25話 魔法の先生
10日目の夜明け前から日課となった剣術と歩行の朝練を終え、パパッと朝食を取ると、さっそく待ち切れない様子のルリの下着を買いに、みんなで街までおでかけとなっていた。
いつものようにコロンを肩車してトコトコ歩いていると、白銀色のしっぽがご機嫌に俺の背中をうれしそうにパフンパフンと叩く。
その後ろではルリの『車椅子』を押しているアリスが、何やら「集めて寄せて上げる」とか「運動するときにはソフトブラが」とか、熱心にふんふんと頷きながら聞くルリに、先輩面してウンチクをたれている。
そうしていつもの服のお店に入ると、女性店員さんが飛んできて「『にーそ』ができた」とか嬉しそうに言いながら、アリスを奥に引っ張って行ってしまった。
残された俺達は、コロンの手が届かない高さのところは仕方がないので、ルリの見たがる下着――ブラジャーだな、を順番に取って彼女に渡してやる。周りの女性客の冷ややかな視線なんか、俺にとっては姉貴達のあからさまな蔑視に比べれば屁でもない。
付き添うコロンも興味深々なようで、二人で何だかワイワイと色だのデザインだのと、取っ替え引っ替えやっている。
「ふ~ん、ワイヤーブラは流石に無いのか――まあ、慣れないと痛いっていうから最初はノンワイヤーでいいだろうけど、そのうち【釣り糸(タングステン合金ワイヤー)】を加工して形状記憶させて使えば」
「何、ブラ握りしめてブツブツ言ってんのよ。他のお客さんが怖がるから、やめなさいよね」
コンッ
「あた」
後ろから唇を尖らせて俯き加減で、下から睨むアリスに頭を小突かれた。
あれ? 今日のは、あんまし痛くないぞ。
「そ、それで……できそうなの?」
「何が?」
「形状記憶ワイヤーブラよ……べ、別に私が欲しい訳じゃないわよ。そ、そう、ルリのために……ね?」
「ね? って言われても」
「……すみません、嘘です。完成したら私にもください」
ペコリ、と素直で可愛いアリスが頭を下げる。そんなに気にすることないのに。まあ、男の俺が言っても仕方がない、のか。
「わかったよ、できたらアリスにも言うから」
パッ、と見上げてくる表情が明るくなり、ニコ~と笑うアリスに、ルリとコロンまでが一緒に嬉しそうに笑う。
「クロセくん、私もほしいです」
「コロンもでしゅ」
「はいはい、それでは皆様全員分を全力でご用意させていただきますよ」
そう言って、店員さんにワイヤーを入れられるように布加工を相談する。さすがはプロで、コルセットやクリノリンスカートがあるからすぐにイメージはつかめたらしく、猛獣のように目をギラギラさせながら食いついて来た。
これなら魔物狩りでフィールドを走り回るアリスのためにも、動きやすいフィットタイプのスポーツブラも後で考えてみるか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あぁ、あんた達かい。良い所に来た、ねえ聞いとくれよ。昨日の夕方、お貴族様のご令嬢がいきなりやって来て、なんと『車椅子』が初めて一台売れたんだよ。
でも、とくにかく今すぐに持って帰りたいってんでさ、そりゃあ大変だったんだよ」
帰りに肝っ玉ドワーフ母さんの鍛冶屋にも寄ってみると、驚いたように話し始めるので、四人で微笑むようにその話に耳を傾ける。
わざわざ得体の知れない異世界人に会うためだけのために、王城まで乗り込んで来た頑張り屋の妹ちゃんは、大好きなお兄様をお散歩に連れ出すことができたのだろうか。
「あんたのオーダーメイドの剣四本も、初めてのことだからちょっと苦労しているけど、まあ何とかなりそうだよ」
「そうか、よかった」
そう答えながら、初期メンテがてら店の端で旦那さんの新しい義足の様子をみながら微調整していると、コロンの喜色の声が聞こえてくる。
「おおー!」
「うん? コロン、それ気に入ったのか?」
おや、と思って【解析】で見てみると、アリスの横でコロンが両手に持って掲げているのは、またまた【魔法シリーズ】のようだ。
「それは【魔法のおたま】と【魔法のフライパン】で【物理強化】と【自動修復】に加えて、【料理強化】のレア付与効果つきだね。そいつも安くしとくよ」
「お料理が上手になって、じょーぶで長持ちぃー!」
コロンが錆ひとつないピカピカに輝く白銀色のそれらを、ひゅんひゅんと振り回すが――何か、それ違くないか?
