29話 コロンの召喚魔法
12日目、夜明け前から、だいぶ慣れて来た剣術と歩行の朝練。
その見慣れたはずの光景に、大きな違和感を発生させているのは、戦う【料理人】のコロンさん。
可愛いフレンチスタイルのメイド服に身を包み、白銀の狐耳としっぽをピンと立てて、その手に握るは白銀色をした【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】。
「ほっ、よ、たっ、やあ、とぅ」
ひゅんひゅんと、風を切る音が朝の空気を唸らせる。
「本当にコロンは凄いことになってきたな。既におたまとフライパンが白銀色の残像にしか見えないぞ」
「コロンちゃん、カッコイイです。おねーちゃんも負けていられませんね」
ふんす、と掛け声をかけるルリも誰の補助も無く、一人で木製の左右の手摺に掴まり、ゆっくりと足を左右順番に出していく。
まだ少し痛むはずなのに、額に汗をして笑顔で前に進む。着実に一歩、また一歩と前へと進んでいく。
◆◇◆◇◆◇◆◇
午前中、王城の裏庭の青空の下、もう真夏だというのに空気が乾燥しているからか、木陰は案外と過ごしやすかったりする。
ミラ先生の魔法教室で、朝とは対照的にコロンがしょんぼりしている。いつもはふんわりな白銀しっぽも心なしか、へにょんとしおれていた。
「【調教】も【召喚】も上手くいかないでしゅ」
「ミラ先生の教え方、上手だから分かりやすいんだけどねぇ。
あわてないでゆっくりと、まずは基礎レベルと追っかけてスキルレベルを少しづつ上げていくしかないんじゃない?」
泣き出しそうな小さなコロンに、スキルレベルがカンストしてしまっているアリスが優しくフォローする。確かにミラ先生は【教導Lv1】を取得すると、あっと言う間にLv2へとレベルアップさせてしまっていた。
そんなデキる二人とは違い、どちらかというと落ちこぼれの俺はできることからやったらどうだろうと思い付きでつぶやく。
「んー、コロンはさ。魔物をテイムする必要がある【調教】は直ぐには難しいと思うけど、【召喚】って別に、契約した『使い魔』じゃなくてもいいんじゃないのか?」
「お? お、おお~」
涙を溜めた金色の瞳を丸くさせると、両手に拳を握って小さなコロンが期待の目で見上げてくる。
うっ、これはヤバイ。ちゃんとしたことを言わねば。
「た、例えば、コロンの使い慣れたモノとか、その時必要なモノとかでもいいんじゃないか?」
「ほーほー」
何か分かったような顔で頷くコロンに、ミラ先生が☆マークの指差し棒を片手に視点を変えて補足説明を続ける。
「そうですね、何も【猛獣使い】の使役する『使い魔』にこだわって【召喚】する必要はないかもしれませんね。
コロンちゃんの心にパッと浮かんでくる大切なものや、普段からイメージしやすいものなどなら、【召喚】は可能だと思いますよ。がんばってくださいね」
「はひ。がんばりましゅ、ミラ先生!」
ちょっとだけ元気がでたようで、腕組みをしたコロンは可愛い白銀の狐耳を傾けると、うんうん唸って何を呼び出すのか考え始めたようだ。
ところで今日のミラ先生はというと、清潔感のある七分袖の白いブラウスに、胸元には大きめのフロントリボンがふっくらとした胸に押し上げられて、黒のタイトミニは横に大きめのスリットが入っている。
アンバランスが妙な感じでバランスしているという、いったい先生はどこの地平を目指すのか。
「いやぁ~ん。コロンちゃん、チョーかわいい!」
「先生、授業中です」
「はっ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
午後は四人で軽く、いつもの常時依頼の『採取クエスト』を受けて、昨日の疲れもあるので早めに切り上げることにした。今日も高エンカウント率は顕在で、一度に二体のオーガと遭遇していた。
アリスと分担することで、なんとか危なげなく倒すことができたが、ルリとコロンも連れて来ているのだからもう少し戦闘力を上げないと、危険度が無視できなくなってくるな。
後ろを振り返ると、レベルアップによる成長著しく【身体強化】もいつの間にか習得したコロンが、今もお役に立てるのがうれしいと、白銀のしっぽをふりふりさせて楽しそうに、ルリの『車椅子』を押しながらついて来ている。
「ふふん、ふふん、えへへ~」
「コロンちゃん、ご機嫌ですねぇ~」
「え? えへへ~」
冒険者ギルドへのクエスト報告は時間が早いこともあり、また絡まれても嫌だし、俺とアリスだけで行くことにした。
その間、早く上がったので今日は奮発して、ルリとコロンは王都にも一軒しかないというケーキ屋さんでお茶しながら待っていてもらうことにする。
マリーアンヌ第二王女からアリスが聞いてきた噂によると、何でも日本と同じぐらいのケーキが取り揃えられていると評判のお店らしい。
