26話 祝福の光
今日はコロンにとって初めてのクエストなので、まずは慣らし運転ということで、いつもの常時依頼の『採取クエスト』を受けて森の入り口の周辺で安全第一に、四人組となったパーティーフォーメーションの確認を中心に魔物との遭遇と殲滅を繰り返していく。
が、相変わらず魔物とのエンカウント率が高い。
「げっ、奥からデカいのが一体来るぞ!」
「見えた! ぎゃっ、何でこんな浅い場所に――オーガよ! 凄く硬くて【自然治癒】スキル持ちの可能性があるから、気をつけてね!」
【ソナー(探査)】と【遠見の魔眼】で的確に敵の情報を最速であぶり出すと、すぐさまアリスが遠距離魔法射撃で先制攻撃を起動させる。
「【タイフーン】!」
身長が3m近いオーガの巨体をその場に釘付けにする上位風魔法だが、俺はその着弾を待たずに【ビーチフラッグ(加速)】で視認できる場所まで急速接近して、ふたつの魔法の順次起動の準備に入る。
「ゴアァアアア――ッ!」
内向きに真空の刃を向けた竜巻の中でオーガが、たまらず咆哮を上げる。
見ると確かに、外皮の切断箇所がゆっくりとだが復元していっていた。やはり精密にピンポイントでダメージを集中させないと、倒し切らないみたいだ。
「【チューブ(転移)】! 【HANABI(爆裂)】!」
間髪入れず、用意していた魔法を『マルチタスク』で連続処理して、竜巻で動けないオーガの眼前の空中に転移で現れ、咆哮を上げるその大口の中をめがけて、近づく限界のゼロ距離で狙いを違わず爆裂魔法を発動させる。
くぐもった爆発音と共に口と目と耳から脳を含む頭蓋骨の中の内容物を飛び散らせながら、オーガの巨体が倒れ込む。
おっと、――あまりの巨体に巻き込まれないよう飛び下がって、大きく一息つく。
「ふぅ~、いつっ……」
「ほら【ヒール】、また無茶して。こんなのが出てくるようだと、ルリとコロンが危ないから、今日は早めに帰りましょうか」
少し暴風に近づき過ぎたのか、狙いを付けた両手に切り傷を作っていたのを、アリスがパパッと回復魔法で治療してしまっていると、コロンに『車椅子』を押してもらってやって来たルリが人差し指を立てて微笑む。
「だったらまだ時間も早いので、神聖教会のフランちゃんのところにでも帰りに寄ってみますか?」
「そういえば一度、大聖堂に行くって約束されられたんだっけか」
「ハク様、だいせいどー?」
【解析】で巨大なオーガの死体を『分解』して収納しながら、ルリの言葉でそんな話を思い出していたが、獣人のコロンには馴染みが無い場所のようだ。
確か、枢機卿が碌でもないんじゃなかったっけか。でも、いちおう曲がりなりにも聖職者――のはず、なんだよなあ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おー、でかいな」
ヨーロッパの観光ポスターとかで見たような、大理石でできた重厚で天にそびえるドームを持つ建造物を見上げる。
鉄筋とか入っていないだろうに、よく崩れないよな。この世界は地震が少ないのかな。
「この国では一番大きな大聖堂で、神聖皇国にある聖都大聖堂の次に大きいらしいからね」
「「「おお~」」」
アリスの豆知識にみんなで関心していると、おのぼり観光客のようにルリがワクワクしながらTシャツを引っ張る。
「ねえねえハクローくん、写真撮ってもいいのかな?」
「中はダメかもしれないけど、後でシスター・フランも入れて一緒に外で撮ろうか」
「うん!」
ルリに観光名所の絵はがきとかにあるような、観光記念の写真を撮ってやってもいいかもな。そう思いながら、大聖堂の中に【波乗り】スキルで『車椅子』を浮かせて入っていく。
中に入ると荘厳な雰囲気の中、女神や天使や聖人などの石像や絵画が所狭しと並べられているが、そこにいる教会の関係者と思われる者達と一部の参拝者から、俺達四人に向けて明白な嫌悪の視線が投げつけられて来た。
不審に思って、その視線の先を確認すると――コロンか! すぐさまコロンの手を取り、背中に隠す。
