると、コロンもいつの間にか大きくなったわよねぇ。
さすが獣人族ということなのかしら、基礎レベルのアップで身長や体格もそれに適合するように成長して変わっていくなんて、やっぱり凄いわね」
「ルリおねーちゃんも大きくなってう」
うれしそうなコロンが指差すと、ドヤ顔のルリが大分ふっくらとしてきたその胸を張って見せる。
「えへん、私が一番のおねーちゃんだからね!」
「えへへ、コロンも少し大きくなってきまちた」
実はコロンも身長が伸びてきたのに合わせて、女性らしく柔らかい肉付きになってきていた。
「う……まだ、だいじょうぶ。まだ……たぶん……だいじょうぶな、はずよ」
アリスの小さなつぶやきが、お風呂の湯気の中で淡く消えていく。