そこでまずはルリとコロンを先に店に送り届けてから、アリスと二人で冒険者ギルドへ報告に向かうことにしたのだが。
「私はイチゴのショートね」
アリスはお気に入りのケーキを、ルリとコロンに頼んで先にキープしておいてもらうことにしたようだ。
「じゃ、俺はガトーショコラとモンブランで、二人も二個までね」
「何でよ」
自分の分も取り置きをお願いしたら、アリスが唇を尖らせて膨れていた。どうも二個というところが、気に入らなかったらしい。
最近、ラングドシャのクッキーを食べる枚数を減らしているのは知っているので、そこはスルーしてさっぱりと答える。
「二人はダイエット必要ないし」
「くっ」
「アリスちゃん、ダイエットですか?」
「アリスおねーちゃん、食べないの?」
「食べればいいのにね」
ルリとコロンが心配そうにするので、アリスを見ないようにソッポを向いてつぶやく。
「どこ見てんのよ、何かムカつくわね」
いやいや、胸なんて見てないでしょ。おお~、こわいこわい。でもホント、それだけ細い身体をしているんだから……マジで必要ないと思うよ。
すると、ちょっと拗ねたようにソッポを向いたまま、アリスさんがボソッとつぶやく。
「わ、私もイチゴのミルフィーユ追加ね」
「りょーかいでしゅ」
小さなコロンがどこで覚えて来たのか、スチャッと可愛く敬礼する。白銀の狐耳としっぽもピンと立てて、とっても可愛い。
「はぁ~、じゃ俺とアリスは冒険者ギルドにチャチャッと行って来るから」
「くすくす。はい、ハクローくん。いってらっしゃい」
その可愛らしい光景を見ていたルリが微笑んでいると、少し顔を赤くしたアリスがやっぱりソッポを向いたまま、人差し指をブンブンと振る。
「すぐ帰って来るから、私の分もちゃんと取っておくのよ!」
「はいはい。ほらアリス、行くぞ」
「うわーん、ハクローが一人で行けばいいのに~」
「だったら、残るか?」
「ううー。【ミスリル☆ハーツ】の代表として、ちゃんと行くわよ。ほらハクロー、急いでっ」
唸りながらもスタスタと紅い長髪をなびかせて、足早に行ってしまう。
厨二病をこじらせたままの引き篭もりのくせに、見かけによらず根が真面目なアリスだった。あ、この場合、ヒッキーは関係ないな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ケーキ屋さんの店内では、見えない白く丸いしっぽをフリフリさせたルリと、白銀色のしっぽを実際フリフリさせているコロンが目をキラキラさせて、たくさんのケーキが並ぶショーケースを覗き込んでいた。
「えへへ~、どれにしようかなぁ。頼まれていたイチゴのショート、イチゴのミルフィーユ、ガトーショコラ、モンブランは取ったから……それは一口もらえば……あ、これはもしかして乙女なら誰もが憧れる、間・接・キ・スというドキドキわくわくな、甘酸っぱい青春の一ページというやつでは……ぽっ」
「コロンはこのシュークリームと……ああ、どれにしましゅか。あれ? ルリおねーちゃん、顔が赤いでしゅよ?」
「え? い、いえ……そんな夢のようなことは、考えていませんよ。ホントですよ、えへへ~」
「こん?」
その時、後ろで店内奥の個室の扉が開き、若い貴族の男とチンピラ風の四人の男が出て来る。すると突然、マッシュルームカットの金髪の貴族の男の方が目を見開き、
「おおっ、やっと見つけた。念願の狐人の幼女だぞ! ボクチンの屋敷に来るんだぞ!」
と、コロンの腕を掴もうと手を伸ばす。
「ひゃ」
「ぎゃあっ!」
バチン、と響く高い破裂音と共に蒼白く光る稲妻に弾かれて、ロリコン貴族は掴もうとしていたコロンの腕から驚いて手を離す。
コロンを常に守る【ドライスーツ(防壁)】の電撃機能で痺れた手をさすりながら、ボクチンなロリコン貴族のお坊ちゃまは、
「痛いじゃないか、獣人の分際で! 頭に来たぞ、力尽くでも言うことを聞かせてくれる!」
と、腰に下げていた剣に手をかけると、いきなり抜いてニヤケながら振りかぶってくる。
「え? いやぁ! 来いっ」
「ぐえっ」
ゴォンという、大ドラを叩き鳴らすような低い金属音がして、コロンの掛け声と共に何も無いはずの空中から【召喚】された、お掃除用の大きな金タライが貴族の男の頭上に激突していた。
ガランガランと音を立てて床に転がる金タライに驚いて、チンピラ三下の三人はナイフを抜きながらも、たじろいで後ろにさがってしまう。
「何だ?」
「どこから降ってきた?」
「とにかく捕まえろ!」
再びコロンが両手を空中にかざし、小さな胸を張って叫ぶ。
「【二刀流】!」
すると、またも何も無い空中から【召喚】された白銀色の【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】がコロンの両手に握られ、
