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ミスリルハーツ ~サーファー、異世界へ~  作者: 珠乃 響(ゆら)
第5章 魔法学園編
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第5章46話 ホワイトデーは三倍返し


「……ん。ん?」


 どこか甘く優しい香りに包まれてまどろむと、白髪(しろかみ)の少女の綺麗な寝顔がすぐ目の前にあって。

 白く長い睫毛(まつげ)も、すらっとした小鼻も、ぷっくりした桜色の唇も、何もかもが可愛く見えてしまう。困った。


 あれからは夜の間も心配なので、まだ病み上がりのルリの希望もあり、隣で手を握ったまま寝ているからだな。

 いつの間にか俺の腕を枕にして寝ているので、これまでに無いほど顔が近いのか。


 よく考えなくてもこの異世界に来てからというもの、こうしてルリの隣で寝ることなんて無かったはずだ。

 普段は真ん中がコロンで、川の字になって寝ていたからな。そのコロンはルリの反対側で、いつもの俺のTシャツに鼻先を埋めて気持ちよさそうに丸くなっている。

 つまり同じ川の字でも、俺が真ん中にいることになる訳だ。アリスに見つかったら、ベッドから蹴り落されること間違いなしだが。仕方ないな、これは。


 ルリの幸せそうな寝顔をこうして、最近は明るくなるのが早くなった朝日の中で、今少しの間見ていられるなら。

 女神にでも仏にでも感謝を捧げよう。


「……んふ。おはようございます、ハクローくん。んふふ~」


「ああ、おはよう」


 とろりとした笑顔で唇がくっつきそうな距離で(ささや)くから、その吐息(といき)までもが俺の鼻先にかかってくらくらする。

 ああ、これが幸せというやつなんだろうな。


「今日もお出かけですか?」


「ああ、でも一時間ぐらいで戻れるから」


「今日は早いんですね? んふふ~、いい子で待ってますねぇ」


 いつの間にか癖になった朝の鍛錬のために、ベッドを抜けて広い廊下を歩いているうちに、ふと片腕を切り飛ばした数百人の騎士団員はもう騎士としての人生は終わったのだろうなとか。

 安全な撤退を優先して生き埋めにした王城の人々にも、彼らの大切な人たちとそれぞれの幸せがあったのだろうなどと、安心して気が抜けたからか今さらのように思い出す。


 だがこの息苦しい吐き気でヘタレた顔など、やっと起き上がれるようになって体調を戻しつつある、ルリにだけは見せる訳にはいかない。

 だから大股な早足で逃げるように、城の前の海が見える波打ち際まで急ぐ。ああ、やはり姉貴たちの言う通り、キモイ。

 


◆◇◆◇◆◇◆◇



「という訳でできてる?」


「マアーベラス! 勿論(もっちろん)ですとも。完璧(かんっぺき)ですっ」


 実はホワイトデーのお返しにはクッキーでも焼こうかとも思ったのだが、俺の男料理ではとてもではないが、一部のお姫様たちの怒りを買いそうだったので、専門家に外注することにしたのだ。

 というのも初代が日本人だったモニャコ公国以外では、それほど男性からのお返しは流行(はや)ってないようで。


 だったら暇だろうと、王都の『ラング・ド・シャ』の双子の男の()にお願いしたのだが。

 失敗も考慮してトン単位(ベース)で板チョコを錬成して渡したら、パティシエ(だましい)に火がついたのか凄いことになってしまったのだった。


 転移で飛んで来た、開店前の(つた)()い茂った煉瓦造(れんがづく)りの店内では、いつもの白い半袖ワイシャツに黒のショートパンツをサスペンダーで吊った、金髪ショートボブの可愛いボクっ()が完成品を引き渡してくれている。


「このいたちょこというのは定期的に購入できるのですか! 是非とも――」


「このチョココーティングしたラングドシャは画期的な――」


 うん、この双子は二人共話が長くなりそうだから。それに(うち)では、ルリが待ってるからね。残りの板チョコはあげるから、もう転移で帰るね。

 は、離せっ、離せってば。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あら、もしかして(わたくし)が一番にいただけるのかしら?」