もしかして、獣人蔑視の視線ってヤツか? チッ、教会がそうゆう所で来て欲しくないなら、わざわざ呼ぶんじゃねぇよ。
同じく気が付いたらしい、アリスとルリの気配が険しくなる。特にアリスは紅蓮の魔力をその周囲に、陽炎のようにユラユラと揺らし始めている。
シスター・フランには悪いが帰ろうかと考えていると、薄暗い大聖堂のステンドグラスから――いや、あれは天井からか――光が入るはずのない切り出した大理石でできた天井から、純白の光が俺達四人に降り注ぐ。
「おおっ、聖光だ!」
「あれは誰だ?」
「獣人もいるぞ」
「しかし、聖光が降り注いでいるのは確かだ」
「【奴隷】ではないのか?」
急に、周囲がざわざわと騒がしくなる。と、祭壇に向かって祈りを捧げていた、みずいろの修道服を着た修道女が驚いたように立ち上がり、よく澄んだ通る声を上げながら早足で近づいて来る。
「【聖女】様! わざわざ足をお運びいただきありがとうございます。皆様もお待ちしておりました」
シスター・フランの嬉しそうに四人にかける声だけが、一瞬静まり返った大聖堂にひときわ響く。
「【聖女】様か!」
「それで聖光が」
「しかし、なぜ獣人までが?」
「たまたま傍にいたからか」
「そうに違いない」
周囲のざわつきに、さらに警戒を強めていると、ようやく気がついたらしいシスター・フランは天井を見上げて、
「ああ、聖光が降り注いだんですね」
と、何でもないことのように、まるでそれが当然であるように語る。
「今朝、『女神様が降臨される』という神託を受けましたので、そろそろ皆様がいらっしゃるのでは思っていたのですよ」
「私、【聖女】だからね」
アリスがわざと視線を自分に集めるように言うと、取り囲んだ者達が跪き勝手に祈り始める。
「おおっ、【聖女】様!」
「なんと神々しい」
「ありがたい」
「拝まねば」
「ご利益がありますように」
しかし、シスター・フランはそんなことには我関せずに、『車椅子』に座るルリの前に膝を着くと、ルリの右手を取りその手の甲に口づけをする。
そうなんだ、聖光は間違いなく『車椅子』に座るルリを中心に、俺達四人全員に降り注いでいた。
途端に周囲を威嚇するように、俺の身体から蒼い魔力が滲み出で四方に放出され始める。
すると、すぐさま俺の左手をそっと握る手が――ハッ、として見ると、ルリが開いている自分の左手でしっかりと俺の手を握っていて、だいじょうぶだからと言うように紅い瞳を細めて薄く微笑む。
「これは女神様への『祝福の光』なのです」
ルリの手を離したシスター・フランが、唯々静かに告げる。全てわかっていると、全てがそうなんだと告白する。
ああ、ダメだ。それはダメだ。
俺の身体から、さらに蒼い魔力が周囲の空間を歪めるほど、威圧するように溢れ出るのを抑えられない。
そうして泣きそうな顔をしていると、俺の左手を握るルリの左手にその右手も添えてしっかりと握り締められ、ルリの頬に寄せられる。
左手に伝わってくるルリの頬の温かさを感じながら、だいじょうぶ、だいじょうぶだから、と繰り返すルリの微笑みから目が離せなくなる。
そうしていると、ルリの周りの輝く光からふたつの光が分かれ、空中でその形を透き通った光の小さな少女の姿へと変えていく。
「ああ、聖精霊と光精霊が顕現されたのですね」
そのシスター・フランのつぶやきが、静まり返った大聖堂の中を一気に伝播する。
「おお、なんということだ」
「【精霊使い】か」
「二精霊を同時にとは」
「しかも、少女の姿をした高位の精霊だ」
「奇跡を見ているのか」
帰ろう、おうちに帰ろう、ルリの両手に握られて頬にそっと触れる左手の温もりを感じながら、そのどこまでも透明で美しい紅い瞳を細めた、白髪の少女を決して離すことの無いよう、握る左手に力を込める。
「約束は果たしたから、私達は帰らせてもらうわ」
「あ……それは」
役に立たない俺の代わりに、アリスがみんなを守るようにシスター・フランに言い放つ。