「いやコロン、それって【料理】スキルのレベルx10で攻撃力がアップするって、驚きの付与効果なんだけど……まあ、いいか」
すると、その横で紅い瞳をキラキラさせて、シアン色をしたジョウロを両手でしっかりと抱えて離さないルリの姿が――見えないはずの白いウサ耳をピコピコさせてまで、猛烈アピールしていた。
あー、もしかして、これはこの前買った【魔法のスコップ】とお揃いなのか。
「そっちは【魔法のジョウロ】だね、前のスコップと同じ【物理強化】と【自動修復】に【成長】のレア付与効果がついてるよ。まとめて安くするからさ、買っとくれよ」
「はあ~、はいはい。全部まとめて包んでくださいな」
「「わーい!」」
相変わらず、謎の【魔法シリーズ】は売れ残っているようだ。それなのに、何でこんなに仕入れるんだろう?
◆◇◆◇◆◇◆◇
昼近くになってようやく王城に戻りそのまま裏庭に行くと、木陰に出した黒板の前で、伊達メガネの奥の切れ長の翠瞳をウルウルと涙目にしたミラ先生がポツンと座り込んで待っていた。
「うう~、今日はもう来ないのかと……ぐすっ」
「ぎゃあ~、悪い! 遅くなった、悪かったって。あやまるから。ほら、泣くなよ」
「すみません、実は生まれて初めてのブラジャーを買いに行っていたので。ほ~らほら、見てください」
ドヤ顔のルリは店で買ったブラをそのまま付けてきたようで、両手で服の上から、ふにっと胸を持ち上げてミラに自慢そうに見せる。
「何、じろじろ見てんのよ!」
ポカッ
「あいた!」
すっかりド突き方が板について来たな、アリス。俺はちっとも、そのスキルうれしくないぞ。
というわけで、今日は青空の下でミラ先生の魔法教室。誰が作ったのか、教壇の前に立つミラ先生が出席簿を片手に読み上げて授業を開始、のはずなんだが。
「先生ぇ~、指差し棒の先っちょについている、黄色い☆マークが気になって集中できませ~ん」
「しかもそれ、時々ピカピカッて光ってない?」
胡散臭い物でも見るようにアリスが睨むが、ルリは紅い瞳をキラキラさせて何故か嬉しそうだ。
「ミラ先生! それはもしかして伝説の魔法少女が持つという、魔法のステッキだったりするんでしょうか?」
「へんしん? へんしんするの?」
小さなコロンも金色の瞳を、キラーンとさせている。
「もしかして、あの姿――ストロベリーブロンドを昨日と同じ、サイドを自然に下してフレンチシニヨンでまとめ、アクセントに伊達メガネをかけて、今日は濃紺のリクルートスーツっぽいタイトなスカートは膝上丈――が、変身後なのか?
しかも、背筋を伸ばしてナチュラルメイクもバッチし、さらにあれに見えるはスラッとしたモデル立ち! そして」
「ハクロー、話が長い」
う……アリスさんが冷たい。だって……昨日までとはまるで別人のような、仕事のできるイカしたキャリアウーマンっぽいんだもん。
「ああ~、みつけた! 姫様、いなくなったと思ったら。しかもそれ、私の私服じゃないですか!」
またまた、侍女のクラリスが後ろから凄い勢いで走って来る。毎回、探し回って大変だなぁ。
「チッ、もう見つかったか。クラリス、この服、胸がきつい」
「……何か言いましたか、姫様」
「何でもナイヨ……」
クラリス先生はレアスキルと言われている、系統魔法の【氷魔法】が使えるようです。
すっかり初夏だというのに、なんだか冷え冷えとしてきて、コロンがしっぽを丸めて俺の肩によじ登って、プルプル震えてしまっています。
「そ、それでは、今日も魔法基礎理論から始めましょうか。
まず魔法とは一言でいってしまえば、この世にあふれる『魔素』を制御して奇跡という現象を発生させることです。
この『魔素』を制御する方法にはいくつかあって、呪文を詠唱することや、術式を展開させるもの、魔法陣を描くものなどが代表的です。
ようは『魔素』を精密に制御さえできれば方法は何でも良いので、特に大魔法になると魔法陣と呪文詠唱を同時に併用したりすることもあるほどです」
「「「「おおー、ミラ先生がまともに授業してる……」」」」
「これでも、姫様は2年も前に魔法学園を主席でご卒業された秀才なんです。なぜか、攻撃魔法は一切使えませんが」
「クラリス、色々と余計なことは言わないでいいです」
今日は魔法教室に続けて二時間目の授業は、やっと機嫌を直してくれたクラリス先生の園芸教室となった。
今朝のお買い物の帰りにルリが買って来た、新しいお花の苗を裏庭の花壇に植えるお手伝いなんだが、ここで遂にルリさんご自慢の【魔法シリーズ】の魔道具が大活躍となった。
「おおー、ホントに【魔法のスコップ】で穴掘って、【魔法のジョウロ】で水をあげると、見る見る芽がでるんだな」
「えへん! 胸もふっくらしてきた、このおねーちゃんにまかせなさい!」
