第5章47話 久ぶりの学園
「おはよー」
ようやく体調が戻ったルリが約二週間ぶりに、朝も早くから魔法学園の教室にその元気な姿を見せると、あっという間に女子生徒たちに取り囲まれてしまった。
「大丈夫だった?」
「ケガしてない?」
「ロンデニウムに攫われそうになったんだって?」
「目覚まさないって聞いて心配したよ~」
「でも元気になってよかったぁ」
「わっきゃあ~。ご心配かけてすみませんでしたぁ。もう元気になったんで大丈夫ですよ~」
こんなに彼女を心配してくれるクラスメイトがいたんだと、つい嬉しくなってしまう。
楽しい学園生活を送りたいという、白髪の少女の小さな願いは叶ったのだろうか。
すると彼女だけでなく、同じくお休みしていたコロンにユウナまでもが、生徒たちに囲まれて見えなくなってしまった。
あ、空中でふよふよしていた妖精フィと聖獣ルーも巻き込まれて見えなくなった。
そんな中で久しぶりの学園に緊張を隠せていないアリスの手をみんなから見えないように握ると、一瞬ビクッとしたが震える手でギュッと握り返してくる。
だがそんなアリスの所にも女子生徒たちがいそいそとやってきて、いつの間にかわいわいと姦しく騒ぎ出していた。なんか休刊していた、薄い本の続刊がどうとか言っているが。
まあルリだけでなく、俺たちも襲撃での負傷を治療するという名目でずっと休んでいたからな。実際は怪我らしい怪我も無かったのだが、こうしてあたたかく迎えられると感謝の念しか浮かんでこない。
「あぁっ、ハクローちんっ。やっと出て来た!」
「本当だっ。ハクロー様ったら、ず―――っとお待ちしていたんですよぉ? くんくんくん、はぁ~ん」
後からやって来たソフィアが、俺の首に飛びつくようにぶら下がるし。
別のクラスのはずのエヴァ姫までが、ピンクのしっぽを嬉しそうに振りながら鼻先を近づけて来る。
そして優雅に一礼しながら、わずかに頬を染めたレティシア侯爵までもが、ホッと安心したように微笑んでいた。
「ハクロー様、おはようございます。ようやくお戻りになられて……ご不在の間、大変だったんですからね。あ~、何を笑っておられるのですか? もう、知りませんっ」
「あはは~、悪い悪い。怒らないでもらえると嬉しいんだが」
「はいは~い、ちょっと早いけど今日からみんながそろっているようなので、朝の出欠をとりま~す」
すると副担任のミラまでが、まだHRまで時間があるというのにやって来て、出席簿を片手に☆マークの指差し棒をフリフリさせ始める。
振り返ると教室の後方には、クラリスがメガネをクイッと上げていた。
HRが終わって午前中の実技授業のため、とりあえず人工地下迷宮に行く前に一度練習場に顔を出すと、その鋭い嗅覚故かダーッと金髪ショートのバウティスタがしっぽをブンブン振りながら駆け寄って来てガオーッと吠える。
「おーっ、ハクロー! 何だよぉ、元気そうじゃねーかよっ」
「お、おう。お前も相変わらず元気だな」
「それがよーぉ。この間、今代【勇者】にギタギタにやられちまってよ~。いやぁ、参った参った」
どうもこいつの元気な犬っぽいテンションにはついていけん。すると綺麗なカーテシーを見せながら、金髪縦ロールのリュシエルが微笑みかけてくる。
「おはようございます。ハクロー様もお元気そうで何より。」
「ああ、おはよう。リュシエルさんも……あまり元気ない?」
「ええ、実はそこのわんこも言っているとおり、【勇者】アヴリル王女殿下にパーティーメンバーのヒルデガルトと魔術師マリーンが……」
大きな声で言えないらしく、俺の耳元で囁くように教えてくれたところによると、武闘大会の候補選抜戦で怪我は無いものの、かなり残虐なやられ方をしたらしい。
しかも相手は【勇者】の正規装備である【聖剣】まで持ち出して来たらしく、リュシエルさんは上手く降参して助かったらしいが。
しかし学生に向かって【聖剣】振り回すなんて、この世界生まれの【勇者】もアホなのか?