「折角みえられたばかりなのに、もう帰られるのですかな?」
シスター・フランの後ろから、塵ほども聖職者とは思えない下卑た笑いを満面に浮かべた、緋色の聖職者服の中年男が大袈裟な仕草で遮ってくる。
「あ……枢機卿」
振り返ったシスター・フランが、眉を寄せて驚いた顔を見せる。
枢機卿と呼ばれた豚のブヨブヨした頬に当てている浮腫んだ太い指には、その全てに自身の親指の爪よりも大きな宝石が付いた指輪がはめられている。
そしてその周囲には、金の縁取りがされた白銀フルプレートの重鎧を装備した、見るからに神聖騎士団員達を従えていた。
「シスター・フランの顔を立てて来てやっただけよ。私達を呼んだって言う、あんたにも会えたんだから、もうここにいる必要はないわ」
「小娘、貴様っ」
神聖騎士団の中でも特に偉そうな、ひとりの男が声を荒げる。そんな様子を、アリスは明らかに馬鹿にしたように笑いながら言い返す。
「小娘じゃないわ、【賢者】で【聖女】よ。
この姿を見りゃ分かるでしょうに。あんたこそ、どこの三下よ」
「何をっ!」
顔を真っ赤にして一歩踏み出そうとした神聖騎士団の男に向かって、真紅のドレスアーマーに白銀プレートの胸当てを付けて腰に透明な【剣杖】をさげたアリスが、一気に紅蓮の魔力を爆発させるように解放する。
「うっ!」
「おおっ」
「これは!」
「ああっ、何と言う魔力量だ」
「信じられん!」
大聖堂内の空間を隅々まで紅蓮に染めて暴力的に揺らめくその魔力に、四人とシスター・フラン以外の全員が後ずさる。
その膨大な魔力の標的になった、おそらくは神聖騎士団長だろう中年男は、顔を真っ青にしてズリズリと後ろに下がって行く。
「分かったら、そこをどきなさい」
「枢機卿、【聖女】様はご気分が優れない様なので、今日の所は王城までお送りしたいと思うのですが」
シスター・フランが間に入って取り持つと、枢機卿も正面から関係をこじらせるのは得策では無いと判断したのか、辛うじて頷く。
「わ、分かった、今度また。神聖皇国の聖都にも、いずれご招待したいですしな」
「じゃ、帰るわよ」
シスター・フランを従えて、三人を守るように紅い長髪をなびかせたアリスがスタスタと出口へと歩きはじめる。
その後ろ姿を、憎々し気に睨む神聖騎士団長達と、ギラつかせた目を細めて分厚い唇を月のように歪ませた枢機卿が見送っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「本当に申し訳ありませんでした。枢機卿だけでなく、王都の神聖騎士団や他の教会の幹部までがあんなだとは思いませんでした」
王城の病室に戻ると、開口一番にシスター・フランが深々と頭を下げる。教会内部の状況が今ひとつ分からず、ヒラヒラと手を振りながらアリスが逆に問いかける。
「別にフランが悪い訳じゃないんだろうけど、教会の上層部とは上手くいってないの?」
「実は私は【神託】のスキルを持っていて、小さな頃から女神様の神託を授かっていました。
そのことで家族とも上手くいかず、教会でも女神様から直接【神託】を授かることができる私を扱いかねているようでした。
そのため、私は小さな頃から両親から離れて教会の修道院で育ちましたし、教会の中では祭壇に祈りを捧げているか、教会の外に出てお手伝いをしていることが多くなりました」
「ああ、それで一人で近くの村まで行ってたのね」
「教会の上層部も持て余すこの【神託】スキルを恨むことはありませんでしたが、このために悲しい思いをしたことも事実です。
でも今日、私が【神託】スキルを持つ、本当の理由をはっきりと理解しました! ですからルリ様は」
そこで俺はそれ以上のことを話させないように、ルリをかばうように背中に隠してハッキリと言い放つ。
「それ以上はもういい。フランの職業である【修道女】がセカンドジョブに変更されて、新たに【女神の使徒】がファーストジョブとなったことも、その理由についても他言無用だ。
