28話 テンペスト
地上からわずか100mほどの高さを耳をつんざく轟音を上げて、空を切り裂く蒼い魔力をまとって飛び続ける。すると王都を出てしばらくして、荒野の街道を走る馬車と護衛の神聖騎士団を視認する。
「見つけた!」
「私はこのまま空中に放置! 上位風魔法【エアーバルーン】でしばらくは慣性で浮遊だけならできるわ。
ハクローはここから【チューブ(転移)】で飛んで、二人の安全を確保してちょうだい!」
「手を放すぞ!」
アリスの決断に、ためらいなくその手を放すと即動で魔法を起動して、そのまま発動させる。
「【チューブ(転移)】!」
次の瞬間、移動中の馬車の中に爆風が吹き荒れる。
「きゃあ!」
「にゃあ!」
「わきゃ!」
ルリとコロンを両腕に抱え、シスター・フランの首根っこを掴んでぶら下げると、再び【チューブ(転移)】で車内から消え去る。
馬車の周囲を警戒していた神聖騎士団は、突然のことに何が起きたのかと慌て始める。
「何だ今のは?」
「馬車の中の人質がいないぞ!」
「どうなっている?」
「見張りはどうした!」
「周囲を探せ!」
すると上空をゆっくりと滑るように近づいて来る、真っ紅な長い髪を風になびかせ、真紅のドレスアーマーに白銀プレートを胸に付け、腰に透明な【剣杖】をさげた、この世の物とは思えないほど可憐で見目麗しい少女がそこに――神聖騎士団を見下ろすように空中に立っていた。
その足元から同じ魔法で太った枢機卿がのろのろと地面へと落ちていく。
「あれは?」
「紅い髪!」
「【聖女】だ!」
「なぜここに?」
「空を飛んでいるぞ!」
どよめく騎士団員達の頭上で、アリスの紅蓮の魔力が大きな翼のように広がると、雲ひとつ無い青空をそのまま真っ紅に染め上げる。
昼間だと言うのに、空が地獄の業火に焼かれるように真紅に染まり、動揺を隠せない神聖騎士団の騎馬隊は呆気にとられて、ただ意味も無くざわついているだけだった。
その間に、近くの茂みにルリとコロンを優しく降ろして、「きゅぅ~」とそこに落ちているシスター・フランには目もくれずつぶやく。
「ちょっとだけ行って、帰りの足を確保してくる」
俺は返事も待たずに再び【チューブ(転移)】で消え――数秒してすぐ傍に馬車とつながれた馬が現れる。
「今度は馬車が消えたぞ!」
「どうなっている?」
「あわてるな!」
「まずは【聖女】だ!」
「小娘め、卑怯だぞ、降りてこい!」
馬上で何もできない神聖騎士団長が顔を赤くして、上空から見下ろしているアリスに向かって叫ぶ。
怒りで紅と蒼のオッドアイの奥に鈍い光を揺らめかせながら、アリスが空中で神話級【剣杖】の持ったその手をゆっくりとあげる。
「ルリとコロンを攫っておいて、どの口が卑怯などと吐かすのかっ。天の怒りをその目に焼き付けるがいい、超位風魔法【テンペスト】!」
紅蓮に染まった空を切り裂くように、上空から一帯を覆うほどの巨大な冷気の塊がダウンバーストとなって、渦を巻きながら神聖騎士団に向かって落ちて来た。
爆音と共に地面に叩きつけられた騎士団員達はそのまま同心円状に爆心点から外周に向かって、悲鳴を上げることもできず吹き飛ばされていく。
後には、荒野の街道を中心に強大な自然災害の爪痕を残すだけであった。
「やりすぎだろ」
「アリスちゃん、すごいです。空が落ちてきました」
「ばあーっ、ずどどーぉ」
「へぁ……神聖騎士団が全滅してる」
あまりの大惨事にあきれていると、ふよふよとアリスが滑空して来て近くの地面へと降り立つ。
「やっほー。ルリ、コロン、ついでにフランも無事?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
盗賊のような人攫い騎士団は薙ぎ倒されたまま動けないようだったが、魔物にでも食われてもいいかとこの場に放って帰ろうかと思い始めた頃、ミラレイア第一王女が侍女のクラリスに指示したらしい、王国騎士団がやっと到着して引き継ぐことができた。
その場の惨状を目にした王国騎士団は、みんな涙目になりながら神聖騎士団の救出活動と武装解除を行っていく。
「もういいだろ、帰るか」
帰りは進化した【波乗り(重力)】で神聖教会が用意した馬車本体を車輪ごと地面から数cm浮かせたので、全く揺れずに帰ることができた。
そのためルリも乗り物酔いは無く、しかも馬車の重量による摩擦がほぼ無視されるまで軽減されたことから移動速度も格段に上がり、日が沈む前には王城の病室に帰り着くことができていた。
「私が枢機卿から聞かされていた話と全く違っていました。本当に、申し訳ありませんでした」
病室に帰って真っ先に、シスター・フランが土下座を始めた。この異世界にもあるんだなぁ、ドゲザ文化。
困ったように、しかし優しくルリがシスター・フランに語りかける。