買ったばかりのブラを付けた胸を張って、まんざらでもない様子でニコニコと微笑むルリに、アリスが何だか無駄に低い声でつぶやき返す。
「これなら、種からでもすぐに育ちそうね。でも、胸は関係ないでしょ……」
「おいしいものができる?」
「はい、コロン様。プチトマトとかなら簡単に育つと思いますよ」
「「わーい」」
クラリス先生が手入れしている裏庭の花壇がそのうち畑になりそうだ。お、家庭菜園か。また、コロンがルリの周りの何かを見るように視線を泳がせているな。
「あー、でも夏っぽく向日葵とかスイカとか、いいかも。あと、定番のゴーヤとか、病室の窓の外に緑のカーテンにして植えるか? 食べれるし」
「キター! 向日葵に麦わら帽子をかぶった、白ワンピの美少女! ハクロー、それ何てエロゲ?」
ルリを見つめたままの、アリスの脳内妄想が大爆発しているようだ。でも、そのCGって、是非とも見てみたい気がする。
「わーい。クロセくん、スイカ割りできるの?」
「おいしい? おいしいの?」
ルリのスイカという言葉に、白銀の狐耳をピンとさせたコロンが敏感に反応する。
「うー、楽しそうじゃないですか~。クロセ様、私も混ぜてくださいよぉ」
「それでは姫様のために、私がピーマンを作ってあげます」
「いやーっ」
ストロベリーブロンドの頭を抱えて叫ぶミラに、お子様なコロンが小さな胸を張る。
「コロンはピーマン食べれましゅ」
「「おおー、ぱちぱちぱち」」
「ぐすん、ダメなお姫様ですみません」
「姫様、半分の年の女の子が食べれるんですよ、負けてはいられません」
「うー、年は関係あるの? それを言ったら、クラリスからしたら半分よりずっと下に」
「……何か言いましたか、姫様」
「何でもアリマセン……」
「ああ! せっかく植えた花の苗に霜が!」
冷え冷えとした上位氷魔法による急激な冷気の中、悲しげなルリの悲鳴が王城の裏庭に山彦する。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃ、軽くひと狩り行くわよ!」
午後になってやってきました、いつもの冒険者ギルド。勢いよく扉を開けて、四人で中に入る。
冒険者登録は今回のコロンで三回目となる訳だが、やっぱり出ました二人組。
「おい、銀狐のお嬢ちゃん。お屋敷のお使いなら、あっちのカウンターだぜ」
「何なら、俺がだっこして連れてってやろうか? そのままどっか連れて行ったりして~。なんてな、へへへ」
二度あることは三度ある、ゴンの二人組だ。流石、三回目のテンプレともなると呼吸もバッチしだ。
でも、今度はアリスだけじゃなく、珍しくルリも紅い瞳を細くして怒ってるぞ。
「うちの子に何すんじゃ! って、またお前達か! 【ガストバズーカ】!」
「おねーちゃんにまかせなさい!」
「げ、また【紅の魔……ぎゃあーっ!」
「やっぱり、こうなるのかぁー!」
金属の打撃音に続いて、渦巻く暴風に飛ばされて壁に激突する二人組。
ルリは【収納】から予備動作無しで【魔法のジョウロ】を抜き打ちして、二人の頭を横殴りにしていた。
初動は魔法より早かったから、たぶん二人には見えなかったんじゃないだろうか。
おー、それを抜き撃ちしたピストルみたいに指でくるくる回してる。何だか西部劇のガンマンみたいでカッコイイぞ。
「アリスおねーちゃんも、ルリおねーちゃんも、カッコいい!」
「そ、そう? でへへ」
「ふんす! コロンちゃんの自慢のおねーちゃんです!」
壁際に大きなタンコブを作ってのびているゴン二人組を一瞥して苦笑しながら、受付の女性がドライに引きつった笑顔でお仕事を始める。
もちろん、コロンも【ルリの友達】スキルでパーティー登録済なので事前準備は万端だ。
「本日はそちらのお子さんの冒険者登録でしょうか?」
「王城から話は行ってるでしょ、10才だけど登録できるはずよ。それから、四人のパーティー名を登録するわ、【ミスリル☆ハーツ】よ」
「お話はうかがっていますので、大丈夫です。パーティーの代表は、どなたになりますか?」
「代表は私よ。リーダーがハクロー、たいちょがルリ、一番隊組長がコロンよ」
「は?」
アリスの説明に困惑した様子の受付女性に、仕方なく咳払いをして補足説明を始める。
「ごほん、我が社はフラットで風通しの良い職場環境をモットーに透明性の高い誠実な事業経営と高い収益性の事業戦略を」
「ハクロー、話が長い。というか硬いわよ」
えー、振ったのアリスだよね……ぐすん。
「いちばんたいくみちょ?」
「コロンは料理長でもいいわよ」
「りょーりちょ!」
「気にったのがあって良かったですね、コロンちゃん」
「えへへ~」
こうして我らがパーティー【ミスリル☆ハーツ】の役員人事が取締役会の満場一致で決まっていくのだった。