もし、誰かに漏らされることがあれば、その時は……」
「それは女神様に誓ってありません」
シスター・フランはその碧い瞳でルリの紅い瞳を真っ直ぐに見て、両手を握り祈るようにして懺悔する。
「……使徒フランチェスカよ、信じましょう」
酷く短く、ルリが言葉を返す。
「ありがとうございます。女神様に感謝を。これからは、いついかなる時もお側に仕えさせていただきます」
「え? あ、それは」
ストーカーのようなことを言い出すシスター・フランに、ルリが助けを求めるように紅い瞳をこちらに向けて来る。
はぁ~、とため息をつきながら、大人の建前を前面に押し出すことにする。
「まずはフランはこれまでどおり、女神のために教会のシスターとしての仕事をしろ」
「そ、そうです。それは大切なお仕事です。おろそかにしてはいけません」
ルリも諭すように言い含めると、分かってくれたのかシスター・フランも少し軟化したようだ。
「分かりました。女神様にお仕えする教会の立場から、ルリ様のお側に控えさせていただきます」
「それにしても、これまで使ってたスキル【水魔法】に加えて、新しいスキル【聖魔法】と【光魔法】を一度に取得してるなんて。
それって、回復魔法が三重掛けで使えるようになるってことじゃないの?」
話を切り替えるようにアリスが、驚くべきシスター・フランの新たなスキル構成について問いただす。
「いえ、私は【水魔法】スキルは持っていても、なぜか回復魔法が使用できないへっぽこでしたので……ぐすん」
「でもでも、これで使えるようになるかもしれませんね。一緒にがんばりましょう」
「はい!」
マジ泣きしそうな顔をするポンコツ・シスターを、優しく励ます心やさしいルリさん。
「でも回復魔法の三重掛けができるようになると、あれ?
(【光魔法】を持っていない、【聖女】なアリスより上ってことか?)」
「……ジロッ」
うわ、そんなに睨まないでくださいよ~、アリスさん。
「ところで、アリスとコロンも今回取得した【守護】の【女神■■■■■■■の加護】だが、レベルアップした【解析Lv3】で少しだけ分かったんだけど、これまたすごい性能で『全パラメータ1.1倍化。倍率は女神■■■■■■■の職業レベルによる。運のパラメータのみ初期から2倍化。【限界突破】スキルの解放』なんだそうだ」
「「おおー」」
アリスとコロンは今にも宝くじを買いそうな勢いだ。が、なぜかルリはひとりしょんぼりしている。
「私だけ仲間ハズレです……ぐすん」
「おい」
この『職業レベル』ってのは俺達自身の職業レベルじゃなくて、元になる加護を与えた【女神】の職業レベルのことのハズで……いや、今は考えるのはよそう。
「ああ、それから大聖堂でルリが顕現させた聖精霊と光精霊についてだが、こっちはルリが【守護】に【祝福の聖精霊】と【祝福の光精霊】を取得しているんだ」
それを受けるようにシスター・フランがこれだけは、とルリに説明する。
「それは【聖女】様達の持つ【守護】とは違って、精霊からの祝福ではなく、『女神様が祝福した高位精霊からの守護』となり、文字通り【精霊使い】という意味となります」
「「おおー」」
「ルリおねーちゃん、何だかすごいでしゅ」
やはりか、字面が違い過ぎるので妙な違和感がしたんだ。防御手段の無いルリにこれは助かるが、ここまでルリだけが違うのは……いや、いや止めだ。
「後で何か二精霊にお願いしてみると、いいのではないでしょうか」
「うん、がんばる」
ルリが細い腕で、ふんす、と握り拳を作って、少しだけふっくらしてきた胸を張る。
そうだ、普通に『がんばる』でいいんだ。今までだって、ルリは十分に大変だったんだ。やっと普通に歩けるようになりそうなんだ。
これ以上、変なことに巻き込まれて――今さら『神のいたずら』なんかに巻き込まれてたまるか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