流石(さすが)に三倍返しという訳にはいかないけど、ちゃんとしたパティシエに作ってもらった特注品だから。

 先月もらったオレンジピールのように、上手(うま)くコーティングできているといいんだけど」


 ちょうど午前中のレティス領主屋敷のお茶の時間に間にあったようで、嬉しそうに綺麗に梱包された小箱から、チョココート版ラングドシャを取り出すレティシア侯爵様は、嬉しそうに頬を染めながらも悪戯(イタズラ)っぽく片目を(つむ)って見せる。


「うふふ、覚えていてくださったのですね? まあぁ、とっても美味しいです。チョコを少し厚くして中はサクサクの食感が初めてですわ」


「そ、そうか。お貴族様の口にも合ったのならよかった。俺の貧層なイメージを実現してもらったから、ちょっと心配だったんだ。

 あ、手にチョコがつくから、一口(ひとくち)サイズになっているんだよ。中のラングドシャも、色んな味があって……ん? どうした?」


 アクアマリンの瞳をキラキラさせて嬉しそうに、でも上品に口に放り込むレティシアが、ふと綺麗なシャンパンゴールドの長髪をシャラッと(かたむ)けて、こっちを(のぞ)き込んでくるので。

 俺は無防備にも、素直に不思議そうな顔をしてしまっていたのだろう。


「いえ、まだ体調が戻っていないのかとも思いましたが……はぁ~。

 いいですか、ハクロー様。(わたくし)のような新米領主は勿論(もちろん)、国主にもなれば戦争の危険は必ず意識しているものです。

 そしてこの世界の王侯貴族の一員としてあえて言いますが、(みずか)らの(おご)りにより滅ぶ国には列挙に(いとま)がありません。

 もし万が一にもルリさんの奪還作戦で王城の主戦力に追撃されていたら、最悪はモニャコ公国で市民を巻き込んだ、魔法が飛び交う市街戦となっていた可能性もあったのです。

 だから公王陛下もあれほど厳しく処断されたので、ハクロー様は救った命を誇って良いのですよ」


 だぶんレティシアにはバレバレで、隠し通すことなど無理だったのだろう。

 でもあの時、俺はそんな大層なことを考えていた訳では決して無く。唯々(ただただ)、大切なルリを無事に連れ帰ることだけしか頭に無かったんだと思う。


「は、ははは。この世界で大切なものを守るために、人を殺す覚悟はとうの昔にできていたハズなんだがな。あまりのヘタレぶりに、情けない限りだ。

 でも、ありがとう。何だか、気分的に楽になったと思う。

 ホワイトデーのお返しに来て、相手の女の子に(なぐさ)めてもらうなんてカッコ悪いなぁ。

 じゃ、これで俺は帰るよ」


「あ……せっかくいらしたのですからもう少し。

 いえ、はい。またいらしてくださいな」


 まだ本調子ではないからだろう、護衛の女騎士隊(ヴァルキリーズ)二人にも食べるように一箱づつ渡してから、思わず逃げるように書類が山積みされた領主執務室を後にした。

 たぶん、上手に笑えていなかったと思う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ハクローが出て行った領主執務室の大きな机にポツンと残された、ホワイトデーのお返しを見つめてレティシアは泣きそうになる。

 まだルリが目を覚まして、何日も経っていないのだ。ハクローが心の整理ができていないのなんて、当たり前だった。


「あぁ~、(わたくし)馬鹿(バカ)ぁ~。せっかく来ていただいたのに、もう少し何とか言いようがあったでしょうに……。ぐすん」


 初代が日本人だったモニャコ公国では結構話題となっていた、せっかくのホワイトデーだったというのに、今日はもう仕事にならない侯爵な領主様だった。

 (そば)に控える女騎士隊(ヴァルキリーズ)のオルトリンデとシュヴェルトライテはしょんぼりと背中を丸める心優しい護衛対象に、そっと溜息(ためいき)をつく。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ついでにレティス領の孤児院に寄って、聖母のセレーネと子供たちにお見舞いのお返しにとチョココーティング版ラングドシャを配って。