「やぁ! とぅ! たぁ!」
驚いて口をあんぐり開けたままのナイフを持ったチンピラ三下を、あっという間に小気味よい金属音と共に殴り倒してしまう。
唖然としながらも一人残されたチンピラ幹部が、白銀色のおたまとフライパンを振り回し、大人を四人も倒してしまった銀狐の少女に目を丸くする。
しかし気を取り直したように、大振りのナイフを逆手にかまえて小さなコロンに向かって一歩踏み出す。
「ちっ、ついてねぇ。ガキの相手かよ」
悪態をつきながらも王都のスラム街でもそこそこの腕前を持つチンピラ幹部から繰り出されるナイフに、小さなコロンは何とか合わせるだけで攻めあぐねてしまう。
戦い慣れているチンピラ幹部のフェイントを交えた剣戟の読み合いに、対人戦闘の経験の全く無いコロンはことごとく引っかかてしまって、いいように翻弄され段々と後手に回り始める。
「あ……ああ……ああっ!」
金色の瞳に涙を浮かべて、懸命に【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】を最速で力の限り振るうコロンに、ルリが叫ぶ。
「コロンちゃん!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あつっ!」
冒険者ギルドへの報告を済ませてケーキ屋へ戻る大通りの真ん中で、突然叫び声を上げた俺にアリスが驚く。
「どうしたの、ハクロー!」
「コロンの【ドライスーツ(防壁)】の電撃が作動した! 先に行く!」
言うなり、アリスを置き去りにしたまま大通りをケーキ屋めがけて全速で走り出す。
「え? ええっ? ああ、そうだ【遠見の魔眼】!」
突然のことに驚くアリスも、先行してケーキ屋の状況を確認するために魔眼を起動させる。
後悔をしながら、俺は自分の足だけで大通りを全力で走っていた。
くそ! 昨日の【フライ(重力)】の多用で魔力残量がほとんど無かったというのに、今日は今日でオーガが二体も出やがって! 実は、魔力残量が空っぽに近かったのだ。
こんな時、MPを含めたパラメータ数値が見れないというのは、本当に不便だ。
だから、魔力消費が激しい【チューブ(転移)】だけでなく、更には【ビーチフラッグ(加速)】も使用できずに、自分の素の力だけで人混みの大通りを走り抜けてい行くしかなかった。
くそ! くそっ! 昨日に続いて、このザマか!
握り拳に血が滲むほど力を入れて、力一杯両足を前に出し続け、道行く人々をすり抜けるように避けて懸命に地面を蹴る。
しかし、その眼前に空間から浮き出るように突然大きな魔法陣が目の前に姿を現す。
「これは!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
ケーキ屋のフロアに、金属同士がぶつかり合う音が鳴り響いている。
「あ……ああ……ああっ!」
ハクローの真似をして、必死に【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】をチンピラ幹部の繰り出す大きなナイフに合わせて振るう、コロンの金色の瞳に涙が溢れてくる。
(勝てない! 勝てないっ! 後ろにルリおねーちゃんがいるのに、勝てない! どうしよう、助けて! 助けてっ、ハク様!)
「ああっ! 助けてっ、ハク様ぁっ!」
コロンが心の底から信頼する、その人の名を叫ぶ。
その瞬間、空間が切り裂かれる轟音を上げてコロンとチンピラ幹部の間の中空に、大きな【召喚】魔法陣が姿を現わす。
ギョッと、たじろいでチンピラ幹部が一歩下がると、その裂け目から、
「よくやった! コロン!」
凄い勢いのまま迷いなく飛び出してきて、蒼い光を放ったままチンピラ幹部に激突するように首を剣の鞘で横殴りに一閃して壁まで吹き飛ばしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺は肩で大きく息をしながら、周囲に倒れている貴族一人とチンピラ四人を見下ろして、立ち上がれないのを確認してから、コロンとルリに振り返る。
「怪我はないか?」
「ふっ、ふえぇ~っ」
俺のお腹にしがみつき泣き出す小さなコロンを、剣を持たない左手で抱いて背中を優しく擦ってやる。
「私達はだいじょうぶですよ。コロンちゃんが守ってくれましたから」
「そうか、コロン、えらいぞ。よくがんばったな」
「うわぁ~ん」
そして肩までよじ登ったコロンが大きな声を上げて、さらに泣き出す。ふわふわの白銀のしっぽが、俺の背中をパフンパフンと叩いている。
「ハクローったら、置いてかないでよ! あ……」
ようやく追い着いたアリスが店に飛び込んで来て、ルリとコロンが無事なのを確認すると、大きなため息をつく。
「はぁ~、昨日からこんなのばっかしね」