シスター・フランがアリス達を王城へと送って行った後の神聖教会大聖堂の薄暗い一室で、枢機卿と神聖騎士団長は一人の黒フードを目深にかぶった男と静かに話を進める。
「『車椅子』の少女と獣人の幼女を騙して人質にすれば、言うことを聞かない【聖女】といえど手出しはできずに、神聖皇国に連れて行くことは容易いかと」
黒フードの男が頭を垂れながら話すのを、顔を赤くして怒りを隠さない神聖騎士団長と下卑た笑いを顔に貼り付けた枢機卿が聞いている。
「ふん! あんな小娘、今に見ていろ! 我が神聖騎士団が蹴散らしてくれる」
「ぐへへ、よせ。聖都大聖堂に今世代の【聖女】を連れ帰ることができれば、次期教皇の椅子はワシのものになるじゃ。少しは辛抱せんか!」
黒フードの男は頭を垂れたまま、相手に見えない顔に三日月のように裂けた笑みを浮かべたまま独り言ちる。
(こいつら、貴族連中より馬鹿かもしれないなぁ。いったい自分たちが誰に手を出しているのか、さっぱり理解していないからなぁ。おもしろいかな、おもしろくなるといいなぁ)
◆◇◆◇◆◇◆◇
「つっ」
夕食後の片付けを、みんなでしている時だった。コロンが急に動きを止めて、うずくまってしまう。
「コロン、どこか痛めたのか?」
「だ、だいじょうぶでしゅ」
「あ! 今日のクエストで、基礎レベルがアップしたでしょ。小さなコロンじゃ初めてのレベルアップで、獣人族の特有の成長痛を起こしてるんじゃないの?」
アリスが忘れていたとばかりに、黙って我慢していたコロンの嘘を見抜く。
「こらっ! 痛ければちゃんと言うんだぞ、あ……」
「ご……ごめんなしゃいでしゅ」
今まで気づかずにいたため、動揺してしまい思わず少しだけ強めに叱ってしまうと、黙っていたことがバレたコロンは涙目になってしまっていた。
おおっと、いかんいかん、アリスとルリにもちょっと困った顔で睨まれてしまった。
「ほら、私が回復と痛み止めしてあげるから」
「コロンちゃん、おねーちゃんが一緒にお風呂に入ってマッサージしてあげますからね」
うう~ん、お年頃の娘を叱るお父さんは難しいんだなぁ――キモくならないように、細心の注意を払って精進あるのみだなあ。
ルリとコロンが大きなお風呂に二人で入って、きゃっきゃ、うふふ、ともみもみマッサージをしていたら、さらに聖精霊と光精霊が顕現して二重掛けの回復魔法の使って、コロンを治癒してくれたらしい。
「おおー、すごいでしゅ。もう、ちっとも痛くないでしゅ」
「えへん、おねーちゃんだからね!」
お風呂場から大きな声が聞こえてきたので、びっくりしてお風呂場に飛び込むと、
「だから、何で入ってくんだ!」
ボカン
「あいた!」
あっという間に、アリスに蹴り出されてしまった。だから、アリスはいつまで病室にいるんだよ。
真夜中、灯りを消して月明かりだけになった病室の、ふたつくっつけたベッドの上。
初日にコロンが握りしめたまま寝てお気に入りとなった俺のTシャツを、今晩も相変わらず小さな手で握って鼻先を埋めたまま丸くなって眠っている。
そしてそのコロンの向こう側には、優しく抱きしめるように眠るルリの寝顔があった。
ルリとコロンが寝静まった後で寝付けずに、どうしても今日のことを考えてしまう。
「(くそっ。神だか女神だか知らないが、ルリに勝手な真似は絶対にさせない。
この世界に来て、元気になってやっと幸せになることができるんだ、じゃまはさせない。
たとえ神であろうと――たとえ戦ってでも)」
その時、丸くなったコロンの向こうから、まだ細い、まだまだ細い手が伸びて来て、俺の髪を撫でる。
ゆっくり、ゆっくりと髪をくし削るように撫でる。
そうして鈴をコロがすような小さな声で、やさしくつぶやく。
「だいじょうぶ、だいじょうぶですよ。私はどこにも行ったりしませんよ」
「ああ……ああ……」
わかった、わかってしまったんだ。俺達がこれから向かう先に、立ちはだがるのは。それは……間違いなく『神』と呼ばれる存在だった。