 やっぱりここでも、慈母愛に(あふ)れたセレーネにはちょっと心配げな顔をされてしまったが。


 後はたまたまレティス領にいたメイとお母さん、それに教皇猊下で【聖女】なキアーラにもお見舞いのお返しを渡して回ってから、モニャコ公国魔法学園の新学生寄宿舎へと転移した。

 留守番をしてくれているテディベアぬいぐるみのビーチェが掃除をしてくれているから中は綺麗だが、あれから十日近くが経ってしまっていて、何だか懐かしい気がするのは思い違いか。


 ちょうど昼休みだったようで、学生食堂へ行くとミラにクラリスとエヴァ姫にソフィアまでが(そろ)ってランチをしていた。

 最近では女騎士隊(ヴァルキリーズ)たちも立ったままでは邪魔なので、(はさ)むように隣の席に着いている。


 学園の許可はとっているものの、治療を名目に休んでいる俺が人目(ひとめ)につくのも良くないので、パッとホワイトデーのお返しを渡すとやはり逃げるように立ち去ることになった。

 後ろから何か呼びかけて来ていたが、かえって目立つのですぐに【隠密】スキルで気配を消してしまうことにする。


 じゃあ帰ろうとした時に、廊下の端から強烈な視線に気づく。

 振り返るとそこにはやはりチョイ悪イケメンなバルドゥイーン王子が、こちらを(にら)むように(たたず)んでいた。


 ほう、中級クラスの【隠蔽】を貫通するのか――と思う間もなく、ズバンッと蒼い魔力が暴力的に四方八方に向けて放出される。

 周囲にいた生徒たちがギョッとするが、同時にビクッと身体を震わせた先輩に向かって、声には出さず口だけをゆっくりと動かす。日本語でも通じるか?


 ダ・カ・ラ・イッ・タ・ヨ・ナ


 すぐに俺の口の動きを読唇(どくしん)できたらしい王子様は、ガクガクと膝を震わせ始めてしまう。

 その場で転移魔法を使うと、空間を切り裂くバリバリという音さえ残さず、フッと一瞬で陽炎(かげろう)のように消えるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 レティス領の海にそびえる魔王城へと戻ると、ルリの寝室にみんなが集まっていた。


「あー、ハクローくん遅いよ。もうお昼ごはん食べちゃったよぉ~」


「悪い悪い。ちょっと面倒な奴にあっちゃってね。ああ、それよりも。

 三倍返しでは無いけど、これホワイトデーのお返し。王都の『ラング・ド・シャ』だ。

 あ、忘れてたけどついでにみんなの魔術防壁が破壊されそうになったら、デフォでこの城に強制転移する機能を追加しておいたから。

 ああ、使用者の意思でも一回だけなら、本人の記憶にある場所に転移できるようになってるからね。

 勿論(もちろん)、魔力供給はずいぶん前から【時空魔法】を使って、亜空間を経由して接続してあるから何の心配も無いよ。

 ちなみに基本的に単独使用だけど、俺の魔術防壁があれば手をつないだら複数でも一緒に」


「ハクロー、話が長い」


 がーん。

 今回の反省をもとに、何日も完徹して考えに考え抜いた必殺の新機能だったのに。

 そう言えばレティシアやセレーネにエヴァ姫たちに、新機能追加(アップデート)の説明するのすっかり忘れていたな。

 まあ、そうそう魔術防壁が破られるようなことは無いだろうから、今度でいいか。


「あっ、ハクローくん! このチョコレートコーティングされたラングドシャ、とっても美味しいですっ」


 しょんぼりした俺に気を使ってくれたのか、ルリが綺麗に梱包してある小箱を開けて、ぱくっと口に入れる。


「ぐすん。そう言ってくれるのはルリだけだよぉ~」


「あぁ、よしよし。ハクローくんも食べる? はい、あーん」

「まったく、ハクローったら。あら、これ美味しいわね」

「ハク様、これおいしーでしゅ!」

「フィもこれはイケるわね」

「ニャア~」

「チョコ版ラングドシャはともかく、魔術防壁の新機能追加(アップデート)は三倍返しでは済まないような。まあ、ヒスイも起きたらアプデしてもらうとして、お姉ちゃんと一緒にどっかへ転移(トリップ)しようか。やっぱり、聖域セルヴァンがいいか?」