まあ、異世界生まれの【勇者】の言動を見る限り、自身の信ずる正義にだけ酔った類と同種のアホのような気もするので、関わり合いにならないのが吉だな。
と思っていたのだが。
来る武闘大会に向けた調整のためか、練習場に顔を出していたらしいヘルトラウダ生徒会長が、あからさまに困った顔で目の前でうんうん唸っている。
ああ、これは聞いたらあかんヤツや、と思い人工地下迷宮へとが逃げる間もなく腕を掴まれてしまう。
「実はぁ、私たちモニャコ公国魔法学園の代表が初戦の一回戦で、あの【聖剣】を持った【勇者】のいるロンデニウムと相対することになったんだけどぉ……代表選手のひとりがエヴァ姫な訳で~。
先の代表選考会のようにエヴァ姫がお怪我でもしたらと、私は心配で心配で……うぅ(ほろり)」
泣いたふりをするなら嘘でも涙ぐらいはみせたらどうだ、と掴まれていた腕をベリッと引っぺがしながら睨みつけていると。
そのエヴァ姫が他のクラスの女子生徒たちと一緒に、可愛らしいピンクのしっぽをフリフリさせながらやって来た。
「あ~、ハクロー様。これから人工地下迷宮ですか? 私は代表メンバーと調整があるので、残念ですが先に下の階層に行っててください。後で必ず追いつきますからね?」
なんて嬉しそうにニコニコ顔で微笑むもんだから、思わず親バカなマッチョ公王の顔が脳裏に浮かんでゲンナリしてしまう。
するとやっぱり友達が心配なようで、アリスやルリたちまでがわちゃわちゃと寄って来て。
「その何とかって【勇者】に、可愛いピンクのネコ耳が傷つけられでもしたらどうするのよ!」
「えへへ~。私も実は【勇者】だったりするんですよっ、信じられないかもしれませんが」
「たおしゅ? 【勇者】たおしゅ?」
「フィはどっちでもいいわぁ」
「ニャァ~」
「まあ、公王陛下からもエヴァ姫をよろしくと頼まれてるから」
はぁ~、いつの間にか生徒会長にいいようにのせられてしまっているので、悪い目つきを更に悪くしてジロッと睨みつけてやると。
バラ色に染めた自分の頬を両手で挟んで、くねくねと身体をくねらせ始める。
「いやぁ~ん、ハクローくんったら。こわぁ~い。
ま、冗談はいいとして。盾ぐらいにはなるだろうから、おまけにバルドゥイーン王子殿下をのしを付けてくれてやるからさ」
「いや、いらねーし。てか、そいつが元凶なんだから、そいつ一人で責任取らせろよ。俺たちは関係なくね?」
何故かチョイ悪イケメンの名が出てくるので、カッチーンと来て思わず罵声を浴びせるのだが、いい感じにヘラヘラしていた生徒会長さんがスッと表情を無くすと。
「それはね、この私が生徒会長を務める魔法学園をあろうことか巻き込んでメチャクチャにしやがった、あのクソ王子に全責任を全校生徒の前で取らせるためさ。奴は簡単には逃がさん」
「……こわっ。はぁ~、でも一度は代表選考に落ちた俺たちが出て、他の生徒たちから何か言われ……ないんだな、その様子じゃ。もしかして」
「ああ、先日の代表選考会を見た生徒たちで、自ら出場を希望する者など一人としていないさ」
どうやら金髪五人組は見る者にトラウマを与えるレベルで、忘れたくなるほど凄惨にやられたようだ。そう言えばまだ二人が復帰できていないみたいなことも言っていたし。
あ~、あの可愛らしいエヴァ姫を同じ目にあわせる訳にはいかんかぁ。
はあ~、しょうがないなぁ。
「事前調整とか余計な時間を拘束されない、当日だけならまあ小一時間ぐらいかぁ」
「おっ、やーっと出る気になってくれた? そう? じゃ、こっちで作戦会議を。ほら、ほらほらほら」
俺がガックリと項垂れたその瞬間に、いつものようにどこから湧いたのか、嬉しそうにネコ耳をピコピコさせた【剣王】が俺の首に腕を回して引きずっていた。
「う、うわ~。まだ出るとは言ってないぞっ。あ”~、引っ張るなよぉ~」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「すまないな」
武闘大会の当日、あの日以来初めてまともに顔を合わせたチョイ悪イケメンなグレート・ロンデニウム王国のバルドゥイーン王子が、出場選手控室で視線を彷徨わせながら謝罪の言葉を口にする。
これまでのストーカー行為を誤っているのか、先日の誘拐事件のことかそれとも今日のことなのか。
まあいずれにしろ、アリスはもちろんルリでさえ視線を向けようとはしないのでどうでも良いことだが。
それを察してか、エヴァ姫が普段とは違う威厳を見せて優雅に微笑む。