「フランちゃんは私達と一緒に騙されていた被害者なんですから、もういいですよ」
「しっかし、後に残った枢機卿が俺達にネタばらしをして、アリスが大人しく言うことを聞くと本気で思ってたのかね?」
「そもそも、女神様への信仰の後ろ盾がある神聖教会に逆らう、個人がいるとは考えていなかったのでしょう。
万が一、その武力があっても、人質を取りさえすれば言うことを聞かせられるぐらいに、これまでの経験で考えていたのだろうと思います」
土下座からしょんぼりと立ち上がりながら、そのまま俯くようにシスター・フランが一般常識からかけ離れた教会の現状を語る。
「後ろ盾って言っても、『女神への信仰の』だろ? 『女神の』じゃない時点で異世界人への抑止力としては全然駄目だろ。
しかも結局は肝心の武力とやらの神聖騎士団だって、揃いも揃って全く何もできずに、アリスの文字通り一撃で殲滅されて人質を奪還されてるし」
「それがこれまでの神聖皇国とこの王国では通用していたので、今回も同じだと思い上がって勘違いをしたのでしょう」
自分の所属する団体のアホさ加減にどんどん元気がなくなっていく、神聖教会修道女であるシスター・フラン。
「この世界の人間は、どいつもこいつも人攫いを安易に考え過ぎだよなぁ。ところで今回の誘拐現行犯の撃滅について、本国の神聖皇国が何か言って来ることは?」
「……黙っているとは思いませんが、例え関係者の引き渡しを要求してきたとしても」
念のために予想される事態を誘拐犯の共犯に指名されたシスター・フランに聞いてみるが、その答えの途中でアリスがフンッと鼻で笑って遮る。
「その時は聖都をサッパリと更地にしてやるだけよ」
「ですよねぇ……」
今日の大規模な超位魔法で広範囲に渡って薙ぎ倒された神聖騎士団員達を思い出して、シスター・フランは自分の故郷が更地になるところを容易に想像できたようで、ガックシと元気が無くなっていた。
いや、やらないよ。たぶん……ホントだよ。さっきもアリスは手加減していたみたいだしね。あの惨状でも、たぶん運が良ければ死者はいないんじゃないかなぁ……と思うよ。
その時、病室の扉が乱暴に開けられて、タイミングが最悪なことに、生徒会長達と愉快な仲間たちがやってきた。
「お前達は神聖皇国と戦争するつもりか!」
自分の正義を信じて疑わない沢登生徒会長が鼻の穴を膨らませて、鬼の首を取ったように俺達を指差して喚き散らす。前回の平河の一件で何もできなかったので、ストレスが溜まっていたのだろうか。
「誰ですか?」
「あー、いわゆる【勇者】様ご一行?」
初めて会うことになるシスター・フランが怪訝な顔をして聞いてくるので、嫌なんだが仕方なく教えてあげる。同郷の者としては恥ずかしいので、黙っておきたいのだけれどねぇ。
それを聞いた女神を心から信仰する修道女フランが、珍しくまなじりを上げて生徒会長を睨みつける。
「何を言っているのでしょうか、この恥知らずな男は。
歩けない重病人のルリ様とまだ小さな子供のコロンちゃんが、この地より遥か遠い見知らぬ外国へと攫われても、この国の【勇者】を名乗るそこの男は助けてくれないと言っているのですね?」
「え? いや、そうゆう訳では……え、あれ?」
そりゃそうだろう。自分自身が生まれ故郷から無理やり問答無用で攫われて、遥か遠い異世界にやってきた被害者なんだから、すぐにその理不尽さには気が付くはずだ。
ありゃあ~、さすがに今回ばかりは長瀬風紀委員長と宮野副生徒会長からも蔑む視線でドン引きされてしまったようだ。ああ、首を傾げながら、スゴスゴ帰っていくよ。
大丈夫か? そもそも隣国との戦争支援を国王に約束したのは、お前達自身だろうに。
あ~、一緒に来ていたマリーアンヌ第二王女が思わず頭をかかえているよ。そりゃ、【勇者】三人に戦争反対なんで言い出されたら困るもんな。
みんな帰ったのかと思ったら、扉の隙間から、平河衛士の奴隷――確かサラといったか――が重そうな【従属の首輪】を首にぶら下げて病室を覗き込んでいた。
「あなた達、神聖皇国に行ったんじゃなかったの? ふん、まぁこの国には【勇者】エイジ様さえいればいいのよ」
言うことだけ言ったらサッサと去って行ったが、あの女はわざわざ何をしにやって来たんだ? もしかして、こちらの様子でも見に来たということだろうか。
そういえば、アリスに燃やされた平河の髪は元に戻ったのかなぁ。などと疲れた頭でボーっと、どうでもいいことを考えていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あははは、おもしろい、おもしろいな。やっとおもしろくなってきたよ」
王城の薄暗い廊下の一角で黒フードをかぶった男が、腹を抱えて笑っていた。