 うぅ、大切な妹ヒスイのためなら女神アルティメスの所に転移するぐらい簡単だけど、あんまり遠くだと魔力切れが心配だからお手柔らかにお願いしますよ、ユウナさん。

 あ~でもルリも大分よくなってきたから、快気祝(かいきいわ)いにどこか花見にでも行くのもいいかもなぁ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「それで三カ国武闘大会――今年は四カ国武闘大会だったか、本来の参加国である獣王国の格闘術学校とエルフ国の魔術学院からの代表メンバーは無事来日したのか?」


「はっ、既に学園内の特別寄宿舎へとご案内しております。もちろん二国が顔をあわせたりしないよう、念には念を入れて別々の建屋になっております」


 魔法学園の学園長室の窓の外を、後ろ手に組んだ学園長が(なが)めながら低い声で(つぶや)くと、重厚な机の前で資料を手にした秘書官がペラペラめくりながら報告を始めていた。

 その後ろに立ったままのヘルトラウダ生徒会長にくすんだガラス越しに視線を向けると、重い口調で声をかける。


「それでロンデニウムの【勇者】が参加して、大会が成立すると思うかね?」


「無理でしょう。先日の代表選考戦でも、元々想定されていない伝説の【聖剣】の(ちから)を無制限に開放して、選手をいたぶることだけを主目的としていたようですから。

 最低でも【聖剣】の不使用が出場資格となっていれば、まだやりようはあるのですが……」


 自身も騎士爵位持ちのヘルトラウダ生徒会長が、そのあり得ないレギュレーションを容赦なく指摘する。

 それはそうだ。【聖剣】は本来、【魔王】に向けられるべきものだ。決して一介(いっかいの)の学生に向けていいものでは無いはずだった。


「ふむ、まあ前任の学園長がアホだったのは、今さら仕方の無いことだが。そうなると最悪は獣王国の格闘術学校とエルフ国の魔術学院に向けて、そのクソ【聖剣】が振るわれることになる訳か。

 そんなことをしでかせば名誉ある【魔王】討伐遠征隊への引き抜きに応じる者など、誰もいなくなるというのになぁ。

 それで生徒会長の意見は?」


「【勇者】アヴリル王女が【精霊使い】ルリとハクローたちを、目の(かたき)にしているのは周知の事実です。

 また一回戦と二回戦が同じ選手でなければいけないというレギュレーションは存在しませんので、我が学園の一回戦の相手をロンデニウムとし、ハクローたちを出場選手にすれば少なくとも他に被害は出ないでしょう。

 ああ、今回の責任を取ってそのチームには、バルドゥイーン王子殿下にも御出馬いただくのがよいかと」


 鉄面皮もかくやというようなヘルトラウダ生徒会長の全く動揺を見せない回答に、学園長は機嫌よく疑問を投げかける。


「ふむふむ、彼らがそれを受けてくれるかね?」


「当学園の代表選手にエヴァンジェリーナ王女殿下がおられますので、間違いないかと」


 さらっと何でもないことのように生徒会長が爆弾を投下すると、話を横で聞いていた秘書官がギョッとして叫び始めてしまう。


「な、何をっ! 生徒会長はエヴァンジェリーナ姫殿下を生贄、いや(おとり)にすると言っているのかっ。

 もし受けてくれず、まかり間違って姫殿下にもしものことがあれば……ぎゃああああ! 公王陛下がっ、【剣王】様が!」


「呼んだ? 何、悪い相談してるのさ。俺もまぜてよ?」


 するとどこから()いたのか、黒髪ネコ耳の【剣王】本人が嬉しそうにニヤァ~っと(わら)いながらソファに一人だけ座っていた。


「ぎゃあああああ~! け、【剣王】様ぁっ」


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