「それはともかく、バルドゥイーン王子殿下には監督【剣王】様からの作戦指示のとおり、前衛でタゲ取りをお願いしますね? 何せ、ロンデニウム騎士学園ではない異世界の【勇者】たち三人まで、何故か引き連れて出場してきているのですから」
「そ、それは」
「だいたい先日の代表選抜会の以降は魔法学園への立ち入りを許可していないというのに、毎日のように当学園の門前にやって来てはハクロー様たちに会わせろと煩くて煩くて」
そう、第一回戦の相手ロンデニウムには【勇者】アヴリル王女だけでなく、【勇者】沢登生徒会長に長瀬風紀委員長だけでなく宮野副生徒会長までもがエントリーしているのだ。
ロンデニウムの国民でもなく、騎士学園の生徒ですらないというのに、もはや【勇者】アヴリル王女の暴走は何でもありだな。
「まあまあ、いろいろ想定外のこともあったけど――念願叶ってハクローくんたちが出場してくれて、しかも相手は【勇者】四人揃い踏みだなんて、楽しみじゃん?」
「もう、【剣王】様ったら。またそのようなことをおっしゃって」
「あ~ん、愛しいエヴァ。いつものようにお兄ちゃんと呼んでおくれよぉ~。みんなの要望を聞いて、個人戦じゃなくって特別に団体戦ルールにしたんだからさぁ」
関係者以外立入禁止の選手控室において、一人でソファに座りカラカラと嬉しそうに笑っているのは、何故か監督という肩書をぶら下げたネコ耳【剣王】だった。
確かに基本、毎年個人戦で行われる武闘大会をこの第一回戦だけは、団体戦に変更させている。
まかり間違ってエヴァ姫が、【聖剣】を持った【勇者】アヴリル王女と個人戦なんて悪夢でしかないからな。
「それにしても一試合だけの急なルール変更に、よく出場国の獣王国格闘術学校とエルフ国魔術学院が黙ってますね?」
「ああ、二学園にも先日のロンデニウムの暴挙は伝わっているし、そもそもこの世界を守護する精霊を、自身の眷属として奴隷のように扱うロンデニウム王国は、獣人からは勿論、自らを風の精霊シルフィの眷属と呼ぶエルフからは、特に嫌われているからねぇ」
可愛く小首を傾げるエヴァ姫に、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべて【剣王】が流し目を、メンバーで唯一のロンデニウム国民であるバルドゥイーン王子へと向ける。
するとチョイ悪イケメンはさっきよりもおどおどと視線を逸らすと、ブツブツと言い訳を始める。
「い、いや、奴隷のようになど扱っては、いない、はずです。ただ、泉の精霊がその姿を現さなくなって久しく、精霊病の患者も増加傾向にあって」
「それをエルフたちは、精霊が縛り付けられるのを嫌った結果だと言っているのだけどねぇ。ま、他人の国のことだから、どうでもいいんだけど――それも今日までだ。
我がモニャコ公国を、可愛いエヴァを貴様らの都合だけで巻き込んだ償いは、利息を付けてキッチリ払ってもらうからな」
「うっ、わ、わかり、ました」
スッと表情を無くした【剣王】がその漆黒の瞳でまっすぐにバルドゥイーン王子を睨みつけると、観念したようにガックリと項垂れてしまう。
なんだ、かわいそうな聖霊病の患者を助けたいのかと思ってみれば、結局は国家の利益を優先させた私利私欲で、ルリの【精霊使い】の力を使って精霊をどうこうしようとしていただけかよ。
「屑だな。やっぱ話聞かなくて正解だった」
「ホント糞以下ね。よくそれだけ自分本位でいられるものだわ」
「あのぉ~、精霊さんとお話できないから分からないのかもしれませんが、仲良しさんじゃないと助けてくれませんよ?」
「ゴミ? やっぱりゴミ?」
「フィも人と一緒だと思うわよ」
「ニャア~」
「その同じ人に対しても、ありもしない青い血なんぞ鼻にかけて見下していれば、見えるはずのものが見えなくなるのは道理だ。神にでもなったつもりか」
出場選手のパーティーメンバーということで控室にいた全員からも、すっかりボロクソに滅多打ちだ。
すると代表選手のひとりに止めを刺すように、ニヤア~っと悪い顔をして嗤うネコ耳【剣王】が悪魔のように囁く。
「前の練習場での超位精霊の言葉、覚えているよねぇ? 所詮、人間ごときが精霊に言うことを利かせようなんて、土台無理な話なんじゃないのぉ?
【剣王】であるこの僕が手をくださなくても、もしかしたら君の国は既にその終わりが始まっているのかもね~」
「……え?」
その言葉に思いつくところでもあったのか、ガバッと顔を上げたチョイ悪イケメンは顔を真っ青にして……これから武闘大会第一回戦に出場するんだけど、大丈夫か?