「しかし、神聖皇国の連中は本物の馬鹿ばっかだったなぁ。もちょっと捻れよな。それに比べるとまだ第三王女と、特にさっきの没落貴族の元令嬢がいい味だして来てるよな、ははは。
そもそもこの世界の人間ってステレオタイプなアホが多くって、何だか今一だよなぁ。文明が成熟していないから、普段から精神的なストレスが少なくて、複雑な思考ができないのかなぁ」
瞳孔の奥を怪しく光らせて、血がべったりと付いたナイフをクルクルと指先で回しながら物思いにふけっている。その足元には赤い肉塊となった、元侍女だったものがころがる。
「次はどうするかなぁ……あ、いいこと思いついた!」
そうつぶやくと、黒フードの男はふんふんと鼻歌を歌いながら、軽快なスキップで血だまりの中を暗がりの廊下の先へと消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
今晩はシスター・フランが何かお詫びがしたいということで、ご自慢のラザニアを作ってくれた。仕上げのオーブン焼きは王城の調理場のものをちょっとだけ借りた。
慣れない馬車の揺れで車酔いになっていたルリも今はすっかり良くなったようで、うれしそうにご機嫌でほっぺを膨らませて食べている。
「フランちゃん、これおいしいですね~」
「ありがとうございます。ラザニアは本国では代表的な家庭料理なんです。それぞれの家庭で、みんな味が色々違うんですよ。これは私が育った修道院にある、孤児院の味なんです」
褒められたのが嬉しいのか、シスター・フランが珍しく優しい笑顔を見せる。
「へぇ~、トマトがおいちい」
「タバスコがほしいわねぇ」
お気に召したのか小さなほっぺをパンパンにして食べる、コロンの口の周りを拭き取ってやりながらアリスが、ボソッとつぶやく。
「ハラペーニョソースだったら、あったぞ。ほら」
「ああ、いけるわね。やっぱり、とってもおいしくなったわよ」
そいえばと【時空錬金】で緑色の小瓶を出してやると、嬉々としてアリスが自分の皿にドバドバと結構な量を振りかける。他のみんなが何だろうという期待の目で見ているので、慌てて制止する。
「コロン――とルリもだな。これは二人には無理だから、止めておけよ。あっ」
「ぎゃ~、か、辛いぃぃ!」
俺の視界の外にいたチャレンジャーなシスター・フランが自爆したようで、口を押えて泣きながら床を転げ回ってしまっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕食後にせっかくなんで、女の子みんなでお風呂に入ることになった。初めてになるシスター・フランは病室だというのに、やけに大きなバスタブにビックリしている。
「こんな大きなお風呂見たことがないです。ふわ~、気持ちいいです」
「デカっ、わかってちゃいたけど……この重量感はどぉ~なってるのよ?」
初めての大きなバスタブに浸かって幸せそうなフランを見て、逆にアリスが不幸せそうな顔をする。その横では紅い瞳を見開いて、ルリが口までポカンと開けている。
「すごいですねぇ、それってお湯に浮くんだ~」
「おぉー、ふよふよです」
コロンはその巨大なふたつの浮遊物が気に入ったようで、濡れた狐耳をピクピクさせながら、湯船に浮くそれを両手でぷにぷにしている。シスター・フランもまんざらではないらしく、優しく迷える子羊に教えをたれる。
「これはですねぇ、女神様への厚い信仰がつまっているんですよ~」
「くっ、前にもそれ言ってたわよね」
「ううぅ、私って信仰が薄いんだ……ぐすん」
ルリが自分の胸を見て、その自身の信仰心に絶望する。
「もう、私よりおっきいくせに、ルリは何言ってるのよ。
ふんっ。いいわよ、私達はもっと別のものを詰めるのよ。そう、未来へ向かって夢や希望を胸いっぱいに詰め込むのよ」
「おおー……」
アヒルたいちょを片手に握りしめて、何か良いことを言ったように演説するアリスを見て、コロンが獣人特有のレベルによる急成長で少しふっくらしてきた胸に手をあてて、明日への希望に胸を膨らませる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
お風呂上りには定番になってきた写真撮影をすることにしたのだが、ケータイの映像を初めて見るシスター・フランは驚きを隠せないようだった。
「こ、これは! 私にもぜひ一枚ください。あ~っ、女神様」
「写真で並んで見比べると、さらにムカつくわね」
もはや、何を見ても気に入らないと言った感じのアリスだが、コロンは見ているだけで母性を思い起こさせるのか嬉しそうな顔を見せる。
「おおー!」
「ほんのり桜色ですね」
酷い一日だったけど、そう言ってほんわりと紅い瞳を細くしたルリが微笑む。
ああ、本当に、本当によかった。何事もなく――は無いが、無事に『帰って』来れて、本当によかった。




